戦場百景~ヴァラク防衛戦~カナタ③
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それ以降、カナタはメイサとしばしば交流を持つようになった。
ちょっとした挨拶、ちょっとした会話。
そういった“ちょっとした”が積み重なる事でしか形を成しえない尊い何かが人間関係には存在する。
それを友情と呼ぶのか、それとも恋というのかは分からないが、少年と少女の間にはその尊い何かが少しずつ形を成していった。
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「ねえ、カナタ。貴方は私の指を全く見ないのね」
ある日、メイサにそんな事を言われたカナタは大いに慌てた。
もしやメイサは指に怪我でもしたのだろうか?自分はそれに気付かずに、へらへらと笑いながら昨晩食べた豚のシチューの話をしていたという事なのだろうか?
「け、怪我でもしたんですか!?それとも爪が割れた!?」
コミュニケーション能力に障害がある者特有の思考の飛躍か、あるいは恋心を抱く相手と対することで一時的に知能を低下させているのか、カナタは大慌てでメイサの白く小さい手を取った。
そして顔を近づけ、隅から隅までしっかりと確認をする。しかし傷はどこにもない。
「メイサ、よく見てみたけどどこも怪我をしていませんよ」
この時にはカナタは既にメイサを敬称抜きで呼ぶ事を許されていた。
いや、むしろ敬称をつけるとメイサの機嫌が悪くなるのだ。
「指が6本あるわね」
メイサが硬い声で言った。
カナタはメイサの手を再度見て、6本ある事を確認した。5本にも7本にもなっていない。
6本だ。
「確かに6本です。それがどうしたんですか?」
どうしたのって…と、メイサはちょっと呆れたような表情を浮かべた。
なぜなら彼女の指を見て嫌悪を覚える者は、それこそ両の手に余るほどにいたからである。
使用人達ですらメイサにある種の恐怖、畏怖を以って接していた。
自身とは異なる姿や考えを持つ者に忌避感を覚える者は多い。
不気味なものを見るような目、畏怖を以って向けられる視線。そういうものはメイサにとってある種の精神毒のようなものであり、彼女の心に小さい傷が刻まれ、その傷は年々増えていった。
そこへきてのカナタである。
カナタはメイサから見ても紳士たるに相応しいかといえば否だ。
ぷくぷくと膨らんだお腹、もちもちと膨らんだ頬、指ときたらまるで小さい腸詰肉のようだった。
しかし…
「カナタ、私の姿についてどう思う?その、手も含めて。指の事とかも。6本の指は呪われている徴だという人もいるわ。あなたはどう思うの?」
カナタは小首をかしげた。
質問の意図が読めなかったからだ。
しかし聞かれたからには答えなければならない。
「その、綺麗だと思いますけど…手は、その指が6本あれば…ものをしっかりにぎれますよね…」
メイサは小首をかしげた。
答えの意図が読めなかったからだ。
物をしっかり握れる…確かにそうだ。
で?
「握れるけど。だからなんなの?」
そこには一抹の苛立ちが混じっていた。
カナタの答えが要領を得ないからであり、しかしはっきりとした忌避の存念を耳に入れたくないという思いもあったからだ。
恐れは精神を萎縮させるが、同時に神経を逆撫でする副次効果もある。
「落とさなくていいなって…。僕はその、この前も飲み器を割ってしまって…。指の肉を落とせって父さんから言われてしまったんです。お肉のせいで、そのしっかり握れないからって…」
メイサは無言でカナタの指をとって、指に付着するだらしない脂肪を摘んだ。
「確かに…。私がお菓子をあげすぎちゃったせいもあるかも…」
そう、カナタの肥大化はメイサにも原因がある。だがメイサはカナタの歓心を買いたかったのだ。
理由はなぜか?
それはメイサにしか分からない。
ともあれ、メイサから放射されようとしていた負の情念は、いつまにか雲散霧消してしまっていた。