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魔腑の洞②

 ◆


 カッスルとカプラの二人は、魔王城一階部分の通路を黙然と進んでいた。


 カッスルが先頭に立ち、カンテラを掲げている。迷宮探索にも使う特殊なカンテラで、微量の魔力を流す事で明かりを灯す事ができる。光量が一般的につかわれているものよりも大きく、魔力を流すといっても非常に微量であるため消耗もない。


 光に照らされているのは、まるで巨大な生物の肉襞に取り囲まれたかのような異常な空間だった。壁や天井は不気味な赤黒い肉の塊で覆われ、その表面にはぬらりとした肉の艶めかしさが揺れている。


 挿絵(By みてみん)


 通路の各所には大小の穴があいているが、その奥から一体どんな悍ましい生物が這い出して来るかという不気味さが二人の生理的な嫌悪感を刺激した。


 気味の悪い通路だ、とカッスルは胸中でごちる。


「なァ、カプラ。この城は生きてるのか? 俺ァ化け物に飲み込まれたような気がしてならないぜ」


「さぁ、な。だがその通りなんじゃないか? 相手は魔族だ。こんな気色の悪い本拠地でも不思議はない」


 カプラが答えた。声色には嫌悪感が滲んでいた。生理的なものは抑える事が難しい。


 ──魔腑、か


 カプラは内心でそんな事を思う。


 ──ここが腑……はらわたの中だとすれば、私たちは文字通り魔王の腹の中にいるという事になる。笑えないな。


「まぁなぁ。それより、話が変わって悪いんだが何か、こう……妙な気がしてくるんだ。外へ出て、太陽の光を浴びたくなるというか……体いっぱいに綺麗な水を浴びたくなるというか。腹は減っていないのに、腹が減ったような気がして……何か、満たされない思いっていうのかな、そんな感じがするんだよ……」


 カッスルが奇妙な表情で言う。


 何か異常を感じているにもかかわらず、自分でもそれが何なのかよくわからなくて、とりあえず口に出してはみたものの、どうにも上手く言えない事が自分でもわかっている……そんな顔である。


 それを聞いたカプラはちらと腰のポーチに目をやりながら、渋い表情を浮かべた。


 カッスルの言は自身にも覚えがあるのだ。

 何か、こう、自分がまるで……


 挿絵(By みてみん)


 ──(かつ)え、乾き、生きたいが為に"絞め殺す"あの蔦になったかの様な……


 カプラの脳裏に、黒髪の術師の姿が想起された。邪悪な笑みを浮かべながらカプラとカッスルへ延々と講釈を垂れている青年だ。


 ──くそ、ヨハン、だったか。あいつは本当に私たちを護ろうとしてあんなものを寄越したのか? 私たちを謀殺するためではなく? 見ろ、ポーチに入れた人形が……


 カプラの腰の側面で、ざわりと何かが蠢くのを感じた。


 ひぇ、と小さい声で悲鳴をあげるカプラは、1秒でも早く不吉な人形を捨てたくてたまらなかった。しかし捨てられない。なぜならヨハンが言ったからである。


 ──『お前は死ぬ! このままだと死ぬ! 絶対死ぬ!』


 余りにも堂々としたヨハンからの死亡宣告は何の根拠もないにも関わらず、カプラもカッスルも信じてしまった。


 優れた術師特有の"霊感"はカプラも知っており、それが口から出まかせとは限らない事も知っていた。魔王討伐の任に選ばれるからには巷間の詐欺師紛いの術師とは違うのだろうという思いもある。


 だからいくら不気味で気持ち悪くて趣味も悪く、酷い造形で全身から厄気を放射していても、それを捨て去る気にはなれないのであった。


 ・

 ・

 ・


 二人が肉の通路を進んで暫く。

 カッスルの鼻腔を生臭さが刺激した。

 内臓の匂い、腑の臭気である。


 水気をたっぷり含んだ何かがぶつかりあったような音がして、壁の肉塊が蠢き始めた。元より何の障害もないとは思っていなかったとはいえ、やはりこういうパターンかとカッスルはげんなりしながらも"うねりの魔剣"を抜く。


 分厚い肉の触手が壁から伸びた。長く太いそれは胴回りが成人男性のそれほどにあり、筋肉の塊のように触手全体に力感を漲らせていた。絡みつかれればただでは済まないだろうが、カッスルは臆する事なく触手に向けて突きを放った。


 "うねりの魔剣"は螺旋状に魔力を纏い、ドリルの様に敵を貫く事が出来る。ただの突きというには余りに殺意が過多であり、これを受けた者はその箇所に大穴をあける事になるだろう。


 剣自らが回転して貫通力を高めるため、硬質な皮膚を持つ相手にも効果は大きい。そして敵の肉体に剣が突き込まれる程に魔力は凝縮、圧縮され、突きの終端ではその魔力が外部へ解き放たれる。


 未熟な使い手だとこの突きを放つ際に自身の腕ごと捻り飛ばされてしまう。魔力を流せば剣が自ら回転する為だ。しかしカッスルは未熟ではない。掌に魔力を纏って摩擦から保護している。


 結句、剣の先端と触手の先端が触れるや否や、赤黒い肉が弾け飛んだ。


「やっぱりなぁ! 魔族も魔物もいねぇのがおかしかったんだ! 畜生!」


 カッスルは叫び、踵を返した。つまり、元来た道をもどろうとしているのだ。というのも、視線の先には赤黒い壁が通路一杯にぎゅうぎゅうにつまって、しかもそれなりの速度で二人へ向かって迫ってきているからだ。


 いや、二人に迫りつつあるのは肉の壁だけではない。いまや通路全体が脈動し、蠢いていた。


 ◆


 ──え? まさかここで死ぬ感じか? 


 いやいや、まさか、とカッスルは冷や汗を流しながら、しかし剣の柄を固く握り締める。


 元来た道のその先も肉の壁が出現しており、逃げ場がない。自身の突きでそれらに風穴をあける事ができるのか、と考えれば少し怪しいと言わざるを得なかった。


 剣士全般に言える事なのだが、どこを斬れば殺せるか分からない相手というのは苦手なのだ。触手の一本二本を千切り飛ばしたからといってそれがどうなるのか。


 ──破れかぶれで片方の壁をぶちぬけないか……やってやれなくはない、か? 所詮肉だ、生肉だ。量で押しつぶされる可能性はあるが、なに、駄目だった後の事は死んでから考えればいい


 死ねば死後の世界が見れるかもな、と思うと、カッスルの全身に(りき)(みなぎ)る。この男はそういう性格なのだ。カッスル自身、自分はいつか好奇心が仇となって死ぬだろうと確信さえもしていた。


 そしてカッスルが灼熱した戦士の気概を瞳に宿しつつ、足を一歩前に踏み出した所……声がかかった。


「待て、カッスル」


 カプラは言うなり、ポーチから何かを取り出して壁に向かって放り投げた。


 人形である。


「丁度よかった。本当に不気味だったんだ、あの人形。あの術師……ヨハンは言っていた。あの人形が私たちを護ると。今こそその力を発揮してもらう場面じゃないか?」


 カプラはせいせいした様子でカッスルに言った。


 ──成程、一理……いや、二理……まて、十理はあるなッ……!! 


 カッスルもポーチからヨハンお手製の人形を取り出し、迫りくる肉壁へと投げつけた。

 実際の所丁度良かった、とカッスルは思う。


 元はと言えば迷宮探索者として高名な彼は、その長い探索歴の中で様々な物品を見てきた。


 魔法の力を持った品

 神の力を宿した品

 ガラクタ


 そして


 ──呪いの品


 カッスルの目から見てその人形は、刻一刻と危険なものとなりつつあった。まるで水面に波紋が広がっていく様に厄気が増大していくのだ。カプラと同様に一秒でも早く手放したかったのである。


 まるで危険物(実際に危険物だが)を放り捨てる様にして手放された二体の人形は、カッスル達の前方から迫る肉壁に文字通り呑みこまれ……

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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