戦場百景⑦~マリーの秘策~
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「ギオルギ師!一発私達に大きいのを撃たせてください!ブッ消してやります!」
ギオルギは目の前で力強く拳を固める少女をみて、自身の首をかしげた。
“なぜ生徒がここに”等という甘な考えはギオルギには無い。そもそも学徒動員を決めたのは彼だ。
ではなにが疑問なのかといえば、それをわざわざ自分に断わってくるという点である。
――撃ちたければ撃てばいいではないか、的は沢山ある
そんな思いがギオルギの脳裏を過ぎるが、何か警鐘の様なものがリンゴンリンゴンとけたたましく鳴っている様な気もする。
「あー…まあ、そうだな、火力投射は間断なく続けるべきだ。君もその、頑張りなさい」
しかしギオルギは自身の警鐘が何に対してのものかを特定出来ず、少女の申し出を聞いてその背を押してしまった。
“ハイ!”と元気良く少女は駆け出していった。
――やったわルシアン!ドルマ!許可が出たわよ!
ルシアンとドルマというのは少女の友人であろうか?
その名前を聞いたギオルギは、自身の内の警鐘が音量を倍したのを感得した。
懸念、懸念、懸念である。
だが、その懸念は自身の体にはしる激痛にかき消されてしまう。戦傷は見た目よりも重いようだ。
だが傷は良い。
傷は手当をすれば治るからだ。
喉からこみ上げてくるものがある。
軽く咳き込んだゲオルギは手で口を押さえ、そして手に付着したどす黒い血を見てため息をついた。
内臓をやられたのは間違いないが、それ以前からも出血はあった。
「病んでいなければ、とは思うが」
ギオルギは先ほどの交戦を思い出す。
自分でも笑ってしまうほどに手玉に取られた。
相性の差もあるが、万全とは程遠い状態であった事もまた事実である。
――十分生きた。娘もしっかり者に育った
ギオルギは深い深いため息をついた。
ギオルギの命までもが混ざりこんでいるような吐息であった。
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エル・カーラ南門
マリーはギオルギから許可を貰った後、大きな布に包んだ大量の触媒を南門にぶちまけてなにやら1つ1つ検分している。
――火、水、土、風、風、火、火、水、水、水…土、土
青い髪のおとなしそうな少年、ルシアンが触媒の1つ1つを指差して術を構成する基本要素を口に出していた。
黒髪の少年…ドルマはそれらをぽいぽいと分けていく。
「あ、あのう…それは…それは一体なんでしょうかー…貴方達は一体何をしているのでしょうか…」
ジーナがおずおずと赤毛の少女…マリーへ尋ねた。
マリーは元気良く、そしてやや顔を赤らめて答える。
ジーナはマリー達とそう変わらない年齢であるにも関わらず、三等術師と資格を有している。
つまり才女なのだ。
そんな彼女は割りと有名で、マリーもジーナの事は知っていた。密かに賞賛の念を抱いている有名人から声をかけられたんだから、これはもう多少は赤面くらいはする。
いや、しなければおかしい。
「はい!これは術の触媒です。私達、これから一発ヤるんです!」
ジーナが口を両手で覆った。
お上品な驚き方であった。
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まずルシアンがぱっと見ておおざっぱに分け、そしてドルマが説明していく。
そんなこんなで三人は触媒の仕分けを終えた。
周囲の術師達はそれを怪訝な顔をして見ている。
補給の触媒かと手を伸ばす者もいたが、マリーがガチガチと歯を鳴らして追い払った。
その場には沢山の一見ガラクタのようなモノが散らばっている。
鉱石、羽、コイン…
一口に触媒といっても、色々種類があるのだ。
火の術を発現させるために向いている触媒、水、風、土…
さらに、今回ドルマがまきあげてきた触媒の数々は、大講堂にいた生徒達が特別思い入れをこめているまさに最後に頼るべき上物の数々。
「このコインはアンネから受取った奴だな。ばあさんの形見らしい。金貨だ。半分溶けている。なんでもばあさんが火事で亡くなった時に、ばあさんの懐に入っていたやつらしいぜ。火の術の触媒だな」
「この貝殻は一見水の術の触媒に見えるが、実は土だ。なぜなら、これの持ち主だったモチロウは考古学が趣味だからな。随分昔の貝殻らしいぜ。フィールドワークの時に発掘したらしい」
ドルマが次々と説明していき、マリーとルシアンはああとかおおとか好き勝手に感嘆したり感動したりしていた。
その作業をみていたジーナがおずおずとドルマに話しかける。
「これ、他の生徒さん達から受け取ったものですよね?来歴とか…全部覚えているんですか?」
ジーナの質問にドルマは“当然でしょう、ちゃあんと理解して使ってやらないと触媒も応えてくれないですからね”と答えた。
後世、西域最大規模の商会の会頭となるドルマ。
人身売買にも手を染め、大いに商会を栄えさせるが、不思議な事に人的トラブルを全く起こさなかったという。
人身売買の素人は権力に酔い、ついつい商品を手荒く扱ってしまいがちだ。
よって商品達の反乱などが界隈では珍しくない。
そんな人身売買界隈でもドルマの手腕は傑出していた。
救いようのない重犯罪者を鉱山送りにし、生かさず殺さず長く“使った”り、また、更生の余地のある軽犯罪者を自身の商会で使い、タチの悪い連中との縁を強制的に切らせ社会復帰させたりと、レグナム西域帝国の治安維持にドルマは大きく寄与した。
これを功績大として帝国はドルマに勲章を授けたという。
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「しかしよ、本当に俺が土と風、両方を受け持つのか?正直厳しいぜ…」
ドルマが忸怩たる思いを声色に乗せて呟いた。
マリーとルシアンもやや渋い表情だ。
2人もドルマに無理をさせてしまっている事は分かっている。
しかし問題は解決した。
――乾いた風が吹いてるな。これが戦場の風か
声がした。
三人に近付いてくる小さい影。
「んん?あ!ヨグじゃん」
マリーが指をさす先には、灰色のローブを纏った少年がいた。
ヨグ。
かつてマリー、ルシアン、ドルマらと共に、連盟術師ヨハンの課外授業で小鬼を解体した学友である。
あの時彼は自身が侮れない存在に見えるように、あえて残虐に小鬼の腸を引き抜いたりしてヨハンより賞賛を受けた。
マリー達三人の脳裏に、あの日ヨハンが口にしたヨグへの賛辞が蘇る。
――生徒ヨグ。腸を引きずり出すとは……その子鬼は非常に苦しい死に方をする事になるぞ。そこまでしろと言ったか? そう、言っていない。つまり君は俺の先を行ったという事になる。無残、無情! それが君の代名詞だ。君の考課に大幅な加点を与えよう
学院では三人組が特に目だってしまっているが、ヨグもまた実力者である。
風のあしらいを得手としており、そして癖が強い。
「違う。僕は『風のヨグ』だ。風の属性は僕が受け持とう。僕の声は風に乗り、魔族達に死の囁きを届けるだろう」
ヨグは瞑目しつつ呟いた。
そんなヨグをドルマは愕然とした様子で凝視し、内心で絶叫する。
――新種のやばい奴かよ!!
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ともあれ、4人揃った。
思いつきで出したわけじゃなく、元々地水火風にあてはまるようにデザインしてたんです。
やっと出せました。