エル・カーラ出立
◆◇◆
SIDE:ドルマ
マリーはアホだし、ルシアンはドアホだ。
そしてアホ2人とつるむのがそこそこ楽しいと思っている俺は度し難い真のアホだ。
それにしても協会と連盟を支配って滅茶苦茶言いやがる。
協会はどうでもいいが、連盟はまずいだろ。
いや、協会もまずいか。コムラードの親父はおっかないしな…
それにしても連盟か。
目を瞑ればあの男が…連盟の術師ヨハン…さんが脳裏に浮かぶ。
血なまぐさい講義の数々!
いや、あの講義のお陰で命を拾ったのかもしれないけどよ。
たまに夢に見るんだよ。
小鬼の頭を潰せと言っていたあの時の無表情なヨハンさんの…
ほら!店の外に見えるじゃねえか!
ここにいるわけないのにな。
幻覚か?
疲れがたまってるみたいだな。
「おい、ルシアン、マリー。俺は先に帰るわ。疲れがたまってるみたいでよ、ヨハンさんの幻覚が見えるんだよ」
――ねえ、ドルマ。私にも見えるんだけど…
マリーの呟きを鼻で笑う。
この前エル・カーラを発ったばかりだろうが。
お前も幻覚か?
アーヴ・サンズでも吞んだのか?あれはガキが吞む様な…も、の、じゃ…
「やあ、ルシアン、マリー、ドルマ。久しぶりだな。元気そうで何よりだ。マリー、協会と連盟の支配とは恐れ入る。だが笑うまい。実際に君は才能がある。俺が君位の年の頃は野良犬を殺して食うのが精々だったからな。火球1つ出せなかった」
■
「きょ、教師ヨハンぜんぜぇ”ぇぇぇ!!!」
俺はもう教師ではないし、教師だったとしても教師ヨハン先生はおかしい。
だがそういうのはくだらん指摘だな。
「マリー、淑女がはしたないぞ。ああ、ルシアン…何か拭くものはあるかな…ありがとう。ほら、拭きなさい。張り付くんじゃない…ドルマ、助かるよ。マリーを剥がしてくれ」
赤い頭が張り付いてくる。
いわゆる迷宮探索の依頼を受けた時、腕に張り付いてきた吸血大蛭の事を思い出した。
子供の腕くらいあるでかい蛭だ。
吸血した後だと真っ赤に膨れ上がる。
そう、マリーの頭髪の様に。
ドルマが手を貸してくれ、張り付いたマリーを剥がしてくれた。そしてルシアンはマリーの涙と鼻水を拭いてやっていた。
「あ”り”がどるじあん…」
視れば間違いなく術師として成長したと断言出来るのだが、
見ればただの子供にしか見えず…マリーは不思議な生き物だ。
それにしても彼ら3人からは互いが互いに運命の糸を絡めあっている様に視える。
「君達は大物になるかもな」
◇◇◇
この時のヨハンの霊感は正しいものだった。
今より丁度10年後、彼ら3人組+1人は偉業の代名詞であるドラゴン・スレイを成し遂げる事になる。
それもその辺の木っ端竜ではない。
魔竜殺しだ。
だがその話はまた別の話。
他の場所で語るとしよう。
■
あれから色々彼らと情報交換というか雑談をした。
街の噂話や彼らの近況なども。
アリーヤがあの3人組の頭目…頭目?に収まっているとは思わなかった。まあ才覚と言う意味で言うなら、アリーヤも大したものだし、才は才を呼ぶと言う事なのだろう。
折角だし術師コムラードあたりにでも挨拶をしたかったのだが…しかし、俺の霊感が今はやめておけと囁くので素直に従う。3人組には適当な土産を持たせて術師コムラードへ渡してくれる様頼んだ。
消費触媒はいくつか補充をした。
ついでに起動触媒も。
協会の術は余り触媒を馬鹿喰いするようなものはないのだが、無茶な使い方をすれば話は別だ。
そして俺は今後も無茶な使い方をする様な気がする。
と言う事でそろそろ宿へ戻ろう。
腹が減ってしまった。
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
「ただいま。ヨルシカ、飯でも行かないか?」
ヨハンが帰ってきた。
そういえばお腹も空いたな…もう昼だけれど、朝から何も食べていない。
体を動かしたし…運動というか、いや、うん…
それにしてもヨハンは手馴れていたと言うか…うん…
「あ、ああ…ちょっと待ってくれ…支度するから」
私がそう言うと、“じゃあ1階で待っているよ”と言い残しヨハンは去っていった。
正直助かる。
もはや隠すべきものは何もないけれど、始末しておかなきゃいけない物や痕跡だってあるし、できればそういうのは見られたくない。
・
・
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「お待たせ」
私が1階へ降り、ヨハンを見つけて声をかけると彼は何も答えなかった。じっと観葉植物を見つめている。
しきりに首をかしげていたが、遅れて私に気付いたみたいで手を掲げて応じてくれた。
植物か…やはり引っ掛かる部分があるんだろうか…
「大丈夫かい?」
私が声をかけると、ヨハンは観葉植物を指差した。
彼の指を追ってみると…指!?
鉢から指が生えている!?
「キノコだ。死人茸という。木に生えるんじゃなく、植物の根っこから生えてくる。人の指そっくりだが、よく見ると人の指とは差異がある。爪もないしな」
彼が言うには、まるで土から這い出さんとする死者の指のようだということで名付けられたキノコらしい。
驚いた。
「不気味に過ぎるが、意外にも吉兆というか魔除けというか、そういう意味合いもあるんだよな。この茸が生えている場所は死者が護る地と言う事で邪悪を寄せ付けない…らしい」
確かにあの不気味さなら泥棒とかも驚いて逃げ出すかも知れない。
「ちょっとした防壁を作る触媒にもなるから、菌糸を分けてもらおうかどうか悩んだんだが、鉢植えから指がウジャウジャはえているのを想像するとどうも気乗りがしない」
私はゆっくり首を横へ振って言った。
「私も嫌だ」
■
キノコはさて置き、その後は飯を食って宿へ戻った。
宿ではミシルからの文が届いており、腕が仕上がったとの事。
ヨルシカへもその事を告げ、腕を受取ったらエル・カーラを出る事も伝える。
「次はヴァラクだっけ?」
ヨルシカが聞いてきたので頷く。
「ラドゥ傭兵団に軽く挨拶しておくか」
俺がそう言うと、“それがいいね”とヨルシカも賛成した。
そうしてエル・カーラ再訪の最後の夜も過ぎていった。
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翌朝。
「おはよ。もう慣れてきた。コツは掴んだよ。今朝は私の方が早起きだったね。ああ、準備は済んでるから」
ヨルシカに起こされ、手早く準備。
昼前にはミシルの元へ行かないとならない。
もう少し眠りたいが、ギルドにも挨拶しておかないとならない。
飯を済ませ、ミシルの屋敷へ。
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「これが品物です。説明は先の通りに。言っておきますが、くれぐれも受け太刀などしようとしてはなりませんよ。実体がないのですから、すり抜けてばっさり斬られます。逆に、相手の受け太刀を誘う様な使い方もありますが。もう一つの機能もまだ不完全です。三つ以上は込めないように。四つまでならともかく五つ込めれば暴発して貴方は死にます」
ミシルの説明を深く肝に銘じる。
では良い旅を、というミシルの言葉を背に俺達は彼女の屋敷を辞去した。
因みにヨルシカは術剣を一本購入していた。
なかなか扱いに癖がある様だが…彼女なら上手く扱えるか。
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宿から荷物を引き上げ、俺達は今ヴァラク行きの馬車を待っている。ヴァラクでは特に用事はないのだが、ヴァラクを経由しないとまともな馬車を拾えない。
乗り継ぎの問題だ。