戦場百景②~マリーの秘策~
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「ふふふ…我に秘策有りよ。魔王軍恐るるに足らず!」
マリーが高らかに宣言すると大講堂に避難していた他の生徒達からざわめきの声があがる。
――やべーぞ!マリーの秘策だ!
――今度は何をするつもりだ?死人がでるような策なら止めるぞ
――止めるといってもどうやって!?ルシアンが妨害してくるわ!
――ドルマだ!ドルマに頼むしかない…
あんまりにあんまりな陰口?に、マリーの眉が顰められる。
ルシアンは泰然と構えている。
ドルマは渋い果物を齧ったような顔をしていた。
「それでよ、秘策ってのはなんだ?」
ドルマが聞くと、マリーは満面の笑顔で答えた。
「ねえ、ルシアン、ドルマ。聞いてほしいの。初経験っていうのは特別な事よね?初めての接吻、そ、そ、そして初めてのその、男女のアレ!そういうね、初経験っていうのは特別な事のはずよ。でも私達って以前エル・カーラを穢した邪教徒共を殺害した仲じゃない?私達が人殺しをしたのはあれが初めてよね。そんな“初めて”を経験した相手なんて普通の人生を送っていれば出逢えるわけはないわ!そうよね?」
「そうだね、マリー。僕達はあの時初めて人を殺した。僕らはそれまでも友達だったけれど、初めての人殺しまで一緒にやった友達なんていうのは普通は出来ないだろうね」
マリーにルシアンが応じ、ドルマや他の生徒はそんな二人を狂犬病に罹患して暴れ狂ってる野良犬を見る目で見ていた。
「そんな私達は…そう、運命に導かれた友人関係といえるわね!」
「運命…確かにそうかもしれないねマリー」
「かもしれない、じゃないのよルシアン。間違いなくそうなの。相性は最高よね?だったら!出来るはずよ。協会式魔術の極致!幸い私達は得意とする属性がそれぞれ異なっているわ」
マリーがそこまで言うと、ドルマが渋い表情のまま呟いた。
「万物万象、無数織り成す和合を解きせしめれば、万物万象は無数の一となる…其れ即ち、魔術の極致也、か」
ドルマが朗じた一説は少なくとも協会術師であるなら誰でも知っている。
この一説を唱えたのは一等協会術師、スペイルローである。もっとも350年前の人物であり、既に故人だが。
この言の言わんとするところは、要するにこの世に存在する全ての物、事象は目には見えないほどの無数の何かの集合体であり、その結合を解けばこの世に存在する全ての物、事象は再び無数のなにかへと戻ってしまう、と言う事だ。
翻ってこの魔術は協会術式でも習得が最も困難とされる“消滅”の術として知られている。
この術がなぜ難しいのかといえば、それは地水火風、全ての属性を同時に使用しなければならないのだ。しかもただぶっぱなすわけではなく、術を打ち消さなければならない。
大雑把に説明すれば、例えば火属性で例えるならば、発火すらしていないのに発火現象を打ち消すよう働きかけなければならない。
同じ事を全ての属性で行う。
協会的思考で言うならば、この世界を構成する全ての要素を打ち消すことで、必然的に対象は消滅してしまうというという事になる。
だがこの言は当然の事ながら穴だらけであり、多少なり論理的思考を持つ現実主義者からはそんな馬鹿な話があるか、と一蹴されている。
特に学者の類からは完全に与太話扱いされている。
しかしここで大事なのは論理的にどうとか現実的にどうとか、そういう話ではない。
これだけ難しい事をやったんだからこういう結果がうまれるのも当然かもな、という共通認識がこの術を“消滅”の術たらしめているという点である。
つまり、正しい手順で術を発動できれば何もかもが消滅する、と心底一切の疑念なく信じていれば…その理論がどれほど穴だらけでも術は思った通りの効果を示すということだ。
だが、この術をまともに扱えた者はただの1人もいない。言説を唱えたスペイルローでさえも中途半端にしか起動しなかったとされている。
なぜなら科学的根拠が皆無な理屈を、膨大な魔力と超越した妄想力でもって無理矢理現実のものとするのだから難しくて当然なのだ。
そして、術というのは大規模なものであればあるほど良くある事なのだが、失敗すれば不発ならまだいいが、最悪なケースが考えられる。
それは爆発だ。
なぜ爆発するのか。
それもまた共通認識によるものだからである。
爆発とは失敗の象徴なのだ。
◆
「私達はそれぞれ違う属性を得意としているわよね。だったら3人で複合術を、それも“消滅”の術式を使えば良いと思わない?」
複合術とは複数名で同時に使う術である。
例えば炎の嵐を引き起こす場合、1人が炎を、もう1人がその炎を煽る強風を起こす。
当然難易度は高い。
マリーが火を
ルシアンが水を
ドルマが風と土を
そして消滅の術式を起動し、魔軍を吹き飛ばす!
これがマリーの秘策であった。
二種の属性を扱うドルマの難易度が跳ね上がっているが、マリーはドルマならなんとかなるだろうと思っている。
「……ッお、お前…マリー…無理に決まってるだろ!死んじまうよ!本当に死ぬ!無理だ!」
マリーの自殺的秘策にドルマが吠えた。
目じりに涙らしきものが浮かんでいる。
汗だろうか。
「どうせ何もしなくたって死ぬわよ!都市を取り囲む魔軍の群れを見た?ギオルギ師はいるけれどどうにもならないわ!後で死ぬか今死ぬかの違いでしかないの!お・わ・か・り!?それに……」
――私がいるんだから上手くいくに決まってるでしょ?
マリーが輝くような笑顔で言った。
ルシアンは頷き、ルシアンとマリー以外のすべての者は心という広大な地平に、絶望と諦念の暗雲が立ち込めてくるのを幻視した。
なおこの秘策云々については彼等のスピンオフ、魔竜殺しで軽く言及しています。