星の回廊②~ケロッパ、カッスル、タイラン、ヨルシカ組~
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回廊の先には光が見える。その光が出口なのだろうと考えるのは極々当然の事で、ヨルシカらも周囲を警戒しながらも出口へ向かっているつもりであった。
しかし
「もう大分歩いた……わよね?」
と、タイラン。
実際は大分歩いたどころの話ではなかった。
──大分、どころじゃないかも
旅慣れたヨルシカだが、彼女の感覚は10キロルや20キロルの話ではなく、4、50キロルは歩き続けている様に思えた。
出口と思しき光は相変わらず回廊の先で輝いている。
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壁面に散りばめられた星々の輝きは、冷たい光をまたたかせ、幻想的な程に美しい。心を奪われるほどと言ってもよかった。しかしその美しい星々の光が今は不安を掻き立てるものとなっている。
「どうにも距離感が掴めねえな。出口らしいものは見えているが、まっすぐ進んでもたどり着けそうにもない。かといって戻るにせよ……」
カッスルが後方へ目をやると、一行が歩いてきた道程は無限に広がる暗黒の虚空に上塗りされているように見える。
カッスルは投げナイフを取り出し、その暗黒へ向かって投擲した。
星光を反射したナイフの鋭い金属光が闇に飲み込まれ、そして消える。ナイフが地面へ落ちた音は聞こえない。
「……気付いていると思うけどよ、段々と "アレ" が距離を詰めてきてる。アレに呑まれたらどうなるかは余り想像したくねえ。その前に出口にたどり着けばいいのだろうが、どうにもたどり着けそうな気がしねえのよ。根拠はないんだが、こういう時の悪い予感ってのは結構あたるもんでね。ってことでケロッパ先生よ、そろそろ何か良い案は見つかったかい?」
ケロッパは先程からしきりに周囲を見回している。随分と落ち着きのない様子に足元もふらつき、時折タイランが支えてやる事もあったが、カッスルもタイランもヨルシカも、ケロッパの奇妙な振舞いを掣肘しようとはしなかった。
「あの星が見えるかな」
ケロッパの指が北東を指すと、そこには一際大きい輝きが見える。
「……大狼星?」
誰かがそう呟くと、ケロッパが嬉しそうに頷いた。
「そう!それだけじゃあない。探せば見たことがある星座も色々と見つかる筈だ。つまりこの空間に投影されている星の数々は、我々が見ている夜空のそれを模倣している」
「僕はね、この空間を異空間は異空間でも、魔術によって作り出された異空間だと仮定した。異空間にもいろんな種類のものがある。世界の表層が破れ、そこから垣間見える別世界や、世界の法則が何かの原因によって狂ってしまった空間、あるいは術師が作り出した心象世界……僕はこれらの中から、自然発生的に作り出されたという説を排除した」
ケロッパたちの笑顔は天真爛漫そのものといった様子で、いっそ不気味ですらあった。ヨルシカとタイランは内心でドン引いてしまう。
「なぜなら、いいかい?そういう異空間っていうのはもっとめちゃくちゃなんだ。"重み"は大地から空へと向かい、一歩踏み出せば火口の如き熱気が立ち込め、もう一歩踏み出せばたちまち汗すら凍り付く極寒の空間へと変貌する。内臓は皮膚に反逆し、生物は見るも悍ましい姿へとなり果てる!……おっと、ヨルシカ君、そんな目で見ないでおくれ、あくまで例えさ。しかし、それくらい滅茶苦茶なんだよ」
「然るにこの空間はそういった滅茶苦茶さがない!僕らが知る夜空を模した光景なんてものは……」
「術師が作り出した心象空間である可能性が高い、ということなんですね」
ケロッパの言葉にかぶせるようにヨルシカが言った。彼女は術師に好き放題喋らせていると切りがない事を経験上よく知っている。
「その通りさ!」
ケロッパは大きな目をきらきらと輝かせて言った。
「ここから抜けるために必要な知識……ってことでいいんだよな?いや、疑ってるわけじゃねえよ、気持ちはわかる。俺もこんな状況じゃなかったらもう少しゆっくりしていたい所だからな」
カッスルが問うと、ケロッパはウンと頷く。まるで新しいおもちゃを前にした子供の様な表情だった。
「星の導きのままに進めばいいだけさ。最初は……春だね!僕の後についておいでよ」
言うなり、ケロッパは真横に向かって歩き出した。そちらは壁のある方だがお構いなしだ。
「お、おい!」
カッスルは慌てて制止するが、ケロッパの動きは素早い。真横に向かって一直線……そして姿が闇に包まれ掻き消える。
残されたカッスル、ヨルシカ、タイランらは顔を見合わせ、ややあってから三人揃ってケロッパの後を追っていった。