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帝都の日常①

 

 ◆


「そういえばヨハン殿は今日は何かご予定があったのですか?」


 ザジの質問にヨハンはハッとした。

 各種買出しをするつもりだった筈なのに忘れていたのだ。

 物資の補充どころか、昼間から酒を吞んでしまっている。


 この事態を打開する術は何かなかっただろうか?とヨハンは自身の魔術、魔法、法術のレパートリーに思いを馳せるも、残念ながらそんな都合の良い物は無い。

 ちなみにヨハンの思う都合の良い物とは、時戻しの大魔術などの事を言う。


(かつて南域で栄華を誇っていた王国の国王は、妃の死という現実を受け入れられずに国民全ての命を触媒として妃の骸に“時”を封じ込めたという…紛れもない大魔術だ。あるいはそれが時の秘宝…王国で現人神として君臨し、信仰を集めていたからこそ可能な術だ。しかしそれでも人の身である事には変わりは無い…時を留めおく事など出来るのだろうか…)


 ヨハンは既に現実逃避をしていた。


 参ったな…と何となく天井を見上げると、視界が白銀の何かで覆われた。

 その色、香りを知覚した瞬間、ヨハンは生涯でも数少ない敗北を明瞭に意識したのである。


 見覚えのありすぎる顔がジトっとした目でヨハンを見下ろしていた。


 ◆


「君がどこで何をしているかはなぁーーーんとなく分かるんだよね、それはヨハン、君も同じでしょう?…ところで…」


 ヨルシカの鋭利な視線がザジとゴ・ドを横薙ぎに斬り払った。

 後先考えずに全力で守れば、レグナム西域帝国海軍軍船の衝角突撃にも耐えうるゴ・ドの防御をヨルシカの視線は余裕綽々で突破した。

 つまり、“ちょっとおっかないなこの子…”と思ってしまったのだ。


「これは挨拶が遅れました、ええ、ヨハン殿とはアシャラで…」


 ザジとゴ・ドは神妙な様子でヨルシカに自己紹介をし、ヨルシカも笑顔で返礼する。

 別にヨルシカは2人に対して隔意などは抱いていなかった。

 精々が“あんまり長い時間恋人をもっていかないでくれ”くらいのものであろうか。

 そんな稚気にも似た嫉妬心が視線に滲みでていたのだ。


 そして再び視線はヨハンへと。


「申し訳ない」


 連盟術師ヨハンはこの時ばかりは得意の弁舌を振るう事は無く、ザジやゴ・ドなどと同様に神妙な様子で頭を下げたのだった。


 ◆


 ヨルシカは言葉や態度とは裏腹に、内心ではやや安堵を覚えていた。

 それはヨハンに人間味を感じたからだ。


(一時期の彼はひどく不安定だった)


 ヨルシカが見る所、ヨハンという男は自身の命やそれ以上に大切かもしれないものも勝利のためなら平気で切り捨ててしまう危うさがあった。

 それは戦闘者としては優れているのかもしれないが、人間としては酷く欠落した部分がある事は否めない。


 それに、とヨルシカは思う。


(少し位抜けていたほうが良いかも。普段の彼ときたらソツが無さ過ぎて、私がしてあげられる事が殆どないから)


 ◆


「おお、アシャラ王とならほんの一合程度ですが立ち合わせて頂いた事がありますぞ。純粋に体術のみの立会いでしたが、だからこそ自身が膝を突いてしまった事に私自身が驚愕いたしましたな」


 ゴ・ドが顔に喜色を浮かべて言った。

 ヨハンはさもありなんと思い、杯に満たした酒精を呷った。


(ヨルシカに武術の手ほどきをした御仁ともなれば、な)


 なぜヨハンがまた吞んでいるのかといえば、男三人の飲み会が女一人、男三人の飲み会へと変わったからである。


 そんな四人はやはり戦場に身を置く者らしく、やや殺伐とした話題で盛り上がっていた。


 ヨルシカは武の人であり、ザジもゴ・ドもそうだ。

 ヨハンはヨハンで武なんて知ったこっちゃないとは思っているが、彼とて喧嘩殺法には一家言がある。


 騙し討ち、奇襲。武人気質の者はそういうものを嫌う者も多いが、幸いにもこの場に居る者はそんなあまっちょろい考えは持っていなかった。


「いえいえ、ヨハン殿。命の奪い合いに卑怯も何もないのです。規則が定まっている試合ではないのですから。私とて小手先の技の1つや2つは使いますとも」


 ザジが胡散臭い笑顔で言う。

 ヨハンが“ほう、それは?”と促すとザジはやや恥ずかしそうに口を開いた。


「対複数戦の場合の話になりますが、まず最初の一人を惨たらしく殺すのです。そうすれば残る者達の動きが鈍る場合がありますからね」


 ヨルシカは優しい笑みを浮かべながら同意した。

 彼女の脳裏にヴァラクで魔狼討伐の共同依頼を受けた事が過ぎる。


(懐かしいな。あの時ヨハンは出来る限り惨たらしく魔狼を殺せ、と言っていたっけ)


 一般的なカップルと言うのは、その交友を深める為にデートなどをするものだが、冒険者同士のカップルとなると話が変わってくる。


 基本的に彼等はデートの代わりに同じ依頼を受けるのだ。

 油断をすれば命に関わる依頼を想い合う二人で受ける。

 これが関係を深める事に大きく影響してくる。


 なぜなら命が関わる場面ではその人間の素が出るからだ。


 よって何度も何度も共に死線を潜ってきた冒険者同士のカップルというのは、不倫だの浮気だのといった理由で破局する事は滅多にない。


 そんなカップルが別れる理由の第一位はどちらか一人、あるいは両者の死亡である。


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他に書いてるものをいくつか


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鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼの回 [気になる点] ゴ・ドさん、何か前より耐久力が上がってないですか?
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