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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第80話 迷宮での遭遇 変化の兆しへ

 アタシは、ずっと一人で旅をしてきた。

 時には何度か辛い別れだったり、楽しい思い出だったりがあったけど、出会いと別れを経てアタシは、人という存在がどういうものなのかを理解していった。

 そして現在アタシは、バックパックと共にアタシを背負う一人の青年と出会いを果たした。


「参ったな……」


 彼は常に無表情で、悲しい雰囲気を纏っていて、そして孤独を噛み締めている。

 今だってそう、参ったと言いながらも表情をピクリとも動かさない。

 それが何よりアタシには悲しく映った。

 何で、頼ってくれないの?

 どうして、一人で行くの?

 そんな気持ちが、この数日間で芽生えた感情でもあったのだが、彼はアタシの気持ちにも興味を示す事は無いのだろう。


(アンタ、一体何者なのよ?)


 アタシの権能が騒めいている感覚、こんな力強い気配を感じ取ったのは初めてだった。

 勇者達が生まれた時よりもずっと、濃厚な力の波動をアタシは感じ取れた。

 だから会いに来た。

 こんなにも近くにいるのに今は一切の力を感じ取る事ができないでいるため、不思議な感覚なのだが全く覇気を感じられないという事実は一つの恐怖を孕んだ。


(背中を狙われたら終わりね……)


 彼がそんな事をするとは思えないし、アタシには権能があるから大丈夫だと、そう思った。

 しかし、空気の揺らぎすら感じ取れない今のレイは、まるで死人のよう。

 生きた屍が徘徊しているのと同じだ。

 もしかしてスケルトンの生まれ変わりだとか?


(まさかリッチー?)

 

 リッチーは、降霊術等による儀式で生み出される、永遠の命を持った骸骨だ。

 別名、不死の王(ノーライフキング)、高い知能と高度な魔法を扱える強い死霊なのだけれど、違うだろうなと即座に考えを否定した。

 だって、彼は生きている。

 それにモンスターなら魔石があるので、見分けは付く。


「……」


 十九階層の微睡みの森で一泊して、アタシ達は先へと進んでいた。

 そして現在二十四階層にやってきたアタシ達だが、この二十階層から二十九階層は十一階層から続く微睡みの森と似たような場所だった。

 しかし明らかに違うのは地面が水辺となっており、巨大な木々の繋がった枝を足場としている。

 この階層域は『枯れずの森』、十階層域と似通っている部分もあるが、地面を歩いていた階層よりも足場が狭く、探索も困難を極めている。


(霧が濃いわね。魔力阻害もあるのかしら?)


 魔力を広げても即座に霧散してしまう。

 下は水辺となっているけど、結構な高さとなっているために落ちたら即死だ。

 いや、アタシは翼があるから死なないか。


「――ラ……おい、セラ!」

「へ?」


 ボンヤリとしていたせいで、話を聞きそびれた。

 レイに呼ばれて、初めて気付いた。


「話聞いてたか?」

「う、うん……それで、何かあった?」

「やっぱ聞いてなかったな。ダイトのおっさんが戻ってこないから、どうするかって話だ」


 辺りにはダイトが何処にもおらず、リノの姿も見えなかった。


「二人は何処行ったのよ?」

「ダイトのおっさんは、この霧深い中で斥候として先に行っちまって十分以上経過してる。リノにはステラを付けたから近くにいるってのは分かるが……」


 この深い霧のせいで視界不良となってる。

 アタシの気付かないうちに、ダイトもリノも何処かへと行ってしまったようだ。

 考えられる可能性は一つしかないと思う。


「もしかしてダイト、誘拐されちゃった?」

「可能性としては低いが……このままバラバラに進めば二次被害、遭難するから二人に意見を聞いてたところだ。誰かさんは話すら聞いてなかったようだがな」

「ご、ごめん……」


 ここに留まってから既に十分が経過しているそうだが、今は三人しかいない。


「リノは未来を見たって言って何処かに飛び出していっちまったからな、何を見たのやら……」

「それは分かりませんが、リノさんの事です、多分大丈夫だと思います」


 まぁ、あの子なら何とかなりそうだけど、そう油断もしていられない。

 ここは迷宮、モンスターが出てくるところでもあり、アタシ達の背後から何かが迫ってきたのに対し、近付いてきた気配も気付けなかった。

 やはり霧のせいで、感覚が少し鈍ってる。


「後方五十メートル、何か来る」

「数は?」

「五つ」


 権能があって良かった。

 周囲に波紋を広げるようにして、風を肌で感知し、そして五つの生命反応を見つけた。


「ユスティ」

「お任せください!」


 ユスティが一瞬で魔法詠唱を終え、月のような円を描く短剣を手にしていた。

 レイが言うには、しょーてる、だったかしら。

 斬れ味は良さそうだし、反りを内側にすると盾を回避して斬撃を加えられるのは見て分かるのだが、普通の剣の方が居合いとか刺突ができて有利だろうし、攻撃の選択肢はそこまで多くないように思える。

 何でその武器を選んで生成したんだろう?


「ねぇユスティ」

「何でしょうか?」


 こんな時に聞こうとしているのは場違いだし、怒られるかもしれない。

 けど、いつだって聞くチャンスが訪れるとは限らない。

 だからアタシは言葉を紡ぐ。


「何でいつもその武器使ってるの?」


 ユスティは一瞬ビクッとして、それから尻尾を慌ただしく振っていた。

 少しソワソワしている。


「無駄話は後だ。ユスティ、最大限警戒しろ」

「は、はい」


 四人相手にユスティ一人っていうのも何だか酷な話だと思ったので、アタシは念の為に魔法を付与しておいた。


「『相乗付与クロス・エンチャント・タイプA』」


 幾つかの魔法を予め設定しておいた『タイプ』というものを付与する。

 Aは戦闘用魔法を五種類使用している。

 身体強化(ストレングス)敏捷性強化(ヘイスト)斬撃強化(シャープネス)防御力強化(プロテクション)、そして知覚強化(シグナライズ)、これがタイプAである。

 他にもタイプB、C、と幾つかに分けてある。

 しかしかなり魔力を食うため、今のアタシには他人への付与は精々二十五回が限界であろう。

 だから、タイプ付与に関しては五回まで。


「ありがとうございます、セラさん」

「えぇ」


 急に後ろから現れた五つの反応、アタシとユスティは勿論の事、何故かレイまで短剣を二本形成していた。

 剣柄を握る力が異様に強いような気がする。

 腰を低く落として、いつでも動けるようにしている。

 最大限警戒しろ、そう言った彼には霧の向こう側に見える敵兵が何か分かっているという事なのかもしれない。


「ぁ――」


 誰が声を上げたのか、霧の向こうから見えたのは五人のボロボロなパーティーだった。

 獣人種や亜人種もいる混合パーティーだ。

 五人の内一人が気絶した一人を背負い、一人が血塗れの一人と肩を組んで歩き、そして残った一人が三人分の荷物を持っていた。


「だ、大じょ――」

「待てユスティ」


 レイがユスティの肩を掴んで止める。

 こんな状況でも冷静に彼等を分析しているが、言い換えれば、冷たい人間(・・・・・)である。


「で、ですが……」

「た、頼む! 仲間が毒にやられたんだ! 解毒薬持ってんなら分けてくれ!」


 仲間のうち女の子を背負っていた男が、解毒薬を催促してきた。

 急ぐべき状況なのはアタシでも分かる。

 だがしかし、レイは毒に侵されている人達に対して警戒するように質問を繰り出した。


「モンスターか?」

「ち、違う! 俺達は『風の軌跡』というパーティーだ!」


 権能に反応が無い。

 これはつまり警戒する必要が無いというサイン、だがしかし、レイは何故か警戒心を表している。

 何処か焦ってもいるように思えるけど……


「だから何だ。それは理由にはならない。モンスターの中には、人に化けて仲間のフリをしてくる奴もいると聞く。モンスターじゃないって証拠があるんなら、それを俺に証明しろ」

「なっ!? 時間が無いんだ! 助け――」

「証明が先だ。そもそも俺としてはテメェ等に解毒薬を渡す(・・・・・・)メリットが無い(・・・・・・・)


 冷たい目をしている。

 何処までも他人を信用しない彼のスタンスは、心を縛り続け、そして疲弊し続けている。

 感情が無いせいで脳が効率化を選んだ、とも取れるが、同時にその言葉は解毒薬を持っているという事の裏付けでもある。


「なら、これで良いか?」


 リーダーの男がギルドカードを提示した。

 ギルドカードは本人にしか使えない、それが擬態したモンスターであっても、だ。


「どうやら本物らしい」


 確認を取った彼は、一旦彼等を信用する事にしたそうだ。

 けど、彼は解毒する気は無さそうだった。


「アタシなら解毒魔法で治せ――」

「な、なら頼む! 俺達にできる事なら何でもする!」


 アタシの言葉に希望を見出だした男の人が叫ぶのだが、その言葉が彼に届く事は無かった。

 そして一気に絶望を口にする。


「無理だな。背負ってる奴の腕、穴が表に四つ、裏に五つ空いてるが、そこから侵入した毒はミミックフラワー、擬態した特殊なモンスターによる毒だ。魔法は効かない」


 まさか、一瞬で看破するとは……

 凄まじい知識力だが、知っていて尚、彼は表情を崩さずにもう一人の人達へと視線を向ける。


「そっちの女は足を引き摺ってるな。そこから足が緑色に変色してるところから見るに幾つかの可能性があるが、斬撃痕を見た限りじゃあゴブリンドクターの作った痺れ薬を貰ったな。その毒は調べてからでないと解毒不可能だ。そっちも魔法で解毒できない」

「そ、そんな……何か方法は無いのか!?」


 アタシは毒に関する知識は無い。

 解毒魔法も効かない場合は、アタシには毒の知識が無いので何もできない。


「俺は錬金術師、俺なら治せる」


 錬金術師は低級ポーションしか作れないと、今の時代ではそう認識されている。

 アタシの時代は危険すぎる職業だったのだが、それが今では不遇職、しかもワザと自分の情報を開示したという彼の言動は、目の前の男達を試しているのだろう。

 恐ろしい、情報一つで彼等の性格を図ろうとしているのだから。

 そして恐ろしいのは、その情報が薬にも毒にもできるというところであり、それを彼が分かって使っているからこそ、身体が打ち震えてしまう。

 だが、少女を背負ったリーダーらしき男が怒気を孕んだ声でレイへ苛立ちをぶつけた。


「れ、錬金術師って……巫山戯んな! 低級ポーションしか作れねぇ奴が毒なんざ治せ――」

「なら、そのまま足と命を失うか? 別に俺は構わんぞ。足を怪我した女の方は後三十分もすれば足が腐って太腿辺りを切断する処置に切り替える事になるし、背負われてる方は十五分以内に処置しなけりゃ心臓にまで毒が達して死ぬだけだが……まぁ、好きにしろ」


 正確な数字を提示する事で、相手の緊張感や焦燥感を煽っている。

 そして彼は嘘偽り無く答えている。

 人の本性を暴こうとしているところは、彼の性格なのかもしれないけど、流石に相手が不憫だ。


「この階層域はルートは複雑で、他人と出会える確率はかなり低い。そして優しい人間もそこまで多くない。俺は対価さえ貰えれば解毒してやれるが……その反応だと、どうやら俺の力は必要無いらしい」


 俺を信じて治してもらうか、それとも俺を信じずにそのまま仲間を見殺しにするか選べ、みたいな事を言っているのだ。

 彼は鬼か悪魔の子だろうか?

 強さに裏付けされた個性、という訳でもないだろう、やはり過去に何かあったか、気になる……


「お前等、行くぞ」


 彼は背を向けて先へと進む決意をしていた。

 だから一歩を踏み出そうとしたが、その前に片足を引き摺った女の人が地面に倒れながらも彼の足を掴んだ。


「待ってくれ! 私は別に足を失っても構わない! だからペコラを……た、助けてくれ!」

「ほぅ、殊勝な心意気だな」

「な、なら――」


 確かに、自分を顧みず仲間を助けてくれと、そうお願いする人間もそこまでいないだろう。

 しかも本心で語り掛けている。

 それに対して彼が言葉にしたのは、この場にいる全員が固まるような単語だった。


「対価は?」

「は?」


 ここでも他人から搾取しようとする胆力は凄まじい。

 しかし、アタシでも思わずドン引きしてしまう言葉であるのは確かだ。


「当たり前だろ、薬はタダじゃないんだ。まさか無料で治してもらえるなんて甘い事でも考えてたか? 別に魔石だろうが素材だろうが、物々交換でも構わん。どうする?」

「……頼む、治してくれ」

「交渉成立、だな」


 しかし、ここで治すのには場所が狭すぎる。

 彼も分かっていたようで、木の幹へと手を着いて能力を発動させる。


「『錬成アルター』」


 バチバチと音がして、足場が揺れ動く。

 これだけの能力があるのに、レイはまだアタシに手の内を見せてない。


「二人分ちゃんと処置してやるよ、アンタの殊勝な心意気に免じて、な」

「あ……ありがとう!」

「礼なら対価で示せ。サッサと処置するから、俺について来い」


 大樹を錬成して足場を、緊急医療施設を用意した。

 しかし、足を怪我した女の子はすでに膝辺りまで毒が進行しているため、本当に治せるのかと疑問がある。


「レイ、本当に大丈夫なの?」

「問題無い」


 素っ気無い返事だったが、それでも彼の言葉には一つ一つ重みがある。

 その一言こそが、彼の歩みの結晶。

 荷物を下ろしたので、アタシもバックパックから退避してユスティと周囲の警戒に当たる。


「ペコラって女を寝台に仰向けに寝かせろ。獣人のお前はうつ伏せになれ。脹ら脛をやられてるみたいだしな」


 二つの寝台へとそれぞれ寝かせる。

 彼は肩に掛けていた薬草鞄から幾つもの薬瓶や薬草類、器具を取り出していた。

 最初に気絶した方から処置を開始するらしい。

 幾つかの薬草を混ぜ合わせるために、乳鉢へと入れて擂り潰していた。

 それをガラス製のコップか何かに流し込んで水と混ぜ合わせ、三脚に乗せて下から加熱用の魔導具を駆使して加熱させる。


「それが解毒薬?」

「いや、五分間加熱して不必要な物質を取り除くんだ。そして加熱後は冷やしてから、普通のポーションに混ぜ込むんだ。それを飲んでもらう」


 自分の見た事無い薬草類ばかりが使われているが、見ただけで毒を見抜くとは、その頭にはどれだけの知識量が詰め込まれているのだろう。

 五分加熱してから精霊術で冷やして、ポーションへと混ぜ込んでいた。

 しかも精霊術の水で薄めているため、そのまま飲めば効力よりも副作用が強く働いてしまうのだろう。

 しっかり考えられているが、飲まそうとしても飲み込めずに咽せて吐いていた。


「ゲホッゲホッ……」

「チッ、面倒掛けさやがって」


 そして、苛立ちながら何故か自分で飲んでいた。

 何故自分が飲むのかと思っていると、意外な行動に出ていた。


「な、何して――あっ!?」


 経口投与、口移しというやつだ。

 それには『風の軌跡』の連中も驚いており、ペコラを背負っていた男がレイの胸倉を掴む。


「て、テメェ! 何て事しや――」

「口移しで胃に流し込むのが一番だ。この毒は体内のあらゆるところに巡っているし、肝臓での解毒作用を増強させる効果もある。注射で打ち込んだ場合は毒の巡りの方が速くて死んじまうが、それでも良かったのか?」

「くっ」


 何処までも静謐に、何処までも冷たく、彼は淡々と語っていた。

 モヤモヤするしムカつくのだが、これが治療行為なら仕方ない。


「セラさんも同じ事されてましたよ?」

「え、そうなの!? ふ、フフ……」


 な、なら我慢しよっと。


「分かったら邪魔するな。それからそっちのお前は足に注射するから、口移しは無い。変な顔するな」

「そ、そう、分かったわ」


 気付けばポーションとしての役割を果たしていたのか、腕の傷も回復していた。


「次はアンタだ。悪いが、血液に侵入した毒物を少し採取させてもらうぞ」

「えぇ。お願いするわ」


 注射器らしきもので血液を採取した彼は、試験管に血液を移して毒の種類を調べ始めたが、種類を絞り込めているそうで、特定に五分と時間は掛からなかったけど、何してるのかさっぱりだ。

 試験管五本を用意して、それぞれに違う薬品を注入。

 試験管に何かの薬品をそれぞれ入れて混ぜると、その中の一つに入った血液が紫色へと変色していた。

 更に、その血を調べていくと、二つの毒物が入っている事が分かった。


「毒が分かった。フースって紫色のキノコ毒と、ウォースコーピオンの神経毒を混ぜた混合毒だ。毒を混ぜるのはドクターゴブリンの常套手段だが、丁度手持ちに解毒薬があるから、配合させて投与しよう」


 彼は薬草鞄から二つの薬品を取り出して、その二つを一つの薬瓶へと注いで錬成を発動させた。

 不純物が手元に現れ、薬瓶の透明な液体を注射器に入れてから、彼女へと注射する。


「痛っ……」

「我慢しろ」


 チクッと痛みが現れ、彼女は顔を歪ませる。

 膝より上の太腿へと薬を注射して、次に怪我した場所の治療を始めていた。

 細胞活性化による怪我の治療を行う。

 物凄い手際の良さに全員唖然としているが、それでも回復したという事に、喜びを噛み締めている様子だった。


「後は二時間安静にしてろ。毒は消えるが、体内から失われた血を回復させるために動かない方が良い。後これは造血剤だ、飲んどけ」

「あ、ありが――」

「言葉は要らねぇよ。礼なら対価、後でしっかり払ってもらう」


 赤色の液体を手渡した彼は、テーブルに置かれていた物を全て片付けていき、薬草鞄の整理を始めてしまう。

 本当に素っ気無いが、大した人間だ。

 すぐに処置して、苦しそうにしていたペコラって子も落ち着いた顔になっていた。


「さて、ダイトのおっさんは何処に――」

「レイ殿、ここにいたのか」

『ただいま〜』


 彼が探しに行こうとした時、精霊を連れた青髪の少女が帰ってきた。


「リノ、何処に行ってたのよ?」

「いや、済まない。少し先の未来を見てダイト殿を追い掛けたのだが……見つからなかった」

「アイツに何かあったのか?」

「そうではないのだが、何だか誰かと会話してるようだったのだ。霧深く、我も迷うところだったのだ」


 ステラがいて助かったってところなのだろう。

 精霊紋で二人は繋がっている。


「それにしても、この者達は誰なのだ?」

「金蔓」

「か、金蔓……」


 何て身も蓋も無い言い方、後ろの『風の軌跡』の人達があんぐりと口を開けて呆けている。


「毒に喰われた奴等を治して、こんな状態だ」

「そうか。これからどうするのだ?」

「昼休憩を挟もう。アイツの事だ、どうせエレンと通信してるだけだろ」


 ギルドカードは空間毎に切り離れているダンジョンでも機能している。

 それは、ダンジョンを縦に流れる魔力によって繋がっているためだってレイから聞いた。


「昼飯にしよう。用意するから少し待ってろ」

「やった! お腹ペコペコだったのよねぇ!」

「楽しみですね」

「えぇ!」


 レイの料理は昨日も食べたし、飛竜での旅の途中でもキリサメワシやツチボリの料理を食べた。

 あれは本当に美味しかった。

 薬草や薬品だけでなくスパイスや調味料の数々を拵えていたので、ほっぺが蕩け落ちるかと思ったくらいだ。


「ダイト殿はどうするのだ?」

「特攻探索師なんだ、勝手に見つけるだろ。それよりユスティ、手伝ってくれ」

「はい、畏まりまし……何してるんです?」


 ユスティの視線の先、レイが『風の軌跡』の連中の荷物類からモンスターの肉や素材を手にしていた。


「物々交換だろ? 文句無いよな?」

「うっ……あぁ、好きに持ってけ」


 リーダーらしき鎧に身を包んだ男が、外方向いて不貞腐れていた。

 まぁ、何の躊躇も無く他人のバッグ漁ってるのだ。

 容赦無い。

 この奇妙な出会いが今後どうなるのか、レイの選択、ダイトの行方、リノの見た未来について、このダンジョンで何が起こるのか予測が付かなくて面白い。

 これからも、こういった出会いと別れがあるのだろう、ならば一日一日を楽しむとしよう。





 霧深い二十四階層の一角、黒髪のダンディーな男、ダイガルトが周囲をキョロキョロと見回していた。

 誰もいない、静かな場所へと彼一人赴いていた。


(確かここのはずだよな?)


 彼が一枚の手紙を取り出して、そこに書かれている内容を心で読んだ。

 それはノアがギルド長であるフランシスと会話していた時に、一階で貰っていた手紙でもある。


(ギルド本部からの極秘命令、一つはフラバルドでの事件解決、もう一つは……)


 そこに書かれている内容に、彼は歯噛みしていた。

 これは仲間の情報を売る(・・・・・・・・)行為に相当し(・・・・・・)、それでも自分が逆らえないという事でもある。


「貴様が……Sランク冒険者のダイガルト=コナー、迷宮王だな?」


 彼の視線の先、黒いローブで全てを包み隠した人物が立っていた。

 声も機械のようにブレて聞こえ、正体が一切窺えない。

 ワザワザ声も隠しているところから、情報隠蔽を徹底していると察した。


「あぁそうだ。アンタがギルドから……いや、ルドルフの野郎に遣わされた独自の使者かい?」

「……それより情報を――」

「あぁ待て待て、慌てなさんな。焦りは禁物だぜ?」


 ヘラヘラとしているダイガルトに対し、ギルドの使者である者は苛立ちを腹に抱える。


「サッサと情報を渡せ、私を苛立たせるな」

「フッ……お前さん、何怒ってんだ? ディファーナで奴の部屋に侵入した者か? いや、違うな、同僚ってところだろ。何かあったようだな」

「ッ……それは関係無い話だ。良い加減、サッサと私に情報を――」


 言葉が止まってしまう。

 それは、ダイガルトの持つ鋭い殺意が突き刺さったからである。

 その凍てつく気配は途轍もなく大きく感じられ、使者はまるで猛虎に怯える一匹の兎のようになってしまい、言葉を上手く繋げない。

 恐ろしいと感じさせられた意味を理解できず、ただ震えるだけだった。


「怖いか? だが、俺ちゃんなんかより、奴の方がよっぽど危険だ。ルドルフの野郎はアイツを利用しようと考えてんだろうけど、止めた方が良い。命令だから情報は渡してやるが、奴は頭のネジが外れてやがる」

「そんな事は全員知っている。そのせいでルドルフ様は……」


 何があったのか、それはダイガルトには分からない事であるが、近くで見ていた使者には分かる。


「アイツはイカれてんのさ。化け物みたいな強さに加え、何事にも躊躇しない精神、そして仲間すらも信用しない孤独な思考、どれも面白いし、見てて飽きねぇんだ」

「貴様も大概だな……どいつもこいつも、イカれてる」

「ハハッ、Sランクになる奴なんざ、全員イカれた奴等ばっかだぜ? んなもん常識だろうが。お前ルドルフのとこにいたんだろ?」


 冒険者のトップに立つ者達は、全員が化け物じみた力を持っているが、それよりも誰しもが独特な個性を持っているのだ。

 だからこそ、目の前にいるSランク冒険者の笑みも醜悪なものとなっている、そう見えた。


「奴に手を出さない方が良い。躊躇無く人すらも殺し、一切迷わず他人を切り捨てる。そして俺が一番イカれてるって思う部分は……自分の領域を侵されたら全てを根絶やしにしようって戦闘意識だ」


 それは、手を出したら必ず報復されてしまうという事を示唆している。

 しかし、ヤル気を一切出さない、そして手の内を見せようとしない彼には多くの引き出しが存在しており、それにダイガルトは気付いている。

 だから、ここでは全てを語れない。


「アイツは俺が今まで出会ってきた奴の誰よりもネジが飛んでやがる。その逆鱗に少しでも触れてみな、粉々にされちまうぜ」

「……それでも、ルドルフ様は可能性があると仰った。ならば、私達は彼のために動くだけだ」


 それぞれの譲らない一線は、火花を散らせていた。


「ヘッ、そうかよ。まぁ、とにかくこれ、確かに渡したぜ」

「……確かに。では、私はこれで失礼する」


 そう言い、使者は霧の中へと姿を消した。

 静寂が訪れ、ダイガルトは手紙を焼却し、彼等の元へと戻っていく。


(フッ……済まねぇな、ノア)


 彼はノアの情報をギルド本部、いや、七帝の一人であるルドルフへと売った。


「俺ちゃんは何よりも面白い時代の変革を見たい。夜明けが近いぜ、ノア……」


 時代が動き出そうとしている。

 彼はそんな中でノアという男の情報を敢えて売り、ルドルフを刺激する。

 これは新たな時代へと動き出すために、彼なりに考えた(・・・・・・・)必要な事だ(・・・・・)


「この世界に現れた暗黒龍の使徒、だもんな。羨ましいぜ全く、お前が選ばれちまうんだもんなぁ」


 懐から一つのペンダントを取り出した。

 黒色であり、暗黒龍の形を模した一つの宗教の象徴でもあるペンダント。


「ノア、お前さんが不甲斐無きゃ、黒龍神様の使徒として俺達黒龍協会が認めねぇぞ」


 不敵な笑みを浮かべ、彼はペンダントを懐へと仕舞う。

 時代を担うに足る人物なのか、それを見極めるためにダイガルトはノアをダンジョンへと誘った。

 暗黒龍の使徒として時代を担える人材なのか、ダイガルトはこのダンジョンで彼を試す。


(それが、教祖様に頼まれた事でもあるしなぁ……面倒だが頑張りますか、っと!)


 木々を飛び越え、彼は自分達の崇める神徒へと走り出していく。

 これが彼の役目であり、そして彼等が確かめるべき事でもあるのだ。

 だから、ダイガルトはノアと共に迷宮ダンジョンへと挑む。

 この世界を夜明け、変革へと導くために……






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