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★黒森

 ◇◇◇


「なあシェイラ、僕もまだ見習いだけどさ、最近では数打ちの剣を打たせてもらえたりもするんだ。最初は店番ばかりだったけど、やれることが少しずつ増えているんだよ。給金だって増えていっている。だからさ…」


 そんなマーリオの言葉を聞くと、シェイラの胸がポカポカと温かくなる。しかしだからこそ、なのだ。


 こんな素敵な男との二人だけの城、それがもう少しで手に入ると思うと足踏みなんてしたくはなかった。


「う~ん…あたしだってさ、分かってるんだけどさ…ねえマーリオ、あんただってあたしと二人きりの城で…一緒に暮らせたら嬉しいって…思ってくれてるだろ…?」


 シェイラが俯き加減に、そしてやや赤面しつつマーリオへ言う。マーリオはそんなシェイラを見て、やはり自身もまた赤面してしまった。


「う、うん…そりゃあ…そうだけど…」


 だったらさ、とシェイラが意気込んで言う。

「あと少し稼げば家を買えるんだ。だから応援しておくれよ、あたしはこう見えてもそこそこやるんだよ?」


 シェイラがそこそこやる所じゃないのはマーリオにだって分かっている。


 だが、完璧に安全な依頼なんてあるはずがないではないか。すぐにでもシェイラと二人で暮らしたい。だが、それはシェイラの身の安全と天秤にかけて良いものではないのだ。


 マーリオはもう少し頑張ってシェイラを説得しようと奮い立った。どうしても分かってくれないのなら、厳しい言葉だってかけようとマーリオは決心する。

 なぜなら、マーリオはシェイラを愛しているからだ。



 ■


「お帰りヨハン。色々買い込んでおいたよ」


 ヨルシカが机を指差す。

 俺は礼を言って、以前パーティを組んだ者と会った事を話した。


「そっかぁ、でもそれも1つの人生だよね。いっそ冒険者自体も廃業するのも良さそうだけど。この町は別にやせ細っているわけではないし、仕事も探せばいくらでもあるだろうし。ねえ、私達もいつかは…どこかで落ち着く事もあるのかな」


 重い質問とは思わない。

 まあこういうのはそれなりの関係の男女なら当然出てくる質問なんじゃないだろうか。


「俺達も1、2年したら先の事を考えよう。今どうこう決めるのは早いしな。俺達は死線を共に潜り抜けてきたが、人生と言うものは死線をどう潜り抜けてきたかではなく、日常をどう過ごしていけるかのほうが重要に思う。俺達はもう少し日常を共に過ごすべきだよ」


挿絵(By みてみん)

 もう少し、日常を…と呟いて、少し頬を赤らめるヨルシカはジリジリと獲物を狙う魔狼の如き様子でにじりよって来る。


 俺は術腕の方の人差し指を立て、ヨルシカの額へ向けた。


「風、凝固、放て」


 風指弾(エアショット)

 出力を落とした不可視の弾丸がヨルシカの額へ飛ぶ。

 明日にはイスカを立つんだから大人しく荷造りをしろ。


 するとカッと目を見開いたヨルシカは首を曲げ、見えないはずの弾丸を避けてしまった。


 この距離で?

 馬鹿な…。



 ◇◇◇


 イスカから北方へ馬車便で2日ほどの所にアズラという小さい村がある。


 ここはそのアズラ村の西方にある森だ。

 黒森、とだけ名付けられた薄暗い森。

 この地域にしては物騒な場所ではあるが、それでも今繰り広げられている様な事が起きて当然だと言うほど物騒な場所ではない。


「あきゅ」


 こんな場面で無ければ滑稽とすら言える声を発したのは、中央教会二等異端審問官ロクサーヌであった。


 白粉をはたいたかのような白い肌、瑞々しい生気を感じさせる瞳、蕾のような唇。白雪の聖女とは彼女を讃える異名だ。


 当然外見だけではない、生来の才能に努力と言う上積みを飽く事無く積み上げた、そう…まさに才女の中の才女と言えるだろう。


 そんな彼女は背後から胸を貫かれ、心臓を握り潰され、だらんと体を弛緩させたロクサーヌは穴という穴から体液を垂れ流し、べちゃりという音と共に崩れ落ちて死んだ。


 ロクサーヌを殺したのは彼女の同業者だった。

 三等異端審問官ハジュレイ。

 一見長髪のナルシストだが、実は謹厳実直を旨とする青年。故郷の妹に仕送りする事を人生最大の重要事と公言する微笑ましきシスコンだ。


 しかし、決して同僚殺しをする様な男ではない。

挿絵(By みてみん)

 ましてや、死んだロクサーヌの首筋に噛み付き、死後硬直が始まっている硬い肉を旨そうに食う様な男でも…。


 ハジュレイがぐちゃぐちゃと音を立ててロクサーヌの肉を食べている。


 美味しそうに、食べている。


 ・

 ・

 ・

挿絵(By みてみん)

「あれでは魔族というより食屍鬼じゃな。やれやれ、我々は数が少ない。だから劣等共を我々の眷属と出来れば…と思っておるのだが…うまくはいかんの」


 そう嘯くのは青い肌の禿頭の老人だった。

 だが老人といっても決して弱々しい様子は見られない。

 凄惨とも言える迫力を全身から放つ、まさに怪人であった。




本作はMemento-Moriという作品と世界観、及び時間軸を共にしております。

勿論、両方読まないと何がなんだか分からない…というような書き方はしません。

ですが、本作品の中盤?に出てくる月魔狼フェンリークなどは、Mementoの方の舞台となるアリクス王国の初代国王が遊歴中に討伐したという設定ですし、そういう類の共有性を持たせますのでご了承願います。

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他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

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前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
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ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] するとカッと目を見開いたヨルシカは首を曲げ、見えないはずの弾丸を避けてしまった。 その後は荷造りどころじゃなかっただろうな
[一言] ヨルシカさんの挿し絵…喰らうものの眼をしててゾクリとしますわ。これを目の前に、牽制球を避けられたヨハンの恐怖よ。(でもたぶんこのあとめちゃくちゃ(以下略))
[良い点] 異端審問官や聖女、メメントや他のキャラと被らせて切ないですな……
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