魔将の追手②
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ヨルシカは抱えていたミカ=ルカを降ろし、サングインを構えなおした。サングインは捧げる血量により身体強化の強度が変動する。だが常人ならば例え意識が朦朧とする程に血を捧げたとしてもその強化倍率は通常の身体強化より多少倍率が高い程度だろう。
だがエルフェンの血、翻ってはアシャラ王家の血を引くヨルシカのそれは訳が違う。
何がどう訳が違うのか、という当然の疑問にはヨルシカ自身が言葉ではなく行動で示していた。
ヨルシカはその両眼を紅く染め、開けた空間であるにも関わらず宙空を蹴り加速し、それを繰り返す事でまるで閉鎖空間にスーパーボールを叩き付けたかの如き空間機動を見せていた。
いや、宙空を蹴るというのは語弊だ。
ヨルシカの跳躍の先に次から次へと氷塊が生成されていた。
「אוויר, התמצקות, מים」
――大気、凝固、水分
三つの魔法言語を組み合わせ、宙へ足場を生成することでヨハンはヨルシカの空間機動を成立させていた。
この困難極まる連携の成立にはやはり魔合での精神同調が大きく寄与していた。
氷塊もまたただの足場のままでは無かった。
ヨルシカの足場という役割が済んだ氷塊は魔将の追手へと唸りをあげて襲いかかる。
そんな様子をミカ=ルカはぽかんとした様子で呆けながら見ていた。
◆◆◆
ミカ=ルカの目から視て確かにヨルシカと名乗った女性は達人であった。達人ではあったが、その実力は自身と大きく離れてはいないものだった。
とてもではないが、眼前で繰り広げられる戦闘機動を為せる程の実力はない…だが自身の目で見ている光景はなんだ?
ミカ=ルカの戦力評価は正しい。
ヨルシカがサングインを携えていなければ、そしてヨハンと共にいなければ彼女の実力は二等審問官であるミカ=ルカとそう大差はないものだ。
勿論それでも、一冒険者風情が教会の実働部隊の精鋭とも言える者と同等の業前だというのは驚くべき事なのだが。
そして、とミカ=ルカは鋭い視線をヨハンに向ける。
(彼が使った術は、いえ、魔法は…魔族のものではないの?いえ、でもエルフェンも似た魔法を使う…しかし彼はエルフェンには見えない)
ミカの視線に気付いたヨハンはしかし、特に反応を示す事もなく術を行使し続けた。
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ヨルシカの斬撃が三次元的に浴びせかけられ、幾つかの眼が切り裂かれ潰されていく。
勿論魔将の追手もただやられるばかりではなかった。
全身の目が怪しく紫色に輝く。
「いけません!反響の呪いです!目が光っている間は攻撃しては……」
ミカが叫ぶも、高速戦闘中のヨルシカにその声は聞こえなかった。下方から逆袈裟にサングインの刃が斬り上げられる。同時に、ヨルシカの肉体の同じ箇所が何か目に見えない刃で切り裂かれた。
ああっとミカが嘆くが、ヨルシカもヨハンも意に介した様子はなかった。
みれば、その傷は見る見る内に塞がっていく。
サングインの能力だ。
ヨルシカは傷を負ったが、自身の出血を以て傷を癒した。
ただし、血自体は失うのでいくら攻撃されても大丈夫と言う訳ではない。
だがヨハンはヨルシカの負傷を見もせず、蛇の様な目つきで嘗め回す様に魔将の追手を視ている。