戦場百景⑪~エル・カーラ防衛戦㊦~完
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ユルゼンの姿が霧と化し、周辺は白霧に包まれた。
するとミシルがおもむろにアリーヤを抱き寄せて、自身の長い髪で彼女を覆い隠すように包み込んだ。
「ひゃっ…」
驚いた様子のアリーヤは、言葉とは裏腹にミシルの柔らかいお腹に顔を深々と埋め、“役得役得”と呟いていた。
「アリーヤ、貴女はどうも緊張感がありませんね」
気だるげに呟くミシルだが、彼女もまた緊張感が薄いように見える。ただ、術師という生物の上っ面というのは、結婚詐欺師が口にする永遠の愛というセリフよりも信用出来ないものではあるが。
白霧はユルゼンの肉体そのものである。
彼は自身の肉体を固体、液体、気体と、所謂三態変化させる事が出来る。従って…
「お師匠様!」
アリーヤが叫ぶのと同時に、ミシルの首まわりに氷の輪が形成され、間を置かずにその円径を0へと変じた。
内輪には剃刀のような鋭い刃があり、そのまま首で受ければミシルは哀れ断首の憂き目に遭うだろう。
だがミシルは軽く首を振り、その長い髪をぱらりと散らす。
氷の切断輪はミシルの髪に刃が触れるなり、ぱきりと砕けて地面へと落ちる。
氷の輪は地面に落ちて、間を置かずに気化して霧と化す。
ミシルの瞳には思案の色が揺蕩う。
(なぜ彼は私の奇襲をかわしたのでしょう)
肉体をあのように変化させる事が出来るならば避ける必要などないではないか。ではアリーヤの一撃は?
(あれは奇襲でしたから埒外かもしれませんが、仮に受けても問題ないと判断したならばどうでしょう。私とアリーヤの魔術の違いは? 発現する事象の違いは勿論ですが、それは表面的なものに過ぎません)
――君も水のあしらいには自信があるようだが、私のように肉体を変化させる事は出来まい。階梯が違うのだ。君の魔術では私を討つ事はできないよ
今度はミシル達の周囲に氷槍が次々形成されていく。
逃げ場は無いが、ミシルにも避ける意思は無かった。
「アリーヤ。少し考えますので頼みます」
ミシルが言うとアリーヤは笑顔で“お任せください”と快諾した。
――羽撃け、小さき炎の使者よ
アリーヤがミシルの髪の下から飛び出して長杖を構えると、その先端部分の周囲に拳大より三回りは小さい炎弾が1つ2つ、3つ4つと次々と灯り、回りだす。
――仇の血肉を種火とくべて、踊り恋啼け
――火啼鳥
氷槍が切っ先をミシル達に向けて襲いかかると同時に、アリーヤが杖の先端より無数の炎の弾丸を発射した。
一発一発は小さいものの、炎の弾幕が氷の槍を次々と砕いていく。
撃墜された氷槍は、しかしその場で気化し、再び霧へと戻ってしまう。そして再び氷槍として再構築されミシル達に飛来する。
炎弾を放ち続けるアリーヤだが、顔色が明らかに悪い。
無理もなかった。術を行使しすぎているのだ。
事実、アリーヤはこめかみを短刀で抉られているような頭痛に苛まれている。しかし彼女は術の行使をやめようとはしなかった。
なぜならミシルに頼まれたからだ。
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なお、火啼鳥は小型の火弾で弾幕を張る魔術であり、術の由来は西域に広く生息している鳥、『火啼鳥』からそのまま流用された。
火啼鳥は西域の複数地方に分布する鳥類だ。
火を好み、火のある場所で求愛行動を行うことが知られている。石を抉るほどの硬質な嘴と非常に高い体温も特徴的。
この鳥は群れを成す傾向があり、この点が特に危険視されている。というのも周辺に火気がなければ火啼鳥はその嘴で石を突き、石火にて火災を引き起こすからだ。
そんなものが群れをなせば、場合によらなくても大火災の原因たりうる。
幸いにもこの鳥の生息地域は荒れ果てた僻地であって、その地域には余り人が住んでいないこともあり大事に至る事はそれほどない。
とはいえ、過去には何の因果か帝都まで飛んでくる個体もあり、しばしば火災の原因となっているという事実もある。
レグナム西域帝国はこの鳥を魔獣と同一視しており、見つけ次第の駆除を推奨している。
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ミシルは茫洋とした目で前方を眺めていたが、ややあって短杖を前方の空間に突き出し、短く呟いた。
――凍れ
短杖の先から冷気が滲み、それは波紋がひろがるように周囲に拡散していった。
頭上から、側面から、背後から声が響く。
――霧ごと凍てつかせようというのかね?賢そうに見えたがどうにも愚かな事をする
ミシルは声に構わず、ただただ冷気を拡散していった。
底冷えのする冷気が広がっていくと、キラキラと光る氷の粒が舞い始めた。
ミシルの周囲の霧が凍てついているのだ。
だがそれは霧全体には全く足りていない。
さらに杖を持つほうとは逆の手で、掌を表にして違う術を行使する。その中指には青く大きい宝石が嵌められた指輪が輝いていた。
――湧け
宙に一抱えほどの水球を生成したミシルはアリーヤのほうに向き直って告げた。
「アリーヤ。これを撃ちなさい。無防備となる数秒。死なないように。私も頑張ります」
アリーヤはミシルの言に一切の疑問をさしはさまず、ミシルに向けて杖を向けた。
火弾がミシルの水球に殺到し、蒸発させる。
当然のようにアリーヤが撃墜していた氷槍が2人に殺到し、二人の全身を傷つける。
アリーヤは肩や腕を、ミシルは脇腹を抉られその場に倒れ伏した。
「重要臓器はッ…なんとか無事そうですが…やってくれますね…」
脂汗を浮かべたミシルだが、口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
追撃の氷槍は来ない。
ミシルは痛みに耐え、アリーヤの負傷に顔を顰め、それでも先立って行使した冷気の拡散を止める事はなかった。
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肉体の制御が効かない。
霧が散ってしまう。
ユルゼンは歯噛みした。
右手をあげようとすれば右手があがり、左手をあげようとすれば左手があがる。
それが普通で、正常だ。
だから例え霧化していても、それが全て自身の体である以上は霧の動き、どこに何を生成して何を攻撃するかなどは全て制御できていなくてはならない。
それが、いまや制御に非常に困難をきたしている。
気を抜けば霧が遠くへ散ってしまうし、氷刃などの生成も上手くいかない。
強く集中すれば可能だが、呼吸するようにとはとても行かない。それもどんどん症状は悪化していっている。
ユルゼンにはその原因の見当が既についている。
(アレか!)
脳裏にはミシルが水球を蒸発させる光景。
自身の肉体でもある霧に、異物が混じってしまった。
ミシルの制御下にある霧がユルゼンのそれへと混じり、思うように制御できていないのだ。
そうなる事を彼は予想できていないわけではなかった。
だからこそ先立っての地中よりの奇襲を避けたのだ。
水というのはとかく異物に影響を受けやすい。
異物の原因に対処しようにも、広範にわたって霧が散り捕捉がままならない。
これは人で例えるならば、体の至る所に付着した砂粒を確実に除去するようなものだった。
見える部分ならばいいが、背中や尻についたものが確実に取れるだろうか?
だが、とユルゼンは思う。
広範にわたって散ったならば、その範囲を狭めてやればいいのだ、と。
ミシル達は息荒く立ち上がり、霧が一点に収束し、人の姿を形作っていくのを静かに見ていた。
それでもミシルは冷気を拡散しつづけている。
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アリーヤはぶるりと身震いした。
それは寒気の為もあるが、師であるミシルの目が怖かったからだ。
凄まじい殺意を浮かべているのか?
違う。
激怒しているのか?
違う。
ミシルはユルゼンを死人を見るような目で見つめていた。
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これ以上制御が困難になる前に、とユルゼンは自身の肉体を再構築した。それは固体であり、液体でもある先ほどまでの肉体だ。
霧が人の形をとった瞬間に、ユルゼンの顔面に水筒が投げつけられる。ミシルが投げたのだった。
しかし水筒はユルゼンの身体から伸びた水の鞭で断ち切られてしまう。
この時ユルゼンは、その水の鞭の動きがぎこちないことに気付いた。
何かが変だ、と思う間もなく、水の鞭はたちまち先端から凍り付いていく。何か不気味なものを感じたユルゼンは、その鞭を自切した。
切り離された水の鞭は地面へと落ち、砕けて散ってしまう。
「余り激しく動かないほうがいいですよ」
声の主…ミシルに、ユルゼンは険しい表情を向けた。
ミシルはよろよろと近付いてくる。
迎撃だ、迎撃しなくては、とユルゼンは右腕を突き出し、一本の槍を形成しようとするが腕もまた先端から凍り付く。
凍結が胴体へと達する前に彼は腕を自切した。
腕の末路も先ほどの鞭と同様であった。
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過冷却という現象がある。
これは、水や他の液体が融点以下に冷却されても凍らず、液体の状態で存在し続ける現象のことだ。
この状態にある、例えば水などは風味や見た目は普通の水と同じだが、微小な衝撃を与えたり異物を加えると、瞬時に凍りつく。
そしてこの現象を引き起こすには、“ゆっくりと、徐々に温度を下げて冷やして”いけば良い。
ミシルはそれをやった。
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「霧を直接発生させる事も考えたのですが、一度に大量に発生させようとすると時間が掛かりすぎてしまうし、そうなると私達が殺されてしまう。だから水を蒸発させました」
ミシルは淡々と言葉を発し、ゆっくりとユルゼンに近寄っていった。
ユルゼンは水の鞭、腕。それらがどうなってしまったのかが頭にちらつき、ミシルに対して直接的なアクションを起こせないでいる。
というより、自分に何が起きているかがユルゼンには分からないでいるのだ。
生物を恐怖させるその根源は、対象の脅威ではなく、対象への無知さ故である。
とはいえミシルが再び何かの術を行使しようとしたならば、一か八かと言う話になっても命にはかえられぬと霧化なりなんなりをするだろう。
だがミシルが次に取った行動には何の脅威もなかった。ましてや術ですらない。
彼女は短杖の先端をユルゼンに向け、その額をちょん、と。
つついたのだ。
それは小鳥の啄ばみより更に弱い、赤子が受けても傷1つ負わないようなささやかな一突きであった。
「…ッ!かッ…!アッ……」
ユルゼンの額から凍結が凄まじい勢いで広がり、瞬き数度の間に彼は一体の氷像と化してしまった。
呆気にとられるアリーヤを尻目に、ミシルは短杖をまるで細剣のように構え、呟いた。
――纏え、風
エル・カーラでは子供でもできるちょっとした風を起こす魔術だ。風が杖の先端に渦巻き、ミシルはその状態を維持しながら再びユルゼンを突いた。今度はもう少しだけ強く。
パキリ、という乾いた音が鳴る。
風を纏った杖の先端が、僅かにユルゼンの氷像を傷つけ、そして風が像の内部に入り込む。
そしてミシルにより完全に制御された風は、縦横無尽に像内部で渦巻き、結果として…
あ、とアリーヤが声をあげたのと同時に、氷像は粉々に砕けて散った。
「流石に今度は再生できないでしょうね。貴方がもしそういう身体でなければ、表面のみが凍りつくに留まったでしょうけれど」
ミシルは脇腹を押さえ、顔を顰めながらアリーヤの元に戻っていった。その足取りはよろめいている。
しかし、彼女としては一刻も早くこの場を離れたかった。
なぜなら先ほどまでは魔将がおり、その威圧感からか尖兵や犬といった魔軍の構成員はその場に近寄ろうとはしなかったが、魔軍を遠ざけていた魔将はもう居ない。
アリーヤも状況は理解しているようで、自身も肩と腕に重傷を負いながらも、ミシルを支えその場を離れようとするが…
「よくない、ですわね…」
アリーヤが呟き、ミシルがため息をついた。
2人の前に立ちふさがる者がいたのだ。
三等術師スナイデルを屠った大鬼族の勇士、バギンである。
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――あの恐るべき魔族の将が人間に屠られたとは
バギンは驚愕し、そして舌なめずりした。
手柄をあげるチャンスだからだ。
眼前の人間達が満身創痍である事は残念だが、だからといって見逃すという選択肢はない。
バギンは周囲の下級の尖兵や犬達に指示をだし、2人を取り囲ませた。万が一にも逃さないために。
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「仕方がありません。もう少し頑張りましょうか。私は…とってもお腹が痛いですけれど、術自体はまだ使えます。しかし、あの大鬼は厄介かもしれませんね…」
ミシルは短杖を構えた。
アリーヤはといえば…
(もうこれっぽっちも術なんか使えませんわよ!まずいですわ!お、お師匠様は…血、血が…)
アリーヤは青褪めた。
ミシルの負った傷は存外に深く、彼女の足元には小さい血溜まりが出来ていたからだ。
アリーヤ自身も腕は動かすだけで激痛を伴うだろう。
出血もある。
雑兵ならともかく、とてもではないがバギンの相手が出来るような状態ではなかった。
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バギンはなにやら物足りなそうな表情を浮かべつつも、戦斧を構え2人に近付いていく。
ミシルも覚悟を決め、短杖を構えた。
アリーヤはミシルの肉盾となる覚悟だ。
先手を取ろうとミシルが術を起動しようとした、その時。
「ゴォアアアッ!?」
横合いから何かが突進して来て、バギンの側面から激烈な体当たりをぶち込んだ。
しかしバギンの方もさるもので、例えるならば普通自動車が時速4、50キロ程度で突っ込んできたものと同程度の衝撃を受けながらも吹き飛ぶ事はなく、身体をその場で回転させることにより衝撃を逃し、ややの後ずさり程度に済ませた業前は見事と言えるだろう。
「来てくれたのですか」
ミシルがやや安堵の色濃く呟いた。
「間に合ったようですな。…止血をしっかりしておくが宜しい」
突進してきたのは術師コムラードであった。
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全身に纏った岩の鎧は所々崩れているが、騎士というに相応しい勇壮さの全身鎧姿から放たれる戦気がいかにも心強い。
騎士といっても剣はないが、拳ならばある。
岩騎士コムラードは両の腕を構え、低く身を屈めた。
対するバギンも戦斧を構えて迎え撃つ態勢だ。
アリーヤとミシルは手を出す気になれなかった。
周囲の尖兵や犬達もだ。
理屈立って説明する事は出来ないが、この決闘染みた何かを邪魔すれば酷い目に遭う…そんな予感が一同の霊感を刺激していたからだ。
戦場という場で余りにくだらないが、男と男の勝負である。
コムラードの両の脚に魔力が収束していく。
術起動の前触れであった。
爆風がコムラードの踵部分から吹き出すと、爆発的な推進力でバギンへ突撃していく。コムラードは低い体勢で高速移動の反動に耐え、そして既に拳を握り締めていた。
正拳突きである。
バギンはコムラードの凄まじい速さに面食らい、突きをまともに腹に受けてしまう。
岩の鎧に赤い花が点々と咲いた。
バギンの吐血だ。
一撃でバギンの内臓のどれかを破壊したか、深く傷つけたのだ。
しかしバギンはこの一合で勝負の鍵は機動力の差にある事を見抜いた。コムラードの隔絶した打撃力は隔絶した推進力によるものだから間違いはない。
痛みに耐え、コムラードの脚に相討ち狙いの一撃を振り下ろす。
他に急所となりうるべき箇所が、全て分厚い岩甲で覆われていた上に、距離が近いため戦斧を振り切れない…ゆえの脚狙いである。
脚部であるなら振り下ろしの距離は稼げる。
かくして戦斧の刃が脚甲を割り、コムラードの生身の脚に深々と食い込んだ。
「やりおる!だが!」
だが、コムラードは一歩も退く事はなく、バギンに食い込ませた拳を捻り、その先端から岩杭を射出。
これがバギンの腹部にもはや取り返しがつかないほどの破滅的な損傷を与え、岩鎧に再度の花が咲いた。
今度の血の花は先ほどよりも大分多い。
内臓をグチャグチャにかきまわされたバギンは眼をぐるりと回して倒れ伏した。
しかしコムラードもまともに歩けない重傷だ。
尖兵や犬達はバギンという勇将が斃された事で動揺しているが、その動揺も長くは続かないだろう。
ミシルはこの後どうするか、どう逃げ延びるかを痛みに耐えながら模索した。
その時である。
南門方面から太陽のような光が起こり、それは明度と半径を爆発的に広げていき、魔軍を飲み込んでいった。
光は燎原を焼くような速さで西門方面にも広がっていく。
ミシルもコムラードもアリーヤも、周辺の他の術師はおろか、魔軍の者達でさえもその光が広がっていく様を唖然と見つめていた。
「なななな!!な、何が起こったのでしょうか!?」
アリーヤが動揺するが、ミシルにもコムラードにも他の者達にもそんな事は分からない。
ガガガガと光の波が地面を削って迫ってくる様にはさすがのミシルも顔色を変え、足をふらつかせながらもコムラードの元へと駆け寄り、負傷した脚を凍結させた。
「一体何をするのですかな!?」
コムラードが仰天するが、血は止まり、痛みは凍気により麻痺している。こんなものを治療と呼んだら、世界中の癒師に撲殺されるだろうが。
「私達を抱えてここを離れてください!すぐ!」
いつにないミシルの怒声にコムラードもあわててミシルとアリーヤを抱きかかえ、その場を離れて行った。
「南門へは行けませんな…北門へと行きましょうか、あちらも魔軍はいるかもしれませんが、極少数でしょう」
これは正しい。
地脈の関係で魔軍が転移出来たのはエル・カーラから見て南南西だ。魔軍が北や東に回りこむには、先ず南と西を突破する必要がある。
ゆえに、野戦病院といった施設は北門と東門に作られており、これらの施設を防衛するために戦力は一定量振り分けられている。といっても非常に簡易的なものだが。
本格的に治療をするならば、都市内部の治療施設で治療を受けねばならないが、怪我の程度からみれば応急処置くらいはしておく必要があった。
「北門で手当てを受け、その後は都市内に。もう痛くて泣いてしまいそうです。それと術師コムラード、助かりました。少し格好良かったですよ」
少しですか。不満そうなコムラードにミシルは少女のような笑い声をあげて、うぐっと表情を歪める。
傷が痛むのだろう。
そんなミシルを心配そうな様子で見つめるアリーヤだが、彼女だって無事ではない。
しかし重傷者3人は一先ずは無事に窮地を脱する事が出来た。
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北門・野戦病院
臨時の野戦病院で治療を受けた三人は突如戦場を覆った光についての詳細を聞いた。
「なぁ!生徒達が!?術師ギオルギも!?はあ?」
ギオルギ、マリーら四人のやらかし…あるいは功績に、コムラードは開いた口が塞がらなかった。
「いや、しかし…まだ魔軍はおるわけで…ただ様子を見るにあちらも随分混乱している様子…すると、暫くにらみ合いになりますかな?そうなれば帝国軍の援軍も間に合う…」
コムラードの見立ては正しかった。
魔将ギマに続いて、魔将ユルゼンを失い、それどころかマリーらとギオルギの共同作業により生み出された大魔術が魔軍に大打撃を与え、魔軍はいまや混乱の極致にあったのだ。
勿論尖兵らの中にも指揮を執れる人材が居ないとは言わないが、彼等が自軍の混乱を鎮めるのを手をこまねいてみている防衛隊でもなく、当然の様に攻撃をしかけ混乱を加速させようとしていた。
結局戦況は延々と大きな変化もないまま進み、やがて総身に殺気を漲らせた帝国軍の援軍が到着し、魔軍をこれ以上無いほどに叩いた。
とはいえ帝国軍にも犠牲がゼロとは言わないが、彼等にとっては特に問題はない。
帝国の為に外敵と戦って死ぬ事はまごう事なき誉れなのだから。
そして最終的にキルスコア自体は大きく魔軍優勢に傾いたものの、数と士気で勝る防衛側はエル・カーラを陥落させる事なく守りとおしたのである。
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この日エル・カーラは都市内の全術師の内、およそ3割が戦死した。