★エル・カーラ再び①
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SIDE:ヨルシカ
「ほら、此処からでも見えるだろ。あの大きいのがエル・カーラの大魔針塔だ。街の中にはあれと同じ様なものがいくつかあるが、あの塔が一番大きい」
ヨハンの指す方向へ視線を向けると大きな塔があった。
魔針は結構高額な魔導具なのだけど、あれだけ大きいものだと幾ら位かかるのだろう……。お屋敷を建てる所じゃ済まないに違いない。
でも、それだけの費用を時間を知る為だけに費やすものだろうか? 私がその辺の事をヨハンに聞くと、彼は頷きながら答えてくれた。
「あの塔は……他の塔もそうだが、時間を知る以外にも街の護りの要という役割もある。……ところでヨルシカ、君って結構寝相が悪くないか? この時期でも夜は多少冷えるから寄ってくるのは構わないんだが、肘は本当にやめてくれよ。君の肘打ちは硬木を圧し折るだろ」
私は雑に頷きながら“気をつけるよ”とだけ言った。
そういうのは私の意思でどうにかなる事じゃないし、慣れていって欲しいと思う。
そんな事はともかくとして、ヨハンが露骨に話題を逸らしたのはやっぱり塔には重大な秘密が隠されているんだろうな。
少し気になるけど、その秘密が明かされる場面と言うのはきっと不穏なものなんだろう。
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ミシルが言っていたが、あの大魔針塔、そして街の各所に点在する塔は起動消費触媒だ。
有事の際……例えば戦争をふっかけられただとか、魔物の大暴走……スタンピードだとか……そういう危機の際に起動するらしい。
起動する術は簡単に言えば結界である。
街を覆う規模の。
それがどういう類の結界かは当のミシルもまた知らないそうだ。なぜなら大魔針はエル・カーラという街が造られた時に同時に建てられたとの事で……。その頃ミシルはまだ生まれても居ない。
更にはこれまで一度も起動した事がないとの事。
加えて、協会の一等術師だけがこの結界の詳細を知る事が出来る様で、ここまで来ると秘密主義にも程がある。
ミシルならば大魔針を解析も出来るのだろうが、それをすると協会が本気で殺しに来るのだそうだ。
協会員多しと言えども、一等術師は多くない。
多くない所か、現在生存しているのは3名だ。
ちなみにルイゼは協会の術師でもあるが、彼女は2等術師に留まる。
実力云々の話ではなく、準2等より上に行くには政治力も必要とされるのだ。
ルイゼはアリクス王国で貴族位を賜っている為2等まで上りつめた。
だがそれ以上は無理だろうな。
何せ一等術師のお歴々の地位は公爵、侯爵、伯爵?だ。
なお準一等術師のミシルは政治力というか、各国への影響力が凄まじい。ある国の元帥等は老化で痩せ衰えた肉体を片っ端からミシル製の“部品”へ取り替えてしまった位なのだとか。ミシルの“信者”は沢山いる……らしい。
この辺はアリーヤが言っていた事なので多少は盛られているのかもしれないが……。
そして、そんなこんなしている内にエル・カーラへ到着した。
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入場は特に問題ない。
俺はエル・カーラで働いた事があるし、その記録は残っている筈だ。
ヨルシカはアシャラの認可冒険者でもある事だし。
俺もイスカの認可冒険者ではあるが、アシャラのそれと比べると信用の格差がありすぎる。
ヨルシカはあちらこちらをキョロキョロと見ていた。
彼女は剣士だからエル・カーラは余り縁がないだろうな。
一部の特殊な剣士を除いて、彼らの多くは魔力を体内で消費する。それで身体能力を向上させるのだ。
身体能力向上に触媒を必要としない為、費用対効果が非常に良い。
俺も出来なくはないのだが、向上幅は元の身体能力に依存する為、か弱い術師がそんなものをつかっても余り意味はない。
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「まず宿を押さえようか。どうせ金はあるんだ、高級宿を取ろう。高級な宿は室温を一定化させる魔導具が使われていたり、風呂が付いていたり色々便利なんだ」
「あ、ああ! 宿屋、そうだね、宿を取ろう……それが良いと思う、私も……宿を……宿……!?」
ヨルシカは了承するが、妙に反応が鈍いというか挙動が不審だった。エル・カーラが都会過ぎて緊張でもしているとでも言うのか?
アシャラとエル・カーラは風情は違うが、別にアシャラが田舎街というわけでもないだろうに。
すると体調が悪いとか月のものか?
それならやはり宿が最優先だな。
「よし、行こう」
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と言う事で我ながら金満的だとも思うが、エル・カーラで一番高い宿屋を取ってしまった。
「それじゃあヨルシカ、部屋を2つ取るが構わないな。一応隣同士にしておくぞ。5階建てだからな……バラバラの部屋だと同じ宿なのに落ちあうのに時間を食うという事になりかねない」
だが、俺がそういうとヨルシカは首を振って言った。
「この宿は高いよ、高すぎる。もう少し節約すべきだ」
確かにそうなのだが、ヴィリ辺りがこの宿を真っ二つに引き裂いても弁償できるくらいは金があるのだが……
「それなら別の宿にするか?」
まあ他の宿でも構わないが、と俺が聞くとヨルシカはこれにも首を振る。
と、そこで俺は思い至る。
「じゃあ一緒の部屋にするかい?」
俺がそう言うと、やっとヨルシカは頷いた。
敢えて気付かない振りをしたとかではないが、普通はもう少し順序を踏むんじゃないだろうか?
こっちは術なし武器なし殺し無しの積もりで決闘に応じたら、実は殺しも術も武器もありで殺りあわなければいけないと知った時の様な気分だな。
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と言う事で荷物を置いて、宿を出る。
「この後はギルドかな?」
ヨルシカが聞いてきたので頷く。
仕事をするつもりはないが、自分の移動の履歴を残しておく事は大事だ。
「その後は術師ミシルに面会を申し込む。この腕のマイスターだよ。ある程度実戦で使って思ったんだが、近接用の武装が追加できないかなと思ったんだ」
ヨルシカは義手をマジマジと見つめ、少し考え込んでから口を開いて言った。
「ちょっとした刃を出し入れ出来れば使い勝手が良いかもね」
まあそれが無難かなと俺も思う。
毒を噴出させたり、自爆したりとかも考えたのだが整備が命がけになりそうだからだ。
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特に問題もなくギルドにアシャラからエル・カーラへ移動した旨を伝える。
ヨルシカが登録する時は、剣士がエル・カーラを訪れるとは珍しい、と言われた。
やっぱり珍しいのか。
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この後はミシルの元へ。
初対面の時は彼女の弟子が繋いでくれたが、今回はどうだろうか。
普通は事前に様子伺いなどするものだからなあ。
駄目なら駄目で面会申込みだけ伝えて置けば良いか……という雑な気持ちでいざ屋敷へ赴いてみると、意外にもすぐに屋敷内へ通された。
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応接間へ通される。
そこにいたのは相変わらずの無表情なミシルだった。
変わりはないようで何より。
「お久しぶりですね、術師ヨハン。隣の方は? ああ、良い出会いがあったようで何より」