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閑話:北方侵攻⑮~悼みの箱~

 ◆


 エルファルリの骨がまるで絞め殺し植物…他の植物に巻きついて宿主を枯死させるツタのように、ラカニシュの骨へ()()()()()()


 キャスリアンの術による現象だが、しかしエルファルリの執念、怨念が骨の強度を高めているのだろうか、不死者の最上位とも言うべき存在の骨に対し、人間のそれが食い込み、侵し、傷つけるというのは常識の埒外の現象である。


 エルファルリの骨は、ラカニシュのそれへ同化していく傍から朽ちさせていった。


 指から手へ、手から肘へ、肘から肩へ。


 ラカニシュはもう片方の腕を天高く掲げ、何事かを呟いた。


 するとその手刀に赫い輝きが収束していき、大気が熱で歪む。

 太陽光を手刀に集めた熱刃刀だ。


 自身の手であるならそれはルードヴィヒの法に反する事はない。


 ラカニシュは躊躇なく侵蝕されつつある方の腕を切断…いや、溶断した。


 キャスリアンが乖離した今、もはやラカニシュは自身の骨体を直ちに再生する事は出来ない。それを理解した上でなおラカニシュは腕の切除を決断したのはエルファルリの負の想念の危険性を見抜いたが故であろう。


 皮肉な話ではあるが、人の想いの力の強さ、それが何を為し得るかという事について、ラカニシュという男の理解は非常に深い。


 ラカニシュと繋がっている腕を失って雪原に倒れ付すエルファルリは、かろうじて息はあるがそれでも命の灯が消えるまでにはそう長い時間を必要としないだろう。


「腕一本か。まあよくやった方かな」


 キャスリアンがエルファルリに目を遣って、どこか優しげな口調で呟いた。


 ◆


 身も蓋もない言い方をすると、強ければ強くなるほどに、その者は一般的な人間的感性から外れていく…と言うのは冒険者に限った話ではない。


 ある程度以上に業前が整ってくると、その剣士…乃至術師の戦闘思考は目的達成を第一とした戦闘思考へと純化していくのだ。


 つまり、目的を達成する為に自身の命を必要経費と見做すことも厭わなくなる。


 ・

 ・

 ・


 時は僅かに遡る。



「…僕が視る限り、真っ当にやりあっては僕等の命、そしてオルディアの街に控えているバリシュカ伯爵率いる帝国軍を総動員しても勝利への対価は購いきれないでしょう。僕らは死に、残るのは彼等です」


 丘上からポーは一同に説明した。

 エルファルリやヌラ、そしてエルファルリの団のメンバーはこれに異論を唱えない。


 蒼い肌の女魔族が矢継ぎ早に放つ魔法の規模は凄まじく、それをどういう手管か知らないが打ち消すなりして逆撃する骨体の魔術師…ラカニシュの業前は優れているという言葉だけではとても言い表せない。


「逃げる…っていうのは?」


 一同の1人、男の冒険者がそう尋ねた。

 これはこれで名案だ。

 生きてこそ立つ瀬もあり、敵わぬと見れば逃げるというのは立派な戦術である。


 ポーは2度、3度と頷き、やがて苦笑を浮かべた。そこに臆病者を揶揄する侮蔑の色は無い。

 諦念が滲んだ苦い笑みだった。


「勿論、それも考えました。が。ここで逃げた場合…碌な事にならないでしょうね。彼…あの骨体の魔術師はラカニシュと言います。丘下での戦闘、放置すればあのラカニシュが勝利するでしょう。細かい説明は省きますが、魔族等の敗北は彼の力を更に高めます。我々魔術師に取って、自身の願望、根源の充足を以て階梯を昇る事は珍しい事ではありません」


 そうなれば、とポーは続ける。


「あそこの魔族を平らげたラカニシュは、この北方を散々に荒しまわるでしょうね。知っていますか?彼に敗れた者は決して死ぬ事はないのです…」


 そこでポーはラカニシュの“力”について説明した。死から遠ざけられ、夢幻の生を植えつけられ、悍ましい姿のままに快楽に浸って生き続ける…その幸福、快楽の念がラカニシュに更なる力を与えると。


「放置しておけば、いずれラカニシュの力はこの大陸の全土に及びますよ。皆が生ける屍と化すでしょう。それに、僅かな時間の安寧をもとめて逃げ出したとて、逃げ場はあるんでしょうか?」


 ポーは空をゆびさした。

 暗雲が広がる不穏な空だ。



「魔族が表立って襲撃してきている、そして空の模様、一部の耳ざとい者なら知っているでしょうが、果ての大陸の縛鎖が緩んでいるという噂もありますね。これらから予想できる事…それは人魔大戦の勃発。逃げた所で果たしてどこに安全な場所があるでしょうね。皆さんは全員が全員天涯孤独な身の上というわけではないのでしょう?家族がいるかもしれないし、恋人が居るかもしれない。友人もいるかもしれない…」


 ポーが薄気味悪い笑みを浮かべながらここまでいうと、冒険者の1人がため息をつきながら言った。


「分かった分かった…確かにそうだな、姐さんやヌラが口を挟まないのが証拠だ。俺はアンタを信じたわけじゃないが、姐さんやヌラの事は信じている。で?景気悪い事ばかりか?何か明るい情報はないのか?」


 男がそういうと、ポーはにこやかに笑いながら言った。


「あります!僕に秘策があります」


 秘策?と男が先を促す。

 ポーの口調の明るさに、男はまだツキは落ち切ってはいないようだなと僅かに安堵した。

 しかし、ポーの次の言葉に盛大にため息をつくことになるが。


「皆さん、ここで死んでしまえば宜しい。なるべく未練を残して、ね。大丈夫です。その未練は、僕がこの命と引き換えに晴らしてさしあげましょう。少し多いですが、僕の力の及ぶ範囲です。ギリギリですけどね。残党の心配はありますが、その為に帝国軍が居るのです。最初から帝国軍を巻き込む案も考えましたが、僕の力はそれほど多くの人数には及びません。死に損というか、殺され損になってしまってはあるいはラカニシュの力の苗床になってしまうかもしれませんからね」


 そこでポーは自身の力の秘、自身の身分…そのすべてをその場の者達に余す事なく開帳した。


「連盟の術師さんでしたか…」


「ああ、連盟の…。本当に酷い事ばかり考えるよなあ」


「姐さん、いいんですかい?この兄さん、魔族とかより邪悪な気がするンですけど」


 エルファルリもヌラも盛大に顔を顰めながら、ポーを睨みつけて、しかしため息をついてポーの案を受け入れざるを得なかった。


 ◆


 ある冒険者の男は街に残してきた恋人を想いながら頭をカチ割られて死んだ。


 ある冒険者の女は馴染みの男娼を思いながら上半身と下半身を引き千切られて死んだ。


 ある男は、ある女は……


 周囲で次々死んでいく仲間達を見ながら、ヌラは“酷ぇ最期だ”と思いながら短刀を構えなおした。ぽろりと指が落ちるが、痛みはないので問題はない。


 ヒルダから放たれる氷気がヌラの指を壊死させたのだ。


「…分からぬな」


 ヒルダが呟いた。

 冒険者達の、自殺にも思える抵抗が彼女には理解が出来ない。


「まあ生きてれば色々あるんだよ。ここであんたらが生き残っても、あそこの骨野郎が生き残っても、結局街は滅びちまうだろうし。逃げればいいのかもしれないけどな。この北は、俺の、俺達の故郷だ。故郷を捨てるっていうのはさ、時には命を捨てることより難しい…事もあるんだ」


 そうか、とヒルダは短く答えた。

 その答えで少し理解が出来た気がした。


「…お前達は知らぬだろうし、信じぬだろうが。この大陸は元は我々の物だった。“故郷”なのだ」


 ヒルダはそういい、話は終わりだと言わんばかりに全身から放射する殺気を増幅させた。

 “意”のみのそれが、ガリガリとヌラの命を擦過していく。これが魔将と人間の生物としての性能差であった。


 高まっていくヒルダの殺気と反比例して、周辺気温は降下の一途を辿った。

 本身を抜いた魔将ヒルダは魔族随一の氷結魔法の使い手だ。


 ヒルダはただそこに立っているだけで周辺の気温を致命的に低下させる。


 魔法は恣意的に発現させるが二流。

 行動に魔法が自然と伴うに至って一流と言える。魔将ヒルダはそういう意味で言えばまさしく一流だった。


 ◆


 さて、とヌラはヒルダに意識を集中させた。

 凍気が全身を蝕み、既に身の軽やかさは失われているだろう。


 対してヒルダは先程ヌラが肩口に浅い傷を入れたほかはこれといった負傷もない。

 部下達にも猛者が何人もおり、逆にこちら側は青色吐息だ。


(ああ、あんた等ほどに強ければ、護りたいものも護れただろうに)


 ヌラはヒルダ達を羨んだ。


(結局俺はこの程度だ。金等級?馬鹿らしい。弟子モドキ1人も護れずに、最期はこんな死に様だ。俺は使えない、役立たずな男だ)


 ヌラは自身を卑下した。


(ああ、俺が、()()()()()()()()()


 ・

 ・

 ・


 ヌラは自身の気配、存在感を他者の影に投影する。余程鈍い者であっても、“なんだか近くに誰かが居る気がする”という気持ち悪さを拭えない。鋭い者なら尚更だ。ヌラを知覚している者になら投影できる数に制限は無い。


 極論になるが、もし世界中の全ての生物がヌラを知覚したならば、ヌラは世界中の全ての生物に業を仕掛ける事が出来る。


 これは尋常な事ではなく、尋常ではない事が出来るからこその金等級であった。


 この違和感は戦場と言う場では致命的な隙を作る為の起点となりうる。


 ヌラのこの“力”は、“自分が自分の様な存在でなければ“、“仮に自分が全く別の人生を歩む事になったならば”という甚だ後ろ向きで暗い、そして強い念が成しえている。


 だが死に瀕したこの場面で、ヌラの力は更に暗く、悍ましいものへと少しずつ変容していった。それは悍ましくもあり、悲しくもある変容だった。


 ・

 ・

 ・


「…私は、お前達の事を多少は評価している。だから苦しませずに殺してやる」


 ヒルダがヌラへ歩を進める。

 ヌラはもはや動く事すら叶わない。

 なぜなら、膝から下の感覚がもう無いからだ。


 ヌラは既に自身の死を、未練たっぷりに死ぬということを、その後、ポーの手駒と成り果てる事を受け入れている。

 だが、それはそれとして、そもそもヌラ自身に大きな力があったならばそんな作戦を取る必要は無かったかもしれないのだ。

 顔見知りの元仲間達が死ぬ事も無かったかもしれないのだ。


 ヌラはそれを悔やみ、惜しむ。


 ――ああ、俺が、()()()()()()()()()


 この瞬間、ヌラの力は変容の帰結を見る。


 ◆


「さらばだ、戦士、よっ…!?」


 ヌラに歩み寄り、別れの言葉を告げる。

 が、すぐに困惑を強めた。

 自身の肉体が自身の意思により制御出来ないからだ。


 ヒルダはくるりと後ろを向いて、そして自身の部下らに向けて右腕を向けた。

 これも当然彼女の意思によるものではない。


 右腕に収束していく魔力。

 そして放たれる魔法。

 螺旋に渦巻く指向性の氷嵐だ。


 あらゆるモノを凍てつかせる死の嵐は、後先を考えずに注ぎ込まれたヒルダの魔力を糧に瞬く間に膨れ上がり、生き残りの冒険者達が交戦している場所を避けて着弾した。


「馬鹿な!!!何故私が同胞を!き、貴様か!貴様が私の体、を………」


 自身を操る謎の力は消え去り、ヒルダは激昂と共にヌラを振り返り…そして口を噤んだ。


 ヌラは死んでいた。


 ◆


 ポーはエルファルリの、ヌラの、多くの冒険者達の死をその眼に焼きつけ、その無念を想う事で更なる魔力を引き出す。


「我が生涯、最期の術」


 ポーの両眼、口、鼻、両の耳。

 全ての孔から血を流し、ポーは両の手を組み合わせた。

鈴木よしお地獄道という現ホラーも書いてます。わりとカジュアルな内容なので、そっちも宣伝します。

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鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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