第84話 脅威はすぐ側に
私は、ご主人様を残して先に二十五階層へと到達してしまった。
ご主人様を守る必要が無いのは分かっているのだが、それでも心配してしまう。
また無茶してないと良いけど……
『済まん、しばらくは無理そうだ。俺達の事は気にせず、三十一階層に行ってくれ。着いたら一度連絡してくれれば良い』
『おぅ、分かった』
これが一昨日の会話である。
ご主人様はしばらく合流できないと通信で聞こえてきて、ガッカリしてしまった。
けど、風の軌跡の人達は優しく、リノさんとステラちゃんもいるため、何とか我慢していた。
「ゆ、ユスティ、貴方大丈夫?」
隣から心配するようなライザさんの声が聞こえてきた。
彼女と何とか和解できたけど、ご主人様を殺そうとしていたので、正直複雑な気分だった。
けど、怒りを収めようと思ってから二日が経過しており、今ではもう怒りは収まってるのだが、それよりもご主人様とセラさんの事が気に掛かる。
「大丈夫ですよ……はぁ」
ご、ご主人様成分が足りない……
ご主人様、大丈夫だろうか。
「その溜め息、もう百回は超えたわね」
今は最後尾を私とライザさんが勤めており、ご主人様の代わりに感知に徹している。
実は狩猟魔法に最適なものがあったので、それを使って探索していたのだ。
「もうすぐで三十階層への階段が見えてくる! 皆、気を緩めるなよ!」
そう前の方から聞こえてきて、私は気合いを入れ直すために両頬をバシッと音が景気良く響くくらい叩いて、索敵に集中する。
連携は上手く行ってるけど、まだぎこちない。
私は相手に合わせるのは得意だけど、リノさんとガルティさんの二人が言い合いをしていた。
「何だと貴様! そちらこそ勝手に突っ込んでいくではないか!」
「はぁ!? アタイに引っ込んでろとでも言うつもり!? 勝手に戦ってたのはアンタの方だろ!?」
ご主人様がいなくなってから、ガルティさんが饒舌になっていた。
先程も戦闘をしたのだが、その時に二人が敵陣へと突っ込んでいったために、こうして喧嘩しているのだ。
ご主人様が強すぎたから警戒心を引き上げて黙っていたようだったけど、気でも抜けたんだろうか?
「ユスティ、貴方本当に平気なの?」
「はい?」
「だって、すんごい落ち込んでるし……」
尻尾を指差された。
自分でも気付いてなかったけど、全く動いておらず垂れ下がってるではないか。
獣人は感情が耳や尻尾に現れたりする。
だからとても恥ずかしかった。
「よっぽど、あの男が好きなようね」
「ふぇ!?」
いきなり何という地雷を踏んだのだろうか、この人は。
わ、私がご主人様を好き……
まぁ確かに私の目も治してくれたし、色んな事を教えてくれたし、クールで何でもできて強いし格好良いしで頭の中が混乱してきた!!
「ご、ごめんなさい、そんなにも想いを寄せているとは思ってなかったわね」
「い、いえ! 別に何も無いでしゅよ!!」
「充分驚いてるように見えるし、噛んでるわよ」
呆れた、と言わんばかりの溜め息が聞こえてきた。
私が顔を紅潮させていると、フフッと小さく笑う声が聞こえてきた。
「あぁ、ごめんなさい。村での貴方とは随分と雰囲気が違うものだから……つい、ね」
「そ、そんなに違いますか?」
「そうね。皆から告白されたりしてたのに全く笑ってなかった頃とは、全然違うわね」
は、恥ずかしい……
確かに男の人から告白されたりした事は何度もあったし、狩りで俺が勝ったら告白受けてくれ、だなんて変な要求してきた人もいたっけ。
でも、その男の人の腕前が微妙だったので、私が圧勝したんだけど。
「まぁ、貴方は幸運の象徴だったし、昔っから何でもできたからね」
「そ、それはどうも……」
「けど、まさか意中の男性にブレスレットを贈るって事は告白とかしたの?」
奴隷がご主人様に告白なんて、そんな事はできない。
身分がそもそも違うからだし、何よりも今は告白して関係を崩すというよりは、今のままの関係を築いていきたいと思っているからだ。
ご主人様は何かを抱えている。
私よりも辛い事があったのだろうと思う。
私は両親から充分な程に愛情を注いでもらった、だからこそ死んだ時は悲しかったけど、ご主人様が新しい居場所を下さった。
「私はご主人様に、この目も、新しい生き方も、自分の名前も頂きました。もうルゥシェノーラではなく、ユーステティアとして生きてるんです」
「……そっか」
昔の名前は両親が付けてくれた名前だけど、今はご主人様との繋がりでもある、この名前を大切にしたい。
不思議な人だ。
漆黒の髪に、透き通るような青色の瞳、顔立ちも何処かの王族と偽っても信じられそうなくらいの美貌を持っているのだ。
あれだけの顔立ちの人は、里にもいなかった。
実力もあり、知識もあり、そして彼は殆どが謎に包まれた存在だ。
何処で暮らしていたのか、どうやって生きてきたのか、どうしたらそれだけの力と知識を得られるのだろうか、もっと近付きたい、ご主人様の近くへと……
「ユスティ?」
「ハッ!? わ、私は何を……」
「妄想してたようね。貴方、感情が耳や尻尾以外に、顔に出やすいから」
ご主人様もそう思ったんだろうか、だとしたら恥ずかしさが更に込み上げてくる。
穴があったら入りたいくらいだ。
この感情は依存なのだろうか、それとも恋と言えるのだろうか?
それでも今はまだ、このまま旅を楽しもうと思う。
「そう言えば、ライザさんはラヴィニクスには帰らないんですか?」
私達の祖国である雪原郷ラヴィニクス、いつも吹雪いてる故郷に私は帰れないけど、ライザさんはいつでも帰る事はできるだろう。
里を飛び出した彼女ならば、居場所は残っている。
けど、私にはもう居場所は無い……
「私は一生を故郷で暮らすのは嫌でね。ずっと冒険者って存在に憧れてたから、貴方が狩猟してるのを見て私も参加したいって思ったの」
「私が、ですか?」
「そ。私よりも小さな貴方が狩りをしてるのを見て、私も父さんに頼んだの。そしたら攻撃隊に入る事ができてね、数年間戦闘経験を積む事ができたわ」
だから積極的に前に出てたのだと納得した。
私の影響だったなんて知らなかったけど、私は両親に何でもしてみろと言われたから狩りにも参加していた。
思った以上に才能があったからこそ続けていたけど、もしも才能が無かったら私は途中で止めてただろう。
今はご主人様のお役に立てるように、もっと精進しなければならないと焦りもある。
(ご主人様は強い。私の力なんて……)
彼は私の比にならないくらいの強さがある。
それにご主人様は私の運命を引き寄せる能力には興味が無いと言った。
だから、今の私には価値が無い。
八十三億もの金額をドブに捨てたようなものだ。
だから、これからの私次第、この力はそのためにあるのだと思った。
「……皆さん! 前方より敵が来ます!!」
私の一声に全員が立ち止まる。
ここは二十九階層、木々の上とは言っても足場はかなりの広さがあるため、ここで戦闘ができる。
私の感知網に引っ掛かった敵の数は五十匹以上、頑張れば皆で何とかなるだろう。
「『命を狩る者なりて この手に顕現するは魔弓 我が眼前にて実像を示したまえ マテリアライズ』」
真っ白な魔弓を顕現して、それから次に光魔法で簡単な矢を形成する。
「『月夜穿つ 光輪の矢 ホーリーアロー』」
光り輝く矢を生成し、それを番える。
小さな身体の個体が沢山遠くから来るため、それを倒すために最初にダイトさんが短剣を携えて先んじて攻撃を仕掛ける。
霧から現れたのは、羽の生えた大きな虫だった。
種類は分からないけど、蜂と蟻が融合したような気持ち悪い虫だった。
「オラァ!!」
最初の数匹を連続で切り裂いて戦闘が始まった。
彼の横を通り過ぎる個体をジェイドさんが大きな盾で抑え付けて、その個体を雷を纏った拳で殴り倒すガルティさんがそのまま雷の速さで二、三匹へと突っ込んでいく。
「『霊焔斬』!!」
リノさんが、業火を剣に携えて俊敏な動きでモンスターを退治していく。
魔力で身体強化しているのか、動きが非常に洗練とされていてアクロバティックだ。
彼女の体質に合う精霊剣を使っているからこそ、精霊術が増幅して強まっている。
(未来も予知してるのかな……)
未来予知によって、攻撃が当たる前に避けて斬撃を放っている。
それが人よりも速いから、より多くのモンスターを駆逐できている。
おっと、余所見してる場合じゃない。
空から中央にいるペコラさん達へと向かってくる個体には私が連続で矢を撃ち込んでいった。
四本の矢のうち当たったのは二本、私の射撃精度はまだまだだ。
「ライザさん!!」
「任せなさい!!」
撃ち漏らした個体を、ライザさんの魔法が仕留める。
連続して放たれる火炎攻撃の火力は凄まじく、無詠唱であるため、とても便利だと思った。
しかし、数がどんどんと増えていく。
地面から虫が生えてきて空へと飛び上がり、それ等が一気に押し寄せてくる。
だから私は腰に装備していた二刀を引き抜いて構える。
「行くわよ!!」
「はい!!」
後ろからの反応が無いため、今は前へと集中する事ができる。
「『電移閃』」
ガルティさんが、全身に雷を纏って神速の拳撃を振り抜いた。
素早く動く彼女の姿を捉えられない。
どんどんと地面から出てくるモンスターに対して、ガルティさんが前衛で大暴れする。
地面へと拳を叩き付けると、その地面に流れた電磁波が一気に膨張して大爆発を引き起こし、クレーターを形成していた。
「ちょっ――あの馬鹿何やってるのよ!?」
「ぁ……」
止める間も無く、ライザさんがガルティさんの加勢に向かっていってしまった。
大爆発によって、地面に眠っていたらしい個体が起きた。
ここを離れる訳には行かないので、私はペコラさんとヨトさんを守るために二刀で、近付いてくるモンスター達を連続で斬り裂く。
「『双炎牙』!!」
電撃と疾風、その二つの超摩擦によって二刀に真っ赤な炎が纏わった。
真っ赤に燃ゆる短剣が揺れ動き、私は二刀を十字に振るって虫を切り刻んでいく。
飛び上がって身体を捻りながら、連続で討伐した。
「はぁぁ!!」
敵を炎の牙で噛み砕き、挟む一撃によって虫を真っ二つに焼き切っていく。
硬い外皮でなくて良かった。
更に前へと踏み込んで炎の連撃をお見舞いし、火の粉が周囲へと飛び散った。
「フゥ……」
一度息を整えて、再び飛んでくるモンスターへと一撃一撃本気で斬り裂いていく。
横を通ろうとするモンスター、上を抜けようとするモンスター、私に向かってくるモンスター、全てを悉く灰にしていき、異常に増えたモンスターを全て殺し尽くす。
しかし、流石に一人で後ろの二人を守るのはキツく、何匹かが横を通り抜けていく。
「『スニークビット』!!」
モンスターがペコラさん達を攻撃しようとしたところで、突然動きが止まる。
急に何だと考える前に、私は答えを知った。
「ダイトさん!? あ、あれ? 前衛にいたはずじゃ――」
そこに現れたのは前衛を務めていたはずのダイトさんであり、そして彼が手にしていた短剣には大量の青い血が付着していた。
それだけ多くのモンスターを倒してきたのだろう。
「レイに任されてるからな、ちゃんと後ろの方も警戒しとくさ。こっからは俺ちゃんも戦うぜ!」
ニヤッと浮かべた笑みは、まさに自信の表れだった。
フルスロットルで駆け出したと同時に、攻撃してきていた四匹のモンスターを斬り裂いて次々と駆逐していく。
私もダイトさんを見習わなければならない。
「フッ!!」
炎を纏った刃で残りのモンスターへと攻撃を繰り出していった。
敵の血すら燃やして、ただただ戦闘を続行する。
更に強くなってご主人様を守るために、私は向かってくる敵全てへと斬撃を放ち、後ろの二人を守った。
百体を超えるモンスターとの戦闘が終わったので炎を消して、二つの魔剣を鞘へと仕舞った。
ペコラさんとヨトさんは非戦闘職なので戦えないが、何とか守る事ができて良かった。
数多くの魔石が地面に落ちており、全員で拾ってから三十階層へと出発する。
この中で戦えるのは八人中六人、二人は戦えない分だけアシストに専念してくれる。
「赤い魔石……」
拾った魔石を確認してみると、普通の青色をした魔石ではなく、禍々しい瘴気を孕んだ赤黒い色合いをしていた。
不思議と惹きつけられる魔石の中心には闇を内包しているようで、黒く悍ましい何かが渦巻いている。
「ユスティ、どうしたの?」
「ライザさん。この魔石、何で赤いんでしょうか?」
上層で見つけた魔石は青かったけど、この魔石は赤黒くて呪いが掛かってるような気がする。
「それって、さっきのホワイトビーアントの魔石よね?」
「はい」
真っ白な外見をしている蜂蟻の魔石、綺麗なのだが瘴気を孕んでいるため、どうするべきなのだろうかと迷っていた。
しかし、これも貴重なサンプルになるのだそうで、ダンジョンから出たらギルドに渡す事になるだろう。
「ねぇユスティ」
「はい」
「貴方、無詠唱で魔法使わないの?」
ライザさんは魔法を詠唱せずに、いきなり魔法を放っていた。
実際に自分も使ってみたいとは思うけど、ご主人様は魔法が専門職じゃないし、セラさんも魔法詠唱を破棄していたので一度聞いてみたのだが、彼女の説明が全く分からなかった。
ぶわっ、ぎゅ〜、とか言われても分からないし。
セラさんは感覚派の人間だったので、教えを乞うのを諦めたのだ。
「無詠唱って、私にもできますかね?」
「それはユスティの努力次第ね」
もしも無詠唱で魔法を発動できるのなら、かなり戦闘で有利に立てる。
狩猟魔法だって、無詠唱ができれば即座に武器を生み出す事ができるし、何より自由に武器を変えられるため、より動きやすくなる。
だから、チャンスを逃すまいと思ってライザさんにお願いした。
「私に無詠唱のコツ、教えてください!」
「元気一杯ね。良いわ、なら教えてあげる」
ライザさんが朗らかな笑みを浮かべ、彼女から魔法について色々と教えてもらう事になった。
「まず、魔法についての知識、何処まで知ってる?」
「えっと、人には魔法適性というものがあって、その適性の魔法以外は使えない、くらいでしょうか?」
「厳密に言えば、使えない訳じゃないわ。私でも適性以外の初級魔法くらいなら使えるしね。けど、適性以外の魔法は本来持ってるはずの適性が無いからこそ、魔法との相性が悪く、魔力も数十倍必要になるの」
ライザさんが簡単に例を出してくれた。
例えば私が持ってるのは氷と光の属性、それ以外の属性は持ってない。
氷属性魔法『アイスボール』の必要魔力量を十とすると、火属性魔法『ファイアボール』の必要魔力量は百を超えるそうだ。
ライザさんの場合、私と結果が逆になるという。
つまり、持ってる適性魔法の必要魔力量が十だった時、適性外の魔力量はその十倍以上必要になる訳だ。
「だから適性外の上級魔法とかは、必要な魔力が足りなくて使えないって訳」
「そうだったんですね……なら無属性の人はどうなんですか?」
ご主人様の魔法適性は無属性だった。
魔法が使えないって言ってたから、こういった原理のせいではないだろうかと思ったけど、それが少し違うらしいのだ。
「無属性って、そもそも魔力に魔法適性の情報体が入ってないの。火属性なら火の情報が、水属性なら水の情報が、と言うように情報阻害によって適性外の魔法は扱いにくいってだけなんだけど、無属性って魔法を発動するための情報体が存在しないから、幾ら魔力があっても使えないの」
「そんな仕組みだったんですね……」
だからご主人様は魔法が使えないのか。
でも、影の魔法を使えてるけど、なら固有魔法って何だろう?
「固有魔法については私も詳しくは知らないの。ごめんなさい」
「いえ、充分理解できましたから」
「それでね、ここからが本題よ。無詠唱のコツは至ってシンプル、魔法にはイメージが反映されるんだけど、そのイメージがしっかりしてれば、魔法も詠唱を必要としないわ」
だったら、何で魔法に詠唱なんてあるのだろうか。
邪魔なだけだろうに、どうして?
「さぁ。色々と噂されてるけど、事実かどうかは分からないから、貴方は気にしなくて良いわ」
「はい」
「まずは、使いたい魔法を選びましょう。貴方の場合は狩猟魔法での武器創造ね。自分の手に武器がある事をイメージして魔力を練るの」
目を閉じて、私は自分の掌に武器があるとイメージしていく。
自分の普段から使っている湾刀は昔から使っていた愛用の武器、思い入れのあるものであり、私にとってはこの武器から始まったと言っても過言ではない程のものだ。
イメージを固めていく。
そして目をカッと見開いて、いつも使っていた言葉を唱えた。
「『マテリアライズ』!!」
その言葉に反応を示したのか、右手に集まっていた魔力の塊が武器へと変わった。
円を描くような刀身、少しズシリと重たい感触。
間違いない、私の使っている武器そのものだ。
「い、一発で成功するなんて、やっぱり才能の塊ね。里で嫉妬されてたのも頷けるわ」
「す、すみません……」
実際に嫉妬してくる人が物凄い多かったのだが、外の世界に出て初めて自分よりも凄い人達と出会った。
未来予知を巧みに使って攻めるリノさん、色んな付与を自在に操れるセラさん、それに実力も強さも計り知れない私のご主人様、外に出なかったら知る事も出会う事も無かっただろう。
「謝る必要は無いわ、貴方の力なんだもの。それに嫉妬は努力しない人がするものだって、父さんが言ってた。私には私だけの力があって、同じように貴方には貴方だけの力がある。だから、気にしちゃ駄目」
その言葉は、奴隷としてオークションに出される前、ライトエルフのコルメチアさんに言われた言葉と同じように聞こえた。
『自分の力は自分の物でしょ? 他人に分け与えるなんて事は傲慢なのよ』
コルメチアさんから言われた言葉を思い出した。
そう、これは私の力、他人に分け与える事ができないものだ。
身に染みる言葉、確かに私は深く考え過ぎていたかもしれない。
「貴方が使うのはショーテルだけ?」
「いえ、他にも使いますけど、使いやすいのがこの武器なので」
短刀や大剣、槍や斧、ご主人様のような戦い方はできないけど、ある程度なら創造して扱える。
ただ、私はショーテルが一番好きな武器だ。
遠距離の場合は弓を創造するけど、近接武器はこれでなければならない。
これは私のプライドの問題だ。
「ユスティ殿」
「リノさん? どうされました?」
今は三十階層への階段を降りている途中、ここでモンスターに襲われる心配は無いだろうし、ポジションを離れてきたようだ。
それ程までに、私に用事があるという意味を持つ。
「予知が見えたので、先に伝えておこうと思ってな」
やっぱり。
「ご主人様の事ですか?」
「あぁ、レイ殿が先に三十一階層に辿り着いている未来が見えた」
「ぇ……でも、三十一階層はボス部屋を抜けないと駄目なんですよね?」
「あぁ、そのはずなのだが、何処かから出てきたのが見えたのだ」
それでも、ご主人様と合流できるという情報は有益なものだろう。
「ありがとうございます、リノさん」
「う、うむ……」
少し歯切りが悪いのだが、何か見えたのかな?
ともかく階段を降りてボスに挑めば、ご主人様の待つ三十一階層に行けるという事だ。
ならばこそ私は、この力をフルに活かして皆の役に立てるとしよう。
彼女達が三十階層へと挑もうとしている同時刻、とある階層では、暗闇の中を当ても無く彷徨い走る一人の冒険者がいた。
荷物も持たず、装備も無い。
ここが何処かも分からず、男はただ後ろから這い寄ってくる脅威から逃げ惑う。
「ハァ……ハァ……」
背中をチラチラと見ながら、彼は必死に前へと走る。
恐怖が近付いてくる。
死が迫って来ている。
それから逃れるために、出口も分からない場所をひたすらに走り続けていく。
「ち、畜生!! な、何なんだよアレは!?」
息が切れ、心臓が悲鳴を上げ、そして足が縺れて転んでしまう。
これ以上走る事ができない。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか、それを考えると同時に、ズリズリと洞窟に木霊する音が恐怖心を煽る。
『あぁ……あぁぁぁぁぁぁ!!』
「ヒッ!?」
唸るような声が重低音として洞窟に振動を与え、洞窟全体が震える。
男とも女とも言えない重複したような奇怪な唸り声は、次第に彼の背中を捉え、深淵の奥深くから何かが男の身体を貫いた。
「ゲフッ……ぁ、あれ…」
視線を下へと移すと、そこには自分の身体を貫いた鋭利な触手があった。
血に塗れ、赤い雫が垂れ落ちているのを見た男は、自分の死を悟った。
彼が最後に見た景色は、真っ赤に染まった触手だった。
その触手は、暗がりへと引き摺り込まれていく。
触手のような腕が大きな身体に引き戻されていき、死骸を喰らう。
クチャクチャと、肉を取り込む音が辺りに広がる。
そして食べ終えたところで、骨をその場に捨てた。
『ああぁぁぁあぁぁああぁあ!!!』
慟哭が響く。
浮かぶ顔の目と口からは透明な雫が流れ落ち、その深淵の向こう側にいる怪物は腹を空かせ、涙を流し、グチャグチャな感情のままに迷宮を彷徨う。
その異形の怪物は迷宮を喰らい、人を喰らい、そして次の階層へと向かう。
次に標的となるのは……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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