ヴァラク再び①
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と言う事でヴァラクへ到着。
入場の手続きもすんなりと済んだ。
というより、以前ヴァラクでこなした仕事の件で顔が売れてしまっていて、検査の類はほぼ無いに等しかった。
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
「この後は宿、そしてギルドだったね」
私がヨハンへ確認をすると彼は頷いた。
ヨハンは確かこの順序を怠って野宿をしたのだったか。
「ヴァラクは色々と荒っぽいというか雑な部分があるから、宿代はケチらずに行こう。強盗や窃盗といった犯罪が頻発するほど治安が悪いわけじゃないんだが、宿の廊下ですれ違う時肩がぶつかったとかで殴りあったりする奴等とかも珍しくはないんだ」
そんなヨハンの言葉に私は頷かざるを得なかった。
ヴァラクは決して悪い街じゃないのだけれどね。
悪い街じゃないのだけれど、話し合うより殴りあうほうが手っ取り早いと思っている人達が多い事は否めない。
そして連れ立って宿探しをしたが、私達のお眼鏡に適う所はすぐに見つかった。
食い千切る魔狼の牙亭という宿だ。
お店の名前にはその都市の色が出るものだけれど、ヴァラクのお店は大体物騒な名前で逆に笑ってしまう。
宿に荷物を置き、主人に小銭を渡して管理を厳にしてくれる様に頼み、私達はギルドへ向かった。
◆◇◆
SIDE:セシル
「ようこそ、ヴァラクへ。力試しの為に此処を訪れたのでしたら実に賢明と言えるでしょう。傭兵都市ヴァラクには物騒な依頼ももっと物騒な依頼も、血腥い依頼には事欠きませんよ♪」
あんまりにあんまりな歓迎の言葉に苦笑してしまうけれど。
でも望む所ね。
リズもガストンも心に期すものがある様で、その目の奥には戦意に似た何かが燃えている気がする。
私もそう。
この都市で暫く研鑽を積む。そして私達は更に飛躍するでしょう。
根拠なんか1つもないけれど。
リズがガストンへぶつけていた言葉…冒険者なら魔物に食い殺されて死ねっていう台詞…私は共感できる。
ずっとイスカで冒険者稼業をして居てもいいけれど、きっとその先には成長や飛躍がない。
ガストンは知らないけれど私もリズも、冒険者として英雄と呼ばれるに相応しい存在になりたい…という夢がある。
そんな事を考えながら手続きを進めていると…
「な…!?よ、よう…。お前もここに来ていたのか…ヨハン…」
そんなガストンの言葉に、私もリズも勢い良く後ろを振り返った。
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「な…!?よ、よう…。お前もここに来ていたのか…ヨハン…」
まさかここで会う事になるとは。
しかも俺にとっては余り印象が良くない連中だ。
ただそれは冒険者として、という意味である。
人として彼らに対して思う事は特にはない。
「ガストンか。ああ。余り長くは居ないだろうが。それにセシル、リズ。シェイラがいないな」
俺が答えると、セシルとリズが前へ出てきてややぎこちない挨拶の後に事情を説明してくれた。
なるほど、恋人がね。
それにしても恋人といえばガストンは…いや、言うまい。
事情なりあるのだろう。
「そ、それで…そっちの女の人は?」
聞いてきたのはリズだ。
俺が紹介しようとするとヨルシカが前へ出てきて自分で名乗る。
「私はヨルシカだ。アシャラで認可を受けている冒険者。彼…ヨハンとはとある依頼の時に知り合ってね。それ以来懇意にしている。見た所…貴方達とヨハンは知り合いの様だね」
まあ少し世話になってな、と言うガストンの返事におや?と思う。
こいつはそんな殊勝な性格だっただろうか?
もう少し刺々しい…と言うほどでもないが、乱暴…でもない…ううん…そう、情緒不安定だった気がするんだが。
俺の訝しげな雰囲気に気付いたのか、ガストンは“俺にも色々あるんだよ”と言った。
確かにそうだ。
生きていれば色々ある。
それよりよ、とガストンは続ける。
「お前も少し変わったな。前よりとっつきやすくなっている気がするぜ。恋人でも出来たか?」
俺は頷く。
「ヨルシカとは特別な意味で親密だ。だが、俺がとっつきやすくなったというのは勘違いだろうな。どうしても俺が変わったと思うなら、それはお前が少し変わったからだと思う。以前のお前は腕は等級並みでも、精神面がガキそのものだと思っていたが、今のお前は何となく以前よりはマシな気がする。ロイ達とワイバーン討伐でもして一皮剥けたか?」
俺が言うと、ガストンは糞ッと悪態をつき、ワイバーンどころかクソガキに気絶させられたなどと言う。
彼の視線の先にはリズ。
まさかリズに負けたのか。
だがそのリズは口を開けたままなんとも間抜けな表情だった。
「と、特別な意味ってどんな意味!!」
リズがいきなり叫びだす。
いきなりなんなんだとリズを見れば、良くわからない事をウダウダと言っていた。
佇まいを見るに、少しは出来る様になっているはずなのだが、精神面ではこちらは退化しているといっても過言では無い。
セシルを見てみると、彼女はこちらを見ていなかった。
というより、今この瞬間、ギルドの壁の木目こそが人生で最大の関心事だとでも言う様に壁を見ていた。
ガストンは、といえば短刀を収めている鞘を磨きだしている。
「や、ヤったの!?」
ギルドという場所でリズ…メスガキがとんでもない事を聞いてくる。
すると流石に看過出来ないと見たか、ガストンがリズの後頭部を引っぱたいた。
ヨルシカはそんな連中の様子をどこか笑みの様なものを浮かべて眺めていたが、ガストンとリズが喧嘩を始めて互いが拳を放った時、ヨルシカが割ってはいって二人同時に投げて転がしていた。
これは後から聞いた話なのだが、アシャラは体術が盛んらしい。開祖アシャートが魔法と体術を組み合わせた技法を得意としていた事からだという。
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あれから色々ちょっとした雑談をして、セシル達が冒険者として山を越えたいという様な事を話していたので、彼女らがヴァラクに居る理由に心得がいった。
視た所、魔狼が相手でもそれなりにやれるだろう。
運が悪ければ誰かが死ぬかもしれないが、それも含めての冒険者稼業だ。
ああ、でもそういえば…ラドゥ傭兵団はまだ人員不足なのかな?何だったら口を利いても…いや、しかし冒険者として大成したいなら傭兵団に入団するというのもなんだか違う気がする。
まあ彼らが決める事か。
そんなこんなで俺たちは再会し、そして別れる。
生きて居ればまた会う事もあるだろう。
リズはまだ何かを言いたそうだったが、ガストンやセシルに抑えられ渋々引き下がっていた。
さて、まだ時間はあるな。
ラドゥが居ればいいが。
この次はラドゥ傭兵団に軽く挨拶しにいくつもりだ。
あの戦いをお互いに乗り越えたと言う事で、やはり自分の中でもラドゥ傭兵団への好感度が高いなと思う事がある。
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ラドゥ傭兵団へ出向くと丁度ラドゥと正座しているカナタ、そしてそれを取り囲んでいる団員達が居た。
カナタが何かを叫んでいる。
「僕は!真人間に!なります!…だ、団長~…もう100回言いました…」
カナタが泣きべそをかきながら言うと、ラドゥは首を横に振る。
「真っ二つになりたいならそこでやめろ。だが、まだ生きて女を抱きたいならもっと反省の念を込めなさい。残念ながらカナタ、お前からは真の反省が感じられない」
そこでラドゥが俺たちに気付く。
ラドゥは忌々しそうにカナタを睨みつけると、“行ってよし”と言った。逃げ出すように去っていくカナタの背をみて、少し痩せたか、と思う。
それにしたって冷静沈着なオルド騎士の見本みたいな男をこうまで感情的にさせるとは!
カナタの悪癖を知っている俺は大体の事情を察する。
苦笑しながらヴァラクを訪れたついでに挨拶しに来た事を告げるとラドゥはたちまち表情を元に戻し、頷いた。
それから俺達は簡単な情報交換を交わす。
ラドゥは気になる事も話した。
「近頃きな臭い。ヴァラク周辺の話ではない、もっと広い世界の話だ。各国から不穏な知らせがちらほら届いている。知っているだろう、魔族だ。各地の地脈が集まる場所で出没しているらしい。何かを企んでいるのだろう。気をつけなさい」
地脈。
いわば世界に流れる魔力の流れだ。
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俺達は挨拶もそこそこに傭兵団の本部を辞去した。
それからどちらから言い出したわけでもないが、ヴァラクのあちこちを見て回る。といってもヴァラクは観光客を財源としている都市ではないので、見て楽しいものはそう多くはないが。
他の冒険者達…あるいは傭兵達も沢山いる。
中には嫌な目を向けてくる者達も居たのだが、ヨルシカの腰に佩かれている剣…サングインを見るとすごすごと去っていった。
無理もない、正直に言って見た目も効果も魔剣…いや、邪剣だ。
最初は彼女もサングインを持ち歩く事に抵抗を覚えていた様だが、段々と慣れていったらしい。
よくよく見れば品の様なものを感じるらしい。
俺もマジマジとサングインを見つめると、邪悪さだけではなく、そこはかとない上品さの様なものを感じる様な気がする。
例えるならば貴族の令嬢が処女の頚動脈を搔っ切って、溢れる血で満たした浴槽でほっと一息ついているような上品さだ。
ヨルシカにそれを言うと、“理解したくはないけど言ってる事は分かる”などと言われる。