イスカで呑み
■
イスカに着いた。
特に感慨はない。
潮臭いが、港町ならどこもそんなものだ。
焼き魚にぬるいエールで無事の到着を祝いたい所だ。
ヨルシカは森の国の生まれだから海が近いというのは結構新鮮……でもないか。
彼女も冒険者だしあちらこちら周っているだろう。
「私、結構お魚が好きなんだよね。アシャラの森にも湖はあるし、魚だってとれるのだけど海のそれとはやっぱり違うよ」
そんなヨルシカに焼き魚とぬるいエールの貧乏定食を提案すると、彼女はにっこりと頷いた。
■
「ねえヨハン? 少し飲みすぎじゃないかな?」
ヨルシカの言葉には全面的に賛同する。
俺は確かに飲みすぎている。
粗雑な酒精が血に乗ってぐるぐると俺の体を巡るのを感じる。
「まあそうだな、でもなんというかな、必要なんだよ。アシャラ以降、どうにも感情が不安定というかね。原因は分かるが……。平時は……縄をぴんと張るように……何というのかな、両手に力を込めて縄を張ってるのさ。その張りが“俺”だ。しかしな、常に力を込めて縄を張っているのは疲れるだろう……時には休めてやらないとな。酒は都合がいいんだ。意識的に緩めるのは案外難しくてね」
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
それにな、とヨハンは言って短刀を取り出した。
そして止める間もなく、彼は自分の甲を浅く切りつける。
「馬鹿! 何をし……て……」
私が見ている間にその傷は塞がっていく。
治癒の術? いや、術をつかっている様子はない。
はっとしてヨハンを見ると、その目の奥には不思議な虹彩。
魔力の光……?
「糧がね。少し栄養過多だったのかもな。彼らの……最期の感情にやや引っ張られていたみたいだ。知っているかいヨルシカ。命は巡るんだ。俺の体を巡る命は、俺が俺である限りこの身を賦活するだろう、ふ、ふ、ふふ」
引きつったように笑うヨハンは、なんだか私の知る彼ではないような気がして物凄く怖くなってしまった。
ただ、とヨハンが続ける。
「俺が何を捧げ、失ったかは君が教えてくれた。君は悲しい事だというが、俺はなんとも思わない。もしもう一度秘術を使って君との記憶を捧げても、その後俺はなんとも思わないのだろう。そして巡り巡る命は俺を更に高みへ導くだろう。だが、君を愛している。だから俺が秘術を使う事はもうあるまい……。もしもう一度、力及ばぬ相手とまみえれば奥の手はもうない。その時は悪いが一緒に死んでくれ」
確かにヨハンは私の知る彼とは少し違っていた。
でもそれは先ほどまで思っていた悪い方向での変貌ではなく……なんだか積極的になっているというか……
だが彼の言葉になんと答えればいいのかわからない。
私は口がうまくない。
仕方ない、私はこれまでそういうものと無縁に生きてきたのだから。
だから立ち上がり、ヨハンの顎を掴みそのまま口付ける。
◇◇◇
連盟の実質的なリーダー、マルケェス・アモンはヨハンの花界を滅美の秘術だと評した。
己のもっとも大切な記憶を触媒として敵手へ絶死を強い、それのみに飽き足らず相手の存在をまさに“糧”とする。
使えば使うほどに強くなり、そして大切なモノを失っていくのだ。
これほどまでに哀しく、そして美しい術があるだろうか? と。