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イマドキのサバサバ冒険者  作者: 埴輪庭


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魔腑の洞③

 ◆


 2体の人形が肉の壁に完全に飲み込まれてしまうと、明らかに空気が変わった。


 敵意と殺意と害意が二体の人形から放射され、二人は背骨が氷柱に差し替えられたかのような戦慄を覚える。


挿絵(By みてみん)

 不穏が翼を広げて二人を包み込んだかのようだった。


 ──ナゼ、ナゼ、ナゼナゼナゼ


 怒気に満ちた疑問。なぜただ生きようとするだけで遠ざけられ、拒まれ、傷つけられ、殺されるのか、そんな蔦の憎しみが精神波となって宙空を伝播し、カッスルとカプラを打ち据えた。だがそれでも正気を保っていられるのは、蔦の敵意は攻撃者である肉の壁に向けられているからである。


「あ、あの野郎…俺たちに何を持たせやがった…」


 カッスルがヨハンを罵り、カプラが答えた。


「きっと、ろくでもないもの」


 だろうな、とカッスルは眼前の肉壁を見遣る。


 壁は悶えていた。

 痛苦と怒りで肉を震わせ、血のみならず黄色い体液のようなものを各所から滴らせていた。


 肉壁はまるで拷問を受けているかのように痙攣し、その表面からは無数の目玉と口が突如として現れる。それらは痛みと怒りで開き、閉じ、そして無言の悲鳴を上げた。


 ぷつ、ぷつ、という音がカッスルの耳朶を打ち、彼は一体自分が何をやらかしてしまったのかと不安を覚えた。あるいは、肉の壁に飲み込まれるより遥かにタチの悪い事をしでかしてしまったのかもしれない、と。


 カプラは後退って口元を抑えた。

 フードに手が当たり、はらりと外れ、肩口で切りそろえた金髪が僅かに揺れる。

 褐色の瞳には恐怖と嫌悪が滲み、精神的な均衡が崩れつつあるのは明白であった。


 カプラはアリクス王国お抱えの上級斥候であり、"酷い"場面には多く出くわしてきたが、それでもこれほどの冒涜と狂気には対面したことがない。


「な、なんだぁ…こりゃ…畜生…帰りたくなってきたぜ…ママ…」


 カッスルが呆然と呟く。


 二人とも目を離せないでいた。

 人は余りにグロテスクなものを目にしてしまうと、そこから視線を動かせなくなるのだということを二人は初めて知った。


 ぷつ、ぷつり


 肉壁の中から芽が顔を覗かせた。

 植物の芽である。

 それが、沢山、沢山。


 沢山、沢山肉の壁から"生えて"きた。


 芽の土壌となった肉は瞬く間に色を失い、どこか淫猥なドギツい赤から茶色へと変色していく。


 カプラが嫌悪感で表情を顰めながら言った。


「…あの"芽"は、多分、あの肉を栄養にして成長している。ヨハン…あのクソ術師は"絞め殺しの蔦"だと言っていた。攻撃に反応して起動、そして攻撃者に反撃する術なのかな。樹木に寄生して栄養をかすめ取るみたいな寄生植物は珍しくはないし、そういう植物は魔術につかわれる事もよくある。ただ、魔術は引っ張ってくる逸話次第な所があるからな…あの術師は随分と酷い逸話を引っ張ってきたみたいだ」


 肉の触手と蔦が絡み合い、千切り合い、侵食し合っている。どう控えめに見てもグロテスクで、邪悪に過ぎた。二人はこの蔦に命を救われた事になるのだが、全くありがたみというものを感じていない。むしろ危機感すら覚えていた。肉が勝っても蔦が勝ってもろくな事にならなそうだからだ。


 カッスルはカプラが話すのを聞き、その横顔に暫時見惚れた。カプラの嫌悪の表情に何かそそるものがあったのだ。だが、そそるものがあったからといって勿論くどくわけにもいかない。だが、生きて帰ったら酒でも誘ってみるか、等と思うカッスルであった。


 ・

 ・

 ・


 ◆


挿絵(By みてみん)


 魔王城からやや離れた岩場で休息をとっていたヨハン達は、近づいてくる気配に気付いた。


 良かった良かった、生きていたか、とヨハンが言う前に、カプラがつかつかと歩みよってきてヨハンの足元に唾をはいた。ついでにカッスルもだ。


 そしてなぜか二人そろって礼を言う。


 なんだこいつら、と思いながらもヨハンはカッスルとカプラの顔に目を凝らした。


 不吉な影は見えない。

 あの時ヨハンは感得したのだ、二人の逃れ得ぬ死を。


 ただの死ではない。魂まで汚辱されるような冒涜的な死である。


「だが、まぁ。取り敢えずは逃れられたか。良かった。誰が欠けてもこの討伐行、うまくはいかないと俺は視ている」


 ヨハンが言うと、隣に立っていたヨルシカが"勘?"と尋ねてきたので大きく頷く。ヨハンという男は何でもかんでも事前に知っているような口を叩くが、実の所は殆ど霊感である。


 ・

 ・

 ・


 術師の勘…霊感はただのあてずっぽうではない。自身の内面世界を広げ、万理万象を取り込み、精査する。それにより、危機の到来などをより正確に予見している。これが霊感のシステムである。


 要するに、例えば腕がどうにも重い、よく見れば青黒く変色している…とあれば、猿でも自身に異常がおきている、なんだかヤバい状況だ、と分かるだろう。


 しかしこれが他人なら?

 腕が重いかどうかはわからないし、青黒いというのも元からの肌色かもしれない。


 異常かもしれないが、異常じゃないかもしれない、と曖昧模糊の筈だ。


 また、例えばとにかく厭な予感がする…という予感は多くの者が経験したことがあるだろうが、その予感はどこから来ているのか?


 それは自身の認識し得ない感覚領域が危機を察知したからかもしれないし、積み重ねてきた経験による実体験からの予測かもしれない。


 そういった自分でしか分かり得ぬ事を、自分という世界を他人にまで広げ、重ねる事で他者を自分だと誤認させ、危機を感知する。


 ここでモノを言うのが魔力である。魔力とはこの星に満ちる無形のエネルギーであり、願望を成就させる力がある。魔術師達はこの魔力を使い望み通りに火を出したり氷を出したりしているわけだが、霊感に頼る場合、魔力は"相手の事をよく知りたい"という願望が内面世界の拡大という願いを叶えているという事になる。


 つまり、霊感もまた一種の魔術であるといってもいいだろう。


 ・

 ・

 ・


「それで、どうなった?」


 ヨハンが短く尋ねた。


 カッスルとカプラは魔王城で起こった事を詳細に話し、それを聞いていた者達は表情を歪める。


 話を聞き終わったヨハンは暫時目を閉じ、意識を集中させる。


 ──術は、終わったか


 術の終わり。それはつまり、絞め殺しの蔦がもう稼働していないことを意味する。


「なるほど、蔦との喧嘩で肉の壁は生気を吸い取られ、逃げる隙が出来たということか。まあ蔦の心配はもうない。だが問題はその肉の壁とやらだな…。まあいいさ、どうせただでは済むまい。あの蔦は最悪だ。二人が見つけてくれた抜け道で城に入ろう。正門からは……」


「ありえないね。僕はごめんだよ、あの門は恐らく罠だ。例えるならば口。あの城を一種の生物だと仮定すると、生物には自身の部位を明瞭に認識できる部分と出来ない部分がある。例えば口の中に何かがはいってきたら僕らはすぐわかるが、お尻に、それも服の上にハエがとまっていても気付かないだろう。正門は口さ。まともにいけば、僕らの中の何人かが死ぬだろう」


 ケロッパの言にヨハンは頷く。


「ケロッパ師の仰る通りだ。セコセコと裏からはいろう。考えてみれば暗殺なのに堂々と前からなんてありえないしな。それはマナー違反だとおもう」


 ヨハンの言葉を皮切りに、一行は岩場から立ち上がった。



蔦の逸話は「お前たちは死ぬ!!!」の回で説明しています。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 常人なら卒倒しそう、というかSUN値直葬しそうなのに、斥候組は凄いですね 蔦の怨念深さとか、術師のやばさ加減とか。これぞ呪いって感じのおどろおどろしさが段々やみつきに
[良い点] ぺっ、助かったぜ 助かったけど何かなぁみたいな所が面白すぎるw でもちゃんと礼を言う所が素敵
[一言] 葛のツルはまじで害悪なのでいつもぶった斬りまくってるけど私も呪われるのかねぇ?
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