Zazie②
◇◇◇
5対1。
多勢に無勢、敵手の業前はザジには届かないとはいえ、多数を覆せる程の差ではない。
過激派の教会戦力はチンピラではないのだ。
個々が十分な鍛錬を積んでいる。
例えるならば5人が連携すれば、冒険者ギルド基準での上級冒険者であっても2人までなら戦況優勢のまま押し切れる。
二等異端審問官はいわば教会の上級戦力だ。
冒険者のそれと比べれば勝るとも劣らないが、仮に勝るとしても大きく逸脱する事はない。
ならばザジが5人の三等異神討滅官に勝てる道理はないのだ。
異神討滅官達のリーダーであるケイセルカットが右拳を握り、親指側の方で胸を叩き、まるで胸から剣を引き抜くかのような所作を取りつつ、左手の人差し指と中指で宙にホーリー・マークを描く。
近接攻勢法術・神聖刃
ケイセルカットの右手には輝く刃が握られていた。
光熱をもって敵手を焼き切る光の剣だ。
教会の奇跡は法術とも称され、通常使われる魔術とは違い、詠唱を口に出すのではなく、その所作に詠唱が込められている。
トリプル・アクションを要する法術はあえて階梯分けをするならば中級法術と言えるだろう。
◇◇◇
ザジは自身を取り囲む異神討滅官達にさして興味を向けることはなかった。
代わりに腕を広げ、まるで抱きついて来いというような姿勢を取り、目を瞑った。
「法術か?しかし…」
異神討滅官の1人…ギゴが訝しげに呟き
「拡散の法術。しかしその先がない。隙だらけだ。行くか?」
キプロスが答える。
だが彼らのリーダー、ケイセルカットはそんな仲間達を制止した。
「あれは二等異端審問官ザジだぞ。奴がどれだけの数の邪教徒の首を獲ったか思い出せ。あれは隙ではない。気をつけろよ、馬鹿正直に突っ込むな。まずはけん制だ」
「なればこそ何かをしでかす前に斃すべし!!ぬううあああああ!」
吠え猛るは三等異神討滅官クレイドス。
右拳を握り、手首を捻り、甲をザジに見せるような所作を取る。
近接攻勢法術・聖力拡張
シングル・アクションの単純な身体能力向上だ。
効果としては珍しいものではなく、他の体系の術にもある。
と言うより、身体能力向上などは別に術という形で発現しなくとも、普通にやっている者達は大勢いる。
例えばアリクス王国などでは魔力をそのまま体内に流し込み身体能力向上を行うすべが広まっている。
ともあれ、クレイドスは自前の大ハンマーを片手で振り回せるほどに力を増強させ、いまだ腕を広げ目を瞑るザジへ猪突した。
◇◇◇
(糞!イノシシ野郎め!)
注意をうながした傍から突っ込んでいく馬鹿な同僚に内心で毒づきながらも、ケイセルカットも光の刃を構え飛び出していった。他の者らも同様だ。
迫り来る5人の殺手、しかしザジはうろたえない。自分は尊き声の導きに従っていればいいと知っていたからだ。
ザジの耳に密やかな囁き声が聞こえる。
声は左足を一歩下げ、横身を見せつつ、左手の掌底で大男の顎を跳ね上げろと言っている。
ザジはその様にした。
クレイドスの振り下ろしの一撃は空を切り、下方からの掌底で顎を叩かれた彼は一瞬ふら付く。
そしてザジは右手で何かを優しく掴むような形へと変え、よろめくクレイドスの耳へ張り手を見舞った。
クレイドスは耳から叩き込まれた空気の塊に脳をぐちゃぐちゃにされ、目と鼻、そして残った耳から血を垂れ流しながら倒れて死んだ。
◇◇◇
ザジの耳に届いているのは法神の囁きなどではない。
己が魔力を拡散させ、自身の領域を展開し、その領域内での動作を察知して未来視にも迫る反応速度で対応しているだけだ。
腕を広げ、目を瞑るという所作は法神に身を委ねるという意味を持つ祈りの形の1つである。
魔力の拡散を為す法術は、世界を遍く照らす法神の威光をより広く感じる為の、いわば精神修養に使われるものであって、戦闘に使うようなものではない。
狂気を理性で制御するザジだからこそ為せる術といえよう。
だが仲間内でもっとも体格がよく、優れた戦士であったクレイドスのあっけない、そして無残な死を目にしても異神討滅官達の意気は衰えない。
当然だ、彼らも彼らなりには狂っているのだから。