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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第86話 異変

 パーティーと合流してから俺達は十日掛けて三十一階層から四十階層を攻略した。

 実際に、もっと早いペースで下へと降りられるかなと思っていたのだが、モンスターが異常発生しているせいで押し寄せてくるために、休憩やキャンプの時間も考えて、碌に探索する事ができなかったのだ。

 そして四十階層で現れたのは大きな鳥のモンスター、紅色の綺麗な羽をした怪鳥、本来なら六十階層のボスモンスターとして出てくるはずの怪鳥ルフが現れた。


(ま、もう倒しちまったが……)


 全員で倒したのだが、セラの魔法がチートすぎた。

 全員に魔法支援(バフ)を、怪鳥には反魔法支援(デバフ)を約十分間掛け続けられて、難無く倒せた。

 その彼女の魔法支援は『範囲付与(エリア・エンチャント)』という味方全員に付与する能力や、『相乗付与(クロス・エンチャント)』で味方を超強化する。

 あれは俺以上のチートだわ。

 パーティーやクランで、引っ張りだこになるのは間違い無しだ。


「さて、四十一階層に来た訳だが……こりゃ酷いな」

「転移部屋もレイが錬成しなきゃ通れなかったしね」


 そう、転移部屋が潰れていたので、俺がワザワザ錬成して部屋を作り直した。

 そして転移部屋の転移水晶(ポータル)に大量の魔力を流し込んでみると、ダンジョンの機能回復のお陰で何とか地上へと繋げる事に成功した。

 膨大な魔力を持ってたが、九割以上を注ぐ事になった。

 俺はここに残る事にして、四十一階層に突入しようと決めた。


(時が経つのは早いな……)


 合流より十一日目、昨日ジェイド達がギルドマスターであるフランシスに報告すると言って転移部屋を通じて地上へと戻っていったため、それを昨日から待ち続けている訳だ。

 ダイガルトも何処か行ったし、どうするか。


「これからどうするの?」

「まぁ、全員揃ったら四十九階層に向けて出発する」

「そう……」


 目の前、俺達が見ている景色は本来では有り得ない光景であるとダイガルトが言っていた。

 何故なら、ライザが言っていた通り、吹き抜けとなってしまっているからだ。

 完全に大きな穴を空けている。

 ダンジョンの階層が穴で繋がっているため、視界のやや下ではパーティーが一組歩いているのが見えた。


(四十四階層か……)


 一度、魔力探知を使ってみると、この四十一階層から立体的に広げられる。

 やはり、空間が断絶してない。

 階層が完全に繋がってしまっている。

 そして円形に広がってる大穴は直径数キロ程あるようで、どれだけの怪物がこんな穴を空けたのかと、気になってしまう。

 そして俺は一つの反応を感知した。


「この真下、誰かが倒れてる」

「死んでるって事じゃ……」

「それだったら魔力反応で検知できないさ。恐らくまだ生きてるだろうけど……近くにモンスターも湧いてやがる。このままだと後数分で死ぬな」


 生命反応が弱まっている。

 このまま放置しとくと、残り五分くらいで死ぬだろう。

 別に死んだところで別に構わないっちゃ構わない、そう思ったのだがセラが反応を示した。


「レイ、助けましょ!」

「権能か?」

「えぇ、助けるべきだって思ったの。お願い!」


 セラの勘はよく当たる、それも怖いくらいに。

 彼女の権能が反応しているのであれば、ここは動くとしよう。


「リノ、ユスティ、ちょっと行ってくる」

「行くって……どうやってだ?」

「勿論、こうやってだ」


 俺はバックパックとセラを背負ったまま、助走をつけて大穴へと飛び込んだ。


「ご主人様!?」

「『錬成アルター』」


 四十一階層にあった近くの岩へと短剣を突き刺して、繋いだ鎖を持って階層を一気に飛び降りていく。

 まるでジェットコースターのように、セラもアハハと笑いながら楽しそうな表情を浮かべていた。


「よっ、と」


 ダンジョンに空いた穴端を支点として、ターザンのように鎖を持って四十二階層へと到達した。

 ここでセラを連れてきた理由は、衰弱しているために持続回復を持っている彼女の魔法が必要だと考えたからで、俺達はすぐに反応のあった場所へと向かう。

 しかし、それを阻むかのように一体のモンスターが俺達を睨んでいた。


『グルルル……』


 涎を垂らして真っ赤な目を血走らせて唸ってるのは、身体が普通の熊よりも二回りくらい巨大な獅子のモンスターだった。

 立派な赤い炎の鬣と尻尾をしたモンスターだ。

 フレアレオ、だったか。

 炎を纏う強力なモンスターなのだが、こんな階層に出るというのは些か違和感を感じる。


「セラ、場所は分かるな?」

「レイは?」

「コイツを相手する。お前は先に行って、回復魔法掛けてやれ。必要なら、このポーションを振り掛けろ」


 今はセラの権能を信じるしか無いが、俺も何だか重要に思えたのだ。

 こんなところで一人で衰弱してるってのも何だか不思議な話だしな。

 まぁ、違ったら違ったで結局は下層に行くのだし、俺の力が通用するのかを試すのにも丁度良い、だから鎖を引っ張って短剣を手元に戻す。


『グオォォォォォォォォォォ!!』


 天井へと雄叫びを上げて、突貫してくる。

 突っ込んできた獅子は、爪に炎を纏わせて攻撃を繰り出してくるが、セラを行かせるために敢えて受け止める。


「セラ、俺に挑発の魔法を付与してくれ。しばらくは俺に敵意を向けさせろ」

「分かったわ」


 セラは汎用性の高い付与能力があり、探索中に一度だけ使っていた魔法を俺に使用するように頼んだ。


「『魔法付与(エンチャント)・ヘイトレッド』」


 魔法が付与される。

 これでしばらくは、モンスターが俺に対して異常な程の敵意ヘイトが集まっただろう。

 怒りを咆哮に変えて、突進してくる。

 牙での攻撃や爪での攻撃、重量やスピードがあるから普通なら殺られてるだろうが、魔境に比べたらまだまだ弱っちいモンスターだ。

 しかし油断はしない。


「『錬成アルター』」


 リーチの長い得物は俺の得意分野ではないが、短剣二刀ではかなり危険、鎖での攻撃は遠距離用なので槍がベストだと即座に判断する。

 だから、俺は腕輪を槍へと変形させた。

 銀色の槍は重く、腰を低くして構える。


『グルァァァァァァァァァァ!!!』


 雄叫びを上げながら、炎爪撃を仕掛けてくる。

 槍捌きによって連続で外側へと弾きながら、腕の弱点を的確に突いた。


「フッ!!」

『ギャッ――』


 怯んだところで、右足を軸に回転した横薙ぎの一撃を放って遠心力の斬撃を加えた。

 魔力を纏わせているにも関わらず刃が皮膚を斬り裂くに留まったため、即座に斬撃から薙ぎによる吹き飛ばしにシフトし、一気に迷宮の穴へと吹っ飛ばした。


「ヌンッ!!」


 筋力を最大限引き出して、リミッターギリギリまで力を込めていく。

 敵が重すぎて、槍がミシミシと音を立てる。

 まさか錬成して固めた槍が折れそうな音を発するとは、これは折れるのも時間の問題だな。

 踏ん張られて、穴へと落とせなかった。


「チッ……」


 槍の部分に斧を形成して振り回すが、それでも斬れない。


(やっぱ斬れないか)


 斧の部分に重量を移して、重さをアンバランスにして遠心力や斬撃力を高めたが、やはり斬撃が通らない。

 俺は錬成で短剣へと戻す。

 錬金術のみで戦うのは俺の実力を測るための一つの指標であり、影、精霊術、そういったものを使わずに錬金術だけで倒せなければ、この先に進む事ができないと思ったからだ。


「錬金術の新たな可能性、テメェで試してやる」


 概念すらも俺の力は干渉できる。

 実験するには丁度良い強さを持ってる敵が目の前にいるのだ、ここで試すとしよう。

 セラの魔法のお陰で逃げられる事は無いだろうし、本当に最高の実験場だ。


「『因果錬成(モディファイド)』」


 因果に干渉できる能力を駆使して、俺は自分を中心とした時空間そのものへと干渉した。

 干渉に気付かない敵が俺へと爪を振り下ろす。

 俺の身体に斬撃が深く刻まれる瞬間、俺とモンスターの位置の入れ替わりが発生し、更にモンスターの身体に深々と爪痕が刻まれた。


(成る程、こりゃ便利だな)


 因果とは、原因と結果を指す。

 俺は相手の切り裂くという行動原因の時間軸を数秒遅らせるように書き換え、これで原因より起こり得る結果『切り裂かれた事実』が数秒遅れる事となった。

 そして原因と結果を切り離し、切り裂く行為を無かった事にする。

 遅れて発生する結果を相手へとぶつけるために俺とモンスターの位置、つまり空間軸へと干渉して位置を組み換えた。

 だから入れ替わりが発生し、切り裂かれた事実はそのままモンスター自身が喰らった。

 要するに斬撃が未来へと渡り、その位置にいたモンスターが斬撃を食らった訳だ。


「グッ!?」


 しかし俺の胸部にも斬撃痕が現れており、やはりまだ不完全であると理解できた。

 四本の爪のうち一本を喰らってしまった。

 血が服に染みて、周囲にも飛び散る。

 まだイメージしきれてないのと、この因果能力はかなり体力を消耗する。

 もっと実験する必要があるな。


(体力の四分の一持ってかれたか……)


 因果にも干渉できるという事は、時間を一定間だけ戻す事もできるだろうが、過去に時間を戻しても変えられるのは小さな事象のみであり、今の俺には後三回が限度となるだろう、体力が保たない。

 因果干渉の代償が体力で良かった。

 スタミナポーションを飲めば何度かリセットできるが、それでも慣れない力を使うと、大体は慣れるまでに余分な力を消耗し続ける。


(まぁ良い、次の段階に移るとするか)


 今度は自分の胸に手を当てて、別の因果へと干渉する。


「『因果錬成(モディファイド)』」


 バチバチと音を立てて、短剣へと特殊条件を付け加えてみた。

 これでどうなるのかを実験するため、俺は手に持っていた刃を横薙ぎに振るった。

 俺の行動を理解できなかったようで、獅子が俺を殺すために駆け、前足を振り下ろす。


「……」


 俺の頭へと攻撃が到達する直前、モンスターの腕は鋭利な何かによって斬り飛ばされた。

 赤い雫が噴き出て、血の雨を浴びる。


(『斬った因果』を空間に固定させてみると斬撃も残ったりするもんなんだな)


 だが、これって錬金術師の能力なのだろうか。

 物質操作や人体蘇生、薬草調合、武器生成、磁場形成、化学錬成、肉体活性、といった数多くの事ができ、正直これだけでもかなりの汎用性の高さが窺える。

 他にも色々とできるのだが、まさか因果律までも操れるようになるとは思ってなかった。

 事象の消去、改竄、付記、あらゆる事ができる。


「今回は結果を固定してみたが……」


 斬撃という事象を空間に固定させてみた。

 それによって固定された場所に斬撃が残り、そこを通った物体が斬られる仕組みだ。

 悶え苦しむモンスターを見る。

 断面は鋭利な刃物で斬り裂かれたようになってるが、下手するとずっと残り続けるだろう。

 なので解除しておく。


「レイ!!」

「ん? おぉ、そっちはどうだった?」


 モンスター越しに、セラの姿が見えた。

 背中に背負ってるのは、先程感知した奴か。

 女だとは思ってなかったのだが、どっちでも良い、気絶してるようで服もボロボロだ。

 どうやらギリギリ助けられたらしく、俺が蘇生させる必要は無かったな。

 蘇生は身体を壊すため、労力の無駄だ。


「何とか助けられたんだけど……」


 意識が覚めないってところか。

 霊王眼で見ると機能的には問題無さそうだが、魔力切れだな。


「それより何してんのよ?」

「あぁ、少し錬金術の実験をな。お前が因果さえ操れるって言ってたから、丁度良かったもんで試してたんだ。斬撃を空間に固定させてみた」

「それで腕が千切れてたの?」

「まぁ、そうだな」


 流石に体力が保たないし、これ以上は事件が解決してからだな。

 体力を回復させるためにスタミナポーションを飲んだ。

 身体に染み渡るポーション、不思議な味だ。


「さて……」


 しばらくはダンジョンにいるし、実験はまた今度もできるだろう。

 今はこれだけで満足だ。

 地面で転がっているモンスターへと、俺は手にしていた刃を振り下ろす。

 斬撃の威力を上げるために、魔力と精霊術で斬れ味を高めて、獅子の身体を両断した。


「それ、何てモンスター?」

「フレアレオって名前なんだが……本当はこんな階層に出てくるようなモンスターじゃないんだがな」


 このモンスター、実はAランクモンスターであり、Bランク五人でようやく倒せるくらいのモンスターなのだ。

 しかし、即座に異変に気付いた。

 モンスターの死骸が灰にならず、消えないのだ。

 ダンジョンのモンスターは、基本的に死んだら魔石とドロップアイテムを残して灰となるはずなのに、何故か消えずに残っている。


「レイ!!」

「うおっ!?」


 セラに服を引っ張られて俺達は後ろへと飛び下がったのだが、一瞬前にいた場所の地面が割れ、それがモンスターの仕業だとすぐに分かった。

 彼女の権能が反応したらしい。

 死んだ個体が動き始めて、俺達は戦慄する。

 そのモンスターの身体から黒い靄が溢れており、目も真っ赤に染まっていき、背中からは蝙蝠のような黒い翼が生えていた。


「何だ?」


 黒い靄は瘴気だろう。

 ボコボコと細胞が触手のように伸びていき、落ちていた腕を取り込んだ。

 そして、千切れたはずの腕が再生した。


「おいおい、冗談だろ……」


 生体反応が無いのは左目で確認済み、つまり死霊を操ってる何者かがいるという事だ。

 まさか死霊術師か?


『グルァァァァァァァァァァ!!!』


 フレアレオが瘴気を纏い、俺に対して異常な程の敵意を向けている。

 セラの魔法も咆哮によって強制的に解除された。

 だが、それでも俺に向けてくる殺意が凄まじい。

 そして空を飛んで襲ってきた。


「嘘っ!? な、何で?」

「魔力咆哮だ。魔力を音波に乗せて魔法を強制的に解除するものだが……先に上に戻ってろ」


 避けるのにも限度がある。

 それにセラは背負ってる奴の介抱が必要だ。


「で、でも――」

「ソイツ抱えて戦えねぇだろ。それに、どうせすぐ終わる」


 死んだ奴が再び動き出すのは死霊術師で間違いないだろうけど、瘴気を纏ってる理由も、こんな階層にAランクモンスターが現れてる事も疑問だ。

 だが、そんな事を考えさせてくれる暇さえ無く、獅子が俺を喰おうとトップスピードで背後へと回り、顎門あぎとを開いていた。


「『錬成アルター』!!」


 咬まれる直前、腕輪を広げて盾を形成する。


「チッ、ならこの毒使うか……」


 後ろへと下がり、一瞬で殺すためにポーチから一つの瓶を取り出した。

 瓶を開けて、中に入った紫の液体を宙へと撒き散らす。

 それを錬成して形を針に組み換え、魔力によってモンスターへと飛ばした。


『グォ!?』

「蠱毒龍アシェッドの毒だ。皮膚に刺さればこっちのもんだ、そのままくたばりな」


 グラットポートで、『リブロの隠し倉庫』から手に入れた猛毒の一つ。

 これは一滴で致死に至る毒であり、世界三大猛毒の一つに数えられてたものだ。

 こんな危険物質まであるのだ、本当に良い貰い物をしたもので、毒針を突き刺されたモンスターが全身から血を噴き出して、そのまま痙攣しながら地面へと倒れる。


「……」


 身体の細胞を破壊する猛毒であり、そのまま原形留めないくらいにドロドロに溶けて再生もままならず、それから灰にならずに残った。

 ダンジョンにおいては異例であるが、それも死霊術師のせいなのかもしれない。


「し、死んだ、よな?」


 だが、生きてるモンスターを操れる能力なんて無かったはずだ。

 魔石を拾い上げると、赤黒く大きかった。

 霊王眼で解析してみるが、瘴気まみれで気持ち悪い何かが中で蠢いている。


「レイ! って、もう戦い終わってたのね」

「だから言ったろ、すぐ終わるって」


 この毒は物凄い危険である。

 実際に常温で気化するものだが、無理矢理にでも錬成で形にしている。

 針を回収して、それを瓶の中に仕舞っておく。


「キモッ……これ、何したらこんな事になんのよ?」

「蠱毒龍の毒を差し込んだんだ。それより、さっきの女はどうなった?」

「あぁ、うん、大丈夫。レイから貰ったポーション振り掛けたら目を覚ましたわ」


 そうか。

 なら、戻るとしよ……


「どうした?」

「いえ、誰かがアタシ達を見てたような……」

「気のせいだろ?」


 誰かに見られていたような気もすると言ってるが、気のせいだろう。

 いや、セラの権能なら何か感じたのか?

 もしかして死霊術師が近くで見ているのだろうかと、試しに霊王眼で見てみたのだが何も映らない。


「それより、戻りましょ」

「……あぁ」


 収穫は殆ど無かったが、この魔石は何かの役に立ちそうだし持っておこう。

 それに女から何か聞き出せるかもしれない。


「『堕天使の影翼(ゼアーラ)』」


 流石に錬金術で上階へと戻るのは無理なので、翼を生やして空へと飛び上がり、皆の待つ四十一階層へと戻った。





 ダンジョンに空いた大穴、モンスターの異常発生、さっきのAランクモンスターの出現、この四十一階層より下で何が起こってるのかは分からないが、考えられる可能性は幾つかに絞られた。

 一つは死霊術師が何かしらの実験をしている事だ。

 しかし、それだとモンスターの大量発生とかの説明が付かない。

 一つは階層喰い(フロアイーター)の暴走だ。

 冒険者を攫っているという事自体には説明を付けられるだろうが、他の事について噛み合わない。

 そして一つは、第三者の仕業とか。

 それだと色んな可能性が浮かび上がるが、全てに合致するような職業や力を持つ者の情報を俺は持ってないので除外する。


「た、助けてもらって感謝っす!!」

「いえ、無事で何よりですよ」


 明るい茶髪を短く切り揃えた、探索ヘルメットにゴーグルをした斥候職の女が何度もお辞儀していた。

 ゴーグルを外すと彼女の右目が青く、左目が茶色いために何かの魔眼の持ち主だろうと思った。


「あ、アタシはネロと申すっす! こ、この度は命を救っていただいて、ありが――」

「そんな事はどうでも良い。それより何があったのか早く説明しろ」


 俺は言葉を遮って、ネロに聞く。


「おいおい、感謝の気持ちくらい少しは聞いてやったらどうだ?」


 後ろからダイガルトが現れた。

 何処かフラッと消えて、そしてまたフラッと現れた。

 この男の行動理念は何処にあるのだろうか?


「感謝の気持ちで飯が食えるか? 礼の言葉で腹が満たされるか? 何度も感謝の言葉を並べられたところで俺には意味なんて無いんだよ。礼なら一度で充分だ」

「……そうか、悪かった」

「おい、それより何があったのかサッサと話せ」


 俺の態度に驚いてるらしく、面食らって口をパクパクしているだけだった。


「よし、ダンジョンの穴にでも落とすか」

「ちょちょ――話すっすよ! 話すっすから首根っこ掴んで穴へ引っ張るの止めてもらって良いっすか!?」


 強引にでもしないと話してくれないから、こうした刺激を与えてみたのだが、効果はあったようだ。


「こ、この人怖いっす……」


 ユスティの後ろに隠れれてしまったのだが、それよりも聞きたい事がある。


「一つ答えろ」

「何すか?」

「お前、エレンと組んだBランク冒険者か?」


 全員が驚いた顔をしているのだが、一番驚いていたのは彼女だ。

 どうやら図星らしい。


「そ、そうっす。アタシはエレン姉さんのパーティーで四十九階層近くを捜索するようギルマスから言われたんす」


 フランシスの言ってた奴等か。

 エレンとAランク冒険者二人、それからBランク冒険者一人ってところだろう。

 セラの権能が反応していたという事、片目が青、こんな階層にBランク冒険者が一人でいる事、色々統合すると結果は一つだ。

 だからエレンのパーティーにいる奴だと察しが付いた。


「じゃあ異能ってのは、その目か?」

「はいっす。この目は『追跡者の瞳(トレース・アイ)』、アタシはこの目で犯人、事件の誘拐犯を探したんすけど、数日前に巨大な地震があって五十一階層の転移ポータルが使えなくなってたっす。だから情報をギルマスに渡すために登ってきたんすけど……さっきの怪物に襲われちゃって」


 捲し立てるようにペラペラと喋っていくが、肝心な事が曖昧となっている。


「犯人は?」

「巨大な怪物だったっすよ。影しか見えなかったっすけど、何人もの冒険者を食べてるのを迷宮の壁の方から見えたっす。不思議っすよねぇ」


 つまり俺とセラが偶然発見した謎の未開拓領域も、犯人の通り道だったと、これで確証が得られた。

 しかしネロは歯切れ悪く言葉を発する。


「けど……仲間の一人が突然目の前から消えんすよ!」

「消えた?」

「っす。忽然と消えたんすよ! 嘘じゃないっす!」

「あぁ、そのようだな」

「し、信じてくれるっすか!?」


 信じる信じないは、自身の持ってる情報照合に加え、霊王眼での嘘反応検知、それとコールドリーディングという嘘発見方法、それらを全て統合させて決めている。

 霊王眼だけでは、逃げられる可能性があるからだ。

 だから、こうしてあらゆる情報で彼女が嘘吐いてるかを確かめた。


(しかし……誰にも信じてもらえなかったのか?)


 正直、俺でも突飛な事を言ってるはと思う。

 だが、どうやら彼女は目の前で見た証人らしい。


「とにかく、ジェイド達を待つか。お前はこれからどうするんだ?」

「あ、アタシは……一度戻りたいっす。ギルマスに報告しなきゃ駄目なんで」


 フランシスに会うつもりだったのだろう、それならばと思って俺はポーチから魔石を取り出した。

 さっき倒したフレアレオの魔石だ。


「なら、ついでにフランシスにコイツを渡しといてくれないか? 解析して欲しいんだ」

「で、デカイっすね……わ、分かったっす。伝えとくっす」


 拳大サイズの赤黒い魔石を手渡した。


「じゃ、頼むわ」

「は、はいっす……えっと、お兄さんの名前は?」

「あぁ、レイグルス、そう言えば分かるから」


 彼女はリュックに魔石を仕舞って、転移部屋へと向かっていった。

 あ、エレン達がどうなったのか聞きそびれたな。


(だが仲間が消えたって事は、Aランク冒険者が攫われたって事だよな……)


 しかもネロの目の前で。

 何故Bランクの彼女じゃなくてAランクの冒険者を攫ったのか、何故皆の目の前で攫ったのか、何故ネロを攫わなかったのか、幾つも疑問が浮かび上がる。

 息を潜めて、何者かが何等かの目的のためにAランク冒険者を攫ったとして……

 どうしてだろうか?

 謎が更に深まっていき、犯人の姿は暗闇に紛れたまま、俺達を嘲笑っているようだ。


(どうするべきか……)


 下に潜っていくのは当然として、徐々に明らかになる謎と更に深まっていく謎、相反する二つが次第に俺達を翻弄していく。

 もうすぐで目的地だ。

 深まっていく謎について解決できる事を祈りながら、俺は下層へと臨む。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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