★既視感
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あれから酒場へ行って久しぶりに吞んだ。
エル・カーラ名物だと言うアーヴ・サンズという薄い緑色の酒を飲んだが、独特の香気に加えて異様に強い酒精は好き嫌いが別れるんじゃないだろうか。
ヨルシカは気に入ったらしいが。
不味い訳ではないのだが、どうにも頭がこれを酒として受け付けない。酒じゃなく霊薬の類だ……。
水を加えると白濁して怪しさがいや増す。
酒の名前の由来は、太陽を支配する者、なんだとか。
随分仰々しい名前だなと思っていたら酒場の親父曰く、昔の粗悪なアーヴ・サンズは飲むと幻覚を齎し、昼間からそれを飲むと太陽が歪んで見えたそうだ。
転じて、太陽をすら歪ませる偉大な酒となったのだとか……。
だが俺にはこの酒に名付けをした飲んだくれをあざ笑う事が出来ない。
なぜならマルケェスが以前言っていたのだ。
家族たる連盟員を酒の飲みすぎで亡くすとは一生の不覚、と。
そう、昔のとある連盟の術師は星を良く学び、星座にちなんだ伝承から大きな力を引き出し、星をすら落とす事が出来たという。だが彼は酒を飲みすぎて死んだらしい。
愚かな、とは言うまい。
偉大な術師とて酒でくたばる……
待てよ、魔族などこのアーヴ・サンズをぶっかけてやれば勝手にバタバタと死んで行くんじゃあないか?
「なあどう思う、ヨルシカ。ところで君、顔色が悪いな……緑色じゃないか。ああ……南方の長緑蛇族の肌の色かな……ふ、ふふ……れんめいにも、いたそうだがね。しんだんだ。さむくてしんだらしい……冬の便所でな……あんまりな死にかただろうが……」
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
“なあに、酒で潰れる冒険者なんてド三流だよ、俺達ならばいくら吞んでも酔っ払ったりはしないのさ”
なんてヨハンが偉そうに言っていた時には既に彼は酔っ払っていたと思う。
残った片腕を枕にして眠っている彼を見ながらそんな事を思っていた。
ヨハンと酒を吞んだ事は何度かあるけれど、潰れるのを見るのは初めてだ。
気持ち良さそうだし、暫く放っておいてやろうと彼の背に上着を掛けようと思ったが……辞めた。
念の為に自分の腕の筋を伸ばしておく。
いくつか死線を潜り抜けた者って言うのは……
そっとヨハンの肩に触れると、手首を掴まれる。
そのまま義手を嵌めていた方の腕が懐へ入り、短刀を……取り出せなかった。
そっちは腕がないものね。
私はヨハンの顎の先端を甲で軽く叩くと彼は脱力する。
倒れないように体を抱えて、椅子に座りなおさせてやる。
ド三流の君はもう少し休んでいるといい……。
そこで私はさっきから向けられていた鬱陶しい視線の方へ振り返って言った。
「で? 私に何か用か?」
◆◇◆
SIDE:ちんぴらのキュゼ、女衒のモス
俺はその2人を見て今夜の獲物はこいつらに決まりだな、と思った。
女連れの男、しかも男の方は不具者だ。
服装を見るに術使いらしい。
連中は侮れない。
むにゃむにゃと何かを呟くと火の球を出したりする。
だが、あの男に限ってはそんな心配はなさそうだ。
──あんな風に酔い潰れていちゃな
俺はほくそ笑む。
女の方はどうだ?
軽い鎧、腰には細っこい剣。
ああいう剣を使うやつは素早い。だが非力だ。しかも女。
横目でモスを見ると頷いている。
面喰いのモスの御眼鏡にも叶ったか。
確かにそうだ、あの女はとんだ別嬪だった。
気の強そうな所がまたいい。
ああいう女は内心で男に従いたがってる奴が殆どだ。
少なくとも、自分を差し置いて潰れる男には良い印象を持っていないだろう。
おっと、じろじろ見ていたから気付かれたか。
「で? 私に何か用か?」
女が言う。
いいね、男勝りの女を組み敷く事程楽しい事はない。
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
「そんな睨まないでくれよ、俺達はただそこの兄さんは大丈夫かなと思って声をかけただけだぜ」
キュゼ、モスと名乗った男達はそんな様子で次から次へとくっちゃべっていた。
「それにしても潰れるまで吞んじまうとはね、冒険者は酒には強くないとなあ」
「お姉さんは剣士か? 拵えの良い剣だなあ」
「お姉さんの名前はなんていうんだ? え? なに? いいじゃないか、教えてくれよ。俺達も教えただろ?」
「ところでそこのお兄さんの腕はどうしたんだ? 魔物に不覚でもとっちまったのかい?」
「お姉さんも大変だよなあ、女なのに前衛ってのは。男の前衛、女の後衛はよくきくけどよ、逆は初めてみたぜ。俺ならお姉さんの前で戦うけどなあ、やっぱり男なら女を守ってこそじゃないか?」
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「そこまでだ。キュゼにモスだったな。それ以上はやめてほしいんだ。大方、彼が頼りないと言う印象を私に与えたいのだろうけど、それ以上言われてしまうと私は君等をタダで済ませるわけにはいかなくなってしまう」
私はかなりの自制心を発揮した……と自分でも賞賛したい。
やめてほしいというのは本心だ。
暴力沙汰か殺人沙汰になってしまったらエル・カーラを追い出されてしまいかねない。
ヨハンの腕だってまだ受取っていないのに、街を追放なんてそんな醜態晒すくらいなら死んだほうがマシだ。
とはいえ、段々と侮辱めいてきた彼らの言葉を余り我慢できる自信もない。
◆◇◆
SIDE:ちんぴらのキュゼ、女衒のモス
「へえ、ただで済ませる気はないって? それはどういう意味か教えてほしいな」
俺は強気な女に聞く。
それによ、と続ける。
「そこの兄さんが頼りないっていうのは本当だろ? 腕をなくして、引退もせずに冒険者をやるって、それはつまりお姉さんのヒモみたいなものだよな? 現実を見なよ、お姉さんは同情心、で、……?」
気付いたら目の前の強気女が満面の笑顔で笑っていた。
だが、可愛げのある笑顔じゃない。
目だけが、笑っていない……
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
こういう時どうすれば良いか。
考えてみれば単純な話だった。
ヨハンがまさにそうしようとしていたじゃないか。
怒りの余りこぼれた笑みを戻し、私は提案してみる。
「なあ、どうせもう私が何を言っても口を閉じてくれないんだろう? だったらさ……どうだい? 腰のそれ。抜いてみなよ。そうしたら私は恐れをなして君達の言う事を何でも聞いてしまうかもしれないよ……ほら、抜きなよ、剣をさ」
早く抜け。
抜いた瞬間に斬り殺してやるから……
って……ひゃっ!?
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殺気を感じて、すわ襲撃か!? と飛び起きてみればヨルシカが男2人組と向かい合っていた。
そういえばヴァラクでも似た様な事があったな。俺が悪魔や魔族と縁があるように、彼女もチンピラと縁があるに違いない。
ともあれ、ヨルシカから感じる不穏な気配はさすがに街中の酒場で垂れ流すには物騒に過ぎる。
見ろ、店中の視線が集中しているじゃないか。俺は水で手を濡らし、後ろからヨルシカの頬に当てた。
ついでに、懐から木切れを男達の足元へ放る。
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
頬に濡れた手。
振り向くとヨハンがじとっとした目を向けてきていた。
「いや、これはね……ヨハン。彼らがその、君を侮辱して……」
そう言うと、“頭から酒はかけられたか? ”とヨハンが言う。
私が首を振ると、ヨハンは“じゃあこれでいい”と顎をしゃくった。
彼の視線を追うと、二人組の足元には木切れ……そこから細い蔦が伸びて男達へまきついていく。
「蠢く蔦はさながら大蛇の如く。女は悲鳴をあげるもたちまちに不気味な笑い声が轟き、葉が覆いかぶさりてやがて悲鳴は途絶える。伝説上の食人木の伝承だ。おい、そこの2人。どうする? 俺はお前達を餌とするのはやりすぎだとおもう。だが、連れを挑発したお前達も悪いとおもうんだ。今なら頭を下げるだけで構わん。その時は俺も術を使ったのはやりすぎだったと頭を下げよう。お互い謝罪をして平和に諍いを終わらせないか? 選んでくれ」