精神異常者
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「あの黒い扉をこじ開けでも出来るなら話は早いけど、それは難しいかもしれないね。少なくとも魔術では……」
ならばと一行の中でも膂力に優れるゴッラが一歩前へ歩み出るが、ケロッパが「やめなさい」と止める。
「あれはただ扉を封印しているだけではなく、無理やり破ろうとする者へ害を為す類のものだ。こういうものを破るならば手順というものがいる」
ケロッパはそういってヨハンを見た。
ヨハンは頷き、懐から石を取り出し(ヨハンはなぜかいつも石を隠し持っている)、扉へ向かって放った。
すると石が扉にあたるなり黒色の電撃が迸り、石を粉々にしてしまった。
「見た通りだ。力尽くでは破れない。魔法的に破るのも難しいな。なぜならば──…少し長くなっても?」
ヨハンが尋ねると、ヨルシカは首を横に振った。他にも何人かの者は否を示している。
すると「そうか……」と少し落ち込み気味に、ヨハンは話を続けた。
「簡単に言えば護りの意思によって術が構築されているからだ。魔法にはこの手の小難しい事は出来ない。だから魔術による封なのだが、魔術は術者の意思によってその強度を大きく変える。これは俺の師であるルイゼから教えられた事だが、この世界でもっとも強い魔術とは、大切なものを護ろうとする意思によって行使された魔術だそうだ」
「つまり、この先へ進むにはその手順とやらを踏む必要があるのだな。ではどの様に踏む……と言っても、決まってるか。隠し扉が3つ。その先に何かがあるのだろう。定番な仕掛けだな」
ラグランジュがつまらなそうに言う。
「全員で一つずつあたるのか?」
ザザが顔を顰めながら言った。
「俺は反対だ。もしあのデカい扉を開くために、3つの扉の奥へと進まねばならないというのなら、4人ずつでわかれて一辺に済ませてしまうべきだと思う」
「理由は?」とヨハンが問うと、ザザは親指の腹で鼻の横を抑え、フンと息を荒げて小さな血の塊を鼻から噴き出した。
「俺たちは蝕まれている。余り長くはもたないんじゃあないのか?」
そうだ、とヨハンは思う。
そして傍らに立つヨルシカへ目を遣り、俯く。5秒、10秒。ヨハンは暫く俯いたままだった。ややあって、再び視線を戻して言う。
「……都合よく、"何か"があるとは限らないが、他に手はない。パーティを分けよう。だが、悪いが俺が決めてもいいかな?別に脅すつもりはないのだが、適当に分けたら苦労しそうでね。まあ、単なる勘。霊感で分けるだけなんだが」
魔術師ヨハンが時折予言めいた事を言うのは、既に皆が承知している事だ。
だから反対の声はでない。
それがヨハンに与えられた役割だからだ。
ヨハン。
帝国式の記述ではヨハネス。
その意味する所は“啓示者”である。
名とはすなわちその存在を表す。
この世界ではその拘束力、束縛力は非常に強い。
告げ、導く事を宿命づけられている。
◆
ヨハン、ラグランジュ、ファビオラ、ゴッラ
ランサック、ザザ、クロウ、カプラ
ケロッパ、カッスル、タイラン、ヨルシカ
12名の討伐隊はヨハンによってこの様に分けられた。
この様に分けろ、と霊感が囁いたからだ。
こうすれば助かる、と霊感が囁いたからだ。
この場に12人を欠ける事なく揃わせる為に少々の無理や無茶をしてきたのだ、と霊感が囁いたからである。
霊感の囁きは9人の死者を計上している。
それだけの激戦ということだ。
だが、そうする事で少なくとも自分は生き残るという予感があった。
だからヨハンは霊感の囁きを全て無視して、自身が生き残る為の編成とは真逆の、つまり自身の死の匂いが濃密な案を採用したのだった。
自身は恐らく死ぬ。しかしその分、他の者達は死なずに済む。
これは自己犠牲の精神ではない。
反骨の精神であった。
何となくそう思うから、の "何となく" がどうにも気に食わないのだ。
筋が通っていない。
論理的ではない。
自身の感情、記憶ですら完全に制御下におきたがるヨハン特有の、ちょっと頭のおかしい拘りであった。
ヨハンという男は昔からそうだ。
気に食わない事は絶対にしないし、気に食わない事をさせようとしてくる相手には狂った犬の様に噛みつくチンピラだ。
自分が自分にとって気に食わない事をしようとするなら、自分にだって噛みつく精神異常者である。
2日の0時に投稿するつもりでした。まあもういいや