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閑話:ミカ=ルカ・ヴィルマリー

 ◆◆◆


 二等審問官ミカ=ルカ・ヴィルマリーは生来法神教の徒であったわけではない。


 ミカ=ルカの母、スザンヌは平凡な術師であり、平凡な女であった。彼女は平凡な夫と出会い、平凡に結婚し、ミカを産んだ。


 ミカは幼い頃から良く泣く子で、母スザンヌを困らせた。赤ん坊をあやす道具をいくつも使って見せたがミカは泣き止まない。

 しかしある日、困り果てたスザンヌが試みに行使した術が効を奏した。


 それは土系統の協会術式で、土を成型してちょっとした人形…犬だとか猫だとか…そういう土像を造り出す術だ。石を削り出したり、土を捏ねて成型したりというのは平凡な術師であっても難しい事ではない。


 それを見たミカはスザンヌが思った以上に喜び、以来ミカの心に術への強い好奇心が根付いた。


 彼女は魔術が織り成す不思議に魅せられたのだ。

 スザンヌも自分の娘が術に興味を持ってくれた事を嬉しく思い、彼女なりに教育を施していった。

 勿論、スパルタで…と言うわけではない。

 スザンヌはミカの才能を伸ばすとか業前を磨くとかそういう方向ではなく、術というモノにより強い好奇心を抱くように教育していった。

 例えば絵物語を聞かせるにしても、術師が主人公のものを中心に選んだりした。


 魔術師ルカの物語はミカのお気に入りの物語だ。

 魔術師ルカの物語とは、小生意気な雌の黒猫リリスを使い魔とした術師少女の冒険譚である。


 黒猫リリスは実は呪いをかけられ姿を変じた悪魔で、当初はルカを利用して呪いを解こうとするが、やがてルカの優しさに絆されていく…


 そんなよくある話なのだが、これは全国の術師少年、術師少女に相当な人気を博していた。

 作者の素性は全く分からないというミスティックさが人気の一要因でもあったのだろう。

 ちなみに、作者は一廉の術師であるという面白い考察がある。と言うのもその物語に出てくる術や解釈というのは、一定の水準以上の知識がなければ出てこないモノであったからだ。


 スザンヌの教育方針は正しい。

 この世界に於いて術というものを学ぶにあたって重要視されるのは、小手先の技術よりも強い意思、覚悟、情念、思念などである。


 勿論机上の知識と言うものもだって不要と言う訳ではない。例えば発火の術を扱うにしてもただ漫然と火をイメージするよりも、火と言うもののメカニズム、そもそも燃えるというのはどういう事なのかと言うものを理解した上でイメージすると言うのとでは、起動した際の規模が全く違う。


 その成り立ちを完璧に理解して、更にそれを引き起こすに足る想いさえあるならば個人で核爆発を引き起こせるだろうし、単純な身体強化の術であったとしても天空より降りきたる隕石を拳で破壊する事も出来るだろう。神の類が強大な力を持っているのは、この思いというモノを大量にガメているからである。


 話がそれたが、ともかくもスザンヌの見事な教育方針、そして母が術師というのもあり、ミカは幼年の頃には魔導協会の門扉を叩く事となる。


 ◆◆◆


 しかしエル・カーラ魔導学院へ入学したミカは振るわなかった。


 学業は問題ない。

 ミカは今で言う映像記憶に近い異能を持っていた。

 見たものを忘れないという特性が勉学においてどれ程有利に働くかは言うまでも無いだろう。


 周囲を置き去りにして一歩も二歩も先に行き、教師や学友達から讃えられる喜びはミカの承認欲求をおおいに満たした。


 だが肝心の術の業前が伸びない。

 エル・カーラ魔導学院では2学年より術の学習に入るのだが、1学年時は盛大に承認欲求を満たしたミカも2学年で凋落した。


 伸びないのは当たり前である。

 ミカが抱いているのは術への漠然とした憧憬であるが、それでは“足りない”のだ。


 少なくとも彼女が求める水準の業前を得るには、燃える様な何かを心に抱かなくてはならない。

 それが私利私欲でもなんでもいいのだ、怒りでも憎しみでも恨みでも狂信でも何でも良い。


 自身が術師として栄達しなければ家族を食わせていけない、というような俗な使命感でも何でも良い。

 心の芯棒となるもの無ければならない。


 ミカにはそれがない。


 こうなると1学年時の成功体験がそのまま毒となる。

 自身は才があるのだ、術師としての天凜があるのだ、そう思っていたミカはその自尊心を叩き壊され、鬱に近い状態になってしまう。


 鬱めいたミカは逆恨みも甚だしく、母スザンヌの施した教育を恨んだ。母が術師としてしっかり教育を施してくれなかったから自分はこうして恥を晒す羽目になったのだと。


 だがそこまでだ。


 恨みはしたが、それ以上の行動に出る事は無かった。

 母が自身に愛情を注いでくれた事は分かっているし、悪かったのは母の教育だ。

 決して母ではない。


 ミカは生来聡明であったし、その聡明さは精神的に弱って居てもなお体裁を保っていた。

 ゆえに母の教育を恨みはしたが、母を恨む事はなかった。

 その母の教育にしても、術と言うものの性質を知れば知る程に教育自体は間違っていなかったのだと分かってきてしまう。


 ◆◆◆


 そこでミカは基本に立ち戻った。


「優れた術師って、凄い術師って結局どういう術師の事を言うんだろう…?」


 偉大な先達から学ぶべき事はないのだろうか?

 遅まきながらもミカはそれに気付き、現在、そして過去の術師でその在り方が自身の琴線に触れるものはいないかと調べ始めた。


 そこで見出したのが鬼才、ルイゼ・シャルトル・フル・エボンである。


 どういうからくりかは分からないが、本来人間と言うものはいくつもの術体系を同時に扱う事などは出来ないと言うのに、ルイゼ・シャルトルは地水火風のみならず連盟式魔術とよばれる特異な呪術、さらには法術まで扱うという。


「『四大の』ルイゼ。彼女はなぜこんなに沢山の術を使えるんだろ…。彼女には深い想い入れを寄せるモノが沢山あった?…余り現実的じゃないかな…。人の心には限りがある。ただ使うだけじゃなくて十全に操るには心底から対象を理解し、欲しなくてはならない…。ルイゼほどに多種多様な術を扱うにはそれこそ自分が沢山いないと…」


 ◆◆◆


 ある日ミカは“悪魔憑き”とよばれる症状を発した病人を見に中央教会が経営する診療院を訪れた。


 以前思い至った“自分が沢山”という考えについて、少し思う所があったからである。


 悪魔憑きとは簡単にいってしまえば今で言う多重人格障害…つまり解離性同一性障害である。

 その原因は現代でこそある程度まともな考察が進んでいるが、西域においては悪魔が取り付いたのだという抹香臭い考察が幅を利かせていた。


 しかしミカは生来の聡明さで原因は悪魔のそれではないと看破していた。

 悪魔という存在は確かにいるのだろう。

 だが彼らにまつわる逸話、伝承を数多く読み込んだミカからして“悪魔憑き”の患者は何かが違う気がして仕方が無い。


 それに…


(彼らに憑依した存在が悪魔であるなら、なぜ中央教会は彼等を滅ぼさないんだろう。教会には慈悲はあれども血は無く涙もない。中央教会は、法神教は“悪魔憑き”の人達に対して何を思っているんだろう)


 ミカは駆け引きを好まない。

 戦場に真っ先に突っ込んでいく切り込み隊長の如く自身の疑問を中央教会の聖職者へぶつけると、その聖職者は名状しがたい笑みを浮かべた。


 結局その場はなあなあに誤魔化され、ミカは帰宅させられる。だが後日、ミカに対して中央教会から呼び出しが掛かった。


 ミカを呼び出したのはアゼルと言う光をそのまま人にしたかの様な麗しい青年であった。


 ◆◆◆


「その通りです。君の考える通り、彼等は悪魔憑きではありません。彼等は皆それぞれ心に深い傷を負っている。例えば子供を亡くしたり、夫を、妻を亡くしてしまったり。幼少期に虐待を受けていた者もいます。これは悪魔憑きなどではなく、心に加えられた余りの衝撃によって心が砕けてしまったものだというのが中央教会の見解です」


 アゼルの説明はミカを納得させた。

 しかしその納得は新たな疑念の温床となる。

 中央教会は真実を知っている。

 ではなぜ、彼等を“集めて”いるのだ。

 そこには決して法神の慈愛などと言うものではない、もっと血腥い何かがある様な気がする…


 ミカの疑念を察知したのかどうか。

 それは分からないが、アゼルは警戒を露にするミカを見ながら一言告げた。


「我々は来るべき日に備えなければなりません。魔の胎動が日に日にその脈動を強めているのを感じませんか?その日は近く、力を蓄えなければなりません…」


 それからアゼルはミカに“真相”を告げた。


 術と言うものの性質、そして多様な術を扱う為の人格増設案について。


 強靭な精神力を持つ者の人格を慎重に分割し、それぞれ術を扱える様に施術する事が出来たならば、その者は新世代を担うに相応しい新しいタイプの術師として世界安寧の為の礎となってくれるのではないか?


 であるならば、これらの“検体”を使って適切な人格分割措置を見出すというのは結句として世界鎮護の為の尊い犠牲である…という悍ましい真相を。


 ◆◆◆


「なぜ、それを私に話すのですか。いえ、答えなくても分かります。私を殺すつもりなんですね。余計な事を知ってしまった私を。知ってはならない事へ首を突っ込んでしまった私を」


 ミカの目が爛々と燃え上がった。

 アゼルの雰囲気は先ほどとは一変している。

 穏やかそうに見えるが、殺意に充ちた薄ら寒い風が肌を擦過するのを感じる。


 だが、とミカは思う。

 殺るなら殺るで結構。上等ですよ、と。


 ミカが元々好戦的な性格であったわけではない。

 ただ、ここ最近ずっと何もかもが上手くいっていない日々で溜め込んでいたストレスが爆発しただけだ。


 しかし怒りと言う感情は恐れを薄れさせる。

 ミカは想像以上に激した己の感情にどこか戸惑いながらも、憤怒の激情という赤い奔流に身を任せた。


 得体の知れないアゼルという青年は、状況を鑑みるに自身を容易く殺せるのだろう。

 だがタダでは殺られるものか。

 腕の一本でも持っていってやる。


 ◆◆◆


 アゼルはそんなミカを見て、ふっと笑い、そして殺気を解いた。


(彼女は使える)


 この期に及んでなお食いついてくるミカのガッツをアゼルは気に入った。

 だが放って置けば更に首を突っ込んでくるであろうミカを生かして帰すという手はない。

 いや、1つあったか。


「これは提案なのですけれどね」


 アゼルがミカに語った事はミカにとっては渡りに船であった。


 既に“実験”はいくつもこなし、残す問題はそれらを経て得た技術が本当に使い物になるかどうかだ。

 ミカは中央教会で措置を受ける事を決めた。

 人工的な人格複製施術である。


 ミカは思う。

 もし施術が成功して新しい私が生まれたならばその私にはルカと名付けよう、と。


 ◆◆◆


 ある日、常人なら廃人になる事必至とも言える過酷な過程をいくつもこなしたミカは朦朧な意識のまま“ある声”を聞いた。


『このままでは君は死んでしまうよ。いいのかい?お母さんを遺して死んでしまっても。いいのかい?君がなりたいと願っていた最高の術師になれずに死んでしまっても。私を受け入れてくれれば君は死なないで済む。なに、君は既に外道に足を踏み入れてしまっておるじゃないか。だったら今更私を受け入れようと変わらないさ。君の“内”は随分と広がっているようだから、私が入り込んでも違和感はないだろう。君は私が内にいるということすら気付かないで済むよ。違和感もなにもない。ほら、受ケ入れるといいなサい。それだケで君の夢は叶うノダ』


 ◆◆◆


「あなたはルカっていうのね、私は…なんだったかな…ああ、ミカだよ。うんうん、え?いやいや、少し寝不足でさ。うん。アゼル様の弟子なの」


「そうなんだ?お姫様の侍女なんだね、すごいなあ」


「そうなの?お姫様には夢があるんだね、その力になってあげてるわけか~偉いんだね」


「ねえ、この後何か予定でもあるのかな?」


「おいでよ、見せたいものがあるんだ。お姫様も喜んでもらえるんじゃないかな?」


「え?何もないって?あるよ~、ほら、そっちをむいてみて」


 ばりん(何かを齧る音)


「今日から私がルカだね。ミカのルカでもあるし、ただのルカでもある。ふふ」


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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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[一言] 寄生獣の、警官が喰われる場面思い出しちゃった
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