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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第92話 全てが一本の線となって繋がってゆく

 この四十九階層というのは謂わば冒険者達の楽園、辺りを散策していて思った事は幾つかあるのだが、一つ分かった事は、この階層でモンスターが出現しないのは恐らく花が原因なのだろう。

 少し傾斜のある原っぱで腰を下ろして寝転がる。

 側には綺麗な花が沢山咲き誇っており、モンスター避けの『魔を嫌う聖なる花(メシア・フローレス)』という花だろう。

 色とりどりの聖花は、揺れている。


「風に揺れてる……何処から吹いてんだろうな」


 本当にダンジョンとは不思議なところだ。

 黄色や白、橙、淡い黄緑に水色、この群生地一帯にはモンスター避けとなる花々が大量に咲き誇っており、錬金術の素材にもなるお得な花だ。

 忌避剤にも使えるし、回復薬や麻薬中和剤、色んな使い道がある。


「はぁ……」


 天井を見上げると、大きな穴が四十一階層まで空いているのだろうが、天井が見えない。

 ここら辺は荒野のようなステージではなく、四十九階層だけが何故か繁茂している。


(まるで森から出た時みたいだ)


 何故か心が安らいでいくような感覚がある。

 風が髪を靡かせて、心地良い世界に少しずつ眠気がやってくる。

 しかしながら、それを遮る者の足音が聞こえてきた。


「ご主人様?」


 てっきり『獣王の館』の連中なのかと思ったが、足音の主はユスティだった。

 足音で誰かは一応分かるが、それでも警戒心は自然と上がっていた。

 彼女の足音は静かだ。

 つまり、ワザワザ俺に近付くために足音を殺していたという事だ。

 殺気すら纏わず、気配も物凄く薄い。

 自然と同化させているようで、捉えにくい。


「お前……気配を消そうとするなよ」

「すみません、つい癖で」


 狩りを生業としてきた彼女にとって獲物を仕留めるために後ろから近付く、この状況が癖として身体が覚えていたようで、ジッと動かない俺を背後から迫るために自然と足音を消していたのだろう。

 理屈としては分かるが、止めてもらいたい。

 もう少しで彼女の身体に短剣突き立てるところだった。


「隣、よろしいでしょうか?」

「あぁ」

「失礼します」


 斜面のところへと腰を下ろして、彼女も俺に倣って色とりどりの絨毯へと寝転がる。

 気持ち良い風が吹く。

 大きな穴は先が暗いのだが、天井は青空を見せているために不思議な構造をしているなぁと思いながら、風を感じて静寂な時間が流れる。


「ご主人様、エレンさんと何があったのですか?」


 その事について話がしたかったらしい。

 しかし、俺から何かを話したりする事は無い。


「……別に何もな――」

「嘘です」


 簡単に嘘が見破られてしまった。

 いや、嘘ではないのか?

 大した事は無かった、ただ少しだけ俺と彼女との間に溝があっただけ、そういう事だ。


「ご主人様は……私を信用してくださらないのですか?」


 瞳を潤ませて、彼女がこちらを見てくる。

 信用してほしいと彼女の目が語り掛けてくるのだが、その異なった色をしている瞳を見続ける事ができない。

 純粋、その言葉が出てくるくらい、彼女の目は綺麗に輝いていた。

 原石のような煌めきが、そこにはあった。

 だからだろうか、彼女と目を合わせると自分と比較してしまう。


「……信用したくない訳じゃないんだ。だが、信用するのが怖いんだよ」


 他人に嫌われ、他人に裏切られ、そして心を擦り減らしていった今、誰かを信じるならば誰もが敵だと思っていた方が気が楽なのだ。

 そう、思ってしまっている。

 自分でもどうしたら良いのか、まるで分からない。


「情けない話だろ?」

「そんな事はありませんよ。ご主人様はいつだって、私達のために最善を尽くしてくれますから」


 最善、そう言ってくれて俺は嬉しいのだろうか。

 最近では気持ちの整理が付かなくて、心が騒めいている感覚がある。

 空っぽなはずの心には、小さな亀裂でも生じているような気もする。

 ズキッと、心が痛む。


「それだけ、ご主人様が私達にしてくださった事には、返しきれないくらいの恩があるんですよ」


 優しく微笑む少女は、そう言って天井を見上げる。


「私、思うんです、全てが繋がってたんじゃないかって。目を一度失ったのも、ご主人様と出会ったのも、こうして並んで寝転がってる事も……全てが必然だったんじゃないかって、そう思うんです」

「必然、か」


 何処までが偶然で、何処からが必然だったのだろう。

 その二つが交わる特異点が何処にあったのか、その運命の分かれ道は何処で決まっていたのか……


「ロマンチストだな、ユスティって」

「だ、駄目でしょうか?」

「いんや、良いんじゃないか〜?」


 こうなる事が最初から運命付けられていたのだとしたら、一体誰がそんな事をしたのだろう。

 俺が世界から嫌われたのも、勇者達と冒険したのも、森に飛ばされて暗黒龍ゼアンと契約したのも、その契約で前世の記憶を取り戻したのも、旅で出会った奴等とこうして冒険しているのも、初めから決まっていたのだろうか。

 それだと、まるで俺達は神に弄ばれている道化人形のようではないか。

 だったら、この意思も、この感情も、全て神によって創られた贋作まやかしなのかもしれない。


(だったら、何で神様は俺に錬金術師なんて職業を授けたんだろうか?)


 この力は運命さえも捻じ曲げてしまう危険なものだ。

 それは暗黒龍と契約した事、右目を開眼した事、前世の記憶が蘇った事、全てを複合した結果だ。

 理不尽な世界で生き抜くために、更に理不尽な職業を授けてきた理由が不明。


「で、エレンと何があったか、だったな」

「はい……お話ししたくなければ、無理には聞きませんが」


 知りたそうに耳がピクピクとしているのは見えているから俺は、少しだけ話してやる事にした。

 ご褒美、というやつだ。

 セラにも同じ話をしなければならないのだが、生憎と後ろに立ってる木から覗いているのは知っている。


「セラ、お前も隣に来い」

「うえっ!? だ、誰もいませんよ〜」


 誰もいなかったら、いませんよ〜だなんて言葉は聞こえないはずだが?


「そうか、誰もいないのか。なら仕方ない、ユスティにだけ教えて――」

「いる! いるからアタシも混ぜなさいよ!!」


 素直に出てこれなかったのかと問い詰める事はせず、俺は右隣をポンポンと軽く叩いて、セラを座らせる。

 すると、慣れ親しんだように寝転がっていた。

 クルクルと転がりながら花に囲まれて、彼女はこちらへと寄ってきた。


「それで、あの女と何があったのよ?」

「いや、別に大した事は……少し離れろ」


 話そうとしたところで、セラがこちらの腕に抱き着いてきたので、離れるように言った。

 しかし離れようとはせず、更にユスティも真似をし出したので、何を言っても無駄だなと思って彼女達を放置する事にした。

 それにもう一人、木の陰に立つ人物も聞き耳を立てているのだが、それも放置だな。


「俺はかつて、東のウォーレッド大陸で旅をしていた。二年前、ランスブルグ連邦共和国で一つの大事件が起こったんだ。それが『悪夢の七日間』って物騒な名前の付いた事件だった」

「「悪夢の七日間?」」

「あぁ、連邦共和国で大量の死者を出し、世界を震撼させたものだ。俺は知り合いの商人から依頼を受けて、調査に乗り出した」


 悪夢の七日間、彼女達にその事について説明する。

 とある資産家の元に一つの卵が運び込まれた事が原因の発端だった。

 その卵が聖母龍ハージェックのものであり、世界の母とも言える龍の卵を盗む大罪は、世界を震撼させるものだったのだ。

 聖母龍が連れてきた数多くのドラゴンによる一斉攻撃によって、俺達は死に掛けた。

 最終的には卵を返して事なき事を得たが、その事件によって百万人以上もの人が亡くなってしまった、痛ましい事件だ、と世間では伝わっている。

 人が何人死のうが今となっては関係無いのだが、それでも当時は苦労した。


「あの時、黙って龍に立ち向かっていったのがエレンだったのさ」

「ほぇぇ……凄い人だったんですね」

「あぁ、だから今のアイツは正直昔より大分弱くなったようにしか見えないんだよ」


 聖母龍ハージェックは、生命龍スクレッドの半身のようなものだと言われているのだが、その龍は白龍という種類の龍で、何処にいるのかとか、どうやって生まれたのかとかは一切分かっていない、謎多き龍だ。

 因みに卵と言っているが、それは比喩表現であり、実際には白龍の命の源(コア)である。

 聖母龍はそこまでの強さを持ってはいないが、統率能力や洗脳、精神的な力が強く、影響を受けた者は精神を破壊された。


「何で悪夢の七日間、なんて物騒な名前が付いたのよ?」

「簡単な話さ。街に降りてきた龍達が一般市民を喰いまくったんだ。そこは血の海となって人が大勢死んだんだ、七日間に渡ってな」


 結局、最後には帰っていったが、もしも資産家の元に運び込まれなければ大量に人が死ぬ事は無かっただろう。

 そしてランスブルグという連邦共和国が滅びる事は無かっただろう。


「今では廃墟と化した捨てられた都市だ。その都市でエレンと一度だけ出会った。そして奴は一般市民達を守るようにして、黙ったまま先陣切って龍へと向かっていったんだ」


 そして、彼女は龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を得た。


「今となっちゃ血生臭い思い出だな。俺は殆ど何もできなかったが、今回は俺とエレンが逆の立場って事さ。俺が自由にできて、アイツは過去に怯えてる」

「ご主人様達にそのような過去が……」

「でもさ、何で白龍の核が運び込まれるなんて事態に陥ったのよ? 関所で荷物検査とかあるでしょ?」

「関所の門番を買収してたんだ。それで荷物検査をスルーして、結果的に色んな奴が不幸に見舞われた。王国で裁判にまで発展し、その資産家や運んだ奴等、買収された門番や関わった人物が皆、斬首刑に処されたんだ」


 戦闘に関してはエレンの事以外を話さず、俺に関する情報は完全に伏せる。

 俺が伝えたのは、悪夢の七日間に巻き込まれた事、それからエレンの戦いについてだけだ。


「後味の悪い事件だった」


 勇者達も討伐には参加したが、正直そこまで強くなかったなと思う。

 今の俺なら、奴等を圧倒できるだろう。

 この能力ならきっと、奴等を分解バラせる。


「まぁ、こんなとこだ」

「「……」」


 記憶の錬成操作によって記憶を見せる事もできるが、そうすると勇者達の事も掻い摘んで教えてしまう可能性もあるため、言葉巧みに彼女達を騙す。

 これで、ある程度は彼女達に対して俺の過去を伝えずに済んだだろう。

 この話は俺の過去ではなく、エレンとの出会いについてだけなのだから。


「一人で旅してたの?」


 ここで彼女に嘘を吐いたところで権能が反応を示し、俺が嘘を吐いてるかが直感的に分かる。

 だから、何も話す事ができない。


「……」


 だが、俺が何も言葉をしないという事は肯定を表す。

 セラもそれが分かっているから、ワザワザ分かりやすく二択を迫った。

 ある意味、理不尽な二択だ。

 肯定しても否定しても答えは結局は一つしかなく、黙っていたとしても相手に筒抜けとなる。


「意地が悪いな」

「そりゃ、六百年近く生きてるからね」


 年の功というやつだろうな、厄介極まりない。

 沈黙は是なり、とはよく言ったもんだが、その沈黙で相手を騙したりする事もできなくはない。

 その方法が無くはないのだが、前段階で準備をしなければならないのと、話の流れ、つまり主導権を握らなければ始まらない。

 まぁ、話の内容次第だろうな。


「仲間がいたの?」

「いや、仲間なんていなかったさ」


 これは本当だ。

 何故なら、俺としてはアルバート達クズ勇者共を仲間だなんて思ってないのだから。

 権能に反応を示さなかった彼女は、何かを考える素振りをして言葉を放つ。


「誰かと旅してたんでしょ?」

「……」


 確かにそうだが、それを言うつもりは無い。

 だから黙ってやり過ごす。


「黙ってるって事は肯定を意味するんだろうけど……ずっと黙ってるつもりかしら?」

「そうだな」


 それが最善策だからな。

 少ない情報から手掛かりを得ようとするのは別に悪い事ではないし、俺に対して聞いているだけマシだ。

 俺の知らないところでエレンに聞くよりかは、まだ安心できる。


「じゃあ質問を変えるわ。アンタ、二年前には何もできなかったって言ってたわね。だったら、その後に暗黒龍と契約したんでしょ?」

「……」

「これも肯定ね」


 セラの第六感のせいで選択肢が制限される。

 黙っていたところで彼女に情報を与えてしまうので、騙し方をもっと工夫しなければならない。


「う〜ん……前に何処かの森に住んでたって言ってたけど、そこで出会ったのよね?」

「さぁな」

「へ? まぁ良いわ。権能にも反応無いし、どうやら正解のようね」


 成る程、彼女の対処法が何となく分かった気がする。


「けど、アンタは今、一人で旅してる。その捻じ曲がった性格やエレンが覚えてない事を考えると、契約時に身体的成長があった。そうよね?」

「チッ……」


 思考する彼女の姿は、とても意外なものだった。

 静謐な姿は、普段見る天真爛漫な彼女とは別人のようであり、こちらはこちらで魅力的だろう。

 その感性が分からないから、今となっては彼女の魅力には気付いているが、それを受け止めても何も感じない。


「筋書きとしてはこうね。二年前、アンタが誰かと旅をしている時、偶然にも悪夢の七日間に巻き込まれて、そこでエレンと出会う。その後、何かがあって森に移動、暗黒龍と契約する。けど、仲間はいないって言ってたから、アンタとしては仲間だなんて思ってなかった、そんなところかしら?」

「さぁ、な」


 俺は殆ど何も言わずに黙っている。

 彼女の説明は確かに合っているが、一つだけ間違いがあったのに気付いた。

 彼女は『誰かと』旅をしていると言ったが、俺が一緒に旅をしてきたのは勇者御一行、『誰か達』である。

 彼女が二人旅かどうかを俺に聞いて、それからギルドで悪夢の七日間について聞く事で、ある程度の仮説が浮かび上がるのだ。

 俺は冒険者ではなかった。

 だから依頼するという表現は、勇者達のパーティーに加わっていたという事実が見え隠れしている。

 或いは闇ギルドだが、闇ギルドは実力こそ全ての非合法組織であるため、当時弱かったという事も露見しているからこそ、その可能性は消える。


(それに、どうせ気付かれる事は無いだろうしな)


 そんな突飛な発想、俺には考え付かない。

 曖昧な表現をしているのだが、彼女の発想が全て正しいものだと権能が伝えているようで、満足している様子を見せていた。

 勇者達は複数、今のセラの発言には単独の旅仲間がいたという、現実と推測の矛盾が窺い知れる。

 だから、恐らくは勇者達五人と行動を共にしていたという事実が――


「そうか……俺は馬鹿だ」


 この時、俺の頭の中で一つの『解』が得られた。

 この事件、俺自身が考えていた前提そのものから間違えていたのだ。

 凝り固まった脳を解すように、その真実が俺の道を照らしていく。


「何で今までその事に気付かなかったんだ?」

「レイ?」

「いや、何でもない」


 そうだ、俺は馬鹿だった。

 何で今まで気付かれなかったんだろうかと思わされるくらいだが、引っ掛かる違和感が一つ消え去った。

 もし俺の仮説が正しければ、ほぼ全てが一本の線として繋がるだろう、何だか物凄いスッキリしたような、納得の行くような気分だ。

 俺は犯人に踊らされていたのだ。

 何とも情けない話だが、それでも分かった事があったから事実確認のため、立ち上がった。


「俺、ちょっとギルドに行ってくるわ。確認したい事が幾つかできた」

「確認したい事?」


 そうとなれば善は急げ、だ。


「ありがとな、セラ、お前のお陰だ!!」

「ひ、ひゃい!?」


 彼女の両手を包むように掴み、キチンと礼を述べる。

 何故驚いてるのかは分からないが、それでも事件解決に一歩前進したという事には違いない。

 俺がすべき事はきっと一つなのだろう、こちらはダイガルト達に任せるとして俺は手早くギルドに向かうため、五十階層へと進む事を決意する。

 きっと、答えの半分はギルドにあるはずだ。


「お前等も来るか?」

「も、勿論!」

「お供します」


 これでユスティとセラの二人は付いてくる事になった。

 さて、もう一人の人物へと声を掛けるか。


「リノ、お前も来るか? いるんだろ?」

「うっ……気付かれてたか」


 木の陰に隠れてリノが聞いていた。

 盗み聞きとは趣味が悪い、なんて事を言うつもりは毛頭ないので、不安そうな顔をするな。


「最初っから木陰にいる事は分かっていた。その上で身の上話をしたんだ。行くのか?」

「い、行くとも」


 不本意ながら、セラを甘く見ていたので色々と知られてしまったが、まだ大部分を知られていないのは幸いだ。

 それに彼女のお陰で見えた事もある。

 だから三人を連れて、俺は地上へと向かう。

 何かの役の立ってくれるかもしれないしな。


「さて、それじゃあ行くか。すぐ準備しろ」


 荷物をここに置いておくと盗まれる可能性があるため、全て持っていく事にする。

 五十階層のポータルが使えなければ膨大な魔力を持つ俺が流し込んでやれば良いし、時間も惜しい。

 俺も手早く準備を済ませるとしよう。

 そう思った瞬間、俺のギルドカードが通信反応を示したので、それを取り出して通信機能をオンにした。


「フランシスか、どうした?」

『すぐこっち来れるかい!?』


 切羽詰まったようなギルドマスター(フランシス)の声が聞こえてきた。

 何か重大な事でもあったらしく、焦っているのが伝わってきた。


「今から五十階層へと行くとこだ。速攻で向かう」

『分かった、なるべく早く頼むよ!!』


 そのまま通信が切れてしまった。

 ダンジョンの中と外で何が起こっているのかを確かめるためにも、ダンジョン五十階層攻略を急ぐ。





 五十階層のモンスターは、小型ですばしっこいブラックワイバーンだった。

 八十階層で出るとダイガルトから聞いたのだが、それが五十階層で出るとは思ってなかった。

 しかし今回は俺が戦い、数分も掛からずに倒す事に成功して、現在は夕方の時刻となって地上へと戻ってくる事ができた。

 今はギルド前、中から喧嘩しているような怒声が幾つか聞こえてくる。


「何があったんでしょうか?」

「さぁな。ま、入ってみりゃ分かるだろ」


 ギルドの扉を開けると、最初に入った時みたいに怒号、怒声が外へと飛び出してきた。

 言語化できないくらいの重複した言葉が飛び交っている。

 冒険者の一人が金髪の受付嬢へと掴み掛かっていた。

 女性同士の争いならまだ分かるのだが、異常な程の怒りが冒険者から放たれている。


「アンタが睡眠薬なんて飲ませるから!!」

「そ、それは――」


 睡眠薬とは、何の話だ?


「おぉ、意外と早かったね、ちょいと知恵を貸してくれないか?」


 と、状況の理解が追い付かない中、フランシスが俺達に気付いた。

 何があったのやら、髪を引っ張り合ったりしている。

 とてもではないが話に割り込む勇気が無いな。

 あれは放置しとくに限る。


「それは良いんだが、その前にあの状況を説明してくれないか?」

「あ、あぁ……」


 何があったのか、それを知ろうと思った。

 説明はこうだ。

 自殺したように見せかけられた男が殺された事を知った元仲間の女性冒険者が、その原因を調べているうちに一人の受付嬢が殺したのだと言った。


「おぉ、レイグルスではないか」

「リューゼンのおっさんもいたのか。こんなとこで何してんだ?」

「仕事に決まっているであろう。私は元々、ギルドの人間だからな。関所での仕事は交代制、今は他の者に任せているのである」


 関所で俺達に情報をくれたギルド職員(リューゼン)が、荷物を運んでいるところだった。

 ここにいるとは思ってなかったが、彼も惨状に手を出せずに傍観している。


「睡眠薬ってのはどういう事なんだ?」

「その首吊りしてた冒険者が一日前、髪を引っ張られてるナイラって子に睡眠薬を頼んだのさね」

「何故?」

「さぁね。グッスリ寝たかったからじゃないのかい?」


 それを元から聞いていたそうで、最初は彼女が疑われていたそうなのだが、その前に自殺だと断定されたから、疑いは晴れたのだとか。

 しかし、ならば尚の事不思議だな。

 何故疑われている矛先へと向けずに、自殺という方向へと向かわせたのか、それが気になった。


「で、あのナイラってのは、一体どんな奴なんだ?」


 特徴的なのは金色の髪に碧眼、白色のリボンを引っ張られて片方が取れている。

 引っ掻き傷も肌に見られ、小柄な体型故に押し負けそうになってる。

 何とか均衡を保てているのは、他の職員達が必死に冒険者を抑えているからであり、特にダイガルトが助けたスカーフの受付嬢が間に入って止めようとしている。


「ちょっ――ミシェーラさん! 落ち着いてください!」


 スカーフ受付嬢、フランシスに聞いたら名前や職業を教えてくれた。

 彼女はタルトルテ、職業は回復魔導師らしい。

 ナイラの傷を治療しようと手を伸ばして、淡い光が包み込む。


「で、ミシェーラって呼ばれた女は、殺された奴の仲間なんだよな?」

「あぁ、そうさ。二人で組んでたらしいんだけど、殺されて憔悴してたのさね」


 今では元気一杯だな。

 睡眠薬さえ飲まなければ殺されない、そう思ったのだろうか?


「どっから情報が漏れたんだ?」

「さぁ……だけど、数日前から噂になっててねぇ。出処が分からないから何とも言えないのさ」

「成る程」


 殴り掛かろうとしても、何人かの職員によって羽交い締めにされている。

 しかし大暴れしており、その鎖を無理矢理に引き千切って殴り掛かる。


「アンタのせいで! アンタのせいで!!」

「イダッ――」


 そして殴られたのはナイラではなく、その前に立ち塞がったタルトルテだった。

 スカーフ受付嬢が身体を張って暴力を受け止める。

 邪魔された方からしたら堪ったもんじゃないだろうな、顔を殴られて頬が腫れている。


(痛そうだなぁ……)


 彼女が倒れた隙にナイラへと殴り掛かろうとしていたのだが、それを立ち上がって再度止めに入る。


「や、止めてください!」

「アタシの……邪魔するなぁぁぁぁぁ!!!」


 太腿に巻いてるレッグシースからナイフを取り出して、それをタルトルテへと向けるミシェーラ、その刃を見た彼女は後ろへと後退って尻餅を着いてしまった。

 僅かに肩が震えており、瞳も揺れているように見える。

 悪意が彼女に襲い掛かり、それによって彼女の顔色は蒼白となって今にも死にそうな顔をしている。


「退けぇぇぇぇぇ!!!」


 錯乱しているのか、見境いが無い。

 だからという訳ではないのだが、仕方なく止めに入らなくてはならず、俺は足場を錬成して女の身体を拘束する拘束具を形成する。


「なっ!? こ、これは――」

「少し寝てな」


 額に指を当てて、軽く錬成を発動させる。

 脳機能を一部弄くって、数時間眠らせておく事が一番有効だと思ったため、眠らせた。


「大丈夫か、アンタ等? 震えが止まってねぇぞ?」

「だ、大丈夫、です……」

「お助けくださり、ありがとうございます冒険者様」


 片方はガタガタと震えて自身を抱き締めており、呼吸もかなり荒い。

 タルトルテに晒された悪意は、とても悍ましいものだ。

 それを俺は理解していた。

 霊王眼で見てみると、悪意の原因は彼女の体内に埋め込まれた呪詛……


「お、おい何を――」


 フランシスの静止の声も聞かず、その眠っている女の腹へと手を伸ばしていく。


「『分離スプリット』」


 体内にある呪詛だけを分離させて、それを取り出していくと、黒い靄が俺の掌に現れた。


「『圧縮コンプレス』」


 その靄を固めて石にしておく。

 俺の手から落ちたのは、赤黒い魔石と遜色無い色合いと形をした石っころだった。


「コイツ、何処で呪詛なんか貰ってきたんだ?」


 身体に巣食っていたのを分離して、呪詛だけを取り出してみたのだが、どうやら正解だったらしい。

 女の腹を捲り、状態を調べる。

 手を当てて、構造把握能力を発動させて状態をチェックしてみるが、不審なところは特に無く、健康体そのものであるのが分かった。


「ど、どうなったのさね?」

「見ての通り、呪術で肉体と精神の両方が蝕まれてたんだ。俺はそれを取り除いただけ。おい誰か、コイツを治療院にでも運んでやれ。著しく体力が低下してる」


 怒りを増幅させるように文字が配列されていた。

 やはり呪術師の仕業なのだろうが、それより今は確認したい事があったから来た。


「フランシス、幾つか頼みがある」

「ん? 何さね? アタイのできる範囲でなら頼みを聞いてやるよ」

「そうか、なら――」


 俺は幾つか彼女に頼み事をして、奥の部屋へと向かう事にした。

 できる事なら最短ルートでこのまま事件解決、と行きたいところだが、難しいだろう。

 まだ残っている謎もあるのだから。

 俺の仮説を裏付ける証拠を探すため、フランシスの背中を追い掛ける。


(もし、俺の考えが正しければ……)


 この事件、より厄介な事になるだろう。

 そう懸念しながら階段を一段ずつ登り、俺は情報を手に入れるための扉を、自ら開けに掛かった。






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