第91話 選択
疑問は幾つも山積みとなって伸し掛かってくる。
リノの予知が先んじて当たってしまったので、これからどうしようかと悩む。
犯人の予想なんてほぼ無理だ。
大きな宿の一階では、多くの冒険者がガヤガヤと喧騒の渦中にいる。
俺達は昼食を挟みながら歓談を続けていた。
俺は打ち解けてる訳ではないが……
(それにしても、有名な冒険者ばっかだな)
俺達は端っこの席に座っているのだが、昼時だからだろうか、結構な冒険者の数で溢れ返っている。
例えば、ダンジョンの入り口付近で見た『血海のガルニ』や『月光ミューレス』も何故か四十九階層の、この宿に泊まっている。
(他にも『黒騎士』や『水刃』、『生還者』や『焔姫』、それに『紅髑髏』や『魔帝』までいやがる)
黒騎士レックス、水刃ギンライ、生還者ビビア、焔姫フレーナ、紅髑髏ルンデック、魔帝メイルガスト……
有名な奴等が挙って四十九階層に留まっている。
パーティー、クランなんかもいるのだが、有名なSランクパーティーだと『獣王の館』が際立って見えるのだが、全員が獣人種、しかもレアばっかだ。
「なぁ鳴雷、何でこんなに冒険者が集まってんだ?」
「あそこに大きな通信モニターがあるだろ? 数日前、ギルドとやり取りが為されたんだ」
「やり取り? フランシスが?」
「彼女を知ってるとは話が早い。恐らくネロ少女の情報がギルマスに伝わって、掃討作戦が開始される予定なのさ。それでこんなに集まってるって訳だよ」
なら倒せなくて良かったのか。
いや、良くはないが、他人の手柄を横取りしてしまわなくて良かった。
しかし、この中で対抗できそうな奴は殆どいないような気がする。
霊王眼で観察していくのだが、連携しようとすると却って失敗に終わりそうな予感もするのだが、冒険者ならば何とかするはず……
(いや、捕食能力を持ってるんだよな。こんな奴等でもAやSもいる訳だし、喰われたらそれこそ手が付けられなくなるぞ)
フランシス、一体何を考えているのやら。
掃討作戦が決行されるのは三日後らしいが、階層を移動している敵をどうやって捕らえるのだろうか。
エレンに施された魔法は効力を失ってしまったし、ギルドも知らないのだろう。
(それに死霊術師が操ってる事もギルドは知らないはずだしなぁ)
しばらくは様子見、それから一人で対策を考えるとしよう。
連携して戦うのは、俺の戦闘スタイル的に考えると他人を巻き込む確率が非常に高い。
ってか、いつの間にか戦う事を決めていた。
自分の意思ではないような気もするが、あの怪物とは戦ってみたいとすでに思ってしまっているため、戦いたい気持ちと戦いたくない気持ちが反発し合って、心の中が大暴れ状態だ。
「もし、そこの白い貴方?」
飯を食いながら雑談に花を咲かせていると、俺達のところへと一人の金色の獣人が近付いてきた。
黄金の髪をショートに肩口で切り揃えた優しそうなオレンジ色の瞳を持つ綺麗な女性、服装からして神官っぽい格好だが、何処かで見たような気もする。
確か……そうだ、Sランク冒険者の『金木犀』だ。
服装は神官っぽいのだが、彼女は風魔法と香りでの攻撃を行い、相手を惑わす『調香師』という職業を持っていたはずだ。
甘い香りで相手を惑わす姿は、まさに金木犀だ。
(名前何だっけ?)
俺も人の事は言えないのだが、実際に声を聞いたのは今回が初めてだったりする。
「はい? わ、私でしょうか?」
「えぇ、貴方のそのシルクのような髪、左右に輝く原石のような瞳、そして内から溢れ出る闘気、潤いを保った肌、完璧な黄金比を持ったプロポーション! ワタクシ感激致しましたわ。是非ともワタクシ達のクラン『獣王の館』に入ってはいただけませんでしょうか?」
いきなり勧誘を始めるとは思わなかったが、彼女は満更でも無いような表情をしていた。
褒められて嬉しいのだろう。
何処に感激する要素があったかは知らないのだが、こんな飯食ってる最中に勧誘とは、随分と自分勝手な女だなと思った。
ユスティとしては断るのだろうが、相手はSランクであるため近接戦闘とかも心得ているはずで、下手な断り方をすれば矛先がこっちに向いてしまう。
いや、ユスティなら淑女らしくキチンと断ってくれるはずだ。
「お断りします」
飲もうとしていた水を思わず吹き出しそうになった。
ド直球に断ったな、コイツ。
恥も外聞も無い断り方で、正直俺も『金木犀』もビックリしてしまっているのだが、当の本人はやってやりましたよご主人様えっへん、みたいな誇らしげな顔をしている。
だがまぁ、勧誘の仕方が悪いってのも一つ頷けるというものだ。
いきなり彼女の特徴を褒めて入りませんかと聞くだけ、メリットやデメリットを提示しなければ勧誘とは言えないだろう。
「な、何故でしょうか?」
ここで引き下がるのではなく、勧誘を断った事に対する理解が追い付いてないようだ。
あぁそっか、『獣王の館』というパーティーは獣人にとっては超人気のあるクランだし、ユスティも自分達を知っていると思ったのかもしれない。
だが残念、ユスティは雪国出身らしいからクランとかには疎いだろうし、そもそも奴隷の身分であるので選択権は皆無だ。
「え? 単純にクランに興味は無いので。魅力、感じませんし」
「グハッ!?」
胸に言葉の刃が突き刺さったかのような動作をして、俺達の目の前で一人芝居をしている。
俺は残念な子を見るような目で彼女を見た。
だって胡散臭いしな。
何だか俺の思っていた『金木犀』とは随分と印象が違うのだが、これが素の彼女なのかもしれない。
「それに私、ご主人様の奴隷ですから」
「は?」
ユスティが服を捲って、腹を晒す。
そこには奴隷契約をした証が刻まれており、ご主人様である俺は隣に座っている。
向けられる敵意の籠った視線に、俺は嫌な予感がした。
「オークションで私を買ってくださった方、私のご主人様です」
紹介しようとするな。
「私は戦闘奴隷ですので、ご主人様の護衛のため、このダンジョンに潜ってるんです」
強ち間違ってはいないのだが、俺が弱いとアピールすると相手が調子に乗り出すし、人に与える情報を選ばなければ面倒事が沸いてくる。
俺が強いと発言したところで、それはそれで相手が納得しないだろうしな。
獣人の仲間意識は凄まじいものであり、仲間が奴隷にされているという事実だけを取ると、俺が極悪人に聞こえるだろう。
早とちりしやすい者も多いし。
別に酷い事なんてしてないんだけどな。
それに彼女も飯に同席させている事を見れば、分かってくれるは――
「白い貴方、お名前は?」
「えっと、ユーステティアと申します。ユスティ、で良いですよ」
「ワタクシは『獣王の館』のサブリーダーを務めております、オリーヴと申しますわ。ユスティさん、この下賤な人族から貴方を解放して差し上げますからね!!」
「は、はぁ……」
何を言ってるのか理解できないと、そうユスティの顔には書いてあるが、俺には分かってしまった。
決闘しろ、そんなところだろう。
余程、自分の実力に自信があるようだが、こっちとしては戦うメリットは一切無い。
「さぁ黒い方! ワタクシと決闘なさい!!」
ビシッと指を差され、胸を張って得意げになっていた。
戦えば俺みたいな雑魚、簡単に捻れるぜ、みたいな事を考えているのだろう。
馬鹿馬鹿しい。
周囲でも、決闘という言葉が聞こえてきて盛り上がりを見せていた。
ここで断わるのは漢じゃない!!
「やだね、お断りだ。そういうのは他所でやってくれ」
「なっ!?」
正直、漢でなくても良い。
俺はメリットがデメリットよりも高ければ戦うが、それは二つ次第だ。
それに戦うのは実は面倒臭い。
オリーヴの話に付き合うだけでも鬱陶しいのに、更に面倒事を増やすな、と言いたい。
「ま、負けるのが怖いんですのね、男の癖に情けない」
罵倒されるのだが、精神的ダメージはゼロだ。
馬鹿にされても自分の強さを理解してるので、言葉の刃を弾き飛ばせる。
「あ〜そうだな〜、僕ちゃん負けるの怖〜い」
「ふ、巫山戯るのも大概にしなさい!!」
巫山戯てるのがバレたようだ。
何をそんなにカリカリしてるのだろうか、大声で怒鳴られて耳が痛い。
「巫山戯てるのはどっちだ。そもそも勧誘の仕方すらまともにできてない奴が決闘とは……餓鬼の遊びじゃねぇぞ、お嬢ちゃん」
「ムッカァ……ワタクシはこれでも十七、Sランク冒険者ですわよ!!」
「そりゃ失礼したな。悪かったよ、『金木犀』さん」
口調も何となくお嬢様然とした様子で、態度もそんな感じなのだが、俺からしたら餓鬼にしか見えない。
お前の二倍以上は生きてるんでな、こっちは。
「決闘も、勧誘も、まずは双方に生じるメリットやデメリットを言ってからじゃないのか? それが分からねぇから餓鬼なんだよ、お前」
「何処までも失礼な人族ですわね……」
「生憎、こういう性格なもんでな」
一つ違いではあるが、精神的には俺の方が遥かに大人だろう。
転生してる訳だし。
現実的に考えて俺には勝負を引き受ける理由も義務も無い訳で、決闘を申し込んだら受けてくれるなんて甘い考えは早めに捨てるべきだ。
俺が勝てたところで欲しい物は無いのだから。
「なら、決闘を受けて貴方が万が一勝った場合、ワタクシがユスティさんを買った金額の十倍、いえ百倍お支払いしましょう。それで解放してくださいませんか?」
コイツ、何も考えてないな。
ユスティの落札金額は八十三億ノルドもあるので、百倍となると八千三百億ノルドとなる。
そこまでして奴隷を解放したいのか……
「お前、俺が幾らでコイツを競り落としたのか、知らないだろ? 安易に十倍や百倍なんて言わない方が良いぞ」
「フン、そんな見窄らしい格好をしているのですから、どうせ大した金額をお支払いしてないのでしょう?」
格好が見窄らしいとは、偏見だな。
俺の着ているパーカーは、昔使っていたものであり、持ち物として丁度良かったので今までグラットポートから着続けている、それだけなのだ。
金持ち自慢する訳じゃないが、俺は一生を遊んで暮らせるだけの財産を持っている。
「八十三億ノルド、俺が彼女を競り落とすために使った金額だ。その百倍だから八千三百億ノルド、か。良いぜ、その言葉に二言は無いな?」
「え!? あ、いや、あの――」
「じゃあ始めようか、決闘」
俺がそう言って肩を叩いた時には、泡を吹いて気絶してしまっていた。
立ったままとは、器用な気絶の仕方だ。
「八十三億ノルド支払ったというのは本当かい?」
「珍しいな鳴雷、アンタが他人に興味を抱くとは……そうだよ、彼女を買うためなら幾らでも使うつもりだったが、他の奴等が途中で金を吊り上げるのを止めちまったから、八十三億支払う事になった」
「お前さん、顔に似合わずエゲツない事するなぁ」
「勝手に倒れただけだろ」
Sランク冒険者なら、稼ごうと思えばできるだろう。
だが、それだけ稼ぐのに結構な日数が必要であり、俺としては他人に渡す気は無い。
「ユスティは俺の所有物だ。絶対、他人になんかに渡すかよ」
「ご、ご主人様……」
キラキラとさせた目でこちらを見つめてくるユスティ、さっきのは台詞が恥ずかしかったな。
「俺としては戦う気は無いし、そもそも金も腐る程ある。決闘を受ける気にもならないな」
「だとしても、言い方があるだろう」
「ならダイトのおっさんは、何て言い返してたんだ?」
「言い返すも何も、戦うに決まってるだろ」
「はぁ、それで万が一負けたらどうするんだよ」
「それは……」
まぁ、この女程度に負ける事は有り得ないのだが、決闘のシステムもあまり知らないし、俺的には必ず勝てる勝負でも引き受けたりしない。
やむを得ない場合は受けるが、切羽詰まってる状態でもないし、今は階層喰いについて考えねばならないので、勧誘云々言ってる時点で『金木犀』とやらの底が知れた。
「ご主人様、『獣王の館』ってそんなに有名なんでしょうか?」
世情に疎いユスティが、オリーヴを横目に質問してきた。
Sランククランであるのだが、その中に数人がSランクと称号を、Aランクが十数人、Bランクも数多くいると聞くから、有名っちゃ有名だな。
しかも、入団の条件は必ず『獣人でなければならない』という事だ。
「ご主人様が入るのならば私も一緒に入りますけど……ご主人様は獣人種ではありませんものね」
「そうなんだが、錬成すれば耳や尻尾くらい創れるぞ」
試しに自分の身体を錬成して、力を発揮してみる。
獣人の耳は感覚器官として普通の耳とは別で使われているのは知っている。
それに構造もユスティのを見れば大体想像できる。
掌を胸に当てて、自分の姿を変える。
「『獣人変化』」
バチバチと音を立てて、俺の頭に二つの狼耳が、そして腰下辺りから黒い尻尾が出てきた。
これで俺も魔狼族になれただろうか。
「か、格好良い……」
耳が良くなった事で、ユスティの小さな呟きが俺の獣人耳に届いた。
普通の耳と使い分ける事ができるのだが、これは便利だな。
「相変わらずスゲェな。まさか種族すら変えちまうとは何処までも驚かされるぜ」
「そんな事ができるとは、君の職業は何なんだ?」
それぞれ大人が騒ぐが、俺は周囲の誰にも気付かれないよう、元に戻しておく。
「最高です、ご主人様!」
「お、おぉ……」
ここまでユスティに高評価を受けるとは思ってなかったのだが、まさか何かしら補正を受けている?
俺って彼女からどういう風に見えているのだろうか。
まぁしかし、俺は獣人ではないので元に戻しておくのが一番だし、違和感を感じない。
(種族すら変えられるとは……天使族とか龍神族とかにもなれるんだろうか)
まぁ、別になりたいとは思わないが、この使い方も何かと利用できるだろう。
まぁ、戦闘面ではほぼ無意味だがな。
「それより、そんなとこで寝かしといて良いのか?」
「知るか。コイツが勝手に来て、勝手に話して、勝手に倒れたんだ」
それに、遠くで座っていた『獣王の館』のメンバー達がオリーヴの回収にやってきたし。
しかしながらオリーヴが死角となっていたのか、俺が彼女に何かしたのだと思われて、二人の獣人が俺に刃を向けてくる。
「貴様! オリーヴ様に何をした!?」
「そーだそーだー、何をしたー」
片方棒読みじゃねぇか。
激昂してるのは、エメラルドグリーンの髪を大きく三つ編みにして後ろへと垂らしている美麗人、俺より明るくてユスティよりも暗い色の碧眼は俺を睨み付けてくる。
もう片方は背が小さく、焦茶色に縞々な白い髪が混じったボサボサなショートヘアに真っ赤な瞳を持っていて、何処か小動物感を漂わせている。
(特徴を見る限り、緑色の女が『宝狸族』で、小動物のやつが『幸鼠族』かな)
宝狸族は、宝を見抜いたりする才能に長けた種族で、狸は強運の象徴でもあるため、彼女達の周りには福が訪れると言われている。
栗鼠族は、小柄な体型の種族だが、栗鼠も幸せの象徴であり、宝を集めてくる習性を持った種族だとか言われていたりする。
ここでユスティが入団したら、幸福を司るクランになりそうだな。
「別に何も。勝手に泡吹いて倒れただけだ」
「嘘を吐くな!!」
そう言われても嘘ではないのだが……
「俺が嘘を吐いたって根拠でもあんの?」
「人族は皆嘘吐きだからだ!!」
「何の根拠にもなってねぇじゃん」
やはり話を聞かない種族達だな。
勝手に倒れて勝手に迷惑掛けといて、俺に刃を向けてくるとは、随分と舐められたものだ。
「まぁ良いや、それより、これ邪魔だからアンタ等のとこに持ってってくんないか?」
「お、オリーヴ様を『これ』呼ばわりするな!!」
「うるせぇなぁ……サッサと連れて帰れよ」
飯の邪魔だ。
「貴様……何処まで我等『獣王の館』を愚弄するか!?」
「別に愚弄してな――」
「黙れ!! その性根、このAランク冒険者『龍星花』グラーシェが叩き直してやる!!」
どうして、冒険者はこうも喧嘩っ早い奴が多いのだろうかと呆れ果てる思いだ。
「ねぇ、アンタ」
溜め息を零していると、今度はユスティとは反対側からセラが二人を睨み付けるようにしながら、声を掛ける。
「な、何だ龍神族?」
「コイツに突っ掛かっても無駄よ。どうせ、勝負なんて最初っから目に見えてるんだし、後悔しないうちに帰った方が身のためよ」
「よ、余計なお世話だ!!」
セラが二人を気遣ったのに、それを無碍にするとは余程命がいらないらしい。
「「ッ!?」」
セラが圧倒的な強さの殺気を二人へと放った。
その邪悪なる殺気を全身で受けた二人が尻尾を逆立てて、耳もピンと立っている。
そして彼女達はセラが危険である事を察知した。
「忠告するわ。これ以上、余計な事に首を突っ込まない方が良いわよ。さもないと――」
「わ、悪かった!!」
「すみません」
殺されると思ったのか、グラーシェとやらと、名前の知らぬ幸鼠族の少女は、謝ってオリーヴを背中におぶって自分達の席へと帰っていった。
相変わらずの強烈な殺気に、敬意を表したいところだ。
彼女が『獣王の館』らしき者達を追い払ってくれたお陰で戦わずに済んだ。
「助かったよ」
「いや、レイが挑発しなけりゃ、もっと穏便に済んだと思うけど?」
「そうだな」
「それに戦ってたらアンタ、あの女の腕とか斬り落とすつもりだったでしょ?」
いや、別にそこまでするつもりは無かったんだが、彼女は俺を何だと思ってるのやら……
「それにしても、勧誘されるなんて流石ユスティね」
「ですが、ご主人様に買われた身ですので、私の一存では決められませんよ」
「でも、興味無いって言ってたじゃない」
「だって、クランに入ったところで私に利点は無さそうでしたし」
ユスティにとって何がメリットなのかは彼女にしか分かり得ない事ではあるが、淡々としている。
多分、どうでも良いと思ってるんだろうな。
素直に何でもかんでも口に出して意見を言うところは彼女の美徳だろうけど、相手が不憫だ。
(『獣王の館』か。何もしてこなきゃ良いけど……)
もし俺の邪魔をするようであれば、制裁は受けてもらわねばなるまい。
しかし、今は構ってる暇なんて無い。
どうやって倒すか、それが一番の難関である。
あれは恐らく術者を殺さなければ止まらない殺戮マシーンだろう。
だから犯人探しが先決となるだろうが、探すのは困難を極めよう。
「三日後に掃討作戦が決行されるのは分かったが、奴の居場所は分かるのか?」
「あぁ、それならば問題無い。冒険者ギルド総本山で厳重に保管されている遺物、『真実を映す宝玉』の使用許可が一度だけ下りたんだ」
ギルド本部では、数多くの特殊な魔導具や古代遺物が厳重に保管されていたりする。
ギルドで申請書類を提出し、それを本部に転送、それから本部の者達が判断して使用許可したり、或いは拒否したりする。
そして『真実を映す宝玉』というのは、必要な情報の検索が可能という事だ。
ただし、幾つかの条件を満たさなければならないはずなので、そこまで使えるかは分からないが、期待するしかないだろう。
「ギルドにしちゃ珍しいな。しかし一度きり、か……」
この遺物は魔力消費が激しいため、一回使うのに熟練の魔導師十人以上の魔力が必要となる。
そのため、一度使うとしばらくは使えない。
いや、人の魔力を使えば再起動可能だろうが、過熱してしまうため、下手すると二度と使えなくなるのだ。
(常に動き続けてるであろう階層喰いを捉える事なんてできるのか?)
その装置は未来を見るものではない。
リノのように未来予知は不可能であるため、それで見つかるかは五分五分といったところか。
「ん? なら、ここに集まってる奴等全員で掃討作戦に掛かるのか?」
「いや、ここに避難してきた者も数多くいる。作戦に参加するのは少なくともAランク以上の猛者のみだよ。それから特例を許された者も参加可能だ」
そう言いながら、俺をチラッと見てくる。
「つまり、俺にも働けって事か?」
「君は謂わば切り札のような存在だ。私は足が竦んでしまうから参加するかどうか迷ってるところでね、君が出てくれるなら――」
参加しない、か。
「かの剣神も堕ちたもんだな」
「ッ……そうだな」
俺の罵倒も受け止めているようだが、昔なら聞き逃していたであろうに、やっぱ変わっちまったな。
力ある者には責任が付いて回る、そこから逃げてるようでは宝の持ち腐れだ。
だから俺は一言言っておく。
「馬鹿だろ、お前」
「は!?」
「だってそうじゃねぇか。敵討ちもできず、おめおめ逃げ帰って……これじゃあ、何のために仲間がお前を助けたのか分かんねぇな」
俺よりもよっぽど恵まれている。
なのに、それを棒に振るう行為をしているのだ、馬鹿と言うしかないだろう。
「かつて、皆を守るために黙って先陣切った剣神様は何処に行っちまったんだろうな」
「……」
それでもエレンは、言い返そうとはしなかった。
手が微かに震えているのを見たが、結局トラウマなんて克服するためには自分で何とかするしかなく、他人に話して気が楽になったとしても、それは克服とは言えない。
悲しい事に、逃げていては絶対に彼女は克服できない。
それに掃討作戦が決行されれば、否が応でも選択しなければならない時が訪れるだろう。
「ま、アンタの好きにすれば良いさ。逃げて仲間を犬死させたって事にするのか、それともトラウマ覚悟で飛び込んで行くのか」
「き、君は……どうする気だ?」
「さぁ、その時次第だろうな。別に誰が死のうが、俺にとってはどうでも良いし」
だが、この掃討作戦を見届けるつもりではいる。
それは彼等が喰われて階層喰いが強くなるかもしれないからだ。
それに、犯人の尻尾くらい掴めるかもしれない。
残酷だが、もし俺が助けられたとしても、死地へと飛び込んだ自己責任として俺は助けない。
「精々、奴等には大物を釣り上げるための餌になってもらうさ」
騒いでる連中も、きっとモンスターの恐ろしさを理解してないのだろう。
もう時間が無い。
作戦決行まで今日を含めて後四日、それまでに彼女は戦うかどうかを決断しなくてはならない。
「さて、そんじゃ……俺はお暇させてもらうわ」
「おいレイ、何処行くんだよ?」
「ここは煩くてな、どっか静かなところで昼寝でもするさ。またな」
後四日、どうせ何もする事は無いのだから、適当に時間を潰す事にする。
まだ階層喰い対策もできてないし、しばらく気を張りっぱなしだったし、何処かでゆっくりとする事にしたのだ。
『その力ではいずれ足を引っ張るぞ、少年。何故こんなところにいる?』
飯を食い終わって宿を出て行く。
その時、不意に彼女の言葉を思い出していた。
(その言葉、そっくりアンタに返すよ、エレン)
今のお前では倒す事はおろか、刃を振るう事すらできずに負けるだろう。
他人の心配なんてガラじゃないので、俺は考えるのを止めて辺りの散策へと出ていった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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