第85話 非日常な夢と現実を
雨が降っていた。
雷も鳴っており、風も強く雨が横殴りとなって服を濡らしていくが、小さな少年は、骸となった男の目の前で佇んで動こうとしなかった。
ボロボロな雑巾のような服装を身に纏い、黒い髪は濡れてしまい、その前髪の奥から覗く黒い瞳が男の死骸を目に映していた。
(ここは、何処だ?)
夢の中、なのだろうか。
死んだ男と、そして過去の自分が目の前にいる。
虚ろな目をして、その死骸の内ポケットから財布を取り出していた。
(そうか、あの日か……)
雨に濡れて冷えていく身体を他所に、少年は財布を大事に抱き締めていた。
そして懺悔を繰り返す。
『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……』
その日、俺は初めて人の命を奪った。
まだ齢十歳にも満たない少年は、病気で死に絶えそうになっていた男を、見殺しにした。
どうせ、生き延びたところで数日後には死んでいたであろう、だから手も貸さずに孤児院へと戻り、ここに戻ってきた時にはすでに息絶えていたのだ。
そして後悔し、懺悔し、彼の持ち物であった財布を俺は手に入れた。
代わりに、俺は目に見えない何かを落とした気がした。
(雨の音しか聞こえないな……)
声が掠れ、少年はやがて立ち上がって逃げるように走り去っていった。
俺は誰もいない路地で項垂れて事切れた男の前に立つ。
すでに生気は無く、死に絶えている。
今の俺なら蘇生できるだろうが、ここは夢の中、夢で生き返らせたところで意味は無い。
「……」
罪悪感や嫌悪感、負の感情を一切身に宿さない。
昔ならば後悔の念を引き摺っていた事だろうが、今の俺にある感情は『虚無感』だけだ。
俺の心は空っぽになりつつある。
まだ完全に消えた訳ではない。
今はまだ好奇心とかが残ってるのだが、それも残り僅かであろう。
「アンタから財布を盗んでまでして、俺は何のために生き残ったんだろうな……」
雨の音が声を掻き消していく。
俺は彼から少ない金銭を奪い、そして生き抜くために悪事にまで手を染めた。
死にたくなかったから、俺は他人のものを盗った。
この世界でも犯罪ではあるが、スラムの人間だった俺にとって犯罪を犯す事に抵抗は無かった。
「アンタも……俺とおんなじだったのか?」
男は何も語らない。
死人に口無し、喋る訳が無い。
これが夢であったとしても、現実であったとしても、生き返らせても無駄であるし、生き返る事は無いというのを知っている。
「アンタも俺と同じ……いや、無粋か」
白い髪に黒い瞳を持っている老人、彼も俺と同じ人種だったのかもしれない。
だが、それを聞いたところで答えてくれるはずもない。
空いた目に手を添えて、静かに閉じさせておいた。
身体を翻して少年を追い掛けようとしたところで、その男が一瞬口角を上げていたような気がしたが、その時にはもう姿は消えていた。
(夢だからか、いつの間にか景色も変わってやがる)
さっきまでは路地裏にいたのに、今度は職業選別の儀式の光景が見えた。
そこでは黒目黒髪の青年が、一つの職業を授かっている場面だった。
錬金術師という職業を授かり、その後も結局は殴られ蹴られ、持っていた金品すらも奪われ、ボロボロな彼はゴミ捨て場に投げ入れられる。
『フンッ、お前みたいな薄汚ねぇ奴はゴミ捨て場がお似合いだな。アハハハ!!』
孤児院の奴等にボロ雑巾のようにされ、そしてゴミ捨て場に不法投棄される。
ゴミに埋もれていた黒髪の青年と目が合った。
『何だよ、お前も俺を笑いに来たのかい?』
「……」
『お前はさぞ幸福らしいな。仲間もいて、力もあって、全てを持ってる。俺とは大違いだな』
俺の心が俺本人へと語り掛けてきているようで、その言葉に返事する事ができなかった。
昔の俺はこんな事は言わなかった。
胸の内に仕舞っていたもので、虚ろな瞳には闇しか映らない。
今の俺の内心のウォルニスという脆弱な部分が分離して目の前にいるってところだろうか。
「ヴィル……お前は何で爺さんの財布を盗んでまで生き残りたいって思ったんだ?」
俺は自分の本心へと聞いてみる。
小さな青年は、汚れを払って俺の前に立った。
人間一人分の距離が空いており、これが俺と俺の距離なのだと思った。
『そんな事、俺に聞かずとも分かってるだろ? だって俺はお前なんだから』
「……」
俺は自分が何故生き残りたいと思ったのかを理解しているはずだ。
しかし、それに気付かないフリをしてきた。
気付いてしまったら、俺は……
『老人を殺した事に罪悪感でも感じてんのか?』
ウォルニスが核心を突いてくる。
『自分が生き残りたい理由に気付いちまったら、あの爺さん見殺しにして財布を盗んだ事と、自分が生き残りたいって思った理由が本当に釣り合ってるのかどうか、分かっちまうからこそ怖いんだろ?』
「ッ……」
生き残るために爺さんを見殺しにした、爺さんの命と俺の生き残る意味、その二つの重みが釣り合わないと気付いていたからこそ、ずっと後悔してきた。
だから懺悔を繰り返してきた。
けれど、いつしか俺は劣悪な環境の中で忘れていった。
「今はもう何も感じない。だからこそ俺は、心の残っていた頃の、昔のお前が羨ましい」
『……俺は俺の持ってない全て持ってるお前が羨ましいね。どうやら俺達は互いに持ってない物を欲しがる、同じ穴の狢らしいな』
前世の性格と今の性格、それが混ざり合って今の俺が形成されている。
ノア、ウォルニス、その二つの人格はそれぞれ日本で生まれたものとクラフティアで生まれたものであり、その二つが対立している。
だからこそ気紛れという形で、矛盾した行動を取ってしまう。
俺はウォルニスという存在が羨ましい、何故なら人の心を持っていたから。
逆にウォルニスは俺という存在が羨ましい、何故なら俺が心以外の全てを持っているから。
いや、違うな……俺にはもう羨望の感情なんて無い。
ただ、何も感じない俺の空っぽな心を満たしたかった。
(俺達は同じ穴の狢、か……確かにそうかもしれないな)
この身体に転生した理由も、そこにあるのかもしれないと思えた。
無い物を欲するのは人間として当然の摂理だ。
いつしか俺は、人の心を失っていたのだろう。
竜煌眼を使った事で人間の精神核に亀裂が入り、そして精神が崩壊を始めてしまったが、その前、遥か昔にもうすでに俺は人間として大事な心を失っていたのかもしれない。
「……俺はあの日、もうすでに人の心を失ってたのか」
爺さんを見殺しにした。
その時に俺は、人の心を落としてしまっていたのだな。
その後のウォルニスが繕った笑顔も、そして涙も、全ては偽物だったのかもしれない、それが釣り合いを取るための代償だったのだと、俺は気付いてしまった。
俺は知らないうちに、すでに心を壊していたらしい。
だからこうして、ウォルニスという存在が夢にまで出てきたのか?
『ようやく気付いたか。結局アンタも俺も、爺さん見殺しにして生き残ったところで何の意味も無かったのさ』
意味が無かった?
ならば、自分が存在する理由を探し続けているこの旅にも意味が無いという事になる。
そんなはずはない。
生き残ったのにだって必ず意味はあるはずだ。
もしも意味が無いと認めてしまったら、俺は存在自体に意味を失ってしまう。
『過去は二度とやり直せない。ずっと後悔して、心の中に押し込めて、お前は見て見ぬフリをし続けて、そして忘れてしまった。それが現実だろ?』
「ち、違――」
『違わないね』
一歩空いていた距離を詰めて、俺の心臓に指を突き立ててくる。
『後悔してももう遅いさ。その気持ちを抱え続けても、結局お前はもう何も感じない、何も思えない、もうお前は人間じゃないのさ。この世界に嫌われた存在、それがお前だ。そうだろ?』
違うと、そう言いたかった。
しかし、俺はそれを言葉にする事ができなかった。
過去の自分が怪しく嗤い、突き立てていた指を突っ込んで心臓を貫いた。
『ほら見ろ、血も涙も出ない、空っぽな心だ』
「いや、それは夢だか――」
『違う。お前が化け物だからさ』
他人に言われてもここまで心を掻き乱される事なんて無かったのに、自分自身に言われてみると、酷く胸が痛む気がした。
これは夢のはずなのに、まるで現実世界のように意識が微睡んでいく。
『俺はずっと世界から嫌われて生きてきた。お前もその延長線上にいる』
「な、何が…言いたい……」
『お前の仲間がそれを知ったら掌を返す、お前もそう思ってんだろ? だから仲間にすら自分の事を話せない。仲間を誰一人信用できない。力を得たところで、お前はずっと独りぼっちだ』
その時、少年よりも小さな男の子が視界の端で泣いてるのを見た。
あれも昔の俺、いつも一人で、いつも全てから嫌われていた小さかった自分だ。
生まれて、物心付いた時にはもう知っていた不条理な社会の現実、俺は何者にもなれず、手を差し伸べてくれる大人は誰一人としていなかった。
『自分の事を話したら仲間が離れていく。お前の本性を知ってしまったら再び孤独に戻る。そうなりたくないって願ってる』
そんな事、あるはずが無いと思っていた。
けど、そうじゃなかった。
実際に俺はユスティに過去の詮索を禁じた、リノやセラに対して何も話してない、そう願っていた事の無意識下での行動だったのだ。
また孤独、また独りぼっち、それが俺の罰。
『これから先もずっと誰も信じる事ができずに孤独を抱えて生き続けていく、それがウォルニスとして生きたノアの贖罪だ』
その黒い瞳は虚ろだった。
その言葉が俺を蝕んでいき、俺は孤独という名の罪からは逃れられないのだと知った。
『他人なんていつかは裏切るものだ。早めに縁を切る事をお勧めするよ、ノア』
けど、俺はまだ迷っている。
彼女達を信用しても良いのではないか、そう心の何処かで期待してる自分がいる。
だからこそ裏切られた時、自分がどうなってしまうのだろうかとも考えてしまう。
『話せて楽しかったよ、化け物。これからアンタには数多くの悪意が押し寄せてくるだろう、それをどう受け入れるのか、それともどう潰すのか、楽しみだ』
「お、おい――」
足元がガラガラと崩れ去り、俺は彼にドンッと強く胸を押され、暗闇の中へと落ちていく。
この夢の中で最後に見たのは、少年の静かに嗤う顔と、その背後にあった孤児院が焼けた光景だった。
光へと手を伸ばす。
待ってくれ、まだ俺は……
『さようなら、俺の半身。これからも精々足掻いてくれ』
「ヴィル!!」
その言葉が自分の口から出たとは思えない程に、大きくて焦っているように聞こえた。
浮遊感に包まれて、俺は暗闇の中へと消えてゆく。
暗闇に沈む俺と、その俺を見下ろす少年、心の溝が深まっていく。
『――ィ』
闇深い中で、誰かの声がした。
何処からか聞こえてくる優しくて明るいような声、その声が俺を呼び覚ます。
『レイ!!』
暗闇に罅が現れ、そこから一気に光が漏れ出てきた。
そこへと身体が引っ張られていき、眩ゆく暖かな光の中へと俺は吸い込まれていったのだった。
ハッと目を開いた。
視界に広がっているのは明るい空であり、俺達は昨日三十一階層に着いてから、迷宮の壁を錬成して転移部屋の前に出たのを思い出した。
正直、あの骨のあった場所から歩いてきたが、証拠は殆ど無かった。
(そうか、夢を見てたんだったな)
背中が汗びっしょりとなっており、悪夢を見たのだなと即座に理解した。
身体も少し痙攣しており、俺はウォルニスの言った言葉を脳内で反芻する。
他人なんていつかは裏切るものだ、そう言われても否定する事ができなかったため、俺は心の中がグチャグチャと渦巻いてる。
溜め息も漏れ出てしまう。
「レイ! 起きたのね!」
「セラ……」
側にはセラがいて、彼女が安堵したような息を吐いてホッとしていた。
何かあったのか?
「アンタ、ずっと魘されてたのよ。悪い夢でも見たの?」
「……さぁ、な」
自分と対話していたのを一言一句逃さず覚えているが、それをセラに説明する義理は無い。
昔の記憶、これを彼女に教えるつもりは無かった。
何も感じないはずの心がズキッと痛むような、そんな感覚があった。
(もう朝の九時か)
今日で本隊と別れてから四日目だ。
俺達が三十一階層に到着したのは昨日、同時にユスティ達も昨日三十階層へと到達したそうなのだが、思った以上に消耗が激しかったために、今日挑む事にしたそうだ。
だから、少しの間時間が余っている。
少しばかりここら辺を探索してみるのも気分転換になるかもしれない。
「セラ、少し散歩するか」
「えぇ、良いわよ」
俺達のキャンプ地の周囲にはモンスターが寄ってこない忌避剤を撒いておいたため、全然モンスターが現れず、安全な夜を過ごせた。
転移部屋も真っ先に調べてみたのだが、一切反応しなかった。
これもジェイドの言った通りとなっている。
転移部屋は、三十階層と三十一階層を繋ぐ階段の横に位置している。
階段を登って上へと行けるのは、転移部屋の水晶に魔力を登録した者だけであり、クリアしたら行き来は自由となるそうだ。
「それより先に身体拭いたら?」
「あぁ、そうだな」
こんな汗塗れでは俺もセラも不快だろう。
水の精霊術を操って自身を包んでいき、汗を全て取り払った。
これがあれば基本的には風呂に入らずとも綺麗な状態を保てるのだが、風呂は現代人の必須アイテム、無いと精神的に困る。
風呂は癒しだからな。
「よし、なら少し探索するか」
俺達は何処に行くでもなく、ブラブラと辺りを彷徨い歩いた。
それにしても、ここってサバンナなのだろうか。
確かヨトの持ってたスクロールを見てみると、四十二階層は洞窟のようなマップだったはず、ここは十階層までは草原らしいのだが、その後は二十階層毎にマップが切り替わるそうだ。
二十階層域の中でも上層と下層でも微妙に異なってたが。
だから、ここがサバンナだった場合は四十階層から下も似たような場所となっているはずだ。
(四十九階層もサバンナなのか?)
冒険者の楽園、休息地と言われているそうだが、そこにいるエレンと会うのが一つ目の目的だ。
五十階層より下、五十一階層の転移部屋が使えれば良いのだが、恐らくは使えないのだろう。
転移魔法も使えない、出口は一階層の階段のみ、どうなってんだろうか。
「レイ〜! 川があったわよ〜!」
彼女の声のする方へと向かうと、そこには確かに川があって、彼女が川に入って何か獲ろうとしていた。
川が何処に続いてるのか気になったので追ってみると、迷宮の壁に吸い込まれていくために、奥にもまだ未開拓領域はあるのだろう。
「魚でもいたか?」
「うん、美味しそうな魚! 朝ご飯にするからレイも手伝ってよね!」
そんな事しなくても雷を川に流し込めば良いと考えたのだが、魚も何かのモンスターであるため、魔石を刺激すると灰になる可能性があった。
ならばと思って、俺は影から釣り竿を二つ取り出して、一つを彼女へと渡した。
「セラ、釣りでもしながら皆を待とうぜ」
「それも良いわね」
腕輪を釣り竿にしても良いのだが、その場合は魔力で釣り糸を形成してもらう必要があるため、今回は普通の釣り竿を手渡した。
魔境には湖や川もあったので、そこで釣りをしようと考えて釣り竿を作ったりした。
彼女に渡したのはスペアの釣り竿である。
「でも餌はどうするの?」
「あぁ、これを使う」
ルアーはかなりの上級者でなければ魚は釣れないため、俺はワームを大量に入れてある容器を取り出す。
蓋を開けると、ワームがウジャウジャと気持ち悪く動いている。
女の子はこういったものを嫌うが、セラは逆だった。
目を輝かせて躊躇無く手を突っ込んでいく。
そして一匹のワームを釣り針に付けて、それを川へと投げていた。
「虫に抵抗とか無いんだな」
「あったり前でしょ、アタシは虫なんかより強いんだから」
「どんな基準だよ……」
まぁ、これをリノやユスティに見せたら発狂してしまうだろうから、ここだけだな。
俺もワームを取り付けて、釣りを始める。
バケツに水を入れており、地面を錬成して作った岩の上に二人並んで座り、会話しながら釣りを楽しむ。
「まさかダンジョンで釣りができるなんてね」
「釣りは初めてか?」
「いえ、前にエルフの友達がいるって言ったわよね。その人と一緒に釣りした事はあるわ」
俺と似たような事を言ってたエルフか。
エルフには何度も会った事はあるが、彼女が言うには普通のエルフではないのだそうだ。
「彼女は神の血を引いてるハイエルフだって、そう言ってた気がする」
「神の血を引くエルフか……」
エルフの上位互換のハイエルフ、寿命の概念が殆ど無く、数千年を生きるエルフの事だ。
エルフにも色んな種族がいるのだが、その中で神の血を引くエルフは殆どいない希少種であり、誰もが強力な力を持った怪物ばかりだとか。
「文献で読んだ事あるな」
「文献?」
「あぁ、種族言語について勉強してた頃、何かの文献で読んだのを覚えてる。神より遣わされし森の民、生命に活力を与え、命の鼓動を感じ、自然の恵みと深く繋がっている、それが『ゴッドエルフ』って種族らしい」
レベル的に言えば、龍神族や天使族と引けを取らないくらいの実力を持ち合わせているそうだ。
「へぇ、そうなのね」
「知らなかったのかよ」
「うん。彼女もよく分かってなかったらしいから」
ますます気になるな。
錬金術師が現れるという事も知ってたらしいし、一体何者なんだろうか。
「お、来た来た……よっ、と!」
魚が餌に食い付いて、リールを巻いて釣り上げる。
って、デカいな。
緑色の鱗を持ってる不思議な魚、身がしっかり引き締まっており、霊王眼で見る限りでは栄養、それから魔力が豊富だな。
だがしかし、大きい。
「おい、これを朝飯にすんのか?」
「食べ応えありそうね。楽しみにしてるわ!」
彼女の胃袋の大きさを忘れていた。
流れる川には多くの魚がいるのだが、どれだけ釣れば彼女を満足させられるだろうか。
ってか、やっぱり俺が料理する事になるのか。
「えいっ!!」
おぉ、俺のより大きいな。
釣りは好きなのだが、すぐに餌に食い付いてくるため、ゆったりとした時間を過ごす暇が無いな。
「なぁ、お前は料理しないのか?」
「うえっ!? い、いやえっと、アタシ、料理下手なのよねぇ……アハハ」
この女、戦闘と食欲以外に脳が無いのか?
それはそれで構わないのだが、今までどうやって生きてきたのかと少し心配になる。
リノもあまり料理しないと言ってたし、旅してきたのならば少なからず料理技術も必要だと思ったが、まさか肉とか焼いて食べてきただけ?
彼女は六百歳近く生きているはずだ、料理に触れたりもしたはずだろう。
「料理に触れてこなかったのか?」
「い、いえ、教えてもらった事はあるんだけど、アタシ才能無かったのよ……ハハ」
「お、おぉ……」
落ち込んでるため、これ以上は地雷だろうと思って聞くのを止めた。
話題を変えるとしよう。
「セラってさ、一人で旅してたんだよな? 何で旅してたんだ?」
「何でって……う〜ん、改めて聞かれると悩むわね」
つまり旅の目的が無い、と。
「龍神族が旅に出るのは百歳を超えてから、そこからは自由なのよ。でも期間は旅に出てから三百年で一度戻らなきゃ駄目なの」
「それは何故?」
「さぁね、九神龍のご加護がどうとか言ってたけど、詳しい事は知らないわ」
いや、掟なら知らなきゃ駄目だろ。
とは言っても旅する期間は三百年、旅に出る日程も自由らしく、彼女は三百年前にエルフと出会っている事を考えると、それ以上前に旅に出てから、何かがあったのだと思われる。
「アタシは三百年と少し前に旅に出て、それからすぐに旅でフェスティと会ったの」
フェスティってのは神のエルフだったか。
「それから少しの間一緒に旅して、それから別れて、旅を続けてた」
「三百年って事は……丁度今頃に帰らなきゃ駄目なんじゃないのか?」
「えぇ、けどアタシは親友の訃報を聞いて、旅の途中だけど戻ったのよ。龍神族において掟は絶対だったけど、それでも旅を中断した」
何処か憂いているように見えるが、それでも彼女は話を止めない。
「それから掟に従って……っていうか軟禁状態で里で百年過ごす事になっちゃったんだけど、その前にアンタの気配を感じたからね」
「だから抜けてきたってとこか」
「そ。掟なんてアタシにはどうでも良かったの。でも、同胞はそれを許さなかった」
だからボロボロな状況となって彼女は漂流してきたのかと思った。
そして彼女は俺と出会った。
まるで運命に導かれるように。
「軟禁状態でって、どういう事だ?」
「家から出ちゃ駄目って言われてね、しばらくは大人しくしてるつもりだったんだけど、帰ってきてから数年、レイの力を権能が感じたの」
まぁ、話としては理解した。
しかし、どうやって家の外に出たんだ?
「家に嵌められてた鉄格子を壊してきたの」
「素手で?」
「素手で!」
何というパワープレー、魔法付与師ならば筋力を底上げできるだろうし、素手でも可能だろう。
ただし人族では無理だな。
筋力に差がありすぎる。
「お前らしいな」
「えへへ」
四匹目を釣り上げて、次の魚を釣るために再びワームを取り付け、釣り竿を振るった。
しばらく川魚を釣り上げて暇を潰している間、俺達は他愛の無い話をして時間を潰していった。
「ご主人様〜」
そして一時間程して、ユスティの声が聞こえてきた。
思ったより早かったな。
持っていた懐中時計を仕舞い、魚の入ったバケツを持ってキャンプ地へと戻る。
「レイ」
「ん?」
「朝ご飯、楽しみにしてるわ!」
スキップ弾ませて彼女は前を走っていく。
この日常を崩さないように、その太陽のような笑みを失わせないように、俺は自分の事を絶対に話さないようにしようと思った。
『他人なんていつかは裏切るものだ。早めに縁を切る事をお勧めするよ、ノア』
ウォルニス、確かにお前の言う通りだよ。
いつか俺達はまた裏切られて、孤独を抱えて生きていく事になるんだろう。
けど、それでも俺は俺のために、これから何が起こったとしても、俺は俺の生きる意味を生涯掛けてでも探していくよ。
だから……俺の生き様を、一番近くで見ててくれ。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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