閑話:ガストン、セシル、リズ、シェイラ
◇◇◇
「ここがイスカか、潮くせぇな」
ガストンはぼやく。
まあ仮にイスカが港町でなかったとしても、今のガストンは何かにつけ文句をつけていただろう。
つまり、ガストンは相当に荒れていた。
それでも当たれる相手がいれば話は別だったのだろう。
しかし、ロイにせよマイアにせよ、別にガストンを虐げたとかそういう事はない。
ガストンが恋に敗れ……というかマイアは最初からロイを好いていたのだからハナから勝負にすらなっていなかったのだ。
そして、ガストンには勝負する資格すら無かった。
なんといっても、彼はマイアへ対しその気持ちを告げる事も、明確な行動で好意を示す事も無かった。
ただ、何となくマイアが自分の気持ちに気付いてくれたらいいなくらいの思いでモーションをかけていたに過ぎない。
マイアが好きなら何故行動に移せなかったのか。
それは傷つきたくなかったからだ。
告白を拒否されて傷つきたくなかった。
もし告白するならば、100パーセントの勝算がある状況でないとリスクがある……そんな事を思っていた。
愚かと言わざるを得ない。
傷つく事を恐れた結果、心に大怪我を負って尻尾を巻いて恋という戦場から逃げ出すなど。
まだ玉砕した方がマシである。
だが、そんな事はガストンにだって分かっていた。
◇◇◇
そんなガストンは今、イスカのギルドで少女と喧嘩をしていた。
「あァ!? てめぇ! 何て言った!」
すごむガストンに一切恐れをなす様子もなく少女は言い返す。
紫味が混じる黒髪の少女だ。
服装を見るに斥候だろう。
「何べんでもいってあげる! 私らは前! あんたは後ろ! なぁにが“どけよ”よ! 無頼気取ってんじゃないわよ間抜け! 年が上だろうが冒険者等級が上だろうが、それで順番が前後する事なんてないわよ! 大体あんた本当に私らより等級上なわけ? 辛気臭い面しちゃって笑える! 強い奴はそんな面しないんだよ! ここはギルドなんだけど? 葬儀場はあちら! さあ! さっさと尻尾巻いて消えなさいよ! それで自分の葬式でも挙げてろ間抜け!」
ガストンの威圧に対して、返って来たのは10万倍の罵倒だ。
その滅茶苦茶な罵倒は、なぜかガストンに1人の男を想起させた。
「ちょ、ちょっとリズ……言い過ぎ……」
赤髪の女性がリズと呼ばれた少女を制止するも、少女は止まらない。
「セシルは黙ってて! この手のアホはすぐ手を出すからね! ほら、みなよ、拳握ってる。いいよ、殴ってきなよ。ほら、頬はここだけど? 頭だけじゃなくて目まで悪いわけ?」
リズが頬を差し出し、ガストンを更に挑発する。
冒険者としての等級が下で、年齢まで下と思われるメスガキにここまでされては、ただでさえ短気なガストンとしてはもう我慢がならなかった。
順番待ちを飛ばそうとし、横紙破りをしようとしたのはガストンではあるが、格下で年下なら順番くらいは譲って当然だ。
少なくともガストンはそう考えていた。
そこからの挑発。
ガストンの拳が飛ぶ。
完全に挑発に乗せられていた。
怒り故に不完全な体勢での中途半端な突き。
それを見るなり、リズは体を思いきり反らし、伸ばされたガストンの腕を掴み、脚を跳ね上げガストンの腕へ絡みついた。
踵でガストンの頭部を打ち、そのまま地面へと倒す。
飛びつき腕拉ぎ逆十字だ。
「ちょお!? リズ! やばいって! 折れる折れる! やり過ぎ! しぇ、シェイラ~!!!!」
セシルが叫ぶと、シェイラと呼ばれた女性がバタバタとギルドの隅から走ってくる。
「こら! リズ! やめな!」
リズとしてはそのままガストンの腕を圧し折ってやるつもりだったがセシルとシェイラに力ずくで剥がされてしまう。
「邪魔しないでよ! 女だからって舐めてきたのはコイツじゃん!」
頬を思い切り膨らませて抗議するリズにセシルとシェイラは頭を抱える。
「あ、あなたねえ……ヨハンとの依頼以降特訓に励むようになったのはいいけど、そんな性格だったっけ……?」
痛みで呻くガストンの耳にセシルの言葉が聞こえてくる。
──ヨハン? いや、まさかな……
◇◇◇
「く、くそ、このメスガキ……」
ヨロヨロと立ち上がったガストンがリズを睨みつけながら言うと、リズの怒りは更にボルテージを上げてしまう。
「あぁ!? メスガキ!? 命の恩人のヨハンに言われるならともかく!! お前に言われる筋合いはないんだよ!」
突然の蹴り上げ。
それも股間にだ。
ガストンはぐるりと目を裏返し、気絶した。
◇◇◇
リズとガストンとの間に絶対的な差があるというわけではない。むしろ格としてはガストンが上だ。
真っ当な精神状態で真正面からよーいドンと殴りあったなら、リズはまずガストンには勝てないだろう。
忘れがちだが、彼とてワイバーン討伐を為したパーティの一員なのだ。いや、一員だったのだ。
実力差は大きい。
たとえリズが此処暫く熱心に訓練を積んでいたとしてもだ。
だが今のガストンは真っ当な精神状態とは程遠いし、リズの剣幕に圧され中途半端に手を出してしまった。
元からリズはガストンの暴発を狙っていたのだから、そもそもの心構えが違う。
ガストンがリズにボコボコにされてしまったのも当然の結果であった。
◇◇◇
「いやぁ、悪いねお兄さん……。私はシェイラっていうんだ。リズが……ああ、あの子はリズっていうんだけどね、なんかそう、発情期の猫っていうか……最近やる気が有り余っているというか……」
療養所で申し訳なさそうに言う女に仏頂面を向けるガストン。
盛大にぶっとばされて情けなさで頭も冷えた彼は、“いいや許さないね! ”などといえるはずもなく、ただ黙っているのみだった。
(いや、でも気になることがある……)
ガストンはあのメスガキの言葉を思い出す。
ヨハン……ヨハン?
「なあ、あのガキが言っていたヨハンって奴だけど……滅茶苦茶口が悪くて陰険で腕が立つ男だったりしないか? 黒髪で、術師で……」
ガストンが言うとシェイラはきょとんとした表情を浮かべる。
「彼の事を知ってるのかい?」
──知ってるも何も……
「前の、仲間だよ」
シェイラの、あらーという間の抜けた声が部屋に響く。
◇◇◇
「はあ……それであなたは前のパーティから逃げてきた、と。ヨハンは前の仲間だったけど愛想つかされて見捨てられた、と……。ギルドに文句をつけたら、実は面倒を見てもらってたことが分かって一層情けない気持ちになった、と……」
セシルが困り眉でガストンの心をドスドスと突き刺す。
シェイラは苦笑、リズは完全にガストンを見下していた……と思いきや、意外にもその表情から敵対的なものが薄れていた。
「あー……ああー……なんか正直いって完全にあんた……ガストンが悪いけど、私も腕圧し折ろうとしたのは悪かったような……気がする。う、うーん……はあ……捨てられお仲間、か」
リズが項垂れて言うと、ガストンは“お仲間ってのはどういうことだ? ”と質問をした。
そこでセシルはガストンへヨハンとの出会い、諍い、別れについて話す。それを聞いたガストンはため息をつき、どういう縁だよ、とだけぼやく。
それからガストンとセシル達は、似た様な境遇と言う事もあいまって色々雑談を交わし始めた。
◇◇◇
「情けねぇな……」
ガストンが項垂れて呟く。
そう、本当に情けなかった。
恋に真正面から向かう事も出来ず、逃げ出して、逃げ出した先で格下にボコられて気絶……余りにも酷すぎる。
「情けねぇよ……」
再び呟いたガストンはいつのまにかボロボロと涙を零していた。
セシルもシェイラも何も声をかける事が出来ない。
だが……
バチン! という音が響き、同時にガストンが“うげえ”と声をあげる。
リズのビンタだ。
「なら強くなればいいじゃん! ウジウジウジウジ言ってる暇あったら依頼がんがんやって成長すればいいんじゃないの? そうやってベソベソ泣いて涙で溺れて死ぬつもり? 冒険者なら魔物に食い殺されて死ね!」
余りにも酷い激励だが、ウジウジガストンには暴言混じりが丁度良いとも言える。
“そうかもな”とちょっと元気になったガストンを見たセシルは、“ええ、マジなの? ”とちょっと引いていた。
そんなこんなで……
◇◇◇
「じゃあ、シェイラ。私たちいくね」
セシルが馬車を背にして言う。
シェイラは頷き、セシル、リズ、そして……ガストンを見て“良い旅を”と言い残し、彼らに背を向けた。
その背は少しだけ震えている。
「しぇ、しぇいらぁぁ」
リズがまたグズりだすが、ガストンがケッと小ばかにすると2人はまた喧嘩をしていた。
そう、そんなこんなでセシルとリズ、ガストンはパーティを組む事になったのだ。
3人の行き先は……傭兵都市ヴァラク。