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イマドキのサバサバ冒険者  作者: 埴輪庭


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125/240

★異界相克①

 ◆◆◆


 瓦礫が吹き飛ぶ。いや、浮遊し、退けられる。

 強力な念動だ。

 挿絵(By みてみん)

 瓦礫の奥から現れたのは小柄な少年教皇ではない。

 それはまさに異形であった。

 まず頭が三つあった。

 上から順に赤子、青年、老人。

 そして胴体と言うものがない。

 手も無ければ脚も無かった。

 あえて胴というのならば、それは巨大な棺であった。黒く大きい棺に、縦並びに顔が並んでいる。


 この異形こそが上魔将マギウスの分体が1つ。

 アンドロザギウスの真の姿である。

 老いを司るアンドロザギウスの3つの頭部は、無情なる時の流れを意味する。


 三つの顔は一同を睨め回し、一斉に口を開いた。

 赤子の無垢で高い声、成人男性のやや低い声、老人のしわがれた声が響く。


『産み、増え、地に満ちよ。汝等は皆我等の贄であるが故に』


 アンドロザギウスから闇色の何かが拡散した。その何かは法の間の床や天井を塗りつぶし、世界の法則をも塗りつぶした。


 即ち、アンドロザギウスの心象世界の顕現だ。

挿絵(By みてみん)

 ギルバートが慌てて床を見る。

 白い石で造られた床はいつのまにか乾ききった荒地へと変わっていた。

 悍ましきは荒地のそこかしこから見える白い石片のようなもの…それは石片ではなく人骨であった。無数の人骨が荒地に埋もれている。


 そして周囲…壁を、天井を見た。

 同じく白い石で造られていたはずの壁や天井は無い。代わりにあるのは真っ赤な空だ。

 血の様に赤い赤い空であった。


 赤い空の遥か高くには太陽が…いや、赤い塊のようなものが浮かんでいる。

 その塊は半径10メトル程の浮遊する肉塊であった。肉塊の表面には血管が走っており、ビクビクと蠢いていた。


「魔域化したか!」


 ギルバートの叫びには最大級の警戒心が込められ、しかし予想外の響きはない。

 力在る存在が自身にとって有利な“場”を構築する事はままあるからだ。


 エルはぐるりと周囲を見渡し、細い眉をやや顰めた。

挿絵(By みてみん)

 恨みと憎悪がこの世界を形作っている事に気付いたからだ。

 世界そのものが毒といっても過言ではなかった。

 血の様な空と無数の人骨が埋もれた大地から悲嘆、恐怖、憎悪、怨恨が滲み出ているのを感じる。


 耳を澄ませば苦悶に呻く亡者の嘆きが聞こえやしないだろうか?


 空気ですら血腥く、小さく美しい手を掲げてみてみればその甲から急速に水分が失われていっているのをエルは見た。


 ◆◆◆


 異界へと誘われると感じたヨハンはヨルシカを抱き寄せ、その腰を離さなかった。

 イチャついていたわけではない。


 いざなわれる先で一体何が待つかはヨハンでさえも分からないからだ。

 だが、ただ場所が変わるだけでは済まないだろうという確信はあった。


 最悪の場合、いきなり煮えたぎる底なし沼にぶち込まれる事だって無いわけではない。


 そして塗り替わり、一変したその世界を見渡したヨハンは一言呟いたのだ。


 あれが神だったか、と。


 ヨハンは陰気な目で上空の赤い肉塊を眺めていた。


 ヨルシカはといえば、そこはかとない不安を上空の肉塊に感じていた。

 その不安は形容のしがたいもので、まるで信じていた親が実は残虐な殺し屋であった事が分かったという様な…


 ヨルシカがそんな事を思っていると、ヨハンが言った。


「あれが、あれこそが法神だろう。なるほど、御神体の様な物を器とするのではなく、己の心象世界に神を構築していたか」


「なぜ、あれが法神だと分かるんだい…?」


 ヨルシカの問いにヨハンは笑顔で答える。


「彼等の態度で何となく、な」


 ヨハンは親指で穏健派の者達を指し示す。

 彼等の一部の者たちは落膝し、嘆きの沼に胸元まではまりこんで喘いでいた。

 彼等は理解してしまったのだ、あの悍ましい肉の塊こそが法神であると。


 ヨルシカはそんな彼等の姿に哀れみを覚えた。

 信じていた存在があのような姿では…

 そんなヨルシカにヨハンに声をかけた。


「しかしまだまだやる気の奴もいるみたいだぞ。あれこそイカれた穏健派の正しい姿と言う奴だな」


 そう、穏健派の者達はその全てが嘆き悲しんでいるわけではなかった。


 二等審問官アイラなどは瞳の奥に熱情の炎を宿し、アンドロザギウスを睨みつけている。

 ドライゼンなども同様だ。

 静かにアイラの隣に佇むドライゼンの姿からは、彼に似合わぬ戦意が溢れていた。


「立ちなさい。アイラがそう命じます。法神は魔にとらえられ、我等が長兄たるアゼルは殺されました。許されざる事です。法神をお救い奉るのです。貴方達が膝を突くべきはこの汚らわしい大地ではありません。彼奴の顔面です。あの三つの顔全て、歯を叩き折ってしまいましょう」


 アイラの檄が穏健派の面々を叱咤する。

 彼女はこの期に及んでなお、法神の清浄を信じていたのだ。愚かしいまでの信心であった。


 しかし自身に宿す火精が為に迫害され、最後は殺されそうになった所を救ってくれたのは何であったか。

 それは巡礼中の法神教徒ではあったが、彼はなぜアイラを救ったのか。

 法神の教えに従って救ったのだ。


 法神の教えはアイラが“そういう存在”であっても差別したり迫害する事を許さなかった。

 そればかりではなく、法神教の聖職者達が彼女の父となり母となり慈しみ育ててくれた。

 中央教会はアイラにとってまさに“家”なのだ。


 それでもなお心に火を灯す事が出来なかった者もいるが、幾名かは立ち上がり、アンドロザギウスを睨み付けた。


 過激派の面々は言うまでもない。

 そもそも彼等は法神教を隠れ蓑程度にしか思っていない。


 だが世界の塗り替えという一種の奇跡を発現した存在への恐怖はある。

 彼等だって死にたくはないのだ。

 とはいえ、戦わなければ死ぬだけなのも分かっていた。だから戦うのだ。


 ◆◆◆


 ――不遜


 アンドロザギウスの念には不快感がはちきれそうな程に詰まっていた。

 動機がどうであれ、ヒトの如きが超越存在たる自身に立ち向かおうという行為を不遜と言わずして何を不遜と言うのか。


 仮にアンドロザギウスにヒトの体の機構があるのならば、その血管は灼熱のマグマで充ち、煮立っていたであろう。それ程の不快感であった。


 しかしこの“場”に在るのならば遅かれ早かれ…


 そこまでアンドロザギウスが思考した時、赤い空に亀裂が入った。


 ◆◆◆


 空が割れ、夜空が顕れ、煌く星々が漆黒のビロードを飾る。“外”では季節的には冬に差し掛かる頃だが、空を飾る星座の数々は春に見られるものも夏に見られるものもあった。


 エル・ケセドゥ・アステールの心象世界…星界の顕現だ。美しい夜空が禍々しい赤空を侵蝕していく。


 その全てを覆い尽くす事は出来なかったが、それでもその場に立ち込めている怨念めいた負の気配が薄れた様に感じる。


 アンドロザギウスにしてもエルにしても、こういった場を構築する事…顕界というが、これには、大きく分けて2種のタイプがある


 1つは膨大な代償を支払い、異界に誘う事自体に必殺の意味を持たせるタイプの顕界。ヨハンの花界などはこれにあたる。


 もう1つは自身の能力の向上をも齎すタイプのそれだ。ヴィリなどのそれがこちらにあたる。


 そしてこの場合、アンドロザギウスの顕界は前者で、エルの顕界は後者だ。


 アンドロザギウスの顕界はその場に在る者全ての時の流れを早める。

 要するに老化してしまうという事だ。

 その速度はそこまで早くは無いが、軽く昼寝する程度の時間で子供が老人へと変じてしまう程度の速度で老化が進行する。

 生きとし生ける者すべてに分け隔てなく老いという緩慢な死を与える、まさにそれは神の所業ではないか…という、そんな傲慢さをこの心象世界が物語っている。


 これこそがアンドロザギウスの“苦界顕現”


 ただ、これは比較的易しい効果であると言える。

 ヨハンのそれなどは存在した時間を吸い出され、消滅に至るのだから。


 アンドロザギウスとヨハンの魔力の総量差は比較にもならないが、心象世界の剣呑さはヨハンの方が遥かに上だ。

 これは支払う代償の差が物を言っている。


 アンドロザギウスは法神という貯蔵庫へ蓄えてきた無形の祈り、想いといった力を使い世界を顕現しているのに対し、ヨハンはかけがえの無い記憶を捧げている為だ。


 術の世界はハイリスクハイリターン、ローリスクローリターンが基本であって、例外は余り無い。


 その例外にあたるものがエル・ケセドゥ・アステールの星界である。


 満天の星々の力を行使するためには相応に場を整えなければならず、彼女は自身が展開したこの場でしか十全に力を扱えない。


 外界では彼女の力はそこまで強大なものでは無い。更に燃費も非常に悪い。


 エルがジュウロウといった護衛を傍に置くのもこれが理由だ。


 遥か星の海の果てから来臨した彼女の祖は、“星の記憶”と言う名で知られるアステールの秘術を以って歴代の記憶を積み重ねてきた。


 その歴史の重みこそがエルの星界顕現を支えるバックボーンとなる。


 従ってこの世界で星術と分類されている彼女の秘儀には一切の汎用性はなく、ただ彼女のみが扱える希少なものとなっているのだ。


 彼女が持つ膨大な魔力、そして血筋、記憶、即ち存在そのものが呼び水となり星界を喚ぶ。


 ◆◆◆


 エルの星界がアンドロザギウスの苦界と抗し、老化の促進を停滞させていた。


 だが穏健派の者達も過激派の者達も、皆が戦いが始まってもいないのに疲弊をしていた。


 目に見える老化こそ免れたが、その場の誰もが自身の中の掛け替えの無いものに爪の先程の傷が付けられた事を感じていたのだ。

 もしエルの星界顕現がもう少し遅れてしまったならば爪の先ほどの傷どころか短刀で突きこまれたかの様な被害を受けていただろう。


 アンドロザギウスの3つの顔はそれぞれ憮然とした表情を浮かべる。


 自身の“世界”に抗する程の影響力を行使しえるとはという驚愕の思いは、それを厭わしく思う気持ちが多分に含まれていた。

 だがまあそれはいい、心象世界同士の衝突は相克である事はアンドロザギウスとしても理解出来る。しかし…


『人理を外れた外道よ、我が力を撥ね退けるか。人ならぬ身で人に与するか』


 アンドロザギウスの赤子の顔が、青年の顔が、老人の顔が三対の目をヨハンとヨルシカへ向けた。


 なぜこの2人は秘術の干渉を受けていなかったのか。アンドロザギウスは己の理解の及ばない事象を酷く不快に思った。


(ヨハンはともかく、私まで外道扱いされるのは納得いかない)


 ヨルシカが失礼な事を思っていると、ヨハンがそれを冷たい目で視ていたのであわてて思考を止めた。


 ヨルシカから視線を逸らし、ヨハンはアンドロザギウスに黙って笑みを向けた。

挿絵(By みてみん)

 その笑みにはあらゆる意味が込められている様に見える。不敵な笑み、宣戦布告の敵対的微笑、警戒心を想起させる笑みだ。


 なお、ヨハンにはアンドロザギウスが自分達を人外扱いしてくる理由がこれっぽっちもわかっていない。要するに、ヨハンがアンドロザギウスへ向ける笑みはハッタリの笑みに他ならない。

 それ以外にも、棺桶に顔がくっ付いてる化け物から人理を外れただとか外道だとか言われるのが少し面白かったと言うのもある。


 アンドロザギウスの秘術がヨハン達に何の影響も与えなかった理由はあるにはある。


挿絵(By みてみん)

 その理由とは、高々数年分の寿命の消耗などは数千年を生きる大樹の前では焼け石に水だという事である。


 ヨハンは自身を人間だと思っているが、一般的な常識の範疇からすれば怪しいものであった。

 彼の“中”には些か余計なものが含まれすぎている。


 そんな彼と心身で繋がるヨルシカも強い影響を受けており、やはり数年程度の消耗は意に介さなかったのだ。


 だがそんな事情を彼等2人が知る由は無かった。


いくつかのスピンオフ作品も掲載しておりますのでそちらもよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/s1933h/

本編には余りでなくても、スピンオフのほうで動かすキャラなども結構いると思います。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヨハン氏が男前になっとる。
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