星の果ての邂逅②~ケロッパ、カッスル、タイラン、ヨルシカ組~
本日2/04、イマドキのサバサバ冒険者コミカライズ連載の最新話が更新されました。ニコニコ漫画、コミックウォーカーなどで御覧いただければ幸いです。漫画家さんは「終の人」「エゴ・エリス」などの作者、清水 俊先生です。「終の人」はドラマにもなりました。現在は「エゴ・エリス」を連載中で、こちらも是非よろしくお願いいたします。
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『飢血剣サングイン』はエル・カーラのグランドマイスターであるミシルが考案した術剣で、所有者の血を触媒に身体強化・賦活の術を起動する。
血は魔術の触媒としては最もポピュラーなものだ。
駆け出しの魔術師などは自らの血を触媒にして術を行使する者も多い。
血とは生命の象徴。そして生命とは触媒として極上であり、血液に込められた生命のエッセンスは時に最も困難な魔術さえも可能にする。
更に言えば、金だ。
術の行使には触媒が必要で、この触媒代がバカにならない。
しかし腕を上げれば上げるほど、自身の血を触媒とする術師は減っていく。
減る理由は様々だ。
血を触媒とするリスクに気付く者が過半。しかし、術の大きさと触媒の価値が釣り合わずに自らの術に殺される者も少なくない。
この「殺される」という部分がまさにリスクであった。
身の丈に合わない術を、血という触媒で行使しようとしたとき、術はバランスを取るために魔術師にさらなる血を要求する。他の触媒なら術の不発で終わることもあるが、自分の血を使った場合はそうはいかない。なぜなら、まだ血は身体に豊富にあるからだ。
結句、自分自身の術行使によって命を落とす者が決して少なくない。術を使うことができたとしても術者自身が命を落としてしまっては意味がない。
だが時には──……可能な限り避けるべきではあるが、命を懸けて術を巡らせねばならない場面というものがある。
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切り裂かれた掌から滴る血は、まるで命の証とも言える熱を帯びていた。
ヨルシカの血の価値は高い。
庶子とは言え、アシャラ王家の第三王女としての王血。更に言えばアシャラ王家の先祖はアシャラートというエルフェンで、つまり彼女の血には非常に高い魔術適性を持つエルフェンのそれも混じっているという事になる。
一条の稲妻と化したヨルシカは、憎き仇との距離を瞬く間に詰めた。
速度は落とさない、高速度そのままにスレ違い様に首を落とすつもりだったからだ。
──殺った!
必殺の確信と共に、肉と骨の拉げる音がした。
如何なる術が作用したか、ヨルシカの体が吹き飛ばされる。
「ヨルシカちゃん!」
タイランが飛び出し、巨躯に見合わぬ俊敏さでヨルシカを受け止め、そっとその場に横たえた。カッスル、ケロッパはそれを見届け、青年と対峙している。
「だ、大丈夫……少し内臓と骨を、やられただけだから。それより、何があったか教えてくれるかな……」
ヨルシカが死にそうな声で言うと、タイランはまるでバカを見る目でヨルシカを見た。
「そういうのは大丈夫じゃないって言うのよ、まあ一般的にはだけど。とりあえず少し休んでいらっしゃい。ヨルシカちゃんが連携を無視して突っ込んだおかげで、彼の手札が一枚めくれたわ。彼ったら "空法" も修めているのかしら?」
空法とは中域に伝わる技法の一つで、大気のあしらいを重視した拳理を指す。
「……ってあらあら? 結構大怪我に見えたけれど治っちゃったわね!? その気持ち悪い剣の効果かしら……ああ、なるほど。我を失ったんじゃなくて取り敢えず突っかけたってわけね……傷もすぐ治るから。お行儀悪いわぁ、チンピラじゃないんだからもう少しスマートに戦いましょうよ」
一見して重傷に見えたし、事実としてヨルシカは重傷を負ってはいた。
重要器官を含むいくつかの臓器が傷つき、骨も何本も折れた。これはまごう事なき重傷といってもいいだろう。
魔族の青年は大気を圧縮し、それを叩きつけて圧縮を解放しただけなのだが、それが一撃でヨルシカを半殺しにする程の威力を持っていたという事だ。
しかし今のヨルシカの肉体は、外ならぬ彼女の貴血により非常に強い再生能力を有しているため、それほどの重傷でも瞬く間に癒えてしまった。
立ち上がるヨルシカの口に小さい笑みが浮かぶ。一撃で殺されかけて頭がおかしくなったわけではなく、タイランも言っていたことだが体を使って相手の手札を一枚暴いた事を良しとしているのだ。代償として大怪我を負ったが、それも治ってしまえば関係ない。
しかしヨルシカの復帰を見た魔族の青年はやや眉を顰め、傲岸に言い放つ。
「人間風情が耐えられる威力ではなかったと思うが。まあいい、次は頭を吹き飛ばしてやろう。立ち去るなら今のうちだ……と言いたい所だが、お前たちが進んできた回廊はもう存在しない。ゆえに選べるのは二通りの末路だ。即ち、いまここで己に縊り殺されるか、あるいは彼方の過去からの光に満つこの空間で、その短い寿命が尽きるまで……」Hulva zintari, morglus gravithar, vornath shorun. 話が長い男は嫌われるよ?」
被せる様に、ケロッパ。
Hulvaというのは、小人族の言葉で、これは簡単に言うと一般常識全般を意味する。
例えば火は燃える、触ると熱い……これがHulvaだ。
夜は暗くなる、朝は明るい……これもHulvaである。
酒を飲めば酔うが、酒に強い者は酔いづらい……これもまたHulva。
一つの単語が様々な意味を包括するという事はままあるが、小人族の“Hulva”は特に意味する所が多い。
ここでのHulvaは自然の摂理、物理の法則を指す。
morglusは大地、そしてgravitharはその極端な形態、すなわち一点に集中した重力、一時的な極重力地帯を意味する。
魔導協会一等術師 "地賢" のケロッパは理術を操る。一等術師は他にも "雷伯" と "死疫" がいるが、このうち"雷伯"は魔族との戦いで死亡している。そして "死疫" のゲルラッハはレグナム三重帝国の宰相としてこの戦争に対応している。
ともかく、理術とは従来の伝承や逸話から現象を再現する "魔術" でも、あるいは願望をそのまま叶える "魔法" でもなく、世界に敷かれている理を局所的に拡大して実現する独特の術体系だ。
そして今彼が行使したのは重みの理。魔族の青年の双肩に、大岩が圧し掛かるが如き重圧が加えられ、その総重量はどれ程になるか見当もつかない。しかし、魔族の青年の脚が両脚とも足首まで地面に沈み込んでいる所からみて、相当の重圧がかけられている事は間違いなかった。
「余り長くはもたないよ!」
ケロッパが言うまでもなく、既にカッスルが青年の背後に回り込んでいた。その手には "うねりの魔剣" が構えられている。