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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第83話 迷宮は牙を剥く

 十人でのパーティーは、二時間の休憩を挟んで下層へと進んでいく。

 俺は休息地を消すために木の幹へと手を着いた。


「『錬成アルター』」


 バチバチと音がして、元の状態へと戻した。

 できるだけ自分の痕跡を残したくないのと、地図を書き換える事になるからこそ目立ってしまう。

 最後尾に位置する俺と、俺の背負うバックパックに乗るセラが最後尾を務め、ダンジョンを突き進む。


(十人か、かなりの大所帯だが……)


 未だに一言も話してない奴がいる。

 ガルティ、猛虎族の女である。

 何故か俺の事をジッと見つめてきており、流石に見続けられるのは不快感が募ってしまうのだが、前衛ポジションに就いてるため、今は見られてない。

 感覚を向けられてはいるが。


(う〜ん、これで良いんだろうか?)


 最前列からダイガルトとジェイドの二人、その後ろがガルティとリノ、中衛がペコラとヨト、中後衛を務めるのがユスティとライザ、そして俺とセラ。

 パーティーとしては理に適ってるだろうが、即興であるために、一度実戦に臨んでみないことには、確かめようが無い。

 かなり俺が楽できるので本当に助かってるが、リーダーが最後尾って大丈夫だろうか?


(かなり変則的なパーティーだしなぁ)


 縦二列に並んでいるのだが、ダイガルトが感知、リノが万が一の未来予知を担当。

 ジェイドは即座に盾を翳して味方を守る盾役となる。

 ガルティは遊撃部隊、ペトラが中央で感知に徹し、ユスティとライザが二人特攻部隊、そして俺達最後尾が後ろの警戒に当たる。

 正直、セラを中衛にしようとしたのだが、彼女が嫌だと駄々捏ねてしまったので、結局俺がバックパックと一緒に背負う形となった。


「なぁ、ホントに降りてくんね?」

「嫌よ。ここがアタシの位置なんだもん!」


 随分とご機嫌らしいな。

 今も美味しそうに干し肉を食べながら、周囲の感知に神経を注いでいる。


「でも、何で十人パーティーを認めたの?」

「俺にメリットが幾つかあるからな」


 一つ、彼等の戦力と感知能力が役に立つところ。

 二つ、彼等が俺の隠れ蓑になってくれるところ。

 三つ、下層についての証人であるというところ。

 四つ、道案内のために彼等を利用できるところ。


「その四つだな」

「ふ〜ん」


 俺達のヒソヒソ話は前にいる獣人二人には聞こえているだろうが、別に聞こえても聞き耳立てても構わない。

 ジェイドを前に置いた理由も、道案内も兼ねてるし。

 それにダンジョンでの異変について、地上に戻れる確証も無いので下に降りる方が利口だ。


ほへひひへほ(それにしても)はんは(何か)はっひほい(さっきより)ひひはほひはへ(霧が濃いわね)

「飲み込んでから喋れ」


 言いたい事は分かるのだが、その霧のせいで魔力が上手く外へと放出できない。

 感知できないのだ。

 中々に厄介であるのだが、まぁ仕方あるまい。

 道は狭く、横三人並んでギリギリ通れるくらいの長い橋のような木の枝を通っていく。



 キェェェェェェェェェェ!!!



 奇怪な声が複数聞こえてきた。

 ここでモンスターに足止めを食らってる場合ではないのだが、それでもここは迷宮ダンジョン、足場が悪かろうが、休憩中だろうが、移動中だろうが突発的に戦闘になる。

 空から俺達目掛けて滑空してきたのは、この階層付近に現れる鳥モンスター、ライトニングスパロー、雷を纏ったメッチャ速いスズメだ。

 十五体もいる。


「突っ切るぞ! ダイトのおっさんとジェイドの二人は先行しろ! 皆は二人に付いていけ! こんな場所じゃ戦闘は無理だ!」


 俺が錬成で場所を整える事もできるのだが、俺はあくまで荷物持ちとして、パーティー内では戦わずに全員へと命令を下す。

 戦ってる暇なんて無い。

 逃げる事を選択したのだが、雷によって移動速度が上昇しているらしく、俺達の背後を追ってくる。


「アタシが倒そうか?」

「あぁ、できるなら頼むよ」

「ふっふ〜ん! 任せなさいな!」


 セラは嬉しそうに息を吸い込んでいく。

 肺に溜まった空気を燃やして、息を思いっきり吐き出していた。


「『蒼月竜炎弾ブルーネ・ドラグバースト』」


 ブレス攻撃かと思っていると、彼女は火炎弾を一気に発射してモンスターへと飛んでいった。

 蒼白い炎の塊が連続して雷のスズメ共へと飛来する。

 数多くの蒼炎弾が空中に残り、それが一気に爆ぜて轟音響かせながら綺麗な景色を見せ、更に爆風によって肌がチリチリと焼けるようだった。

 かなりの熱量があったようだが、それでもモンスターを十五匹全て倒す事はできた。


(凄い威力だな)


 竜の息吹とは違うようだが、炎を吐けるというのは格好良いな。

 何だかロマンを感じる。

 しかし、こうして走っているのにモンスターへと当てる精度は素晴らしいものだ。

 いや、爆発に巻き込まれて倒したのか?

 まぁどっちにしろ、どういった原理なのだろうか気になると、こ……


「おい、後ろからの反応が増えてないか?」

「ふ、増えてるわね」


 全員走ってるのだが、このままだと確実に追い付かれてしまうだろう。

 さっきの爆発によって多くのモンスターが轟音と振動を感知して俺達のところへと向かってきてるのだろうが、五十メートル圏内でザッと七十もの数を感知した。

 だから、走っている足にブレーキ掛けて俺はモンスターへと振り返った。


「ご主人様!?」

「先に行け! こんな雑魚共、セラ一人で事足りる!」

「ってアタシ頼み!?」


 そりゃそうだろう、俺は戦わない。

 戦うのは必然的に俺のバックパックに乗って楽してるセラなのだから。

 俺達が後ろにいる理由が、こういった事態の時に俺達を切り捨てて彼等を先へと行かせられるからであり、俺がいなくなった場合の指揮系統はダイガルト、そして彼が斥候に行ったらジェイドがパーティーの命を守る役目となるのだ。


「ステラ、ユスティのとこに」

『は〜い!』


 精霊ステラをユスティに付けて、俺達はパーティーを見送った。

 時間を無駄にしない方が良いしな。

 それにしても即興パーティー組んで数時間もしないうちに切り離されるとはな。


(まぁ、それは仕方ないとして……)


 何でこんなにも多くのモンスターが溢れているのかと疑問が脳裏に浮かび、同時にジェイド達との会話を思い出していた。


『四十二階層より下で、多くの冒険者がモンスターの大量発生について話してたんだ』


 もし、これが上層でも発生していたら、この数の説明に辻褄を合わせられよう。

 それでもまだ、合わせられるだけのピースが足りない。

 何故こんなにも増えたのか、どうして上層まで被害が及んでいるのか、迷宮内で何が発生しているのか、謎が深まるばかりだ。


「ちょっとレイ〜? 今のは格好悪かったわよ〜」


 頬をムニムニと引っ張られながら愚痴られる。

 引っ張らないで欲しいのだが……


「荷物持ちに酷な事を言いやがる」


 格好良いも格好悪いもあるか、こんなところで体裁なんざ保つ必要は無いだろう。

 それに二十四階層程度、セラなら造作無いと思ったのだが、彼女は暇潰しを兼ねてなのか、時間が無いにも関わらず提案してきた。


「なら、どっちがより多く倒せるか競争しない? 勝った方が負けた方の言う事を何でも一つ聞くの。どう?」

「何でもって言われてもなぁ」


 考える暇も無いのだが、彼女が胸を強調するようなポーズを取って見せつけてきた。

 何かエロいな。


「アタシの身体、好きにしても良いわよ?」

「自分を安売りするな」

「イタッ!?」


 軽くデコピンして、俺達は戦闘へと向き直る。

 額を抑えながらこちらを可愛らしく睨んでくるが、頬を膨らませて涙目になっており、全然怖くない。


「馬鹿言ってないで周囲を警戒しろ。勝ったら俺にできる事なら何でもしてやるから」

「ホント!? なら頑張る!」


 彼女が気合いを入れ、周囲への警戒心を最大限引き上げるために権能を遺憾無く発揮する。

 四方八方から無数に感じ取れるモンスターの気配に、俺達は冷や汗が出る。


(初めて森を出た時みたいだな)


 クギバチドリを相手取った時と状況が似ている。

 だが前回と違うのは主に二つ、守るべき者がいない事、それから背中に強い奴がいる事であり、バックパックを影へと仕舞って、背中合わせに周囲全方向を警戒する。

 一蓮托生、運命共同体、そんな言葉が頭に思い浮かんでしまう。

 彼女と連携して戦うのは初めてだな。


「こういうのって何かワクワクするわね!」

「そうだな」


 彼女の気持ちは理解できるのだが、残念ながら感慨に耽っていられる程に余裕は無い。

 背中越しに体温を感じられる。

 仄かな温もりが心臓へと届き得る。


「『錬成アルター』」


 右手に短剣を持ち、その短剣に右手首にある腕輪から伸びている鎖を繋げて、構えを取る。

 どうせ誰も見てないのだし、それに心底に溜まってる戦闘欲を発散させておくのも良いかもしれない、更にセラにも文句を言われないで済む。

 結局は戦う羽目になるのか。

 ならば剣の腕が鈍らないように、存分に暴れさせてもらおうではないか。


「「さぁ! どっからでも掛かってこい!!」」


 声がハモり、それが合図となったのか気配が一斉に高速で近付いてくる。


「『絶海の蒼炎(アズール・レイド)』!!」


 蒼炎を吐いて、近付いてきた敵を一掃する。

 蒼白い炎を吐いているが、彼女は焔龍族だよな?

 炎って赤じゃないのか?

 いや、ちゃんと聞いてないので分からないのだが、彼女の種族が何にせよ、今ので十匹くらいは倒せたのでは無かろうか。

 俺も負けてられないな。


「『風纏刃(エアロヴァーナ)』」


 刃に鋭い風を纏わせて、それを投擲して鎖で操っていく。

 魔力で操る事ができるため、振り回して鞭のように全てを薙ぎ倒す。

 今回は雷や水を使わなかったが、それは相手が雷属性だからであり、もしも雷を使った場合は攻撃が効かず、水を使った場合は俺が感電してしまう。

 だから、風刃を纏わせて切り裂いているのだ。


「すっごいわねぇ。流石は錬金術師!」

「これ、半分は精霊術と魔力操作なんだが……」


 道が狭いせいで攻撃方法は限られてくるのだが、俺の持つ能力を総合すれば戦える。

 今は大人数での戦闘を避けるべき状況と、そう即座に判断したのはどうやら正解だったらしい。

 ああいったのは、ボス部屋とかでなら活躍はできるだろうけど、こういった道狭い場所での戦闘には向かない。

 俺達の攻撃を掻い潜って突っ込んでくる個体も何体か見られたため、俺は鎖を引っ張って短剣へと変形させて二刀流での攻防に切り替える。


(クソッ、埒が明かねぇな)


 連続で斬り伏せる間にも、更に霧の向こうから増殖でもしているかのように迫ってくる。


(増えてる、か)


 一体一体がDランクのはずなのに、ここまで密集されていると脅威度AかSだ。

 彼等を先へと逃がして良かった。

 幸いな事に逃げる方向とは反対側から来ているため、ここを食い止めれば良いだけなのだが、それがどれだけ難しい事か。

 斬り裂く事でライトニングスパローは死に絶え、その瞬間に特殊な電気信号を発し、仲間を呼び寄せる。


(無限連鎖だな、どうにかしねぇとな)


 拳で戦ってるセラも避けながら拳を振り抜いたり、或いは尻尾で薙ぎ払ったりしている。

 身体強化を自身に施しているようで、動きは俊敏だ。

 しかも動きがしなやかであり、運動神経抜群な様を見せつけられる。

 ただ、如何せん数が多すぎるな。


「ねぇ! これ、いつになったら終わるの!?」

「さぁ、な!!」


 横から来た個体に横一閃の一撃、胴体が二つに裂かれた超速いスズメが地面へと落ちる。

 俺達はすでに標的と認識されている。

 奴等は人の電気信号に反応して襲ってくる生き物であるため、俺達が敵意を示している以上は止まらないし、すでに奴等の仲間を殺したので、仲良くはできそうもない。

 群れで行動するにしても、限度がある。

 最高で十匹、こんな七十匹も引き連れて戦う事は絶対に可笑しい。


(炎で薙ぎ払えれば――)


 ズキッと、頭痛に見舞われる。

 急にどうしたんだろうかと思うような、そんな痛みが襲ってきて、そして一つの光景が見えた。

 目の前には魔神、そして俺の手には黒刀が握られている。

 その魔神が体勢を崩していて、俺はそこに一太刀を浴びせたんだった……

 その動きを真似て、剣技を発動させた。


「『黎明・蒼龍牙刀』」


 短剣を刀へと変え、蒼白い炎を纏わせて逆袈裟攻撃を振るうと、その炎が縦に燃え広がって斬撃を形成し、スズメ達を二十匹程一掃していた。

 しかし、反動で腕の筋繊維が千切れる音、骨の砕ける音が同時に聞こえた。

 剣を握れず地面へと落としてしまったのだが、それよりも今の記憶は……


「レイ!?」


 痛みが脳髄にまで響くが、それよりも気になったのは今の攻撃である。

 今の記憶は……そうか、暗黒龍ゼアンが俺の身体を操ってた時のか、どうして今思い出したのかは分からないが少し数は減った。

 また奴に救われてしまったようだ。


「俺の事は良い! 戦闘に集中しろ!」


 腕はじきに超回復で治るが、迫ってくる敵に対して俺は足場を錬成させて棘を幾つも生み出していく。

 敵を抑えてる余裕は無い。

 腕が使い物にならなくなったのだから。

 武器を腕輪へと戻して、錬成に集中しようとしたのだが、その前に彼女が息を吸い始めた。


「なら……」

「お、おい、お前……何する気だ?」


 彼女は口元へと意識を集中させ、次第に火種が小さな球体となってエネルギーの塊を形成する。

 そのエネルギー弾は、次第に大きく膨れ上がっていくのだが、熱を内包しているためなのか、赤白く輝きを放ってさえいる。

 熱収斂によるエネルギー砲は、俺でも防げるかどうかくらいの威力を持っていた。


「おまっ……おい待てセ――」


 近くで放たれると俺も巻き添えを喰らいそうなので止めようとしたのだが、その前に彼女は考え無しに超圧縮されたエネルギーの塊を放った。


「『竜火砲(ドラグカノン)』!!」


 口元に熱源を収束させて、エネルギー砲として前方へとレーザーを放って、敵を滅殺した。

 凄まじい熱量に肌が焼けていき、身体が衝撃に吹き飛ばされた。

 ぶっ放した彼女のレーザーは勢い衰える事を知らず、そのまま迷宮の壁に着弾して、更に焼却の炎によって巨大な穴を空けてしまった。


「『錬成アルター』!!」


 俺は何とか錬成した短剣を鎖と繋げてから投擲し、短剣が巨木へと突き刺さった。

 腕が痛いが我慢だ。

 鎖を錬成で腕輪へと徐々に戻していき、何とか彼女のところにまで戻れた。


(危ねぇ事しやがる……)


 セラの突発的なエネルギー砲(ドラグカノン)によって、周囲の空気やモンスター、巨大な木々すらも消滅させていた。

 あれを人間に撃ったら大量に消えちまうな。

 流石は龍神族、しかし今のは魔力操作も加わっていただろう。


(熱を内包するために利用したって事か)


 セラの魔力操作技術がどれ程かは知らないけど、熱エネルギーを内包するために魔力で覆っていたのは事実だ。

 最強種族とはよく言ったものだ。


「ん?」


 彼女の破壊レーザーの餌食となったダンジョン全体ではガラガラと崩れ去るのではなく、消滅してしまったみたいで瓦礫一つさえ落ちる事は無かった。

 そして、全てが灰となっていく。

 その灰燼に帰す攻撃によって、俺達は新しい手掛かりを得られる事になった。


「霧も晴れたわね……って、どうしたの?」

「あれ見てみろ」


 俺はセラの空けた迷宮の壁、つまり大きな穴へと指を差していた。

 奥に空洞ができてる。

 巨大な何かの通り道、これはまさかシルエットの階層越えの絡繰りだろうかと思って、俺はそこへと飛んでいくために翼を生やした。


「『堕天使の影翼(ゼアーラ)』」


 背中に影で形成した翼を生やし、少し距離の離れた壁へと飛んでいく。

 セラも、翼を広げて俺の後ろを付いてくる。

 服が破けたのかと考えたが、どうやら魔法の編まれた魔法衣らしく、翼を取り出したり収納したりする時に透過する仕組みらしい。

 異世界の衣類は、日本にいた時よりも凄いな。


「よっ、と……」


 その壁の奥へと着地すると同時に、悪寒が身体を駆け抜けた。


「ッ!?」


 咄嗟に得物を手に構えていたが、数秒、数十秒と経過していく間にも何かが起こる事は無く、杞憂に終わった。

 今の悪寒は何だったのかと考える前に、セラが奥へと進もうとしていたので、腕を掴んだ。


「待て!」

「何よ?」

「ここは迷宮、いつ何が起こるか分からん。迂闊な行動は避けるべきだ」


 未開拓領域であるため、もしかしたら階層喰い(フロアイーター)の可能性もある。

 しかし霊王眼で確認してみるものの、普通の階層と何も変わらなかった。

 もしかして、これも擬態なのだろうか?

 いや違う、もしそうなら壁の奥で待ち構えている事なんて有り得ない。


(一先ずは大丈夫か)


 それでも常に武器を手にしておいた方が良いだろうと判断して、奥の方へと歩き出した。

 セラの権能があるから、何とかなるだろう。

 そう思いながら、俺達は未開拓領域である何かの通り道を外壁に沿って降りていく。


「お宝あるかしら?」

「お宝って……」

「あ、さっきのはアタシの勝ちで良いでしょ?」


 すぐに忘れてくれるだろうと思ってたが、覚えてたか。


「あぁ、この場所もセラのお手柄だし、何か俺にできる事があれば一つ叶えてやるよ」

「なら、子づ――」

「却下だ」

「えぇ〜? まだ最後まで言ってないのに〜!」

「考えてる事は分かるが、それは却下で頼む」


 もう殆ど言ってるようなもんだろ、それ……

 龍神族の考えはよく分からんが、俺にできる範囲で答えてもらいたいものだ。

 

「なら……頭ナデナデを所望します!」


 元気良くビシッと手を挙げるセラ、別に叶えてやれる事ではあるんだが、そのチョイスが気になる。


「何で敬語? それに何でその要求なんだ?」

「だって、前にユスティが頭撫でられてるところ見て、気持ちよさそうだったし……だめ?」


 上目遣いでこちらを見てくる無垢な龍女、仕方ないなと思って頭を優しくポンポンと撫でてやる。

 すると顔を綻ばせて、気持ち良さそうな顔をしていた。

 こんな要求で良かったのかとは思うが、彼女が満足そうにしているから良いか。


(俺よりも遥かに年上の女の頭を撫でるとは、不思議な気分だな)


 別によこしまな気持ちがある訳ではないのだが、人生でこんな経験するとは予想外も良いところだ。

 しかし、彼女の髪は手入れされているような艶やかさがあって、赤い髪は絹のようでサラサラしており、こちらとしても癒されるようだ。

 身長が近いために、必然的に顔が近くに来る。

 目が合うと、すかさず目を逸らされて頬を朱色に染めていた。

 俺、何やってんだろ……


「ふぅ、もう良いわ。ありがと」

「ん、お、おぉ」


 充分堪能したのか、彼女の方から静止の声が掛かる。

 こんなとこでご褒美を与えるってのも可笑しな話だが、ここからは気合いを入れ直して挑むとしよう。


「セラ、油断するなよ」

「勿論!」


 彼女の事だ、権能があれば背後から近付いてくる気配にだって気付けるだろう。

 俺は炎で暗闇を照らしながら、セラと共に迷宮の外壁の向こう側を突き進んでいった。





 しばらく歩いたところで、ザザザとバックパックの中からノイズ音が聞こえてきた。

 その音の原因を探って取り出す。

 トランシーバーのようなものから音が聞こえてきていたのだが、これは行商人ヨトから借りた物だ。


(確か魔力を流せば……)

『こちらジェイド、レイ、無事か?』


 繋がったようで、ジェイドの声が聞こえてきた。

 通信魔導具としてはギルドカードに劣るのだが、これはダンジョンの魔力を利用していないものらしいので、近くならば何とか繋がるらしい。

 何でこんなものを持ってたんだろうか?


「こっちは無事だ。今セラと二人、怪我もしてない。そっちはどうだ?」

『俺達は二十五階層に着いたところだな。どうだ、合流できそうか?』


 合流するには少しばかり厳しいだろう。

 現在、目の前にはある一つのものに意識が向いてしまってるからだ。


「済まん、しばらくは無理そうだ。俺達の事は気にせず、三十一階層に行ってくれ。着いたら一度連絡してくれれば良い」

『おぅ、分かった』


 正直ステラと繋がってるので、連絡は必要無い。

 最近では思念伝達(テレパシー)で現状を把握できるようになったし、再召喚も可能となったので、連絡の事よりも今は目の前の事について考えなければならない。

 通信を切ってトランシーバーらしき魔導具を仕舞い、ある物を見つめているセラの肩を叩いた。


「セラ」

「うひゃっ!?」


 肩を叩いただけで、彼女がビクッとして硬直した。

 そこまで驚く事は無いだろうが……いや、目の前にこんなものがあるのだ、驚いても可笑しくない。


「れ、レイ……こ、これ、どうするの?」

「どうするって言われてもなぁ」


 目の前にある大量の骨をどうするべきか。

 モンスターの骨なのだろうと思いたかったが、決定的なものがあった。

 それが、人間の頭蓋骨(・・・・・・)である。

 火を翳すと、その広い空間には血肉を貪ったような跡が結構残っており、正直肉の腐敗臭が物凄い鼻に突き刺さってきて、気持ち悪い。

 こんな暗闇の中で急に後ろから肩を叩かれたのだ、驚くのも仕方ないか。


「は、早く下に降りましょ! ここって骨以外何も無いし用事はもう済んだでしょ!?」


 肩を掴んできて、早くここを離れようと急かしてくる。

 肩に置かれている手は何処か震えており、周囲を訝しげに見回して怯えているようだった。

 ここはお化け屋敷じゃないぞ、セラ。


「何慌ててんだ?」

「あ、慌ててなんかないわよ!!」


 いや、声が上擦ってるのだが、もしかしてセラ……


「怖いのか?」

「は、はぁ!? そ、そそそんな訳無いでしょ!! ば、馬鹿じゃないの!?」


 これは確実に怖いというサインじゃないのか?

 しかし、馬鹿とは酷い言い草だな。


「お、あそこに血塗れの女の幽霊がこっち見て――」

「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!!」

「ちょっ――く、首が……」


 少し驚かせてやろうかと思ったのだが、予想以上に怖がって抱き着いてきた。

 腕を首へと回してきて、怪力によって絞めてくる。

 息ができなくなり、次第に意識が遠退いていく。

 こんなところで死ぬのは御免だぞ……おい嘘だ、嘘だったから離してくれ!!


「プハッ……ハァ…あっぶな。俺を殺す気か?」

「へ、変な事言うからでしょ!?」


 ちょっと泣きそうになってる。

 まさか彼女にこんな弱点があったとは思わなかったが、流石にやりすぎたか。


「悪かった。ここを離れようか」

「……うん」


 彼女相手に巫山戯た事はしない方が良いと、改めて理解した。

 命が幾つあっても足りないだろう。

 借りてきた猫のようになってしまったので、しばらくは手を繋ぎながら移動する事になってしまい、こんなにも大人しくなるとは罪悪感が拭えないな。


(はぁ、まさか幽霊が怖いとは意外も意外だな)


 俺よりも小さな手が優しく握り返してくる。

 手から震えも感じられ、借りてきた猫ならぬ借りてきた少女か、天真爛漫さは何処行った?


(ま、どっちも可愛げがあるから、何でも良いが……)


 この現場に落ちていた骨を影へと回収しておいて、サッサと下へと向かっていく。

 まだ洞窟らしき場所は続いているのだ。

 それにセラの力や俺の錬成があれば、いつでも迷宮へと出られる。


「さて、行くか」

「……ん」


 彼女が落ち着くまでは、しばらくは放置しとこう。

 俺も、ここには嫌な気配が漂っているため、長居したくなかったしな。

 それよりも、一体何者が人間を迷宮の裏に攫って肉を食ったのだろうか。


(後でフランシスに伝えるか)


 いや、伝える手段が無いのを思い出した。

 もし伝えるならば一度戻るのではなく、もっと深く潜って情報を得てからにした方が往復する手間も省けるというものだ。

 そう考えながら俺は大人しくなってしまったセラを連れ、迷宮の内部を彷徨い歩いた。






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