魔将の追手④
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ヨルシカの雷刀(上段からの一撃)は見事に敵の頭を叩き割った。
だがヨルシカもヨハンもそれで勝負が決したとは思わなかった。
「頭を割った程度で勝利できるなら楽なものだ。だがそう上手くはいかないだろうな。法神の為ならば自爆も厭わない狂信者が逃げの一手を打つなら、相応の理由があるのだろう」
ヨハンは相変わらず蛇の如き粘着質な視線を魔将の追手へ向けながらそうごちた。
それを聞いていたミカ=ルカは複雑そうな表情を浮かべる。
なぜならミカ=ルカの信仰は確かに法神に向いてはいたが、より強い信仰はアゼルに捧げていたからである。
従ってヨハンの“法神の為ならば”という一言にはやや引っ掛かるものがあった。
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魔将の追手の頭をカチ割ったヨルシカは一旦距離を取り、大きく息をつく。
連続した高速空間機動は身体能力を大きく賦活させたヨルシカといえど負担は大きい。
それに、サングインの能力は長時間使用するには些か以上に危険であった。
危険な理由は1つだ。
要するに、失血死のリスクが常に付きまとう。
サングインの柄を握るヨルシカの手首には有機体と見られる管が繋がれているが、ここからサングインへ血を供給する。
刃で切り裂くのもいいが、それでは負傷を余儀なくされる。
よって、自身の血を捧げる分には管をつかった方が良い。
そして、捧げた血量に応じてヨルシカは身体能力を向上させるのだが……
能力を行使すればするほどにヨルシカの血量が目減りしていくわけだ。
作成者であるミシルは吸血種の高い身体能力の根源は血……命の源泉たる血液であると看破した。
彼女は吸血種でなくとも彼等の様な高い身体能力を得られないかと思案し、紆余曲折し完成したのが飢血剣サングインだ。
柄には吸血種の骨が使用されており、それだけではなく毛髪、体液、様々な“部品”が使われている物騒な魔剣である。
(剣は通った。けれど命に届いた気はしないな)
ヨルシカの目が細められる。
ここ最近はやや逸脱してきたが、それでも彼女は一端の剣士だ。
自身が斬ったものの生死が判断くらいは出来て当然である。
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魔将の追手は頭頂部から噴水の如く黒い液体を吹き上がらせていたが、やがてそれは勢いを弱めていった。
全身に見開かれている眼……邪眼は数個を残すのみだ。
金縛りの邪眼、衰弱の邪眼、幻惑の邪眼、そして洗脳の邪眼。
これらの邪眼は対象を見れば即座に効力を発揮する、というわけではない。
無理矢理例えるとすれば、視線と言うのはあくまでも触媒の様なものだ。
つまり邪眼起動には魔力が必要なのだが、魔将の追手からはこの魔力がいまや枯渇しつつあった。
魔力がないなら何をもって購えばいいのか?
決まっている。
命である。
だが支払いに魔力が必要な行為を命でかわりに支払うというのは非常に交換レートが悪い。
魔力や命を数字で表現するのはナンセンスだが、あえて表現するとすれば10の魔力が必要な行為を命で支払うとすれば、その額は100は必要だ。
とにかく割に合わない。
そして苦痛を伴う。
ある者はこのように例えた。
体の中をトゲ付きの遊球が跳ね回っている様だ、と。
魔将の追手は上魔将マギウスから分たれた魔法生物の様なものであるが、一応は生物といってもいい。
ただし生物といっても感情などはなく、上魔将マギウスの意をインプットされ、それを無感情に遂行するだけの存在ではあるが。
よって、魔力の枯渇を命で購うと言う苦痛極まる行いですらも平然とやってのけた。
魔将の追手は残存邪眼の中で最も消費が激しい洗脳の邪眼を起動したのだ。
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紫色に輝きたなびく魔力糸がヨルシカに絡みつく。
魔将の追手の全身から薄ら寒い魔力が溢れ、空間に染み出している様に見える。
ヨルシカの瞳が紫色に染まっていく。
洗脳に抗ってはいる様だが、こうまで術が決まってしまえば無駄な抵抗だ。
魔将の追手に感情と言うものはない。
ないが、もしあったとしたら厭らしい笑みを浮かべていたに相違ない。
そんな魔将の追手を、大地から突き出した数多の木の槍が刺し貫いた。
ヨルシカ諸共に。
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ヨハンが地面に手を置き、術を起動していた。
「な、ななな、仲間ではなかったのですか!?」
それを見たミカ=ルカが騒ぎ立てる。
そんな彼女にヨハンは無表情で答えた。
「急所は外している」
ミカ=ルカはそういう問題ではない! と余計に騒ぎ立てた。