第88話 束の間の休息を
大きな穴に沿って俺達は地下迷宮を移動していた。
何処かから湧き出ている水も川となって中央へと流れていき、そして穴の奥底へと消えていく。
幻想的な光景ではあるのだが、辺りが暗いせいか少し薄気味悪い雰囲気を創り出しているようで、ここが本来洞窟のマップだったかのような見た目となっている。
魔力による探知で周囲を警戒しているのだが、何故か四十四階層からモンスターが一匹も出てこないため、これでネロが四十二階層まで来れた理由が分かった。
(かなり運が良いらしい)
まだモンスターが突然現れなくなった理由が分からないのだが、四十四階層までは彼女は無傷で来れた。
四十三階層で戦ったのかは知らないが、四十二階層まで来れたのは、途中まではモンスターが出現しなかったからだろう。
何でだろうか?
(嵐の前の静けさってやつか……異常だな)
俺達の足音、それから呼吸音くらいしか聞こえてこないものだ。
いや、ジェイドの着てる甲冑やユスティ達の装備している武器がカチャカチャと音を立てているし、それに俺のバックパックの上では呑気な寝息が聞こえてくる。
(ったく、もう夕方の時刻だからってバックパックの上で寝る事無いだろ)
ネロ達と合流してから五日が経過した。
ダンジョンに潜り始めてから通算二十日が経過したが、未だに一度も地上に戻っていない。
ギルドカードの機能が一部回復したために、俺もフランシスから現状を聞いた。
『アンタ、どうやって三十階層を突破したんだい?』
そうギルマスに言われた時はドキッとした。
実際に、俺とセラが迷宮壁を破壊して証拠を発見した事については誰にも話してない。
セラにも一応釘を刺しておいた。
だが、壁に耳あり障子に目ありなんて言葉もあるのだ、周囲に対して注意を払っておかなければならないのは当然として、こっちからも打って出ないと犯人は見つからないだろうな。
「そろそろ野営にしよう」
「い、良い考えだな。ここから先は何が起こるか分からないし、用心するに越した事はないだろうぜ」
ジェイドの発言に対するダイガルトの返答は、何だか妙に聞こえた。
声も少し上擦ってるし。
確か四十八階層で階層喰いを封印したと言ってたが、その時にモンスターが冒険者を操って誘い込んだとか何とか……
(四十八階層は目と鼻の先、か)
野営地は四十七階層を進んだ先、四十八階層の階段前である。
ここで野営する分には構わないのだが、正直言って俺としては四十八階層に入ってから、入り口付近で野営する方が良いと思ったんだが、まぁ口出ししないでおこう。
早めに見ておきたかったって理由もそうだが、この四十七階層は最初に『蒼月』とやらのパーティーが集団失踪した場所でもある。
できれば四十八階層に行きたかった。
「んぇ……あれ、もう着いたの?」
「おはようセラ、お前もテント張るの手伝え」
野営のために最初にすべき事はテントを張って寝床を確保する事である。
錬成を使えば一発で住居の完成なのだが、使わない。
少し時間が掛かっても俺はテントの中で眠りたくて、楽はしない。
こればっかりは経験と習慣の問題、勇者パーティーで冒険している間は風呂にも入れなかった事もあったし、テントの設営は基本的に俺が担当していた。
今は全員で建てているため、雑用させられていた時とはかなり状況が異なる。
「……」
全員が黙々と作業する。
理由は至って単純、話題が無いからというのもあるが、実際にこんな悲惨な状況となっている上、冒険者が攫われた場所でもある。
つまり再びここを犯人が襲いに来れる、という単純明快な理由があるのだ。
緊張して何も話せないって事情も分からなくはないが、ここにはBランク以上の実力を持つ者達の集まり、焦っても仕方あるまい。
(ま、逆に強い奴等が狙われる可能性も無きにしも非ずってところか……)
周囲に人気も無いし、四十一階層で穴を見下ろしてる時に見た冒険者達も、俺達とはすれ違ってない。
つまり大穴の反対側から回って地上に向かったか、それともモンスターに喰われたか、考えても結論は出ない。
(『構造把握』)
テントの端を釘で設置している最中、誰にも気付かれずに俺は地面へと手を着いて錬金術師の能力を一つ発動させてみた。
これはダンジョン等で役に立つ周囲のマッピングを脳内に記す力、ダンジョンの構造全てを脳裏へと記録した。
穴は四十四階層が一番大きく広がっており、それが四十一階層、それから四十八階層まで穴が続いている。
(要するに……巨大な穴は四十階層域、四十九階層を除いた階層全てに広がってるらしいな)
この巨大な建物の構造を把握するのに時間は要しなかったのだが、膨大な情報量によって激しい頭痛に苛まれてしまった。
少し気持ち悪いのだが、それでも何でもないような表情のまま自分のテント設営を終える。
立ち上がった時、目眩がして足元が覚束なくなってしまっていた。
(流石に大きな構造を把握するのに、脳の情報処理能力が容量を超えちまったか)
脳を金属バットで殴られたような激痛が響くため、少し休憩する事にした。
焚き火をする予定の場所へと椅子を錬成して、そこに腰を下ろして目を閉じる。
「ふぅ……」
右目を初めて開眼した事で、錬金術の能力が幾つか解放された。
そのうちの一つが構造把握の力だった。
小さな物質なら、どんな風にできてるのかが完全に把握可能なのに対し、巨大な物質を把握するためには情報処理能力が少し足りない。
だからこそ、頭痛が発生している。
「ご主人様、どうかされましたか?」
「いや、少し頭痛が――」
「だ、大丈夫なのですか!?」
俺が頭痛だと言った瞬間に彼女がオロオロと慌てだしてしまった。
本気で心配しているらしいが、少し休んでいれば大丈夫なはずだ。
「あ、あぁ、俺は大丈夫だから自分の事を優先しろ」
「わ、分かりました。何かあれば遠慮せずに私を頼ってくださいね、ご主人様」
心配そうな顔をしているのだが、恐らく頼る事は無いだろうな。
彼女は回復魔法を扱えない。
習っている途中、と言った方が正しいのか。
しかし頭痛に効くような回復魔法は無かったはず、実際に頭痛というのは頭部の血管や神経の圧迫、伸縮、刺激による痛みを表す。
だから怪我の治癒とかではないために、回復魔法が効かないのだ。
(いや、刺激を誤魔化したりすれば痛みは治るのか?)
人体に錬成を発動させてみれば擬似的な回復ができるだろう。
俺の持つ錬金術は、医療的な力も発揮する。
切り傷なら錬成でゴミや細菌を消滅させてから細胞を活性化させて傷を塞ぐ。
火傷なら皮膚や組織の錬成で事足りる。
部位の欠損ならば分子レベルで結合させるか、或いは魔力や素材を媒体にして生やすかだ。
「ホント、反則だよなぁ……」
「何が反則なのだ?」
いつの間にか背後に立っていたのはリノだった。
彼女も冒険者の端くれ、テントの設営を逸早く終えたのだろう。
それにしても、リノの魔力操作技術と精霊術の扱い方は物凄い速さで成長している。
教えてるのは俺だが、ダンジョンでより真価が発揮されてるようだ。
今も殆ど気配を感じなかった。
「いや、何でもない。それよりリノに頼みがある」
「予知、だな?」
「話が早くて助かる」
今は魔力の流れが不安定となっているが、この大穴の近くならば恐らく俺の未来が見えるだろう。
そう思ってリノに予知を頼んでみた。
彼女がジッと俺の蒼色の双眸を見つめ、ワインレッドの瞳が淡く輝き出す。
(いつ見ても綺麗な瞳だな)
皆、キラキラとした目をしている。
ユスティもセラも、リノと同じように輝いているように見えるのだ。
鏡に映る自分の濁った瞳とは大違いだな。
濁りきった目は人の醜悪な部分全てを映してきたため、俺には希望も未来も見えない。
たとえ霊王眼や竜煌眼を持っていたとしても、この双眼に映る景色はどうせ灰色にしか染まらないだろう、そして俺はそれを享受してしまっているからこそ、彼女達の瞳から目を逸らす。
死んだような目、きっとそう表現するのが一番妥当なのだろう。
「未来が幾つかに分岐してるぞ」
「犯人の姿は見えたか?」
「いや、何故か分からないのだが、幾つか不自然と未来が途切れてる部分があるのだ。役に立てず済まない」
未来が見えてたら犯人なんてとっくに捕まってると思うのだが、不自然に途切れた未来があるという言葉で犯人が未来遮断の力を有しているのかと考えた。
もしかしたら、魔神騒動と同じように未来予知を向こうも持ってるのかもしれない。
「で、未来の俺はどんな様子だったんだ?」
「う、うむ……何と言えば良いのか、相変わらずレイ殿だなと……」
どういう意味だろうか?
「大きく分けると三つだ。エレン殿と合流して事件の捜査に当たる事になるのは分かっているだろうが、捜査する場所で未来が分岐する」
「場所は何処だ?」
「四十八階層、四十九階層、そして五十一階層が犯人……と言うか怪物と遭遇する階層なのだ」
その三箇所の何処かにいれば会えるという事か。
時期がいつかは分からないと言われたので、これは何処を担当するかで変わってくる訳だ。
しかしリノ本人が見た未来はちょっとした事で変化を与えるため、今の予知を一応頭に入れておく。
「その怪物について何か見えたか?」
「いや、何かに妨害されてるようで、ノイズだらけで見えないのだ」
やはり、対策されてるようだ。
しかし対策されてると言っても、その方法も分からなければ、そんな能力も聞いた事が無い。
未知の能力ならばそれまでだが、見えなければ犯人を捕まえられない。
(人が誘拐したのか、それともモンスターの暴走なのか、それすらも分からないとは……)
薪を影から出して精霊術で点火すると、綺麗な赤色の光が周囲へと広がり、暗闇を照らしていく。
揺らめく影が後ろに伸びる。
「こうして二人で座っていると、二ヶ月半前の試験を思い出すな」
リノが語り始めたので、意識を彼女へと向ける事に。
二ヶ月半前に出会い、一緒に試験を受けて俺達はGランクになった。
そして約一ヶ月間の講習を受けて、俺達は晴れてFランク冒険者となり、こうしてダンジョンに潜るにまで至ったのだ。
最初はリノと共に旅をする事になるとは思ってなかった。
精霊界の事もあるが、正直リノの出自や旅の目的について詳しくは知らない。
「時間が経つのは早いものだ。ここに来てからすでに二十日が経過してしまった」
「ま、未だに手掛かりらしい手掛かりも掴めてないのが現状だがな」
二十日掛けて得た手掛かりは犯人に繋がるもの、とは言い難い。
犯人の足跡を追い掛けても、途中で見失ってしまったりする。
今回の出来事は魔神騒動の時とは違って一筋縄ではいかないのは覚悟していたが、すでに二十日が経過してしまっていたとは、ダイガルトとの約束の二ヶ月、それまでには何としてでも見つけたい。
七月にはサンディオット諸島に行きたいし。
いつまでも同じ場所でのんびりもしてられないしな。
「レイ殿はよくやってるだろう。我は未来を見る事しかできないが、その未来予知さえ今は……」
「未来、か」
「どうしたのだ?」
未来なんてものに希望を見出だす人間は多い事だろう。
実際に未来が見えれば、自分の思い通りの人生を送る事だって可能だろうし、未来が分かれば人生イージーモードだと言える。
しかし、未来なんて見るべきものでもない。
未来は今を生きるからこそ訪れるものだ。
しかし俺は現在リノに自分の未来を予知させている、これは完全に矛盾した言動だ。
「未来なんて、今まで考えた事も無かったなって」
「そう、なのか?」
「ずっと……今を生きるのに必死だった。明日を生きる事で精一杯の毎日だった。だからこそ俺は未来に希望を見出だせなかった」
それが俺だった。
「いつでも自分の道が見えてるお前が羨ましいよ」
「……そんな事は無い。我も時には道を誤ってしまう時がある。目の前の炎のように道は揺らめいて、分岐して、無数に存在している」
数十、数百、数千という数の道から一本の自分の望む未来を手繰り寄せるために、彼女は選択する。
それが他人を犠牲にするものであったとしても、彼女は自分のために突き進む。
自分の母を救うために、ここまで来た。
それも分かっているのだろう、何処か物憂げな表情で彼女は口を開いた。
「その中で最適な答えを選んだとしても、それが叶うとは限らない。未来予知で見た者の未来を変えたとしても、その後の影響は計り知れない。時には大きな災害が待っている事もあるのだ」
手が震えており、彼女は今までに何度も経験してきたのだと語った。
他人を切り捨ててきたのだ、と。
そのせいで救われた人間と救われなかった人間がいるのだ、と。
「確かに救われなかった人間がいるかもしれない。だが、それで助かった奴もいる。自分でも分かってんだろ?」
「……そうだな」
「それに、どんな力でも使い方次第だ。俺の錬金術も、お前の未来予知も、使い方を誤れば強力な凶器となるが正しく使えば、それは自分を守る武器となる」
しかし今回の敵は自分の力を武器としてではなく、凶器として扱っている。
「もっと先の未来も見ておくか?」
「いや、それは止めとく。不安定な未来程、危ないものはない」
未来を見たところで、俺には何の意味も無い。
自分で見たもの、感じた事、その全てを体験して初めて自分の足跡を残せるのだ。
「だから俺の未来に関しては、俺が許可した時だけにしてくれ。それ以外では絶対に見るな」
「わ、分かった」
未来に何が起こるのか分からないが、俺は自分の未来を見ない。
見る気も無い。
何故なら未来というものは自分で掴むものだと、そう誰かが言ってたから……
(誰に聞いたんだっけ?)
夢や希望は突っ立っているだけでは手に入らない。
そう誰かが言ってた気がするのだが、思い出せない。
「で、お前は何か俺に用事でもあったのか?」
「む? いや、単にテントを早く建てれたからな、我は休憩のためにここに」
成る程、単なる暇潰しの相手をさせられたって訳か。
俺も頭痛によって少し休憩していたので、そろそろ飯の準備をしなければならない。
「さて、俺はそろそろ飯の準備……の前に風呂だったな」
少し離れた場所に風呂場を設置する事にして、俺は錬成を発動させていく。
「『錬成』」
音漏れしないように後でセラに結界魔法を付与してもらおうかな。
野営の時には必ずこうしていたのだが、全て精霊術の力だと偽ってきた。
だからこそジェイド達もチラッと見てくるだけで、俺達に口出ししてくる事も無い。
「うわぁ……やっぱ凄いっすねぇ、レイ兄さんの土操作」
「あんがとよ。それよりテントはできたのか?」
「はいっす。レイ兄さんのお手伝いをと思ったっすけど、どうやら必要無かったようっすね」
まぁ、手伝ってもらう程の事でもないため、ネロには悪いのだが何もする事は無い。
「後は精霊術でお湯を……」
人数が多いため、少しばかり大きく作っていた。
男女交代で入ってもらう事になっているのだが、これを作った初日、つまりネロ達と合流して一日目の野営の時に女子風呂を覗こうとしていた奴が約三名いた。
結局は見つかって悲惨な事になっていたが……
因みに俺は見ていないため、お咎めは無かった。
「よし、これで良いだろう。ネロ、女子達を呼んできてくれ。風呂ができた」
「は、はいっす!」
最初に食事にしようと思っていたのだが、女子達が汚れを早く落としたいと言っていたために、こうして先に女子達が入る事になった。
俺は基本的に野営のために一番最後に入ってる。
風呂から出たら、そのまま夜番をしなければならない。
「よし、後は……」
ついでに脱衣所も作っておき、これで俺の役目は終わったも同然だ。
いや、飯の準備があった。
何だか勇者パーティーを思い出してしまうな。
「流石だな、レイ殿」
「あぁ」
「我も衣類を取ってくるとしよう」
そう言ってリノは自分の建てたテントへと戻っていってしまった。
風呂場から湯気が立ち込めている。
換気口も付けておいたので、これで後はセラが魔法を付与してくれたら完璧となる。
「レイ」
「ダイトのおっさん?」
足場を錬成して風呂場を形成していたところで、背後から一人の男が近付いてきた。
顔に冷や汗を掻いているようで、何か不味い事でも起きたのかと向き直る。
「少し話がある。今、時間良いか?」
「まぁ、それくらいなら」
何だか緊迫した面持ちであるため、場所を移した方が良さそうだな。
「こっちだ」
どうやら俺と同じ考えだったらしく、付いていくしかないようだと思い、奴の後ろ姿を追い掛ける。
何を話してくれるのやら……
俺達がやってきたのは、周囲に何も無い場所だ。
話すには持ってこいの場所って訳だが、テント設営位置からかなり離れているため、どうしてここまで離れる必要があったのだろうかと考える。
何が目的なのかは今から教えてくれるだろうが、何だか不自然に思えた。
「で、話って何だよ?」
「一つ、確かめときたい事があってな」
そう言いながら、腰に帯剣していた得物を取り出して俺へと向けてくる。
いきなりの事すぎて正直困惑している。
「何のつもりだ?」
途轍もない量の殺気が俺達のいる空間に充満する。
これだけでも俺を本気で殺しに来ようとしているのは理解できたが、その理由が分からずにダイガルトを見る。
何を考えているのだろうかと思うものの、その前に俺の目の前にはすでにダイガルトが剣を振り下ろそうとしているところだった。
それを短剣で防ぐ。
「気でも触れたか、ダイガルト?」
「……」
剣を弾かれて、俺は数メートル飛び下がる事になった。
相変わらずのパワーだが、そもそも俺をダンジョンに誘っておきながら殺気を放って殺そうとするとは、行動の意味が分からない。
それでも反撃しなければ止まってはくれないだろうし、このままだと殺されてしまう。
いや、死ねないから殺される事は無いだろうが、奴の攻撃を喰らうのは癪だな。
「テメェ、こんな事して何の意味がある?」
「お前さんの実力はこんなもんじゃねぇだろ!!」
連続で短剣を振るってくる彼に対して、俺は防御に徹している。
剣戟が空間内に響き渡り、火花がチカチカと光る。
話すら聞いてくれないようだが、霊王眼で見ても洗脳されたりした形跡は無かった。
つまり、これは彼の本心という事だ。
だとしたら尚更分からない。
敵対する理由が謎、と思ったのだが、まさか俺の財産とか薬草類が目当てなのか?
(確かに売れば大金が手に入るだろうが……)
そうでもないような気がする。
まぁでも、コイツの本気とは戦った事無かったし丁度良い鍛錬になると考えよう。
休む間も無く連続で攻撃してくるのに対し、俺は錬成を駆使して果敢に反撃に転じる。
「『錬成』」
「なっ!?」
足元を錬成させて小さな窪みを作り出し、そこに足を引っ掛けてしまったダイガルトが後ろへと倒れそうになる。
そこに向かって短剣で攻撃しようとしたところで、咄嗟に俺は右に身体を捻って避けた。
サマーソルトを決めようとしたダイガルトの攻撃を間一髪避けれたが、もしも避けなければ俺の顎が完全に砕けてた事だろう。
それか首や心臓を抉られてたか、だな。
「チッ……靴に剣を仕込んでたとはな、初見殺しも良いところだ」
そう、コイツは俺の油断を誘って殺そうとしてきた。
靴先に短剣を仕込んで、倒れる時に俺が迫ってきたのを見計らって殺そうとしたのだ。
全く、恐ろしいな。
暗殺者と同じような暗器も幾つか持ってるし、油断ならない相手だ。
「初見殺しを軽々と避けといてよく言うぜ。何で分かったんだよ?」
「後で教えてやるよ、アンタが生きてたらな!!」
俺は短剣を投擲し、ダイガルトはそれを避ける。
短剣を手放した事でチャンスとでも思ったのか、俺へと急接近して短剣で攻撃してきた。
だから俺は腕を後ろへと引いて、短剣を引き戻す。
「クソッ!!」
今度はダイガルトが横へと避けるが、引き戻した短剣で奴へと斬り掛かる。
避けた時の体勢が悪く、剣を弾き返せずに吹き飛ばされ、迷宮の壁へと背中を強打した彼は血反吐を撒き散らしながら地面へと崩れ落ちた。
「カハッ!?」
内臓を損傷したらしく、痛みを堪えるようにして蹲っていた。
「さて、何が目的なのか教えてもらおうか?」
これ以上ままごとに付き合ってる訳にもいかない。
明日から四十八階層に突入するのだ、何が起こっても不思議ではない。
「今回……殆ど戦ってなかったろ、お前さん」
「まぁ、確かに」
「だから、だよ……」
言ってる意味が理解できず、首を傾げてダイガルトを見下ろした。
何が言いたいのだろうか、この男は?
「四十八階層は今までとは異なってるそうだ」
「エレンから聞いたのか?」
「……そうだ。だから腕が訛ってないか確かめたんだが、どうやら杞憂だったらしいな、ゲホッ」
つまり、コイツは命懸けで俺の腕を確かめたと言うのだろうか?
有り得ない。
霊王眼は嘘を吐いてないと見ているが、それでも何だか不自然に思えてく――
「ッ!? 誰だ!!」
ダイガルトから殺気が消え、そのお陰で俺は右斜め前から感じた視線へと殺気を放った。
しかし、その粘っこい視線は何処かへと消えていった。
俺達の戦闘を見られていたという事なのだが、まさかダイガルトが俺を誘い込んで、その視線の主に見せたのだろうか。
霊王眼では見えなかったので、目の前にいる男に聞く他無い。
「おい」
ダイガルトの胸倉を掴んで持ち上げた。
苦しそうにしている彼を睥睨し、聞きたい事を聞く事にする。
これはお前の仕業なのか、と。
「どういうつもりだ?」
「な、何の事だ……」
シラを切る、という訳でもないようだった。
つまり、彼は知らないという事か。
ここに連れてこられて、そして偶然にも誰かに見られていた、と?
「ここに誰かいた、お前は何か知ってるか?」
「し、知らねぇ……ほ、ホントだ」
「チッ」
どうやら本当の事らしい。
霊王眼は嘘を吐かないからこそ、より不可思議な事が起こっている。
いや、俺達の後をこっそり尾けて、透明化でもした?
だとしたら霊王眼で見れるはずだ。
しかし、そんな様子ではなかったため、俺は犯人らしき者に逃げられた。
(そもそも犯人だったのか?)
分からない。
誰かに見られているような感覚はあれども、追い掛ける事もできず、俺はどうしようも無い不快感に全身襲われていた。
何もできず、ただ俺は立ち尽くす。
「ほ、本当に誰かいたのか? 俺ちゃんには何も感じられなかったぜ?」
「昔っから視線には敏感なんだ。確かにいた」
「ハハッ、もしかして幽霊だったりしてな」
こんなところに亡霊とかいる訳がない。
ダイガルトも冗談のつもりだったんだろうが、しかし何故か納得できてしまった。
本当に幽霊だったりしてな。
「とにかく明日からは何が起きても不思議じゃないから、用心しろよ、ノア」
「あぁ、そうだな」
それ程までに危険な階層なのかと想像してみるが、トラウマも含まれてるのだろう。
彼の忠告を聞き、明日に備えるために俺達はキャンプ地へと戻った。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
感想を下さった方、評価を下さった方、ブックマーク登録して下さった方、本当にありがとうございます、大変励みになります!




