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闘将②

 ■


 扉の先は拓けた空間となっていた。


 周囲を肉の壁に覆われた不気味な空間だ。


 床はどす黒く変色した硬い何かで出来ている。


 そして、その広間の中心には誰かが立っていた。


 クロウ、ザザ、ランサックらにとっては初見の相手ではない。


 ──下魔将オルセン


 しかしその姿は最後に彼らが見た時とはずいぶんと様相を異なるものとしていた。


「アンタは鼻につく魔族の貴族階級…という印象だったが、随分と変わっちまったなぁ」


 ランサックが肩に槍を担ぎながら言う。


 オルセンの半身は赤黒い何かに覆われ、その両眼に理性らしきものは感じられず、精神は明らかに秩序を欠いていた。


 さて、やりますか、とランサックとザザが構えを取るが、背骨に氷柱をぶち込まれたかのような寒気を覚えて二人のみならずその場にいた全ての者達がはっと背後を振り返る。


 ──生きる事、それは死に逝く事。お前の生は悲しみに彩られ、喜びは悲しみの影に過ぎない。されば、死ね。我は刺し出す、お前の苦悩を断ち切る刃を、今ここに。朽ちよ肉、腐れよ血。命よ終われ、心よ砕けろ。総苦は灼死を以て昇華する


 一行の後方から陰気な呪言が響き渡っていた。


 連盟術師ヨハンの、空気を読まない必殺の呪詛である。負の感情を増大させ、自殺を強いる非人道的な呪いだが、ヨハンはこれを心身救済の術として取り扱っている。あらゆる苦悩を死によって解き放とうという慈悲の術だ。


 ヨハンの細い人差し指と中指が、一本の小枝をそっと挟んでいる。小枝の先端はオルセンに向けられ、先からは赤黒い液体が滴っていた。


 生後間もない赤子が何らかの原因で死亡し、その遺骸を焼いた灰を擦り込んだとびきりの触媒だ。


「ヨハン君、きみさぁ…」


 ヨハンが醸し出す厄さに、ケロッパは制止の声をあげようとした。仲間達諸共巻き添えにしかねない危うさがヨハンから感じたのだ。しかし、幾らなんでもこの場面でそれはないだろうと思い直す。


「…ケロッパ師、生きとし生ける者は皆、生きているかぎり死という絶対不幸の象徴へ近づいて行っているのです。それは恐ろしい事だ。幸福であればあるほどに恐ろしい事だ。ゆえに俺の術はいずれ訪れる死を今この瞬間、確定させてやる慈悲の術なのです。あの魔族はどうみても怒りに囚われている。怒り、憎しみ、悲しみ…そういったものを抱えて生き続けなければならないというのは不幸な事です。…が、そう簡単にはいかないか」


 ヨハンは舌打ちした。


 この魔王城には外側から内側へ、精神を抑圧をするような呪詛が掛けられている。その呪詛の力を踏み台とするような形でヨハンは負の感情を利用した自殺ほう助の呪いを掛けたのだが、結果から言えば、これは上手くいかなかった。


 低く、苦悶に満ちた唸り声がオルセンの喉から絞り出されている。両の腕がまるで自分を抱きすくめるのように逆の腕に回され、鋭い爪が腕を傷つけていた。


 呪詛はたしかにオルセンに降りかかったのだ。オルセンの怒りで変質した心は非常に捨て鉢なものとなり、『このような怒りを抱え続けなければいけないのならいっそのこと死んでしまえ』と言う様なモノへと変わる。


 しかし、ヨハンの目論見通りに自ら命を断つことはしなかった。


 オルセンの正気はかなりの部分失われているが、魔王を護るのだという思いが呪詛を弾いていた。


 オルセンは思う、そもそもなぜ自分がこの様な怒りを抱いているのか、と。


 ・

 ・

 ・


 魔族たちの増大する凶暴性とその姿の変容は、彼らが住む「果ての大陸」に広がる瘴気の影響であった。


 彼らの中には肉体が奇形のように変容し、かつての姿を失った者も少なくない。魔王はこの状況を憂慮し、自身の魔力を領域全体に拡散させ、瘴気を祓おうと試みたが、その力には限界があった。


 やがて、魔族領全域を正常に保つことの難しさを理解した魔王は、人魔大戦を引き起こし、人間界の征服に乗り出す。


 この行動には二つの意図があった。


 一つ目は、魔族が勝利すれば瘴気に汚染された果ての大陸を捨て、新たな土地へ移住できる可能性があること。もう一つは、もし勝利できなくても、人間界から送り込まれる勇者の封印術が一時的に果ての大陸を正常化させる可能性があることだ。


 そのため、魔族は人類圏への刺客を送り、人魔大戦への備えとしての「削り」を行い、同時に各地の亜神…例えば樹神などの力ある存在から力を奪い、勇者の力なしでも瘴気を抑え込む方法を探っていた。


 ちなみに第四代の勇者は上魔将マギウスによって殺害された。これは、彼の力が封印の大魔術を行使するには著しく不足していると判断されたためであり、魔族の戦力を削られないよう先手を打っての行動だった。魔王が求めるのは封印の大魔術を行使するに足る実力を持った勇者であり、勇者の肩書があるなら誰でもいいというわけではなかった。むしろ、中途半端な力を持つ勇者は害でしかない。


 第四代勇者の殺害。それで封印の大魔術という瘴気抑制手段が失われる…とは思っていない。なぜならば、勇者の力は継承されるものであり、第四代の勇者が死亡したとなれば第五代勇者が誕生するというのは必定だからだ。


 そして、魔王の目論みはある面では当たり、ある面では外れた。


 たしかに第五代勇者は誕生した。


 しかしその勇者は魔王討伐など知った事じゃないとばかりにどこかをほっつきまわっている。ひょんな事から知り合った連盟の女術師と、世界を旅してまわっていた。


 そのことを魔王は知らない。


 ・

 ・

 ・


 ともあれ、魔王は敗北を前提として、魔王城で勇者たちを待ち構えているのだ。


 それに対して怒りを覚えたのは魔王に対して非常に大きな忠誠心を持つオルセンを始め、一部の魔族たちであった。魔王を想うがゆえの怒りである。敬愛する主が坐して死を待つなど許してはならない事だった。


 ゆえにオルセンらは魔王の意志に背く形となるが、城へ残ったのである。これは明確な命令違反なのだが、魔王が彼らを罰する事はなかった。人類種にとっては恐怖の象徴でこそある魔王だが、魔族にとってはそうではないのだ。


 そもそも論だが、元より魔王は魔族という種の未来の為に人類種と矛を交える事を決めたわけで、圧倒的な力で魔族を支配してやろう、逆らう者には容赦はしない、などといった思想は持っていないのだ。


 人間の事こそ虫けらだと思っている魔王だが、同胞に対しては甘い青年であった。


 しかし、訪れるであろう勇者一行を迎撃すべく残ったオルセンの様な魔族たちにとっては、力ある魔族が皆イム大陸へ出撃してしまうことで、瘴気の影響をより強く受けてしまう事になる。


 これは魔王の甘さの罪禍と言えるだろう。


 魔族の中では大きな力を持つ魔将位にあるオルセンでさえも、瘴気は日に日に彼の神経回路を爛れさせていき…


 ・

 ・

 ・


 放電現象によって空気が軋る。


 オルセンの体表を赤黒い電流が流れ、硬く握りしめた右拳が火雷を帯びた。


 ヨハンの自殺ほう助の呪詛はオルセンの燃え盛る闘争心によってこの時完全に弾かれ、無力化してしまった。


「早いッ!!」


 ランサックが叫ぶなり、電光一過。


 オルセンは雷神もかくやという速度でクロウに肉薄し、一切の反応を許さぬ渾身のボディブローを叩き込む。


 雷が弾け、クロウの両眼から雷光が散った。


 ・

 ・

 ・


 クロウは吹き飛ばされ、腹部に負った傷の痛みに顔を顰めながら、何やら自身の人生哲学の様な事を考えていた。時間が圧縮され、これまでの人生が脳裏を過ぎる。


 率直に言って、何の為に生きているのかさっぱり分からない。それが勇者クロウの偽らざる本音である。


 100円ライターの様に粗雑に扱われ、すり減り、当然の様に壊れ、"この世界"でやり直しの機会を与えられ。


 しかし一体全体何をやり直せばいいというのだろうか?この肉体にしても本来の自分のものではないのだ。


 諦念と共にクロウは思う。


 ──多分、僕は"そういう運命"なのだろう


 異世界で第二の人生を歩む事になったのも、運命とか宿命とか、そういうわけのわからない大きなモノがまた自分を100円ライターの様に扱おうとしているのだろう。


 どこかの異世界の、どこぞの馬の骨が死のうが生きようが知った事じゃないとその大きなモノは考えているのだろう。


 オルセンとの戦いも、クロウの戦闘経験は非常に危ういものになるだろう、と告げている。


 もしかしたら死ぬかもしれない。


 いや、吹き飛ばされ、どこかへ叩きつけられた時には既に死んでいるのかもしれない。


 なんてふざけた人生だ、とクロウは思う。


 まるで虫けらか何かではないか、と。


 ちゃんとした人生を歩みたかった。


 ちゃんとした家族、ちゃんとした友人、ちゃんとした職場。


 文字通り死ぬまで働いた次の人生、何が悲しくて殺し殺されの人生を歩まねばならないのか。


 嗚呼面倒だ、もう面倒だ、もう死にたい生きているのがしんどすぎる。今世でも友人はいる、でもいくら友人が居たって彼らが見ているのは「クロウ」であって「シロウ」ではない。くだらない友情ごっこは虚しくなる…それでも友は友だ、きっと僕が死んだら彼らは悲しむだろう。無駄に、命を粗末にしたような馬鹿な死に方をしたらとても傷つけるだろう、それはそれで悲しい事だ。だったら彼らを納得させられるような理由があればよいのではないか?命懸けで戦い、そして大きな目的を達成し、その結果命を落とせば友人たちも少しは傷つかなくて済むのではないか?


 次瞬、その全身の神経回路に赫怒の雷撃が走る。

 それはやり場のない怒りの発露である。


 大体なんで自分がそんな事まで考えなければいけないんだ、というようなやけくそめいた怒りだ。


 死ぬだの生きるだのというような状況なのに、家族でも恋人でもない、友人かもしれないが親友ではないような連中の心情まで考えてしまう自分のしょうもなさ、ふがいなさが魔力の呼び水となった。


 水平に吹き飛ばされたクロウの体を、タイランが受け止める。


 ぺたぺたとクロウの腹部、下腹部を触る手付きがいかがわしいが、気を送り込んでいるのだ。


 中域出身の拳士であるタイランは、魔力とはまた違う"気"と呼ばれる別種の力を操る事に長けている。これは肉体の賦活に特化した力であり、治癒に使うこともできる。


「ちょっと、クロウちゃん!あなた、体すごく熱いわよ!?」


 タイランが慌てて言うが、クロウは取り合わない。というより、タイランの声が耳に届いてもいなかった。


「痛い、痛いよ…」


 クロウが言う。


 タイランが自分の手を見ると、その手はべったりと血に濡れていた。


「クロウ様、手当をしないと…」


 ファビオラがクロウに駆け寄るが、やはりクロウは何も答えない。タイランの応急手当によって破けた腹からの出血は大分おさまってはいるが、それでも深手を負った事には代わりはないので少しでも早い手当が必要だった。


 しかしクロウはもはや傷の事などどうでもよかった。


「そうかよ!!そうか!!そうなんだな!!僕を殺したいんだな!!!だからこんなに痛い事をするんだ!みんなそうだった!僕を殺そうとする奴等が多すぎる!大嫌いだ、こんな世界!!」


 叫ぶなり、クロウはげらげらと笑いだして次の瞬間には泣き出した。


「でも、こんな世界でも僕には友達がいて、優しくしてくれる人たちもいる…。だから嫌いだけど嫌いじゃない部分もあるんだ」


 そんなクロウを一行は心配そうにみつめていた。もちろん、頭とか精神が心配という意味で。


 オルセンですら何か理解しがたいモノを見る目でクロウを見つめていた。


 そして、ぎょん、とクロウの両眼が赤銅色の光を帯びる。


 暗い赤の軌跡が宙に描かれ、風が一陣吹いた。


 ひゅるひゅると何かが上方へ飛び、重力に引かれて床へと落ちた。


 腕である。


 青い肌のそれは、オルセンの右腕の、肘から先の部分であった。


 クロウの右手には蒼血に濡れるコーリングが握られていた。


第五代勇者についての下りは白雪の勇者、黒風の英雄~イマドキのサバサバ冒険者スピンオフ~参照です。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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