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戦場百景~ヴァラク防衛戦~魔将暗殺①

 ◆


 ――突撃陣形、【死香る金花】


 レグナム西域帝国第3軍、第3師団所属第5歩兵旅団きっての好戦的な男である副団長キルヴォイゼは右拳を握り込み、その甲部を見せつける様にして号令をかけた。


 所謂ガッツポーズである。

 帝国軍では威勢のいいポーズが好まれるのだ。


 突撃陣形【死香る金花】とは偃月陣形を指す。

 これはΛの頭頂部に配置された大将が真っ先に切り込む攻撃的な陣形だ。


 大将の個人的な武勇に依存した、どちらかといえば練度が低い兵をそれなりの戦力にしたてあげるものではあるのだが、突破力は頭抜けている。帝国軍で一番人気を誇る陣形だ。


 名前の由来は帝国の国花が香金花である事から。

 挿絵(By みてみん)

 香金花とは香金と呼ばれる香辛料に似た香りの、スカートを逆様にしたような形状の花である。


 帝国軍で好まれる陣形が国花の名を冠するというのは納得できる話ではある。


 ◆


 なお、この時点で旅団長ドックゲドック・ガスターマインは奮戦虚しく戦死している。


 故ガスターマイン旅団長は一応は守戦である事を理解しており、防御に優れた陣形を以て魔王軍の進撃を迎え撃ったのだが、結果は散々だった。


 魔王軍との戦闘開始と同時に敵部隊の強力な魔法攻撃により数多の兵達が薙ぎ倒され、更には混乱する兵達に向けて“犬”とよばれる四つ足の魔獣が陣内に入り込み、総崩れとなった。


 とはいえガスターマインの奮戦は魔王軍に相応の被害を与え、仕切りなおす事に成功したのだが。


 指揮を引き継いだのは副旅団長キルヴォイゼである。


 年の頃は30の末、堂々たる体躯、はしばみ色(黄色がかった薄茶色)の中年男性の趣味は帝国に害を為す者を殺戮する事である。


 その趣味の為に彼の部隊は帝国の中でも苛烈な戦闘を好み、時に味方すらも巻き込んでしまう程だ。まあ帝国軍というのは一部例外はあるにせよ、基本的には苛烈な戦闘を好むばかりなのだが。


 それに一応キルヴォイゼは別動隊で行う断首戦術については了解していた。

 つまり遊撃隊による指揮官暗殺の事だ。


 遊撃隊の動きを支援するためにも、激しい突撃機動で魔王軍の気をひく事には大きな意味がある。


 ◆

 キルヴォイゼの号令と共に帝国兵達が纏う鎧の各所に配置された触媒が淡青色に輝いた。

 身体能力向上の術式起動である。


 帝国兵は末端の者達を除いて皆この手の武装を装着している。


 もちろんこのようなものがなくとも身体強化は出来るのだが、そのためにはある程度意識を割き続けなければならない。


 この鎧はその意識のリソースを純戦闘行為にのみ振り分けられるようにエル・カーラで開発された。


 欠点は高額な事と、瞬発力に欠ける事である。


 例えば、帝国魔鎧は1の力を3の力に維持しつつ2時間の戦闘を可能とするが、自身で身体強化をすれば1の力を6の力に跳ね上げ、30分の戦闘を可能とする。


 どちらが良いかはケースバイケースだが、戦争のような長時間の戦闘が見込まれるケースにおいては前者のほうが良いだろう。


 ◆


颶風展鎧フィグ・コアリフ・ライ・アムデス


 キルヴォイゼが風の帝国魔導を起動すると、周辺に旋風が起こり、彼の体を取り巻いていく。


 そして踝の辺りに風が収束したかと思えば、キルヴォイゼは凄まじい勢いで前方…魔王軍の陣営に向けてぶっ飛んで行った。


 所謂突撃である。

 彼の配下達も各々魔王軍に突っ込んでいく。


 ところで帝国魔導とは何だろうか?


 ◆


 帝国魔導とは言ってみれば帝国式魔術とも言うべき新しい術体系である。


 しかしこれは帝国領内、しかも周囲に帝国軍に属する者が多く存在する場合にしか使用出来ない。


 世界には様々な術体系が存在する。


 例えば協会式魔術。

 例えば法術。

 例えば連盟式魔術。


 それぞれの術体系にはそれぞれの強みや弱みがあり、術界隈の日進月歩は著しい。


 そんな中、帝国式魔術…帝国魔導は非常に新しい術体系で、即応性や柔軟性を追及して開発された。


 例えば協会式魔術ならば火球を投射する為には、現象を導くための詠唱を必要とする。

 多少文句が違っても術は起動するが、ともかくも詠唱しなければ始まらない。


 なぜならば世界中でそう認識されているからである。


 対して、帝国魔導は起動の鍵となる文言を一語に集約させた。つまり、火球を出すならば「火球」の一語だけで事足りるのだ。


 しかも語と語を組み合わせる事により、個人で新たな術を生み出す事も可能…と非常に画期的なのだが…現状、帝国魔導には大きな欠陥がある。


 帝国の、しかも軍という狭い世界でしか通用しない共通認識である為、帝国領外では使用出来ないという事。


 そして軍用に開発されてしまった為に、個人使用が出来ない事。


 更に、消耗が大きすぎるため求められる触媒の質、量が協会式のそれなどとは比べ物にならないという事。


 とはいえ、コストが馬鹿にならなくとも使い続けなければ定着しないために仕方がない。


 ◆


「おお、帝国軍もやるもんだなぁ…」


 ラドゥ率いる別働隊の傭兵が呟いた。

 キルヴォイゼの突撃を目の当たりにしたのだ。


「なにがだよ。突っ込んで自殺するなんて犬でも出来るぜ」


 別の1人が吐き捨てる。


「まあまあ。それよりも…いくんですかい?」


 更に別の1人がラドゥへ問いかけた。


 ラドゥは無言で頷き、低く腰を落とす。

 魔将らしき戦士は背を向けていていかにも隙だらけだ。


 身振り手振りで指揮を執り、キルヴォイゼの突撃に気を取られている様子である。


「行くぞ」


 ラドゥが呟き、駆け出した。


 全身鎧の異形の戦士の背に、ラドゥが滑るような高速移動で肉薄していく。


 ラドゥは大剣を腰に構え、胴体を横断するように剣を振るった。


 右翼、左翼には既に傭兵達が展開しており、これはラドゥと魔将の接敵後の横槍を防ぐ為の備えだ。


 ラドゥが剣を横断させたその次瞬、背後から青年が無言でラドゥの背に足を駆け、高く飛び上がる。


挿絵(By みてみん)

 青年の名はフルヤ。

 他傭兵団の剣士だ。

 当然ながら業前に優れる。

 巻いた金髪に猫のようなくりくりした褐色の瞳。

 女性に見られる事もあるが紛れもなく男性だ。

 ナニもでかい。


 憂いのある風情は女性からは人気だが、フルヤが好いているのは自身が所属する傭兵団の団長、オリバスであるために女性には目もくれない。


 なお、そのオリバスは左翼に展開している。

 殺しの実力ではいえばフルヤは既にオリバスを凌駕していた。


 ともあれ上下二段構えの同時攻撃だ。

 対応するのは難しいだろう。


 ◆


 背の、肩甲を突き破って2本の腕が飛び出してきた。ただの腕ではない。

 刃腕だ。

 腕の形状をした巨大な刃物である。


 魔王軍の“指”の1人、下魔将カイラルディは四腕の魔剣士であった。

 とはいえ武器は己の手足である。


 彼は自身の四腕を剣槍と化し、それを縦横無尽に振るうのだ。

 腕は伸縮性に富み、さらに強靭。


 同じ太さの鋼鉄の鞭よりも更に強靭で、並の剣士ならば全力で剣を振るった所で引っかき傷を付けるのが精一杯だろう。


 カイラルディは上空からの切り下ろし、地上からの横撃をそれぞれの腕で受け止めた。


 着地寸前のフルヤは舌打ちし、強烈な蹴りをカイラルディの腕に見舞ってその反動で距離を取る。


 次瞬、フルヤが着地するはずであった場所を別の刃腕が薙いだ。


 ――視界が広い。もしくは眼に頼ってはいないのか


 その様子を見たフルヤは、カイラルディの反応の良さに思案の食指を伸ばす。


 ラドゥにも同様に別の刃腕が伸びてくるが、ラドゥは即座に大剣を握る両腕に万力を込め、そのまま肘鉄を自身の膝に向けて叩き落した。

 同時にラドゥの膝が上方へ跳ね上げられ、刃腕は肘と膝に挟まれ威力を殺される。


 本来は蹴りなどに対し使われるべき技であって、断じて大剣サイズの刃物に使っていい技ではないが、旧オルド騎士の身体能力がこれを可能とした。


 ◆


 カイラルディが振り返る。

 ラドゥとフルヤを睨め付けるように視線をくれると、四腕を威嚇するように大きく広げ…さらにその一本一本が二本に分かれた。


 八腕だ。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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[一言] 拙者【フル✕オリ】推しにゴザル!
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