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戦場百景~ヴァラク防衛戦~カナタ①

ヴァラク防衛戦とカナタの掘り下げを同時にやります。

といってもボスとの接近遭遇までかなりはしょっていますが。

ほとんどは掘り下げです。

2/6時点の更新は①~⑥の計6話です。

カナタ掘り下げが長くなりましたが、書いてて楽しかったので良しとします。

 ◆


 その青年は快楽主義者であった。

 青年はこのような事をしばしば口にした。


 人生に積み重ねなんて要らない

 努力なんてする必要はない

 苦労からは逃げるべきだ

 立ち向かったって仕方が無い

 自分から苦しむ人の気が知れない

 だって放って置いたって人生の方から苦しめに来てくれるではないか

 

 まあそうは言っても、結局最後はなんとかなるものだから安心しなよ

 

 飲み、打ち、買う。

 身の丈を遥かに超えるような勢いで浪費し続ける。


 青年は快楽に耽り、怠惰に、自堕落に過ごし続けている。

 いずれ運命が自身に追いつき、そして破滅したってその時はその時さ、などと嘯きながら。


 ◆


 そんな青年もかつては少年であった。

 どんくさく、でも優しい目じりの垂れた少年だ。

 食いしん坊で母が焼いてくれたパンが何よりの好物だった。


 少年はレグナム西域帝国の領内のとある荘で生まれた。


 領主の屋敷の庭を管理する庭師である少年の父親は厳格で無口な男だ。

 しかしふとした時に見せる優しさからは荘の裏手から荘全体を見守ってくれている御山様を想像させる。


 少年の母はいつだって笑顔だ。

 父に叱られたとき、少年は母の胸元に飛び込んで頭を撫でてもらっていた。

 難産を乗り越えて産んだ一人息子であるため、彼女はどうにも少年を甘やかしてしまう。


 少年は両親から目一杯の愛情を注がれていた。これだけは疑いようのない事実であった。


 ◆


 少年の家庭だけではなく、荘園も全体的に牧歌的な雰囲気に溢れていた。


 これはレグナム西域帝国という領土拡張主義を推進する専制君主国家の被支配領域にある荘園としては非常に稀有なものだ。


 ただ1つ、妙な噂を除いては。


 その噂とは荘の領主の娘に関わるものであった。


 ――悪魔の娘

 ――呪われた子


 そんな噂が荘に流れており、領主もその噂をやめさせるように動いてはいるものの、荘民の口を完全に塞ぐ事は出来ないでいた。


 とはいえ、少年は元来細かい事は気にしない性格だった。つまりは悪く言えば鈍く、良く言えばおおらかな性格である彼は、陰を孕む悪評をさほどまともに受け止める事はなかった。


 だが全く気にならないかといえばそれは嘘になる。だからある時、少年は父に尋ねてみた。


「ねえ、父さん。領主様の娘さんの事なんだけど。なんで悪魔の子だなんていわれているの?」


 他意の無い質問に少年の父は腐りかけた牛乳に口をつけたかのような表情を浮かべた。


「う、む…。…そうだな、話しておくか。だがこの話は外ではするな。そして領主様の娘を悪く言っている者にも極力関わるな」


 そう前置きした少年の父は重々しく事情の次第を語った。それによれば、何でも領主の娘は左手の指が常より1本多いらしい。

 それを悪魔の徴と迷信深い者達が悪評を広めているとの事だった。


「父さんは…指が多い、少ないなんていうのはうまれついての痣があるだとか瞳の色が少し変わってるだとか…そういうものと同じに思える。たまたまそうなってしまった、と言う事が世の中には沢山あるんだ。周囲の者と少し違うだけで悪く言うというのは…父さんは好きじゃないな」


 常は無口がその時は饒舌であった。

 そんな父の肩に母が手を置きながら言った。


「そんなお父さんが私は大好きですよ」


 そうか、と言葉短く応じる父の顔色がやや赤みを帯びていたのは少年の目の錯覚であったのか、どうか。


 ◆


 その日少年は、父について庭師の仕事を手伝っていた。少年は少し前に父の仕事を継ぐと意思表示をしたのだ。


 少年の父親は無表情のままに首肯したが、よく見ればその口元には笑みの残滓が浮かんでいた事に気付いたであろう。


 もっとも、それに気付いた者は彼の妻唯1人であったが。


 ある時、少年はなにとはなしに空を見上げた。


 それは頬を撫でる柔らかな風に混じる硬質な冷たさから、春の終わりの予兆を感じ取ったからだろうか。


 理由は少年にだけしか分からないが、後々考えてみればそれが少年の運命を大きく変えてしまった一因であった事は否めない。


 ――あれ?


 少年の視線の先には領主の屋敷、その二階部分の部屋が映っているが、ややあってその部屋の窓が開け放たれたのだ。


 少年がなおも見ていると、窓から1人の少女が顔を出す。


 少年の二次性徴が始まって間も無かった事が果たしてその衝動にどれ程寄与したのかは定かではないが、ともかくも少年の視線はその少女のたおやかな相貌に吸い込まれ、ただの片時も目を離す事が出来なくなってしまった。


 少年の命の核たる一握りのちっぽけな肉の塊がドクンと拍動する。


 初恋であった。


 ◆


「ねえ、父さん。この前ご領主様のお庭でね、お屋敷の二階の窓が開いたんだ。そこから女の子が顔を出してね、凄く綺麗で…目があったんだけどすぐ隠れちゃったんだ。あの子がお嬢様

 なんでしょう?」


 少年の言葉に父親は軽く頷いた。


「ああ、メイサ様という。年齢はお前より2、3下だったかな。しかしその年で魔術師様としての才能に溢れているそうだ。いずれはこの荘を出て、もっと広い世界で活躍をなさるだろう」


 ――メイサちゃん…様、か

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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