表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/240

魔将の追手⑤


ヨハンは木に刺し貫かれ悶える魔将の追手を見ながら、ヨルシカの身体に手を這わせていく。

腕、腹、胸、脚、とにかく全てだ。

その様子を見ていたミカ=ルカはやや頬を赤らめ、なにやら非常に背徳的な何かを見せられている気がしていた。


ヨルシカを刺し貫く木枝の槍はヨハンの手に触れると急速に朽ちていく。

そして刺し貫かれた拍子でヨルシカが取り落としたサングインを拾うと、眼をつむり苦しそうにしているヨルシカの手にしっかりと握らせ、刃で自身の手を薄っすらと切りつけた。


ヨハンの血がサングインの刃に染み込んでいく。

ヨルシカの血が特別製であるなら、ヨハンの血もまた特別製だ。

その血に王家由来の…だとか、長命種の…などといったバックボーンは無いが、これまでの多くの力ある存在を“溶かし込んで”きたヨハンの血は呪詛と力に満ちている。


かつてヨハンは赤魔狼に腐血の術を仕込んだ己の腕を食わせ、傍目からはそれが打倒の要となったようには見えたが、たかが人間の腕一本分程度に流れる血が多少腐っていたからといって、あんな化物をあそこまで損なわせる事などできようはずがない。


樹神、そして魔王の分け身を自身の魂へ溶かし込んでしまうその前に、過去に2度、ヨハンは同様の秘術を行使してきた。

土壌の状態が木や花の植生に大きく影響する様に、ヨハンが取り込んだ存在は彼の心身を良くも悪くも変容させる。


その血を悪性に歪めれば、月狼の出来の悪い模造品を内部より破壊する事などは容易い。



サングインの賦活効果がヨルシカの身体を癒していく。

そしてその身に食い込んでいた紫色の操心の呪鎖がぶちぶちと千切れていった。

粘着質で執着心に溢れ、凶暴で狂っているヨハンの魔力は赤の他人にとって猛毒に等しい。

だが懐に入ってしまえば甘く、どこかちょろい彼の魔力は身内にとっては神薬に等しい。


「…う…。ヨハン、何となく君が何をするかは分かってはいたけど…あ…はぁ…ふらふらする…」


ヨルシカはまるで酒に酔ったかの様な酩酊感を覚えていた。

魔合に至る程に親和性が高い相手の体液を取り込めば大体はこうなる。

相手の唾液を飲み込む事すら、自身の性感帯を撫でられるかの様な快感を得られるというのは、ドラッグの中毒になる事よりも恐ろしい。


ふあふあふあふあと周囲に桃色の何かが広がっていき、ミカ=ルカは助けられた身である事を自覚しながらも戦いの場で一体ナニをしようとしているのか、と愕然していたが…そんな気持ちは木槍に貫かれた魔将の追手を見たら吹き飛んでしまった。



魔将の追手は最後に残っていた生命力を文字通り抉り取られ、急速に崩壊していく。

漆黒の身体がまるで灰を吹き散らしたかの様に宙へ散っていく。

だが、その塵は見る間に渦巻き、集塵し、空中に1つの巨大な瞳を形作った。


上魔将マギウスの遠隔視の魔眼だ。

勿論そんな事は知らないヨハンとヨルシカ、そしてミカ=ルカであったが瞳の纏う忌まわしさは十分理解していた。

ヨルシカもミカ=ルカも人間を超越した悍ましき魔の気配に畏怖を禁じえない。

だがヨハンは違った。


ヨハンは知っている。より悍ましい魔を。

かつて家族の愛を永遠のものにしたいと願った男がいた。

男は永遠とは不死であると断じ、リッチと化した。

そして連盟の禁忌に手を染めた。

リッチと化した事ではない。

家族の魂を食い散らし、自身の内に取り込んでいったのだ。

不死たる自身の内でならば愛する“家族”もまた不死であろう、と。

彼は、ラカニシュは自身の行いを心の底から善であるものと考えていた。


ヨハンは常々思う。

真に悍ましい邪悪は悪の中には居ないと。

自称善人の中にこそ真に悍ましい邪悪がいるのだと。


ヨハンの目と口が不気味な弧を描いた。

突き出たままの木の槍がゾワゾワと蠢く。

滲み出る殺意の魔力に呼応しているのだ。

主の敵の肉体を刺し貫き、その血を啜りたいと邪悪に啼いている。


「忌まわしい気配だ。魔王に連なる邪悪な気配。お前がわざわざそんな演出をするのは俺たちを恐怖させたいからだろう?恐怖はお前みたいな存在にとって糧となる。だが俺は恐れない。俺はお前よりずっと悍ましい魔を知っているからな。……次はお前が直接来い。お前の頭蓋骨を酒盃に加工し、連盟への、家族達への土産としよう」


宙に黒い塵で描かれた巨大な瞳はヨハンに視線を合わせ、ほんの僅かに殺気とも言えない何か不穏な気配を撒き散らすと、今度こそ風に吹き散らされ消えていった。



(あ、あなたの方が忌まわしそうだし、邪悪にみえるんですけれど…)

ミカ=ルカは心の中で慄いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] ヨハン「頭蓋骨の盃でカンパーイ」 ミカ「うーん、これは第六天魔王」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ