第81話 観察と誤解
俺達は二十四階層で、『風の軌跡』とやらのパーティーを助ける事になってしまった。
まぁ、正直Bランクらしいのだが、何故こんな浅い階層にいるのかが分からなかったので、全員が落ち着いたら聞こうと考えていた。
しかし、全員疲れたように眠ってしまった。
全員が怪我しており、回復薬を切らしていた事もあり、更にユスティから懇願されたので、仕方なく全員処置しておいた。
「これで良いか、ユスティ?」
「申し訳ありません。ご主人様のお手を煩わせてしまいました」
「まぁ、良いさ。全部コイツ等の私物だしな」
救急セットを持ち合わせていたので、それを使って処置させてもらった。
少しばかり適当なのだが、菌が入り込んだりする心配とかは無いので、後は自然治癒に任せる。
完全に治してやる義理も無いしな。
「それにしても、ダイトのおっさん、マジ何処行ったんだよ?」
「さぁ、何か会話して紙らしきものを手渡してたのは見えたのだが、そこまでしか分からなかった」
「そうか」
何かを手渡していたという情報を得たが、それに対してダイガルトへと追及する事は無いだろう。
だって興味無いし。
ダイガルトが犯人の可能性は限りなく低いため、たとえ何かをしていたところで冒険者失踪事件と関係があるとは思えない。
あったらあったで彼がどう動くのか見るのも一興か。
何にせよ、しばらくはここを動けないな。
(それにしても、本当に何でBランクパーティーがこんな浅い階層でボロボロになってんだ?)
後で聞くにしても、そこが気になる。
もしかして下の階層で何かあって、それでここまで登ってきたとか?
いや、有り得ない。
だって、事件が多発しているのは四十一階層より下で、もしそこで負傷した場合は四十一階層のスタート地点である転移部屋に行けば良いだけだ。
それにここは二十四階層、三十一階層にも転移ポータルは設置されているため、ここまで登ってくる必要は無いのだから。
だったらどうしてこんな浅い階層で怪我を負い、アイテムを使い切る状態にまでなったのか、不思議でならない。
(リーダーの判断ミスだとしても不可解な点があるし、本当に何が起こってるんだろうな……)
フラバルドで起こっている失踪事件の犯人が彼等って可能性もあるにはあるが、まだ彼等の実力も分かってない。
それに五人中一人、三人分の荷物を持ってた女は、寝ているにも関わらず周囲の警戒を怠らずに魔力で一定範囲探索している。
俺みたいな警戒の仕方だが、彼女は人族ではなく猛虎族という虎の獣人、力が物凄い強い種族でもある。
(聴力も良いようだな)
他の仲間も、足を怪我した獣人が一人、鎧の亜人が一人、獣人と肩を組んでた人族と背負われてた人族が二人ってところか。
重戦士のリーダー格がドワーフ、気絶してたペコラ、それから獣人の女と肩組んでたハチマキの男の二人が人族、三人分の荷物を運んでいたのが猛虎族、そこまでは別に良いのだ。
気になってるのは足を怪我した女の種族だ。
(黒髪に紫紺の瞳、狼の耳と尻尾……間違いなくユスティと同類種だろ)
参ったな。
ユスティは気にしてなさそうなのだが、同じ魔狼族が鉢合わせになるとは思ってなかった。
閉鎖的な種族だと聞いていたのだが、里を追い出されたユスティと里を自ら出た女、二人の間に亀裂とかできなけりゃ良いんだが……
しかし、見てるとユスティも分かっているようで、少しソワソワしている。
尻尾が揺らめいているのが分かる。
「ユスティ、知り合いか?」
「いえ、直接的な面識は無いのですが……彼女は『ライザ』さんだと思います」
やはり知ってるのか。
「私の二つ上の方です。里を自ら抜けた者でして、私が奴隷になる前には少し騒ぎになってましたね」
どうやらライザという女はユスティと同じ里出身だったらしい。
しかし、それならば顔見知りでも可笑しくないはずなのだが、まぁそこは彼女達の問題だな。
俺は余計な手出ししない方が良さそうだ。
「ライザさんは里一番の力自慢だったんですよ」
「そ、そうか……」
女なのに力を自慢しているとか、まさか戦闘狂がここにもいた?
本当に、この世界の住人と来たら、戦いが好きな奴ばっかりだな。
「多分、ライザさんは私の事を知っていると思います」
「そうなのか?」
「はい。里で生まれた白髪は私だけですから」
えへへ、と苦笑いしている彼女は、哀愁漂わせてボサボサな髪を弄っていた。
乱雑となっている髪ではあるが、触ってみると結構サラサラと言うか何と言うか、とにかく彼女は自分に対してコンプレックスを抱いてるようだ。
彼女だけ白色の髪を持っているので、魔狼族と呼ぶのではなく、『聖狼族』と呼べるかもしれない。
実質、とても綺麗な髪だと思うし、俺としては黒でも白でも可愛らしい普通の女の子にしか見えない。
「そ、そうでしゅか!?」
プシュゥゥゥと聞こえてきそうなくらい赤面し、顔から湯気が出てきていた。
舌も噛んだな、痛そうにしていた。
しかし、物凄い恥ずかしそうにしているという事は、まさかとは思うが……
「あれ、俺……声に出てた?」
小さくコクッと頷いて、彼女は恥ずかしさのあまり両手で顔を隠していた。
仕草も自然で、あざとさが一切感じられない。
これが天然の可愛さ、というやつなのかもしれない。
こっちとしては羞恥心が無くなっているので、恥ずかしさは感じられなかった。
「えっと……もう少し、ライザについて詳しく教えてくれないか?」
恥ずかしさは無いのだが、ユスティの反応を見ていると気不味くなってしまう。
この空気を何とかするため、話を続けるとしよう。
「はい。ライザさんは職業を授かる前から狩猟に参加してたそうなのですが、私は別働隊だったので直接的にお話ししたりはありませんでした」
「狩猟って、隊で分かれてんのか?」
「はい。私は遊撃隊でした。ライザさんは攻撃隊という近接戦闘に特化した本隊に所属してたんですけど、一人でモンスターへと突っ込んでいく場面を何度も見ましたね」
魔狼族が軍隊で統率されているとは思ってなかったのだが、狼の習性か。
いやいや、それよりもライザとかいう女、物凄い危険なのではないか?
「戦闘狂なのか?」
「いえ、そうではないと思いますけど……」
武器として剣が腰にぶら下がっているので、獣剣士とかだろうか。
「確か魔法剣士、だったはずです」
「成る程、中々な職業だな」
俺とユスティの先ではペコラとライザが寄り添って眠っているのだが、俺達が自分達を襲わないと思っているのだろうか?
ならば警戒心が甘い。
いや、猛虎族の女が俺を睨んできているので、どっちにしろ一筋縄ではいかないだろう。
襲う気は無いけど。
「でも、魔法剣士とか、魔剣士とか、違いがあまり分からないんですけど……」
「魔法剣士ってのは魔法と剣術を同時に使える奴の事、魔剣士は正確には職業じゃなくて、魔剣に選ばれた人間が手にして魔剣士って名乗れるんだ」
この世界には千差万別の職業がある。
だからこそ一人一人同じ職業だったとしても、少しの違いで名称が変わったりする事もあるらしいし、俺も全ての職業を網羅している訳ではないので、彼女の質問に完璧に答える事ができない。
例えばセラの魔法付与師という職業、あれもセラが剣を使えば魔法剣士みたいになるし、拳で戦っているので魔拳士と名乗れるのではないだろうか。
俺の錬金術師だって、使い方次第では違う職業と遜色無いのだ。
「ユスティも、狩猟神とは言っても遠距離ばかりだったら弓術師と大して変わりないだろうし、近接なら短剣使いと大差無い。職業にそこまでの価値は無いんだ。あるのは、強いか弱いか、使えるか使えないかの事実だけだ」
そして俺はもれなく使えない職業として揶揄されたりしたものだ。
今となっては単なる昔の話。
この錬金術師という職業は因果すら干渉できる力を秘めているだろう、そうセラから聞いたが、まだ半信半疑であるため、自身の力を信じきれてない。
力の一端しか扱えてないって事実でもある。
だから、この世界での職業という摩訶不思議な存在に驚かされる。
「…ぅ……」
小さく唸り声を上げて、ライザが目を覚ました。
「こ、ここは……」
辺りを見回しているが記憶の混濁が見られるようで、ボーッとしてただただ何もせずに俺達と目が合った。
いや、俺ではなく隣にいるユスティの事を凝視しているのだが、その前に俺から声を掛ける。
「ここは俺の創った休息地だ」
「休息地……そ、そうか、私達は貴方に治療してもらったんだったわね」
思い出したようで、彼女は慌てて立ち上がって感謝の意を伝えるために頭を下げていた。
「この度は私達を助けて頂いて、本当にありがとう!」
「礼なら対価で示せと言ったはずだ。まぁ、すでにアンタ等の荷物から欲しい素材は貰ったから、礼とかはもう必要無いんだが……」
コイツ等の得た収入の何割かは俺の影の中へと消えていった。
薬代と思ってもらうしかない。
それよりもライザとやらがユスティと見つめ合ってるのだが、まさかそっち系の趣味の方でしょうか?
だなんて、どうせ里の狩猟で遠くから見た事がある、とかだろうな。
「お、お前は神子の……」
と、思ったらいきなりユスティを神子だと言い始めてしまった。
合ってるが、やはり知ってたか。
「えっと……私はユーステティアと申します。貴方は?」
「私はライザ=ストルーファ、魔狼族だけど、貴方も魔狼族よね?」
「あ、はい」
ユスティは白い髪に双眸が虹彩異色症となっているため、普通に魔狼族だと気付けるというところに驚いていたのだが、知り合いのような違うような、微妙なところだろう。
ユスティがここにいる理由が気になっているようで、俺の方をチラチラ見てくる。
俺に説明しろと言いたいのかもしれないが、俺もユスティの過去を知らないので、何も言える事は無い。
「貴方も里を出たの?」
「いえ、そうではないんですけど……」
出た、と言うよりは追い出されたと言った方が正しいのかもしれない。
「そう言えば貴方、家名は無いの?」
「あ、はい。今はご主人様の奴隷ですの――」
ライザが『奴隷』と耳にした瞬間、俺の目の前にはすでに剣先が迫ってきていた。
神速の一撃、それを避ける事は常人には不可能なくらい洗練されているが、俺は首を少しだけ傾けた。
しかし、剣を錬成して弾こうとする前に、ユスティが腰に装備していた風の短剣によってライザの剣が外側へと弾かれていた。
「なっ!? いつの間に武器を……」
俺は錬成で腕輪から即座に様々な武器へと変換できるので、こういった非常事態にも対処できるのだが、今回は錬成する前にユスティが短剣で防いでくれたので、俺がワザワザ錬成して弾く事をせずに済んだ。
今の俺は戦えない一般人だった。
設定を忘れそうになるが、助かった。
獣人としての勘なのか、ライザが後ろへと飛び退いて警戒心を露わにしている。
「いきなり襲い掛かってくるとは、どういう了見だ?」
「黙れ! 同胞を奴隷にしてよくも抜け抜けと! 仲間を戦わせて自分は高みの見物とは、やはり錬金術師は戦えないらしいな!」
ふむ、何やら勘違いしているのだが、説明するのも億劫なので認識はライザの好きなようにさせておこう。
結束力の強い種族だからこそ、こういった事が気に入らないのだろう。
エルフみたいな考え方だが、鬱陶しい。
頭に血の上った馬鹿を落ち着かせる方法は幾つかあるのだが、戦うのが面倒だったので、武器を所持しているユスティに任せようと考えて指示を出す。
「ユスティ、相手してやれ」
「畏まりました」
彼女が俺の前を陣取った。
腰に備えてあった雷の魔剣を鞘から引き抜いて、両手に二つの魔剣をセットし、逆手に持って構える。
「退きなさい、ユーステティア」
「ユスティで構いませんよ。ご主人様を傷付ける事は、たとえ同胞であろうと許しません」
ユスティの能力はライザを超えているだろう。
身体能力然り、精神力然り、五感然り、職業然り、神の能力を持つユスティと、単なる一端の魔法剣士では話にならない。
しかし、ユスティの場合は年齢が二つ下であるという事に加え、約半月前になって職業を手に入れたばかり、どちらが勝つか見ものだな。
「『ファイアボール』!!」
「ッ!?」
詠唱無しの魔法攻撃を、驚きながらもユスティは切り裂いて相手へと突っ込んでいく。
「『雷牙』!!」
「クッ……やるわね、ユスティ」
「ライザさんこそ」
魔法と武技の応酬が目の前で繰り広げられる。
雷の刃で雷速の斬撃をお見舞いするが、それを剣で受けて弾き飛ばす。
それから二人は一進一退の攻防を、連続して剣戟を響かせて戦う。
力は拮抗しているらしい。
この試合、どっちが勝っても負けても不思議ではないというくらいの実力があるために、残りは経験や勘、運の勝負となるだろう。
「予知するか?」
「必要無いだろ」
予知するまでもない事、いや、予知したら面白みが無くなってしまう。
言わぬが花ってやつだ。
「なら、どっちが勝つかアタシと賭けましょ?」
ここでセラが一枚のコインを取り出していた。
俺が渡した小遣いの金貨一枚、それを賭けるつもりなのだろう。
「先にどうぞ」
「アタシは勿論ユスティ」
「ならライザにしておこう」
勝負は公平でなくてはならない。
たとえ身内であっても、俺は厳正に勝負を見極める事とする。
恐らくユスティが勝つだろうが、ここはセラに花を持たせるとしよう。
「いや、狙われてるのにそちらを賭けるのか?」
「勝負は公平じゃないとな」
「成る程なのか?」
俺達が無駄な会話を交わしている間にも、戦況は目紛しく変化し続けている。
お互いに一歩も譲らない戦いは、周囲へと衝撃を生んでいく。
剣閃を受け、避け、反撃に転じる。
小回りの利く短剣二刀、刺突や居合いのできる直剣、正直ユスティの方が戦闘慣れしているように見えるが、彼女は相手の懐、対人距離の一番内側である『密接距離』で剣を振るっている。
そして、相手が後ろへと跳ぶと同時に彼女も接近してすかさず攻撃する。
確かアメリカの文化人類学者であるエドワード・T・ホールが対人距離を四つに区分けして、その内の近接相、ごく親しき人間に許された空間を指したものだったはずだ。
(区分けは四つ、密接距離、個体距離、社会距離、公共距離……魔法剣士の剣の間合いは個体距離から社会距離までとなってたはず、一旦距離を離せば途端に不利になるのはユスティの方か)
魔法を使えばどちらも公共距離の更に外側まで伸びる。
互いに分かってるからこそ、ライザは逃げようと後ろへと跳び下がり、距離を離さないようにユスティが自分の領域で戦っている。
謂わば排他域で戦闘が行われている訳だが、二人共楽しそうだ。
しかし対人距離は近付かれると不快になる距離を表すので、戦闘用語ではない。
また、用語は変わるが、ミドルレンジだとか、ロングレンジ、ショートレンジとかはボクシング用語であり、この場合はクロスレンジ、ショートとミドルの中間位置、短剣での攻撃が最も威力を発揮する距離でもある。
(……心が疼くな)
戦闘を見ていると、戦いたいという気持ちが本能から感じられる。
いつになったら戦闘が終わるのかは分からないが、疼いた心を抑制し、二人の剣捌きや身体機能全般を霊王眼で見極める。
「何してんのよ?」
「霊王眼の使い方の一つでな、身体の動きや体捌き、心拍数や筋力量、魔力回路といった様々な情報を読み取ってるんだ」
他にも神経における電気信号も見て、次にどのような行動に移るのかも見ている。
こういった使い方はあまりしないので、何だか新鮮だ。
「そんな事してどうすんのよ? ま、まさか服だけ透過させてるんじゃ――」
「んな事しねぇよ」
セラが自分の身体を抱いてジトッとした目で見てくる。
俺を変態扱いしないでもらいたいが、確かに服だけ透過させる事も可能ではある。
しかし、そんな事する意味が分からない。
あぁ、怪我とかしてないかを確認できるな。
「アンタ、もしかして性欲とか無いの?」
「いや、人並みにはあると思うが、急にどうした?」
「いえ、何でもないわ……」
何故か溜め息を吐いてガッカリしている様子だったが、俺だって人間としての三大欲求くらい持ってる。
だが超人となった事で睡眠時間も大幅に短縮されたし、食欲もあるにはあるが食べずとも一ヶ月は保つだろうし、性欲も冒険中に発散させる程に溜まっている訳でもない。
まぁ、前と同じだけ食べて寝ても変わりないけど。
緊急事態に陥って食事や睡眠ができなくても、一ヶ月は保つようになったのは事実だ。
「アタシ、魅力無いのかしら?」
「大丈夫だセラ殿、レイ殿は単に朴念仁なだけだ」
何か中傷が聞こえてきたのだが、スルーさせてもらうとしよう。
「『雪花斬』!!」
「『風牙』」
ライザの魔狼族らしい氷属性の攻撃に対し、ユスティは左手に持った風の短剣で斬撃を放つ。
激戦だが、次第に決着が着く。
先に地面へと膝を着いたのはユスティの方、斬撃を少し貰ってしまったのか、フラフラとして地面へと四つん這いとなって荒い呼吸音が聞こえてくる。
「す、すみ、ません…ハァ……ハァ……」
無駄な動きがライザよりも多いために、先に体力が底を突いたのだろう。
ユスティの相手をするよりも俺を殺して助ける方が良いらしく、ライザが彼女の隣を抜けて俺目掛けて剣を振おうとする。
(『ジルフリード流魔力制御術・空糸縫』)
魔力を糸にして、周囲の空間を設置点として結び付けてライザの身体を固定させる。
糸がギチギチと鳴る。
彼女は無理に動こうとして糸刃が肌に食い込み、血が少し噴き出ているが、やはり獣人族だからこそ筋肉や骨まで斬り裂けない。
振動させて四肢をバラバラにできるのだが、助けた人間を殺す事はしない。
「う、動けない!?」
「魔力の糸でお前を縛った。頭に血の上ったお前にはコイツをプレゼントだ」
「ガボボ――!?」
超冷たい水玉を目の前の彼女へとぶつけて、少し落ち着かせる。
それとユスティも。
「『止まれ』!!」
「ッ……」
雷を纏わせた刃で背後からライザの首を掻っ切ろうと、殺気満々で腕を振るおうとする。
それを寸前で魔力を含ませた言葉で強制命令を下す。
危ない危ない、止めなかったら女の首が空を大回転してたところだ。
「何故ですか? ご主人様を殺そうとしました、万死に値します」
いつの間に彼女は脳筋となってしまったのか、何とも悲しい事だ。
苛立ちを俺ではなくライザへと向けている。
それと強制命令を下したにも関わらず、彼女は強制的に止められた身体を動かそうと力を込めている。
普段は優しいはずの少女が、俺を殺そうとした同胞に対して容赦も躊躇もせずに殺そうとした。
(まぁ、奴隷紋の介入無しに命令を放ったせいで抵抗されても電撃は流れないが……)
ユスティには殆ど命令を下していない。
理由は、無闇に命令を下すと行動に制限が課されてしまうからである。
だから、戦闘や普段の行動に差し支え無いくらいの命令に収めてあるのだが、今回はそれが裏目に出てしまったようだな。
ライザもユスティのために怒っているのだが、それを無視してしまっている。
「コイツ、仲間じゃないのかよ?」
「ご主人様に仇為す者は敵です」
何という事だ、ここまで脳筋化してしまっているとは思いもしなかった。
奴隷紋が意識を改変する事は無いはずなので、単純に俺に対して盲信してるだけなのかもしれない。
「コイツはお前のために怒りを俺に向けてるんだ。少しは分かってやれよ」
「話を聞こうともしない人の事を理解するつもりはありません」
少し怒ってる?
実力で負けてしまったからだろうか。
それとも俺が殺されそうになったからか。
「とにかく一から全部説明してやるから、敵意を収めてくれないか?」
「何だと!? 仲間を奴隷にしておいてよくも抜け抜けと――」
その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
理由は、ライザの背後から得体の知れない殺気が漏れてしまっていたからだ。
ユスティは笑顔を繕ってはいるが、目が笑っていない。
そんな怖い笑顔を見せる張本人の顔が見えていないライザには幸運に感じられる、俺には生きた心地がしないくらいの笑顔だ。
だがしかし、これで冷静に話ができるなと思って、俺は幾つかの情報を伏せてライザが納得できるだけの説明をしたのだった。




