第9話 冒険者ギルド
冒険者ギルド、それは世界中に存在する独立組織の名称を表し、ならず者達を取り纏めるための一つの大きな組合であり、言い換えれば何でも屋だ。
その冒険者ギルドでは、周辺市民達からの依頼を冒険者へと斡旋したり、新人冒険者の教育、金銭管理、換金、情報提供、パーティー結成のための支援、他にも数多くの仕事を任されている。
特に依頼の斡旋というところは、冒険者ギルドとしても本腰を入れてるもので、そして俺達冒険者が斡旋された依頼を遂行しなければならない。
俺はまだ冒険者じゃないけど。
依頼はランク別に振り分けられ、その身の丈に合った依頼を熟して地位を上げていくのが一般的な冒険者だが、正直冒険者としてではなく、身分証明のための措置が必要、という不純な動機を俺は抱えている。
だからランクに大して興味を惹かれない。
冒険者として名声を得るのは、都合が悪い。
それは何故か、俺が暗黒龍と契約した唯一の人物で、ウォルニスという勇者パーティーの一員だった黒歴史が存在しているからだ。
もう死んだはずの人間が、別の大陸で冒険者稼業に身を粉にしている、と知られるのは何かと不都合が起きる。
「大きな都市はやっぱデカいなぁ」
冒険者ギルドは赤いレンガを使った建物であり、看板には自由の象徴である『グリフォン』が描かれている。
鷲、或いは鷹の上半身、獅子の下半身を持つ『聖獣』の一体であるグリフォン、空の王者とも言われており、自由に羽撃く姿を見た初代ギルドマスターが、グリフォンを組合の象徴としたらしい。
確かグリフォンは黄金を守る役割、そして神々の車を引く馬の役割を持っていたはずだ。
『黄金は財、神々は人、両翼は空、守るべきを背後に、我等冒険者は刃を振るうべき存在である』
これは初代ギルドマスターが残した言葉だそうで、黄金は俺達が稼ぐ財産を表し、神々は人、これは神々=市民達を引っ張っていく冒険者の在り方を比喩的に表現し、そして翼を生やしたかのように冒険者は何処へでも自由に行ける存在だと語っているそうだ。
そして守るべきを背後に、最前線で戦って国を守護するのが冒険者の役目だと言っている。
しかも、『べき』と言ってるため、これが初代ギルドマスターの願望なのだと分かる。
つまり、冒険者=グリフォンと例えた一つの諺のようなものらしい。
決して誰かを傷付けるために刃を振るってはならない、そう訴えたのが初代ギルドマスターで、俺はその言葉が結構気に入ってる。
(久し振りに来たな、ギルド)
冒険者ギルドに来るのは一年振りか。
情報収集に役立ったギルド支部だが、何故か入るのに躊躇してしまう。
中々入店する勇気を持てずに扉の前で呆然と突っ立っていると、背後より誰かと衝突してしまう。
「ぼ〜っと突っ立ってんじゃね〜よ! 邪魔だ!」
「す、済まない……」
大きな戦斧を背負っている、立派な髭の生えた男が俺を見下しながら、俺を軽く突き飛ばしてドアノブへと手を掛けた。
そして錆びたような音と共に、その冒険者らしき男は中へと行ってしまった。
反射的に謝罪してしまったが、確かに彼の言う通り、いつまでも昔に囚われてる場合ではないので、俺は意を決して扉を引き、入場した。
騒然と賑わうギルドホームは、内装も綺麗に整っている。
(うわ、凄いな……)
雑多に溢れているのもそうだが、何より凄いのは俺でも知ってる有名冒険者が何人か滞在してるのと、王都並みの広さを誇っているのだ、テンションも上がってくる。
これも日常の一つだった。
しかし前世の記憶が蘇り、今異世界人としての感性が、このゲームの世界に入り込んだかのような高揚感を、俺は感じ取っていた。
掲示板もデカく作られており、その掲示板には多くの依頼書が貼ってある。
「受付は……結構並んでんなぁ」
冒険者の約六割近くが男の冒険者であるため、受付を担当するのは基本的に女性が多い。
ギルドの花形だし、それも当たり前か。
しかし、ギルド職員は他にもいて、掲示板の情報を張り替えていたりする人とかは男である。
しかも実力者揃いで構成されている。
花形である受付嬢達は、冒険者達の依頼達成報告の確認や、彼等の持ち込んだ素材の鑑定、新人冒険者への依頼斡旋や指導、識字率問題に対応した勉強会の開設、情報統制や喧嘩の仲裁をする人もいる。
他にも依頼主との交渉、金額設定における条件確認、依頼の調査等も行う場合があるそうだ。
「どうしようか……」
この空闊としたギルドホームでは無数の冒険者が居座っており、周囲を見渡しても人、人、人で溢れ返っている。
周囲を見て見識を広げていると、先程俺にぶつかってきた戦斧男も他の仲間らしき奴等と何かを話している様子だったが、むさ苦しい男所帯のパーティーっぽく、何だか哀れに見えてきた。
まぁ、そんなどうでも良い内情は置いといて、人混みに酔いそうなものだが、何処かの列に並ぶべきかと考えて、一つの列の最後尾に並ぼうとしたところで誰かに肩を叩かれて、彷徨う視線が一点に集中した。
「よっ」
「ライオット……」
敵意は無かったので放置していたのだが、まさかライオットだったとは、道理で何処かで一度感知したような魔力だと思った訳だ。
他のメンバーの姿が見当たらない。
ホルンにミゼルカ、それにクルトの三人は何処に行ってしまったのだろうか。
彼がギルド内にいるとなると、彼女達は何処かで談笑しているのか、或いは単に逸れただけなのか、ライオットと再会できたのは僥倖だった。
「宿は見つかったか?」
「まぁな、良い宿を確保できた。そっちは?」
「俺達は男女二部屋に分けてギルドで借りたんだ。Cランクだから、そこまでグレードは良くないけどな……」
ギルドで借りれる宿、つまりギルドが提携している宿屋にもグレードが存在している。
勇者パーティーにいた頃は当然、最高級クラスの宿だったので待遇も良かったが、今はまだギルドに所属してない身なので、ギルド提携の宿には泊まれない。
いや、泊まれるには泊まれる。
ただ俺の場合、冒険者ですらないため、割引という恩恵が受けられない。
「アイツ等はどうした?」
「ホルンとミゼルカはあそこ」
指差した方では、ギルドの掲示板で何かの依頼を探しているような光景が視界に入った。
姦しく談笑に花を咲かせている。
その様子を遠くから眺めるのは、周囲の男達。
美少女二人とパーティーを組みたいと考える人間達は何処にでも存在するもので、結構な気苦労があったのは予想の範疇に入っている。
だが、あの二人は視線に気付きながら、無視を決め込んでいるようだ。
「そしてクルトは定期講習が今日あったから、そこに行かせたんだ」
「定期講習? 何だそれ?」
「お前……冒険者登録して日の浅い奴は受けなきゃならない決まりなんだ。知らないのか?」
「あぁ、全く」
一年前はそんな講習は無かったはずなんだが、やはり世情を一年間封じてた代償は結構大きいものだった。
その定期講習、とやらが何なのか。
情報を集める必要がまた出てきた。
しかし慣れている。
クズ共のパーティーで経験した様々なものは、今この旅で役立っているから、無駄じゃなかったと言える。
言いたくないけど。
冒険者登録について詳しく話を聞くために、俺とライオットは近くの壁際に置かれているベンチへと移動して、そこへと腰掛けた。
先輩冒険者を助けて良かった。
こうした見返りが舞い込んでくるのだから。
「どんな辺境にいたんだよ?」
魔境という辺鄙な場所だ、とは口が裂けても言えない。
言っても信じはしないだろうが。
あの偏屈な大森林に踏み込んだ人間は、浅い領域でも結構危険であり、生きて帰れない原因としては毒の類いが豊富だからだろう。
あの魔境は、同心円状に強者と弱者で棲み分けされる。
強者程内側に、弱者程外側に行く。
当然昆虫類や毒虫毒蛇の類いは外側、外領域に生息しているが故に、猛毒を持つ個体も沢山いる。
しかも擬態が上手いため、魔力探知しても自然の魔力に溶け込む種類も多かったりして、油断から気付けば毒針を刺され、奥へ引き摺り込まれる。
因みに俺は錬金術の実験体に自身の肉体を駆使して、投薬ばかりして改造してきたから、毒は基本効かない。
しかも今では、超回復があるから毒耐性は完璧に近く、稀に毒キノコを間違えて口に含んでも、気にも留めない時があったりする。
「この一年、ちょっと世情から離れててな、一年前で情報は止まってるから、良かったら教えてくれよ」
「はぁ、分かった。助けてくれた恩義もあるし、先輩として知ってる内容全部教えてやるよ」
それは願ったり叶ったりだ。
俺達は並んでいる列という不味い光景を肴に、ライオットから色々と勉強させてもらう。
それに後で同じ内容を受付嬢から聞くだろうし、先んじて情報を仕入れておくのも冒険者としての基礎だ、情報の信憑性の観点でもきっちり仕分けよう。
情報が正しいか間違いか、それは本人さえ知らない可能性もあるから。
「まず、冒険者登録の方法が変わったのは知ってるか?」
「それについては昨日、ホルン達から聞いた」
元々の登録方法は必要事項を記入後、魔力測定を行って上級冒険者と模擬戦をして審議終了となり、それで冒険者登録が完了した証にギルドカードが貰えた。
だが、その方法から内容が少し変化したそうで、必要事項の記入後は魔力測定、それから別日に一般的な知識を問うペーパーテスト、そして指定依頼を受けて終了となるそうなのだ。
その指定依頼では上級冒険者が担当となり、その人の近くで戦闘、或いは採取依頼をこなさなければならないとの話で、失敗すれば冒険者にはなれないらしい。
しかも、近年では冒険者が飽和してきている、という訳の分からない理由で、冒険者の規制も掛かってるとか掛かってないとか。
それが本当かはさて置き、今大事なのは今後どのような試験が行われるか、である。
「魔力測定、その後別日にペーパーテスト、そして実技の指定依頼だろ?」
「そうだ。登録するために行うペーパーテストが最初の難関、そして上級冒険者は一癖も二癖もある奴等ばかりだからな、個人の意見に偏っちまう」
「成る程な」
「それで、登録した後が問題でな、Fランクが最低だったのに対して更にその一個下位のランク、Gランクが新たに追加されたんだ」
冒険者のランク制度は、F〜A、Sと七段階に分かれており、それぞれギルドカードの色が分けられている。
F:黒
E:緑
D:黄
C:青
B:赤
A:銀
S:金
こうなっている。
だが、それも制度に修正点が見られたようで、Gランクという白色の『仮』ギルドカードが発行されて、それから講習を受けたり簡単な依頼を幾つか受けると、晴れてFランクになるのだと、ライオットは語った。
何だか面倒な制度が追加されたようだ。
しかし、これも冒険者の死亡率を下げるため、という明確な理由がある。
一番多いのは、職業を授かってからの冒険者登録、死亡率が高いのは職業を上手く扱えないからだ。
それにより慢心した初心者は、自分は強いと錯覚して奥地まで進み、強力なモンスターに討伐される。
そしてもう一つ、何処のギルド内でも噂になっている情報があるそうで、それも教えてくれた。
「このギルドだけじゃねぇ、以前通った時に立ち寄ったギルドでもそうだったが、何処から流れたのか、とある噂が立ってた」
「とある噂?」
「あぁ、Sランクよりも上のランクについて、だ」
現段階で、Sランクが最高位の地位だ。
それが最強達の称号でもあるから。
しかし、Sランクよりも上位の存在、つまりSランクという化け物達を上位と下位に組み分けするという話だろうが、そんなの何処から出たのか。
噂は煙が立つから発生する。
煙の立たないところで噂は広がらないし、その火元が誰なのかも多少は気にすべきだ。
「ランクは『EX』、白金の冒険者ってもんだが、噂の出所が分からないのと、ギルドでも情報が錯綜しててどうなるか今後分からないんだとか」
「へぇ、そんなのまであるのか……」
「あぁ、だが俺達『黄昏の光』はCランクだし、まだまだ遠いものだな」
俺の場合は冒険者登録すらしてないので、EXの話をされたところで何が何だか、というところだ。
それよりも登録前の依頼、それから登録後のGランク期間についてもう少し詳しく聞きたい。
「登録前の依頼、一つか?」
「どうだろうな。職業によっちゃ戦闘系、それから採取系のどちらも受けさせられる可能性があるぞ。場所によっては試験官の好きな試練にして、冒険者を絞る人もいる。場所次第で試験内容は変わってくる訳だな」
それが同時進行で行われるのか、或いは別日に行われるのか、考えられるパターンは幾つも想定できるので、考えられる予測は全て考えておきたい。
それに俺の職業は本来は『錬金術師』であって、偽職報告した精霊術師ではないので、どうするべきか。
必要事項に嘘偽りを書き記した場合のリスク、それを考えてみる。
「必要事項に嘘情報を書いたらバレるか?」
「嘘書くと後にバレる可能性があるからな、本当の事を書いた方が良いぞ」
ギルドカードには隠蔽機能があるそうで、本人以外には見られない仕組みらしく、本当の内容を記載した方が良さそうではある。
まぁ、嘘情報を書いた後に嘘がバレても、錬金術で記憶改竄を図れば万事解決だ。
暗黒龍の力を授かった影響で、錬金術師の能力も強化解放されてしまったので、記憶改竄や再構築、脳への干渉まで可能となった。
しかし世間一般の評価は最底辺、偏見を持たれてたら確実に書類選考で落とされる。
(錬金術師って書くべきか、それとも精霊術師って書くべきか……)
どうするかは、その時に決めよう。
それに書かずに出したところで別に何等変わりはしないだろうし、ギルドの人達が俺の素性を確かめるために書かせるだけなので、名前も偽名だし偽情報で構わないだろうと考えた。
冒険者登録する人達の中には、特殊な事情を抱える訳アリな者も大勢いる。
だから嘘情報を掴ませても、通り抜けられる可能性は充分にある。
一応は嘘情報を記載するという路線で、冒険者登録する方針に決まった。
「ギルドに登録してランクを上げると換金とかで、より多くの金額へと換金してくれるから、登録してランクを上げるべきだな」
「ふ〜ん」
「だがCランクは、冒険者の壁って言われてるから、ノアも頑張れよな」
そう、冒険者の壁はCランクにある。
一定以上の強さを持ってランクを上げていった冒険者が躓いてしまう場所の一つがCランク、このランクとBランクでは強さに空漠とした差があって、Bランクに上がれるのは一握りの存在とまで言われるくらい、審査が極めて厳しいのだそうだ。
Cランクで一生を終える者、冒険者を辞めてしまう者、無茶して死んでしまう者、Cランクが一番多く篩に掛けられるところだ。
そしてBランクに上がった者達は、自然と二つ名が付けられていく。
Sランクにもなると、ギルドから正式な二つ名が与えられ、その実力を披露する場が用意されるのだとか。
逆にしがらみも多そうだ。
「参考になったよ、ライオット」
「気にすんな。さっきも言ったろ、これは恩だってな」
律儀な男だが、そのお陰で必要最低限の情報は全て手に入ったため、俺はゆっくりと思考を巡らせていく。
(問題なのは担当の人間だな)
ソイツが何等かの問題を抱えてたり、或いはちゃんと採点してくれなかったり、それか逆に俺の能力が錬金術師によるものだと見抜いたりする奴だったら面倒だ。
他にも採点がシビアだったり、観察が適当だったり、意地悪な担当だったりした場合、試験に合格できない。
いや、ギルドがそんな奴を担当にしてくるとは思えないのだが、それでも万が一がある。
もしも巫山戯た奴だったら記憶を改竄、再構築して虚偽報告でもさせるか?
「それと言い忘れてたんだが、登録後の試験は集団で行われるから、他の奴と問題を起こさない方が良いぞ」
「……マジで?」
それは初耳だ。
人とのコミュニケーションはそこまで得意ではなく、どちらかと言うと、苦手な方だ。
交渉や対策を講ずるための会話、貢献するためなら何でも熟したが、他者との場を保たせる会話は苦手で、特に初対面の奴と仲良くできる自信は無い。
他人と力を合わせて戦いましょう、だなんて言われても一人で倒せるので邪魔にしか思えないし、パーティーには懲り懲りなので誰かと組む気も勿論ゼロ。
ってか、ホルン達にそこまで教えてもらってないので、根掘り葉掘り聞いとくべきだったな。
「まぁ、とにかく分かった。ライオットは依頼とか受けてくのか?」
「それは仲間次第だな。あの二人が依頼持ってきたら受けるつもりだ」
何を受けるのかは知らないが、俺は俺で冒険者登録しなければならないので、そろそろ列が空いてきたのを見計らって、俺も並びに向かう。
「取り敢えず、ありがとう」
「おぅ、またな」
その言葉で理解した。
ここに立ち寄ったのは護衛依頼の報告を済ませて、次の都市へと向かうために依頼を探していたのだと。
これで俺とライオット達とはお別れとなるらしいが別に悲しくない、またいつか何処かで巡り逢えるから、これで永遠の別れではないから、俺達は握手を交わして別々の道へと突き進んでいく。
列へと並び、順番が来るまでにライオット達は出て行ってしまい、一人となった俺は受付嬢と対峙した。
「ようこそ、冒険者ギルド・ガルクブール支部へ」
「冒険者登録をお願いしたい」
俺がそう言うと、笑顔を貼り付けていた受付嬢の顔が少し曇ってしまった。
俺、何か変な事でも言っただろうか?
「こちらは冒険者窓口ですので、受付はあちらで行ってください」
「は、はぁ……」
そう言われた俺は受付嬢の指差した方へと進み、冒険者登録窓口という場所で登録をお願いする。
「冒険者登録したいんだが……」
しかし何故か窓口には猫の子一匹おらず、その受付場は無人、流石に誰か呼ぶべきかと思ってカウンター奥へと声を発そうとしたところ、モソモソと受付窓口の真下から何かが這いずり出てきた。
まさか魔物かと思い、腕輪に手を添える。
しかし、どうやら違ったらしい。
出てきたのは、茶色い髪を乱雑に垂らしたまま、無気力そうな表情を繕って、目の下には隈がある変な受付嬢……受付嬢だよな?
「あぁ? んだよ、人が折角気持ち良さそうに寝てたってのに……」
受付嬢が仕事サボって昼寝、これはまた随分と可笑しな奴が担当しているものだ。
もしかしたら、これも試験の一環なのかもしれない。
ガシガシと髪を掻き、女の子らしからぬ様子と態度は、何だか途端に不安の波が押し寄せるようで、白い目で見下ろしてしまう。
小さな子供のようで、冷やかしてるのか?
「冒険者登録したいんだが、良いか?」
「……はぁ、兄ちゃん年幾つ?」
「十八だ」
急に年齢を聞く理由が分からないのだが、その年齢を聞いた瞬間、彼女が歎息を吐い散らして、俺を小馬鹿にするような目で睥睨する。
寝起きで機嫌が悪いようだ。
「あのさぁ、冒険者登録って普通、職業選別の儀式を終えたらすぐって奴が多いのよ」
「まぁ、そうだな」
「十八になって冒険者登録って、兄ちゃん見込み無いんじゃないか? 止めときな」
何故そういう結論になるのか、一度コイツの頭の中を覗いてみたい。
多分、十五で受けた試験に落ちて、それから何度も挑戦して十八になった、なんて思ってるのだろう。
まぁ、別に勘違いさせたままでも構わないが。
相手してる時間が無駄だな……適当に遇うか。
「試験を受けるのも受けないのも俺の自由、誰かも知らん女にとやかく言われる筋合いは無い」
「はぁ!? このオレを知らない!?」
勝手に自分は有名人だ、なんて思ってしまっている可哀想な子だったのか。
何だか急激に憐れに見えてきた。
そんなイタイ子、だったとは。
「おい止めろ! そんな可哀想な子を見るような目でオレを見るな!!」
随分と活発な口調だが、女の子が『オレ』という一人称を口にするのは、少し違和感があって不思議なものだ。
それに名前も知らないのに、有名人かどうかも分かるはずがない。
「良いか? 耳かっぽじってよ〜く聞けよ? オレはAランク冒険者『剛腕』のナフィだ!!」
その言葉で俺は思い出す。
『剛腕』のナフィ、Bランク冒険者として名を馳せた、その名の通りの剛腕を持つ、孤高の冒険者だったと記憶しているのだが、そうは見えない。
むしろ、茶化してるとしか思えない。
俺も情報だけで、その冒険者の顔を知らない。
一年前まではBランクだったのに、今ではAランクとなっていたとは、やはり俺の持つ情報は古いものだ。
速攻で更新すべきだ。
しかし、Aランク冒険者だとしたら相手の実力くらい判別できようが、何故か追い返そうとする。
「あっそ、それで冒険者登録したいんだが?」
「無反応かよ……分かった、ならこれに必要事項書きな。代筆はしないからな〜」
「仕事くらいしろよ、自称Aランク」
「う、うるせぇ!!」
それで良いのかAランク……
平民の中には識字率の低い村出身の者がいるだろうし、受付嬢に代筆を頼む場合だって実際にはある訳で、そのための対策をギルド側が行ってないとも思えない。
近年の冒険者ギルドは革新的で、人材も豊富だ。
いや、もしかするなら彼女は字が書けないのかもしれない、だから代筆しないと言ったのだろうか。
もし彼女が書けず、俺も識字率が低い場合は、別の受付嬢を呼ぶだけだ。
まぁとにかく、俺は書類を受け取って立ち書きできるスペースで必要事項を記載していく。
(項目が増えてやがる……)
氏名、年齢、性別、種族、出身、職業、魔法適性、戦闘スタイル、使用武器、宗教関係、それ等へと必須事項のみ記入していくが、書く必要の無いと判断した場所は書かず、全部空欄にしておく。
氏名、苗字は必要無いので『ノア』とだけ書き、年齢性別種族は偽らずに、出身は空欄に、職業を精霊術師と嘘を記載し、魔法適性に関しては職業が魔法職でないので手を付けず、戦闘スタイルは精霊術と魔力を操る近接戦と記載、使用武器は短剣、と。
宗教とかは入ってないので、無教徒の方へと丸を振り、それを受付で手渡した。
「ふ〜ん、精霊術師、ねぇ……」
「何か問題でも?」
「いんや、別に。次、この水晶に手を乗せろ」
ライオットも言っていた魔力測定だ。
それに手を乗せるだけで体内にある魔力がどれだけあるのかを感知して、光量で知らせてくれる装置なのだが、何故だか一向に光が放出されない。
魔力は膨大と保有しているのに対して、何故こうなってしまったのかは分からないが、目の前のナフィを見ると、腹を抱えて爆笑していた。
「ま、魔力ゼロって……うひゃひゃひゃ!!」
女性らしくない下品な笑い方だ、これ以上は痴態を晒さないで欲しい。
顔だけは可愛いのに、胸も無いし、背も低いし、これが女というのは絶対に嘘だと思いたい。
しかし、そんな馬鹿よりも手を翳した水晶が魔力を感知できないとは、とんだポンコツを掴まされたものだが、これって魔力がゼロと判定されてしまうって事なのか……不良品だな、この水晶。
「はぁ、笑った笑った。とにかく試験自体は受けても良いが、落ちるの分かってて受けんのかよ?」
「落ちるかどうかはやってみれば分かる」
「ま、そうだな」
試験自体は受けても構わないらしく、後はペーパーテストと指定依頼を受ければ終了となる。
その後の説明では、ペーパーテストと指定依頼は一週間後となるらしく、それまでは暇を持て余す事になってしまった。
暇だな、何しようか。
「何で一週間後なんだ?」
「あぁ? んな事オレに聞くなよ。ギルマスが一ヶ月に一回だって指定したからに決まってんだろ」
聞くなとか言ってもちゃんと答えてくれるが、何だこのツンデレが微妙に混ざった感じのキャラは……
「とにかく七日後までに勉強しとくんだな。これ、受験カードだから無くすなよ」
「あ、あぁ」
彼女から受験に必要なカードとやらを手渡されて、それをアイテムポーチへと仕舞う。
確かに、一週間ダラダラするのは得策ではないので、それまでに図書館とかに立ち寄って勉強でもして、時間を潰すのも手だ。
今日は受験登録しただけだったが、これで一歩前進したような気がする。
試験、頑張って合格しよう。
その想いを胸に秘めて、俺はギルドを後にした。
ノアが出て行ってから、Aランク冒険者であるナフィは空欄のある書類を眺めていた。
空欄がある、ではなく、逆に空欄だらけだった。
年齢は性別、種族は見れば大体判別できる。
しかし出身地や魔法欄、戦闘スタイルに至っては水晶で測れなかった魔力での肉体強化だと、巫山戯てるようにしか見えない書類を凝視するナフィ。
「……」
先程のノアという男、何処か違和感を感じるような気配を持っていた。
戦闘にしか脳の無い彼女だが、逆にその戦場へと自身の生涯を捧げているとも言えるため、この若さでAランクにまで上り詰めた。
その強者たる本能で人の強さを沢山推し量ってきた彼女だったが、ノアを目の前にした時、彼女は一切何も感じ取れなかった。
実力を隠している人間もいた。
しかし、それはそれで強者の臭いを感じ取れる。
だがノアに至っては、何の反応も無く、実力があるかどうかの感覚が鈍った気がして気色悪さを体感していた。
(……本当に精霊術師か?)
職業をそこまで詳しく知っている訳でもない彼女でも、彼の違和感には早々に気付いていた。
(あの野郎、精霊術師なのに何で短剣が武器なんだよ? しかも近接戦だし)
精霊術師が短剣を使用するなんて殆ど聞かない。
それに戦闘スタイルが精霊術と、何故か魔力ゼロなのに魔力で戦うと書いてある事態に、一定の矛盾を孕んでいるのを理解していた。
つまり彼は嘘を吐いている、となる。
何処が本当で何処が嘘なのか、書類を見ただけでは見抜けないので、試験についてギルドマスターと話し合うべきと判断した彼女は、ノロノロ立ち上がって水晶を片付けようとして気付いた。
「……マジかよ」
その水晶玉に触れた瞬間、理解する。
水晶玉の表面に、罅が入っていた。
本来割れるはずの無い魔力測定器、膨大な容量の魔力を測るのに最適なはずの計測器は、一人の青年の手によって破壊されていた。
(有り得ない、水晶が容量を超える魔力を検知したって事は今まで一度も――)
「ナフィちゃん」
「うおっ!?」
脳味噌まで筋肉と化していた彼女は、それでも浅慮を巡らせて気を取られ、彼女の背後から一人の男性が声を掛けるまで、気付きもしなかった。
振り返ると、そこには肉付きの良い巨躯をした筋骨隆々な男性が立っていた。
「また、その格好してんのか、ギルマス」
しかし、その男性の身体が蜃気楼のように歪んでいき、その原型が崩れ去っていった。
そして現れたのは、桜色をした髪をツインテールにした子供だった。
ナフィより小さい、吹けば壊れるような幼女。
麗しの美少女顔が、ニッコリと微笑む。
「こっちの姿は威厳が無いですからね」
「『幻影』をこんなところで使う必要あるか?」
「だって凄い魔力を感じたんですもの、子供の姿で下に降りても私がギルドマスターだって、きっと誰も信じてくれないですし」
クスクスと笑っている幼い少女だったが、ナフィの手に持っていた水晶、それから一枚の用紙を見て、シュパッと切り裂くような音と共に用紙を取り上げる。
それは嘘偽りだらけの用紙。
魔力測定値ゼロと採点された一枚の記録書。
そこに記載されているノア本人のプロフィールを見た彼女は、ニヤッと笑って悪巧みを考えるような顔を繕い、何かを思案する。
「おい、まさか……」
「うん、面白そう。じゃあこれ、借りていきますね〜」
天使のような笑顔をナフィへと向けて誤魔化し、そのままノアのプロフィールを持って行ってしまったギルドマスター、これから何をするのか、ナフィは溜め息を吐き零し、壊れた水晶の後片付けを行う。
罅が入っていた、つまり魔力が尋常でない程の大きさだったと、彼女にはそれが感じられなかった。
「何なんだ、アイツは……」
もしも敵ならば一瞬で殺されていた、そんな妄想を脳裏に浮かべて、ナフィは一週間後についてを構想しながら、昼寝の続きをするためにソファに腰掛けて眠ろうとする。
しかし、中々に眠れずにいた。
敵愾心を抱いた瞬間、首が胴体と別れを告げていた、そんな考えが過った瞬間、彼女は首元に手を添えて、まだ繋がっていると実感する。
それだけの恐怖が、彼にはあった。
何も感じ取れなかった異様な人間、その男も冒険者登録して試験を受けようとしている。
何故か胸騒ぎがして、ゾッとする。
どうして、こんなにも情緒が揺さぶられるのか、彼女は添えた手をソファから垂らして瞳を閉じた。
一週間後に大体が露呈する。
その強さも、その異様さも、その虚偽も、ギルドの試験で試される。
それから一週間の月日が流れて、ギルド試験が満を持して到来した。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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