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閑話:北方侵攻⑬~判事~

 ◆


 ラカニシュが両の手を掲げた。


 まるで神から祝福を授かるのを待っている聖者の様な姿。

 エルファルリはその姿を虚仮であると見做す事が出来なかった。なぜなら…


 ――墜ちよ天

 ――栄光は汝に相応しからず


 “何か”がラカニシュへ流れ込んでいく。

 それは信仰として固まる前の祈りであった。


 かつてラカニシュは生きている限り苦しみが続くというある種の真理を感得した。それは全面的に正しいというわけではないが、確かに正しい側面もあるのだ。


 今こうしている間にも、どこかの誰かから苦しみは絶え間なく生み出され続けている。

 苦しみの渦中にある者達は思う、“誰か助けてください”と。それが神でも悪魔でも構わないから、と。


 そんな幽けき想いがラカニシュの掲げた右の掌へ流れ込む。


 なぜそんな事が出来るのか?


 彼が救世主であるからだ。

 救世主としての揺るぎ無き意思を以ってすれば、祈りを誘引できて当然だからだ。

 少なくともラカニシュはそう考えている。


 次にラカニシュは左の掌を地に向け、呟いた。

 その口調は当初のようにたどたどしいものではなく、いまや明朗に発音が為されている。


 ――砕けよ地

 ――偽りの平和から目覚めよ


 すると大地からやはり何かがラカニシュへ流れ込んでいく。

 それはこの地…北方で散った者達の無念だ。

 志半ばにして散り、地の肥やしとなった者達の思念の残滓…そういうものを取り込んでいる。


 なぜそんな事が出来るのか?


 彼が救世主であるからだ。

 そしてラカニシュは、救世主たる自身には使命があると考えている。


 使命とは何か?


 救うべきは生者のみにあらず。

 死者達の残滓も自身の中に取り込む事で完全な消滅を防ごうという事だ。

 なぜなら忘却こそがその者にとっての本当の死であるからして。


 このような使命があるのだから、報われぬ魂を自身の根源に取り込めて当然だとラカニシュは考えている。


 ◆


 天と地から流れ込む“力”を上下に掲げた両の掌に受けたラカニシュは、右掌を右に弧を描くように下方へ、左掌を左に弧を描くように上方へゆるりと動かしていった。


 円とは終わり無き循環の象徴。

 ラカニシュは自身の肉体で輪廻に似た何かを再現しようとしていた。


 この円環が完成すればラカニシュの身には天地両極の力が収束し、亜神とも言うべき存在へと変容してしまう。


 だが


 ・

 ・

 ・


 ――貴方達の向かう先はそちらではありませんよ


 連盟術師、ポー。


 ◆


 その囁きは密やかであるにも関わらず、大きく響いた。


 エルファルリは背後を振り返り、そして見た。

 両の瞳から血涙を流し、両の掌をラカニシュへ向けているポーの姿を。


 円環の完成の、その寸前にラカニシュの肉体から二つの光球が“引き抜かれ”ポーの掌へ掌握される。


『貴ィィ様ァァッ!』


 大切なモノを奪われた事を知ったラカニシュが、その時初めて感情を…怒を露にしてポーに両掌を向ける。


 大気が掌中に収束していく。

 大気を収束させた圧縮空気弾である。

 分類としては協会式の魔術だ。


 強力ではあるが、これはそれまで行使していた“特異な術”ではない。

 なぜならラカニシュは知っていたからだ。

 もはやそれは使えぬ、と。


 とは言え、天地から流れる力を受けて位階を高めたラカニシュは、この場で最も神に近く、それほどの存在であるならばもはや詠唱などは必要としない。

 なぜならば神の類は存在そのものが伝承、逸話であるからだ。


 ポーは肉体的に言えばひ弱であり、圧縮空気弾を受けようものなら上半身が千切れ飛ぶだろう。

 エルファルリが受けるだろうか?

 いや、彼女は半歩届かない。


 術は不可視の殺意が唸りをあげ、ポーに襲い掛かる。

 だがポーはこの期に及んで薄ら笑いを浮かべていた。


 ――血肉通わぬ法、是を禁ず


 中年男性の低い声が響く。

 ポーの横にはいつのまにか1人の中年男性が立っていた。


挿絵(By みてみん)

 連盟の9本目の杖、『判事』ルードヴィヒ。


 空気弾はポーに直撃する寸前に雲散霧消し、ルードヴィヒが人差し指をラカニシュに向けて呟いた。


 ――執行


 大岩を粉砕する程の空気弾。

 その威力がそのままラカニシュに叩きつけられた。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] SPECのヤタガラスに近いのか。これは最強。ただし、復讐代行に限る、的な?
[気になる点] うちの会社のおじさんに似てて怖い
[一言] 激アツ
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