戦場百景⑤~マリーの秘策~
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良くも悪くもこの世界の者たちは殺害、殺傷に関しての考え方が合理的と言える。
ナムナムと呪文を唱え火球などを出して焼き殺すよりも、大出力の魔力で身体能力を大幅に強化するなり、あるいは肉体機能を拡張するなどしたほうがキルタイムが短縮する場合が多いのだ。
ゆえに術師であっても実力者達が最後に頼るのは己の肉体である…という場合が少なくない。
勿論純術師のような者達もいるが、全体としては肉体派が多い。
『雷伯』ギオルギはまさにその典型で、協会でも有数の直接暴力的術師なのだ。
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挨拶代わりの落雷を数発魔軍に落とした後、ギオルギは両の脚に力を込めバルコニーから飛び出した。雷速とまではいかないものの、バリバリと放電しつつ魔軍に突っ込む様を、人間離れと表現するのは言葉が足りな過ぎる。
魔導協会はこの世界に存在する数多の魔術師団体の内で最大派閥を誇るが、ゆえに俗世との関わりも多く、野良犬を追い払うのが精々の術師であってもそれなりの立場を得ていたりする。
しかし一等ともなれば野良犬どころか巨龍ともサシでやりあえる。
雷の弾丸と化したギオルギが空を裂き、そして不運な幾名かの尖兵達を撃砕し、大地へ降り立った。
1人の尖兵…魔族の青年が眼をつりあげてギオルギに駆け寄り怒号する。
「貴様ァ!人間風情が、ぺ?」
ギオルギがノーモーションで振るった裏拳が宙空に放電の軌跡を残し、軌跡の上にあった全てのモノを削り取った。つまり、魔族の青年の顔面の上半分が削り取られたのだ。
血は流れない。
傷口は焼き塞がれている。
――ッダァァァアアイッ!!
ギオルギは白目を剥き、空へ雄たけびを放った。
咆哮は中空で雷撃へと変換され、魔軍へ雷の矢となって降り注ぐ。
――なんだアイツは!
――止めろ!囲んで殺せ!
――劣等が!劣等!劣等!れっ…ぎゃあ!
「帝国に仇為す者共、我が雷怒の前に滅びるが良い!」
ギオルギが両の手を組み、ハンマーのそれを形作った。組み合わせた手は一際激しく帯電している。大地へ打ち付けられた日には広範囲にわたって雷撃が拡散してしまうだろう。
「ぬぅんっ」
ギオルギは当然“それ”を振り下ろす。
だが
何かが雷の鉄槌を上方へ弾きとばした。
ギオルギは手首に痛みを覚える。
なにか鋭いモノが彼の手首を激しく打ったのだ。
ギオルギの視線が眼前に立つ者を捉える。
「劣等の癖にィ…よくもまぁ好き放題やってくれましたねェ…」
不気味な白髪の女が、こめかみに血管を浮かべながら恨みがましい様子で言う。
そして、ちらりとギオルギの裸体を見てやや頬を染めた。
「中々勇壮なお体で…。首から上は切って落として、そのお体だけ頂いていきましょうか。わたくしはギマ、魔王様の覇業を為す指の一指…」
ギマがちんたらと自己紹介などをしていた為、ギオルギはそれを隙と見做し、雷撃を纏った掌底を顔面に放つ。
しかしギマは人差し指と親指を広げ、そのスペースにギオルギの手首を収めるやいなや
「ぬっ」
ギオルギは激しくその場に転倒する。
そんな彼を見下ろすギマの瞳の奥には、嗜虐的な感情が透けてみえていた。
「このギマには何名かの弟子がおりましてねェ。劣等、貴方はオルセンという坊やに似ています。彼も力任せで、いくら業を授けても覚えなくってねェ。心も体も柔軟でなくては、このギマの業は身につけられません…。しかし大丈夫。かたァいお肉も、沢山打てばやぁらかくなるでしょう、よ!」
ギマのストンピングがギオルギの頭部に叩きつけられた。
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エル・カーラ西門
群れを為す魔軍を眺め、氷の女神の化身の如き妙齢の女性はぽつりと呟いた。
「こういった事態に対応するのが軍の仕事ではないのでしょうか…。今私は忙しいのです。研究すべき事が、開発すべき物が、改良すべき品々が山ほどあるのです」
それはほとんど恨み言の声色であった。
「そうはいってもですな、術師ミシル。では逃げて良いといわれても、どこに逃げると言うのですか。それに生徒達を護るのも教師の仕事です。それと援軍が来るのは今しばらく掛かるでしょうな。都市に常駐してくれていれば、と思いますが、市民運動が思いのほか過激で常駐軍が撤退してしまったのでしたか…」
そうミシルへ声をかけたのは術師コムラードである。先の重傷はとっくに治り、いまではピンシャンとしている。彼のいう通り、一昔前はエル・カーラにも常備軍が存在していた。
しかしある日、何がきっかけだったか“軍は魔術都市に不要、大結界もあるのだから都市から撤退しろ”などと声高に叫ぶ市民団体が幅を利かせ、帝都がそれを許可してしまった。これは前皇帝の時代の話である。
確かに大結界がある以上、そんじょそこらの軍勢ではエル・カーラは落とせない。
更に当時は帝国が領土拡張政策を取っていた事により、余剰となっている常駐防衛軍を侵攻のそれに回したいという軍部の思惑もあって愚案が通ってしまったのだ。
ミシルは当時は何の変哲もない美少女術師であったため、市民運動の事は余りよく覚えていない。ただ、その愚行のせいで現在自分達が苦労しているのだとおもうと、訳の分からぬ怒りが湧き起こってくる。
「ああ…まあ、本当に…なんといいますか…億劫です。私」
ミシルはコムラードの言に曖昧に同意し、彼女としては珍しく、弱音混じりの愚痴をはきだした。ミシルも赤の他人にはそんな態度は見せないが、彼女とコムラードは現在ではそこそこ親交がある。
コムラードが重傷を負った時期、重戦傷者用の医療補助器具を開発していたミシルはコムラードを良い実験動物と見て、色々と“試して”来た。
爾来、コムラードとミシルは若干交流が増え、この防衛戦の場でもなんとなく肩を並べる事になっている次第だ。
「術師コムラードの仰る通りですわ!わたくしは教師ではありませんが、エル・カーラはわたくしの故郷です!今死力を尽くさずして、いつ尽くすのでしょうか。ところで…ミシル師、わたくしが危なくなったら護って下さいますよね?」
ミシルは彼等の言を聞き、なにやらしょぼくれた様子で頷いた。
彼女は戦闘は好きではない。
根っからのインドア気質なのだ。
ただ、事ここに及んでは自分だけ研究室に引きこもっているわけにも行かず、渋々戦場に出てきた。
対して元気一杯なのが術師アリーヤだ。
最近ドルマと交流が増えており、毎週毎に逢う時間が増えている事に気付いているが、気付いていない振りをしている。
それが恋の始まりであると言うことは、恋愛書籍を収集している彼女からすれば察知する事は容易いが、どうにもモヤモヤするモノが発生してしまうことは止められず、ゆえにストレスを溜め込んでいた。
そこへ来ての魔軍襲来だ。
ストレス解消にはもってこいである。
ちなみにエル・カーラが陥落する事は欠片も心配していない。なぜなら師であるミシルがいるからだ。
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「ふむ。火力投射が始まりましたな」
コムラードがごちる。
味方陣営から大小数多の火球が上空へあがり、魔軍へ着弾していく。魔軍からも応射があり、それらは土壁や氷の壁で防がれる。
「術の撃ち合いなら良いのですが、いえ、よくはないですが、まだマシと言えるでしょうな。しかしそうもいきますまい」
コムラードが口ひげをいじりながら続けた。
「魔軍に動きが見えます。距離をつめてきそうですな。我輩も仕事が出来そうです」
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大講堂
「それでよ、南門と西門のどっちにいくんだ?何度も使えるもんじゃないんだろうしよ」
ドルマの言にマリーはやや考える素振りを見せて、眼を瞑った。
優れた術師は正しき答えまで霊感が導いてくれる…という講師ヨハンの言葉を思い出したからだ。
――来なさい、霊感…
――あ、なにかふわりとしてきたわね
――まるでお湯の中に沈んでいくような…
――浮遊…私は浮いている…
ぱぁん!とマリーの後頭部がはたかれた。
ぴっと叫んでマリーが飛び上がる。
「寝るなよ、鼻がすぴすぴ言ってたぞ」