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アシャラ出立



 ■


「これからどうするんだい?」

 ヨルシカが聞いてきたので、少し考えていた事を告げた。


「色々と街をまわるつもりだ。エル・カーラ、ヴァラク、イスカ、そしてウルビス。見知った顔に会うかも知れないし、会わないかもしれない。旅は思索を深める。深まった思索こそが術師の芯棒だ。特にエル・カーラやヴァラクは学びや訓練には良さそうだ。義手の整備もしたくてね。後はイスカはエールが旨いし、ウルビスはマルケェスの住処に近いからな」


 マルケェス……ああ、“家族”の? とヨルシカが訊ねてくるので答える。


「ああ、近くに住んでいるんだよ。といっても山奥だけれどな。事態はこんがらがって、俺は少し弱くなった。もう一度あのレベルの魔族と会敵すればどうにもならない。マルケェスならその辺の相談に乗ってくれるんじゃないかと思ってね」


 ヨルシカは頷き、“私を置いていったら君を殺すかもしれないよ”等とのたまった。


「君は手強そうだ。明日でるから支度しておけよ。俺はこれからギルドへいく。移動前にしっかり手続きしないとな。明日の朝、宿まで来てくれるか?」


 ヨルシカも色々挨拶回りをしたかったらしく、その場はそんな感じで解散した。


 ◇◇◇


 ヨハンが口にした“どうにもならない”というのは正しい。そして嘘だ。


 連盟術師ヨハンはもう1度、後1度だけ秘術を使える。

 彼の中に積み上げた彼の一部を捧げる事は今は難しい。

 であるなら他者の中に積み上げた彼の一部を捧げれば良い。

 だがそれを使ったならば最後、彼という存在は消えてなくなるだろう。

 世界から、そして彼を知る者の記憶から。

 それはある意味で死ぬ事よりもっと酷い事だ。


 だから連盟術師マルケェス・アモンがヨハンの記憶を封じた。

 人間では為しえない極めて高度な封印術は、仮にマルケェスが死したとしても決して破れる事はない。


 本来は木っ端神などではないもっと大物の神を殺す為に、その神を信じる人々の記憶から神の存在を消し去る為に編まれた大神殺しの術だ。


 大仰に聞こえるが、特定の記憶のみを封じると言うのはそれだけ大変な事なのだ。

 何もかも消し去って白痴の如き姿へ変えてしまうほうがずっと簡単だ。それとても人間には出来ない業ではあるが……。


 そして、“彼ら”は決してそんな真似はしない。

 人間という生き物は“彼ら”にとっても愛おしい存在であるからだ。


 人間なくして“彼ら”が現世に顕現する事はできない。

 人間の想いが“彼ら”をこの世に留めおく事が出来るのだ。


 マルケェス・アモンは連盟の者達を家族だと思っている。

 これは餌だとかそういう意味ではなく、正しく家族だと思っている。“故郷”で侯爵位を戴いているという貴種から見れば人間等は栄養のある虫程度の存在だと言うのに。


 マルケェス・アモンにとって連盟員とはそれぞれが極上の破滅願望を抱え、それでも力強く切なく生き抜く美しい存在だ。だからこそ、本当の破滅に繋がる様なモノは大術を以てしてでも封印してしまう。


 ちなみに彼がこうして封印したモノは連盟員の数だけ存在する。何もかも、一切合切を犠牲にして本懐を遂げる様な術をちょっとした覚悟の下行使しかねない“家族”の在り様には、マルケェスとて辟易する事がないわけでもないし、正気を疑う事も多々ある。


 マルケェス・アモンは“故郷”でも非常に変わった悪魔なのだ。

 なにしろ、大切な家族の為なら“故郷”を敵に回したって構わないとすら思っているのだから。


 なお、彼の本性については知らない者が殆どではあるが、人間達の中にも知っている者はいないわけでもない。

 例えば中央教会の上層部の更に上の、まさに天上人とも言うべき存在であるとか……。


 連盟が明らかに危険な集団であるのに排斥されない理由として、1つ目は連盟が気分次第とはいえ世界の敵の類を滅ぼしている事、そして2つ目にマルケェス・アモンの存在がある。


 魔界の侯爵を本気で敵に回すとなるとリスクが高すぎるし、当の悪魔に人間への害意がないというのならば静観しよう、という高次判断である。


 勿論それは連盟に阿ると言う事ではない。

 やらかしには相応の態度で臨む。

 そしてマルケェス自身もそれで良いと思っている。

 家族は家族であり、大切ではあるが、自分の尻くらいは自分で拭くべきだとも思っているからだ。


 ■


 ギルドで手続きをしていると、セドクとその仲間達が入ってきた。


「おはようございますヨハンさん! あれ、ヨルシカさんはいないんですか?」


 セドクの迂闊な言葉のせいで彼の後ろにいた少女が舌打ちをした。だが……んん。


 俺はセドクに歩みより、顎を掴んで目を覗き込んだ。

 才の閃き……の様な何かが視える気がする。


 俺は義手でセドクの顔面を叩き潰そうと思った。

 それだけじゃない、彼の後ろでのんびり突っ立っている仲間2人も今この場で挽き肉にしてやろうと思う。

 グチャグチャになったセドクの顔面を踏み潰し、彼を好いてると思われる少女の喉笛を切り裂くのだ。

 セドク達3人は今此処で皆殺しにする。

 そう決めた。

 だが殺気は出さない。

 出せば他の者も気付くだろうから。


 その瞬間、セドクは弾かれた様に後ろに下がり、手を広げ仲間達を庇った。

 それを見て、俺はセドクたちを挽き肉にしようと思った事をやめた。


「え、あ、あの……」

 言いよどむセドクの肩を叩き、乾燥させた保存肉を手渡す。

 カナタ程じゃないが斥候としての才は相当なものだ。


「えっと……このお肉は……あ! 黒粉で仕立ててある! え! いいんですか? 高いんですよね!?」


 才ある若者への祝福の肉だ。

 是非食べて欲しい。


 ■


 宿屋に戻った。

 義手を外し、布で磨く。

 基本的な整備のやり方は術師ミシルから教わっているが、片腕だと中々難しい。


 磨いている内、妙な違和感を覚えた。

 整理された本棚、普段からちゃんと整理整頓をして一冊一冊の本を大切に扱っているのに、気付いた時には本棚から数冊の本が抜け落ちている……そんな感じだ。

 隙間が落ち着かない。

 だが、いずれはその隙間にも新しい本が納まるのだろう。


 ■


 翌朝。


「やあヨハン」


 ヨルシカが旅支度をして迎えにきた。

 俺は手を振り、宿を出る。


「行こう」


 目的地はエル・カーラ。

 術師ミシルが暇そうなら術腕に何か新しい機能をつけてもらおうかな、等と考えている。

 ちなみに報酬はヨルシカがアシャラ王からごっそり貰ってきたそうだから、今回の旅も金の心配はない。

2週間かかりましたねえ!(⊙ω⊙)

アシャラ編終了です。

今後は教会と勇者と再開周りがチョロチョロあったりします。

ハイファン王道な感じでそれなりにカジュアルです

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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