星の果ての邂逅④~ケロッパ、カッスル、タイラン、ヨルシカ組~
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時間稼ぎとは言っても、タイラン自身は特に何か手があるわけではない。
──私は考えるのが苦手だし?
そんなこと思いながら業に裏打ちされた鋭い拳打を数発、魔王の正中線上に縦に四発撃ちこむ。
この四連突きはそれぞれが人体の弱点を直撃する強力な連続技なのだが、しかし魔王には通じない。
魔族の肉体構造が人間とは違うから、というよりは単純に肉体性能が高すぎるのだ。
この魔王の分体は若さと力の象徴──タイランがいかに膂力に自信があっても、その防御を抜く事はできない。
逆に魔王の一撃一撃に業の磨きは見られないが、それでも有り余る膂力が込められていた。
拳のシンプルな一撃がタイランの肉を潰し、骨を砕く。
たった数合のやりとりの間にタイランは常人ならば100の死に値するだろう痛手を受けた。
それでもタイランが斃れないのは、"気"による賦活で全身を活性化させているためである。
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「我々魔族より、お前の方が余程化け物染みているな」
魔王は呆れたように言った。
無理もない、タイランの姿は凄惨にすぎる。
首が半分千切れかけ、切断された左腕からは血管にも似た管が何本も伸びて腕を形作ろうとしている。
タイランは気を佳く使う。
気とは生命力を力に転換したものだ。
力とは膂力だったり再生力だったり色々とあるが、気はそれらを包括して言い表す中域特有の概念である。
タイランの逞しすぎる肉体には毛の一本も生えていない。それは彼がかつて、修行のためと称して油を被って体に火をつけたからだ。しかし全身を炎が舐め回しても彼は死ななかった。体内を巡る膨大な内勁により、彼は異常な再生力を有する。
「じ、し、つれい、ね……ん、んん……あー、あー。気を磨けば誰でも出来るわよ」
余裕綽々に言ってのけるタイランだが、実際にそこまで余裕があるわけでもない。
無限に気を捻りだせるわけではないからだ。
気がつきれば再生もできなくなる──そして死ぬ。
かといって勝てる見込みもないのだが、それでいて意気が挫けないのは諦めない、仲間を信じる以外のことができないからである。
この異空間から脱出して魔王から逃げおおせる可能性はまずない。
ならば、仲間を信じて時間を稼ぎ、ケロッパなりなんなりが妙案をひらめいてくれるのを待つしかない──タイランはそう腹を括っていた。
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そして実際、その目論見は成功に近づきつつあった。
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「決まりだな、俺が援護する。ヨルシカがぶちかます。ケロッパのおっさんは全体のフォローだ。タイランがくたばる前にやる」
「カッスルが心配だね。さっきの突き、全然効いてなかったように見えたけど?」
ヨルシカが少し意地悪な口調でカッスルに言う。
確かに"うねりの魔剣"から放たれた突きは魔王の皮膚一枚を破る事すらできなかった。
「ありゃあ重さが足りなかったからだ。あんな風に弾かれても剣はびくともしなかったからな。でも重さはケロッパのおっさんにフォローしてもらう。さきっちょを突き刺すくらいは出来る筈だぜ」
カッスルはそう言ってケロッパを見た。
「まあね。でもぱっと作戦を思いつくあたり結構有能じゃないか。迷宮探索者ならではって感じでいいね」
そうしてとりあえずの作戦は決まった。
というよりこの4人ならばこれしかない。
タイランが前面で攻撃を受け、カッスルがつっかけ手傷を負わせ、その血を特殊な形状のうねりの魔剣で採取する。
そしてヨルシカがその血を使って強化し、魔王を倒す。
ケロッパは全体の細かなフォローだ。
大きな術を使う余裕を魔王が与えてくれるかどうかは分からないし、そもそもそれが通じなかったり外れてしまったらケロッパは完全な足手まといになってしまう。
それよりは重量操作で全体の細かいフォローをしてくれた方が勝率は良いだろう──カッスルはそう判断した。
この即興性と機転は長年にわたる迷宮探索で培ったものである。
迷宮探索者の基本は手持ちの武器を最大限に有効活用するというものであるがゆえに。
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タイランの肉体は限界を超えつつあった。
筋肉が軋み、骨が折れ、内臓が損壊するたびに、その再生能力で不死鳥の様に蘇る。
しかし再生の代償として"気"の消耗は激しく、次第にその速度も鈍り始めた。
目に見えて、動きが鈍くなっていくタイラン。
「まだよ……まだ、やれるわ……!」
タイランはそう自らに言い聞かせるが、魔王の攻撃は容赦なく続いていた。
業もなにもない力だけの剛拳だが、タイランは業でそれをかろうじていなすのが精いっぱいだった。
とはいえ、まだ気力は尽きていない様にも見える。
そんなタイランに流石に焦れたか、魔王の言に苛立ちが混じった。
「しぶとい劣等め……だが、それも終わりだ」
魔王が手を振り上げ、手刀の形に魔力を集中させていく。
──『להבת חרב נוצצת』(煌めく剣の炎)
青白い光が収束し始める。
その光は、炎とは異なる──熱を感じさせないが、見ている者の目に焼きつくような光輝であった。
光は手刀の形に沿って揺らめき、しかしどこか不安定で、瞬間的に放電するように周囲にスパークが走る。
「来なさいよ、畜生!」
タイランは全身の気を振り絞り、魔王の一撃に抗うべく拳を握りしめた。
受けられるとは欠片も思っていない。
ケロッパ、カッスル、そしてヨルシカが何とかしてくれると信じている。
仲間を信じているというか、それしか選択肢がないのだ。
そして、魔王の手刀がついに振り下ろされる瞬間──
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「ケロッパのおっさん、タイミングは任せるぜ」
カッスルは言うなり、限界まで脚に魔力を割り振り駆けだした。
それに追随するようにヨルシカも魔王に向かっていく。
そんな二人の背を眺めつつ、ケロッパは密やかな声で歌うように吟じた。
「Hulva zintari, morglus gravithar, vornath shorun……」
まだ術を放つ事はない、タイミングが命なのだ。
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カッスルはまるで風そのものになったかのように素早い機動を見せた。
それも当然である、何もかもを速度に振っているのだ。
構えこそ突きのそれを見せているがしかし、力感はなく、なんだったら戦意すらも希薄であった。
あらゆる意を薄めてカッスルはひた走っている。
この暗殺者めいた風情は気配の隠ぺいのためもあるが、やはり迷宮探索者としての性が影響している。
迷宮では派手な戦闘は余り行われない。
音を立てれば立てるほど、迷宮の底から無限に増援がやってくる。
敵は可能な限り密やかに殺す事が推奨されているのだ。
そんな力感も戦意もないカッスルに、魔王の反応が僅かに遅れた。
突き入れるというよりは差し出すように、うねりの魔剣がぬるりと伸びて魔王の皮膚に触れる寸前に──
ケロッパの理術が切っ先に超重を宿した。
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威力とは速度と重量を乗算したものになる。
カッスルは速度を、ケロッパが重量を担当し、最大限の威力を出せる様に努めた。
その結果が──
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赤黒い飛沫が上がった。
まごうことなき魔王の血である。
魔王は目を見開き驚愕していた。
力に驕っていた魔王は、まさか自分が劣等種に傷つけられるとは思ってもいなかったのだ。
「スカした顔が、台無しだぜ魔王さんよ」
切っ先が魔王の肩肉に深く食い込んだ事を確認したカッスルは、渾身の力で魔剣に捻りを加えた。
うねりの魔剣の特殊な形状でそれをすれば、血は剣身の後方へと送り出される。
それをヨルシカが魔剣サングインで受け、カッスルを踏み台に上方高く飛びあがった。
変化は直ぐだった。魔王の血が魔剣サングインを伝い、ヨルシカの体内へと侵入する。
するとたちまちのうちにヨルシカは精神に狂おしいまでの悪意と憎悪の嵐が渦巻き、意識の奥底まで染み渡っていく。
視界は赤黒く染まり、鼓動は不規則に高鳴り、まるで自分自身が崩壊していくような錯覚さえ覚える。
しかし、浸食はそこまでだった。
迫りくる"魔"の波に抗うように、"闇"がそれを阻んだのだ。
それは連盟術師ヨハンの残滓──ヨハンは肉体と心、そして魔力での交合によって彼女の中に宿っている。
──『ヨルシカ、君の存在も俺の中に感じる。まるで浮気防止の魔術みたいだな』
などと、こんな時だというのにふざけた事をいっていたヨハンの姿が脳裏に浮かび、ヨルシカは僅かに笑った。
ヨルシカは瞳を閉じ、一瞬の静寂の中で自らの意志を再確認し、自身の中の "闇" の力も借りて "魔"を完全に掌握する。
すると魔剣サングインが不気味な輝きを放ち始めた。
刃は闇色に染められ、表面には赤く輝く美しい紋様が浮かび上がる。
魔王の血……その力による変容だ。
ヨルシカには先住者がいたため、剣にもぐりこんだらしい。
そうしてヨルシカはサングインを一閃し──魔王の身体をまるで薄紙を裂くかのごとく一刀両断に叩き斬った。
【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】※ネオページで先行連載中
もよろしくお願いしまーす。現代ダンジョンもの。
あと11/1にサバ冒二巻が出ます。
よろちくでーす。