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戦場百景~ヴァラク防衛戦~カナタ④

 ◆


 この年、荘全体にタチの悪い病が流行った。

 風邪に似たそれはしかし、風邪とはケタ違いの強い感染力を持つ。しかしそこまでならば“タチの悪い”とは言われなかっただろう。


 この病は常の体力を維持できているならば、症状は風邪と変わりはない。

 しかし僅かでも体力を落とせば、子犬の甘噛みがたちまち地獄の番犬による食いちぎりに変貌するのだ。


 ゆえに体力が元々少ない子供などには極めて危険な病となりうる。


 薬はある。

 病自体は未知のものではなく、先達が苦心を重ねて治療法を確立している。


 しかし問題があった。

 調合法だ。


 薬を作るには調合をしなければならない。

 原材料だけで効果が無いとは言わないが、正しい手順で調合して初めて薬効が正しく顕れるものだ。


 その調合法を知るのは当然薬師であるが、その薬師が中央教会から派遣されてきたというのがネックとなっていた。


 彼等は法神を崇めない者へ手を差し伸べようとはせず、法神ではなくまつろわぬ地神などを崇める者や、無神論者達は治療薬の恩恵に与る事ができなかったのだ。


 ◆


 領主の娘、メイサがその病に罹ってしまった事は不幸であったといわざるを得ない。


 もとより内にこもりがちな少女の体力、食自体もむしろ細く、流行り病はメイサの生命力を砂糖に群がる蟻の群れの如く食い荒らしていった。


 だがここまでの事を不幸とは言わない。

 そこまでなら薬を飲めばいいだけなのだから。


 不幸であったのは彼女の…


 ・

 ・

 ・


「娘は悪魔の子などではない。指が6本あるからといってそれが何なのだ?夜な夜な邪悪な儀式でもしているわけでもあるまいし、いい加減に旧来の慣習に縛られた蒙昧から抜け出たらどうだ!」


 レイゲンが常ならぬ険しい表情を浮かべ老人に詰め寄る。執務室の隅から隅までレイゲンの怒気が充満し、その場に控える侍従は呼気に鉛が混じっているような心地を覚えた。


 しかしそんなレイゲンを前にして、法神教の聖職者にして荘の薬師である老人は、無表情のままにレイゲンの言葉を切って捨てた。


「お断り致します。法神は悪魔の子に手を差し出すことはありません。神の僕である我々もまた同様です」


 レイゲンは自身の肉体と精神が、瞬間的に憎悪と激怒の混合体へ再構成された事を感じ取った。


 感情の昂ぶりが魔力として発露し物理的な干渉力を得る。


 ビシリ、という音と共に客室の窓に罅が入った。


 空気が急速に乾燥していく。

 レイゲンから放射される熱された殺意が空気中の水分を蒸発させたのだ。


「良いのですかな?私に手をかけるということは中央教会へ手をかけるという事。法神の教えに忠実である事を理由に殺められるというのであれば、それは神敵たりうると同義です。密殺が出来るとは思いなさるな。私が帰らねばその変事は速やかに中央教会へ伝えられるように手を打っておりますぞ」


 しかし老人薬師のその言葉がレイゲンの怒りを萎れさせた。


 目の前の老骨を圧し折る事は容易くても、中央教会そのものを相手にするということは…


「言うまでもありませんが、累は荘園全体に及びますぞ」


 レイゲンは屈した。

 屈さざるを得なかった。


「何も薬に頼らなければ必ず死ぬわけではないでしょう。従来通りに食餌療法をすればよろしいではないですか」


 老薬師の言はもっともだが、それは元の体力がある程度補完されている成人に言える事である。


 子供のように元の体力が少ない者がこの病に罹った場合はその限りではない。

 そもそも食事を取る体力、気力すら奪われてしまうのだ。


 ◆


 カナタはメイサが流行り病に罹った事を知った。

 と言うより父であるドーマから無理やり聞き出した。


 急に屋敷への出入りを父もろとも禁じられて、薬師が荘の方々をまわるようになり、外出自体も禁じられれば流石にのんびり屋のカナタでも変事に気付く。


 日頃聞き分けが良い彼がこの時ばかりは何かにとりつかれたように頑迷な態度で、ドーマが宥めてもすかしても、はたまた叱り飛ばしても梃子でも引かなかった。

 根負けしたドーマはカナタに事情を伝えるが、それで彼の気が収まるはずもない。


 カナタはある夜、家を抜け出しファラッド邸へ向かう。メイサに逢う為に。


 逢ってどうするのか、彼女を癒す手立てがあるのか、そんな事カナタはこれっぽっちも考えなかった。病に苦しむメイサが心配で、ただ逢いたくなってしまったのだ。


 カナタの行動は愚行の見本ともいうべきものであった。


 屋敷には普段は居るはずの不寝番の姿はない。

 メイサの罹患により、レイゲンが最低限屋敷を機能させるだけの使用人を残してそれ以外はすべて帰したのだ。


 しかし庭にまで入り込んだはいいものの、カナタは途方に暮れてしまった。

 なぜなら屋敷の扉がしっかり閉まっていたからだ。当然鍵もかかっている。


 月が煌々と輝く真夜中に、カナタはファラッド邸の中庭でぼんやりと屋敷の二階、メイサの部屋があるであろう窓を見つめていた。


 不意に肩に手が置かれる。


「こんな時間に何をしているんだい」


 振り向けばそこにはレイゲン・ファラッドが立っていた。



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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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