第77話 都市は喧騒と不安に包まれる
書状を見せて、フラバルドへと入る事ができた。
ただ、俺が魔神騒動を止めた人間であるとフラバルドのギルドマスターに知られてしまった。
フラバルドは巨大な迷宮都市であるため、関所を通って中へと入った時に、あちこちから喧騒が聞こえてきた。
凄い賑わいを見せている。
(賑わってんなぁ……こりゃ、ガルクブールやグラットポート以上かもしれんな)
多くの人達が都市の中で生きている。
都市の中では、失踪事件なんて無かったかのように普段のような暮らしが繰り広げられているのだが、道行く冒険者達は不安の表情をしていた。
しかし、帰ろうにも出られない。
出られないからこそ、経費が嵩む。
そしてダンジョンに潜って稼ごうとして、行方不明になってしまう。
その事に対して、犯人を逃がさないようにギルド権限で都市を閉鎖する。
(完全な悪循環だな)
誰が行方不明になろうが、俺とは関係無い。
攫われるなら、せめて証拠くらいは残して欲しいものだと思う。
都市の中央付近にギルドがあるらしく、中央に向けて歩いているのだが、中央区画の先にはダンジョンらしき大きな建物が見える。
かなりデカいな。
ダンジョンって全部こんな風になってるのかな?
「じゃあ、観光しましょ!」
都市の雰囲気を肌で感じていると、突然突飛な事を言い出した龍神族が一人。
「馬鹿、お前のギルドカードを作成してもらうんだろ。観光はしないぞ」
「えぇ!?」
何を驚いてるんだか……
ってかシャルニでもディファーナでも、観光と称して自由行動してなかっただろうか?
龍神族は皆、自由奔放なのかもしれない。
だが、観光するにしても周囲からの視線が突き刺さるようであり、やはり良い目で見られていないようだなと分かった。
いや違うか、セラが異様な目で見られている。
「やっぱり皆アタシの美貌に魅了されてるのかしら? ふふん、当然の反応ね!」
「いや違うだろ」
多分、彼女が二本の角を持っているからだろうな。
殺された人間の証言、『二本の角がシルエット』という事が都市全体に広まっているせいだろう。
龍神族以外では、鬼人族が一番シルエットっぽいが、他にも闘牛族や神羊族、鹿王族、角の生えた種族が疑われている。
それも仕方のない事だが、セラの場合は今日来たばかりであろうし、必ずしも犯人が角の生えた人物であるかは不明だ。
「悪目立ちしてるんだから、少しは大人しくしてくれ」
「嫌よ。アタシの自由でしょ?」
「……はぁ」
思わず溜め息を漏らしてしまう。
とにかく、今は彼女の動向に注意を払いながらギルドへと向かおうと考えていた。
俺はフードを目深に被り、気配を薄くする。
狙うんなら狙って欲しいところだが、こればっかりは運が絡んでくるだろうし、今のところはダンジョンにすら潜ってないのでどうなるのやら……
不安しか無いな。
「ねぇ、ダイト、アンタ来た事あるんでしょ? ダンジョンの転移ポータルで一気に下層まで行けるんじゃないの?」
「いや、どのダンジョンでも二ヶ月以内に更新しないと、登録された階層への転移はできないんだ。だから、お前等と一緒に一階層からやり直しだ」
数百年生きたセラならば知っていても不思議ではないだろうが、ダイガルトの言う通り、彼は半年間のダンジョン探索を停止させていた。
実際に引退しようとしていた。
その引退の原因が、今回の事件と関係しているのかはまだ不明だが、何だか関係しているように思える。
「レイはダンジョンとかに入った事あるの?」
「いや、俺が冒険者登録したのは二ヶ月前だ。それからはダンジョンに入る間も無くてな」
「その前から冒険者登録とかはしなかったの?」
「……」
これ以上は答えなくて良いだろう。
規則として十五歳から冒険者登録できるのだが、俺は勇者パーティーに二年近くいた。
俺にとっては黒歴史だ。
誰かに話したりする気は無いので、俺はモブらしく口を閉じて一番後ろにユスティを配置して歩く。
(そういや、勇者達との旅も同じように後ろの方を歩いてたな)
職業を授かってから暗黒龍と出会うまで、俺は非戦闘職として一番後ろを歩いていた。
それは俺が戦闘に一切役に立たなかったから。
かなりの強さを持っていると自負しているが、今となっては目立ちたいだとか、強さを誇示したいとか、そういった気持ちは持ち合わせていない。
(今回は戦う事は無さそうだし、身体の呪詛の解析と回復に努めるか……)
身体に巣食う呪詛はいずれ全身へと巡るだろう。
これが死に直結しているのを本能で感じ、次に右目を使えば完全に死ぬであろう事も理解している。
前回は何故か助かったが、恐らく暗黒龍が精神を分離させて俺に一部を預けたのか、自分の事もよく分かってないのにフラバルドの事件に関わろうとしている。
今度、時間があれば暗黒龍を探さなければならない。
「レイ〜、お金貸〜して!」
翼を広げて浮揚し、バックパックの上へと乗って身体を預けてくる。
重たいのだが、もう文句すら言わずに歩く。
金を何に使うのかは分かっている、食べ物に注ぎ込むのだろう。
「金を貸すのは構わんが何に使うつもりだ? 先にギルドに行きたいんだが……」
「勿論、世界の料理を堪能するためよ!」
「涎垂らすなよ」
セラの定位置が俺のバックパックの上と、定着しそうだな。
フラバルドまで歩いてくる中でも、殆ど俺の背負っている荷物に乗って寛いでいた。
どうやら、そこが気に入ってしまったようだ。
「単に腹を満たしたいだけだろ。後で飯屋に連れてってやるから我慢しろ」
「そ、そんなぁ……」
後ろから両手で頬を摘まれる。
右左に引っ張られるが、先に面倒事は済ませておいた方が良いだろうし、向こうも待ってるかもしれない。
それにセラは一文無しだ。
そう言えば、滞在期間の申請とかしなかったのだろうかと疑問が芽生えた。
「お前、都市に入る時、仮の身分証はどうしたんだよ?」
「あぁ、これね、ほら」
ゴソゴソとコートのポケットから仮の身分証を取り出して、俺に見せてきた。
俺もガルクブールで身分証を一万ノルドで登録した。
仮登録は一ヶ月が限界であり、それまでに返しに行かなければならないのだが、あの時は忘れ掛けてたので期日ギリギリに返しに行った。
「ん? お前金はどうした?」
「ユスティに銀貨一枚借りた……って言うより、彼女の方から貸してもらったの」
大の大人が、少女に金を借りるとは情けないな。
路銀を落としたから仕方ないものの、今までどうやって収益を得ていたのやら。
ユスティは優しいってより、甘い。
それに金の貸し借りを黙っていたという事は、ワザワザ言うべきでなかったと思ったのだろうが、流石に主人として見過ごせない。
ポーチに手を入れて、銀貨一枚を取り出した。
「ユスティ、セラの分だ。気付かなくて悪かったな」
「あ、いえ、気にしないでください。お金ならご主人様から頂いた分がありますので」
何て良い子なのだろうか。
セラにユスティの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「お前はユスティを見習ったらどうだ?」
「うっ……言い返す言葉が見つからないわね。ユスティ、ごめんね」
「本当に大丈夫ですよ。どうか謝らないでください」
これが大人な対応なのだろうな、俺も彼女を見習って大人な対応ができるようにしよう。
奴隷が完璧だと肩身が狭いな。
そう考えながら、ギルドを目指してしばらく歩き続けていると、唐突に前を歩いていたリノが振り返った。
「レイ殿」
「ん?」
今度はリノから声が掛かる。
「予知が見えた」
彼女の未来予知はダンジョンが隔離されているせいで、見れなかったんじゃなかったか?
それなのに突然見えた、と。
「突発的だな。そんな能力だったか?」
「いや、この都市に入ってから不思議なのだ。急に未来が一部だけ見えたり、逆に見えていた未来が見えなくなったりしてな」
彼女は案内人だからこそ、未来予知が見えるのに別に可笑しな事は無い、はずなのだが……どういう訳か未来が勝手に見えたらしい。
彼女の未来予知は人物を対象としている。
誰も見ていないはずなのに突然脳裏に浮かび上がった、みたいな未来か。
嫌な予感しかしない。
「その未来って――」
「お前等、ギルドに着いたぜ」
彼女へと聞こうとしたが、ダイガルトに遮られる。
未来予知の内容を知りたい気持ちもあるのだが、その前にすでに彼がギルドの扉を開けていて、中へと堂々と入っていった。
俺達も、彼に続いて中へと入る。
「巫山戯るな!! 何で捜索してくれないんだよ!?」
入ったところで、怒声が外へと抜けていく。
「ですから先程も説明しましたように、今は人手が足りないのですよ」
受付嬢が対応しているが、そこにいるのは三人の冒険者だった。
一人は戦斧使いの男、一人は魔術師らしき男、そして一人は盾職の男、全員が男だったのだが魔術師ってやっぱりモヤシなのか?
鍛えられてない肉体は、吹けば飛びそうな貧弱さだ。
「冒険者を何だと思ってんだ!! この――」
受付嬢を殴ろうとしていた戦斧使いの男に対して、俺が手を出すまでもなく、ダイガルトが殴ろうとしていた男の腕を掴んだ。
おぉ、普段おちゃらけてるのに、今日は何だか格好良いではないか。
移動するのに一呼吸置く間も無く、即座に判断して飛び出したのだ。
「なっ、誰だテメェ!?」
「お前と同じ冒険者だよ。喧嘩はご法度、暴力もだ。もっかい講習受け直した方が良いんじゃない?」
「ウルセェ!!」
挑発に見事嵌った男は、ダイガルトへと殴り掛かろうとしていた。
相手のランクは恐らくDかCくらいだ。
今の怒号からするに、仲間が行方不明になったってところだろうか。
「リノ、あれか?」
「うむ、あれも、だ」
要するに、まだ災難は続くらしい。
「おら! おらぁ!!」
背中に背負った斧を横に携えて、連続で振るう。
ダイガルトはそれを避け続けていくが、痺れを切らしたのか、戦斧使いが武技を発動させようと、動きを止めた。
そして、魔力が淡い青白い光となって収斂されていく。
「ご主人様、あの武技は何でしょうか?」
「まだ動作途中だから正確な事は言えんが、あのレベルから考えると、多分『ワイドスイング』か『ヘッドクラッシュ』だろう」
どっちも横薙ぎから始まる戦斧使いの技だが、大振りなので威力の割には避けやすい。
そこまで強くない職業だと俺は思っている。
まぁ、不遇職である錬金術師が何言ってんだって話なのだが、今の俺は荷物持ち、手出しはしない。
「『ヘッドクラッシュ』」
身体を捻って、大振りの一撃を跳躍しながらダイガルトへと加える。
このままだとダイガルトが殺されてしまう、とは考えられない。
そのまま後ろへと下がって避けていた。
男の攻撃はギルドの床を壊していき、周囲へと亀裂が生じる。
(おいおい、マジかよ)
周囲では冒険者達やギルド職員達が手を出さずに、ただジッと見ているだけ。
暴力に加担した場合、その人も罰金や処罰を受ける事になるからこそ、誰も手を出そうとしない。
今回はダイガルトがギルド職員を助けたので、軽い処罰で済むだろうが、助けた側が処罰の対象となるのは、何でだろうな。
だが、処罰の対象とならないよう、俺はただ観察に徹した。
(おっ、と)
衝撃波が俺達の足元にまで来たので、後ろへと飛び下がってダイガルト達の戦いを見守る。
連続で攻撃を加えていく戦斧使いに対し、取り出した短剣で心臓を一突きしようとしていたダイガルト、彼から漏れ出た殺気を感知したセラがフードを引っ張ってくる。
「ねぇ、ダイトのやつ、殺す気じゃないの?」
「そうかもな」
彼女の言葉は正しい。
天性の勘のような感知系統の権能を持つ彼女だから、ダイガルトが反撃して男を殺そうと考えている事に気付いたようだ。
『蒼穹へ響く波動』の感覚機能がどうなっているのか、知覚能力が凄まじい。
それに話によると、四つも権能を持っているらしいからこそ、彼女は底知れない何かを秘めている。
「戦斧使いを昏倒させろ、後で飯沢山奢ってやるから」
「ホント!? なら……『魔法付与・パラライズ』」
魔法付与によって斧持った男の足元に黄色い魔法が現れ、電撃で意識を刈り取られ、そのまま地面へと突っ伏していた。
魔法付与師って結構便利な職業なのかもしれない。
地面へと顔面から突っ込んだ男は、そのまま白目剥いて失禁してしまった。
「約束よ?」
「あぁ……分かった」
彼女がどれだけ食うのかは、出会ってからの五日間で把握している。
湿地帯で捕らえたキリサメワシやツチボリを全て平らげたのに、まだ食ってたし、胃袋はブラックホール並みだろうなと驚愕してしまった。
キラキラと嬉しそうに目を輝かせるセラは、尻尾を振って頬を緩ませる。
「よくもゲイドを!」
「テメェ等舐めてんじゃねぇぞ!!」
仲間が気絶させられ、杖を構えて詠唱を始める眼鏡の魔術師と、全身鎧に身を包んだ盾職の男の二人が、それぞれ俺達へと標的に定めたようだ。
正確には俺ではなくセラだが……
盾職だと思っていたのは実は騎士だったらしく、盾に収納していた剣を引き抜いて攻撃してきた。
(随分と馬鹿が多いらしいな)
ユスティと目配せして、彼女が前へと出る。
「邪魔だ餓鬼! そこを退け!!」
「ご主人様への攻撃、見過ごせません」
彼女は帯剣した魔剣二本を抜いて、相手の剣を受け止めていた。
正当防衛は成立する。
彼女は魔剣へと魔力を流して、能力を起動させる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
金属製の剣に魔剣から発せられる電撃が流れ、感電した男が地面へと崩れ落ちた。
魔剣とは便利なものだな、簡単に鎮圧できた。
それだけ圧倒的な差があったのだと理解したが、まだ詠唱してる魔術師がいたので、妨害しようとしたところでリノが手で制する。
腰溜めに構えた彼女は精霊剣を抜剣し、渾身の一撃をお見舞いした。
「『抜刀・霊風斬』!!」
「ぎゃっ――」
新しく手に入れた精霊剣から鋭い風が鎌鼬となって、魔術師の男の身体を斬り裂いた。
杖ごと斬り裂いていたのだが、やりすぎだ。
男が身体から大量に血を流して、出血性ショックを引き起こしている。
処置しないと死ぬぞ、コイツ。
「何を言っている。こうでもしなければ、レイ殿が殺してしまうだろ」
「それも未来予知か?」
「そうだ」
つまり俺が手を汚さないように配慮したという事なのだろうけど、相手は腹を掻っ捌かれて血塗れとなっているではないか。
処置が遅れると確実に死ぬぞ。
正当防衛は成立するだろうけど、これはギルド職員次第だろうな。
「怪我してないか?」
「え、あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
殴られそうになっていた受付嬢がダイガルトへとお辞儀していた。
青色の長髪に花柄のスカーフをした美人な受付嬢、周囲で見物人となっていた者達から人気がありそうだが、その本人はダイガルトへと好奇な視線を向けている。
パッチリとした目がダイガルトを映す。
「ゲイドさん達から守ってくださり、本当にありがとうございました」
「あぁ、いや……俺ちゃん何もしてないけどな」
ダイガルトとしては単に避けていただけ、コイツ等が他人へと噛み付いてきた事に対して俺達、正確には女子三人が対処した。
死に掛けている男を回復させる事は簡単だが、俺にはそんな義務は無い。
しかし死なれても困るので、俺はしゃがんで男達のアイテムポーチを漁ってポーションをゲットし、それを使って回復させる。
「ゲホッゲホッ、き、貴様等……こんな事してタダで済むと思――ガッ!?」
どうやら、持っていたポーションは低級のものだったらしい。
ポーションは薬師でも作れるが、出回っているものは殆どが低級ばかり、傷口は治り掛けているだけで完璧には治ってなかった。
腹を踏ん付けて、体重を掛ける。
反省の色が見えないので、徹底的に心を潰す。
「うるせぇなぁ。殺られる覚悟も無いのに攻撃してくんじゃね〜よ」
「に、荷物持ちの分際で何様のつ――ぁぁぁぁぁ!?」
錬成も発動させて、痛覚を数十倍に引き上げる。
仕掛けてきた方が悪いため、俺はそのまま激痛を与え続けていく。
すると、簡単にバキバキと骨が砕けていく音が聞こえてきた。
悲鳴が木霊して、ギルド内では地面を転がってる男以外の声は聞こえなかった。
「そこまでだ!!」
厳格な声が一階ホールへと広がり、俺は声のする方へと視線を向けた。
そこにいたのは、大きな身体を持ち、耳の尖ったドワーフらしき女性だった。
茶色い髪を団子にして頭の上へ乗せている。
また焦茶色の瞳に鋭い切れ長な目、まるで食堂のオバチャンを彷彿とさせる女性が、階段の上より降りてきて、俺達の前までやってきた。
「足を退けな」
「……チッ」
俺は錬成を途中で止めて足を退けてやる。
すると、激痛に苛まれて藻掻き苦しみ始めた魔術師の男がジタバタと暴れ出した。
首を抑え、涙を流し、身体が痙攣している。
余程、キツいのだろう。
しかし、攻撃しようとしてきて反省の色すら見えない男を逃す程、俺は甘くない。
「コイツに何したんだい!?」
「別に何も」
神経を剥き出し状態にしただけである。
空気に触れるだけで激痛が走るようにし、痛覚も数十倍に引き上げてあるが、言わなければバレはしない。
そもそも、冒険者の管理が行き届いてないのはギルドのせいだ。
素行不良となっている冒険者を管理するのは、冒険者の上司とも言えるギルドの仕事、それを手伝ってやったにすぎない。
「アンタがギルドマスター?」
「そ、そうだが……アンタ等は誰だい? 初めて見る顔だねぇ。もしかして報告にあった、あの――」
「よぅフランシスの婆さん、久し振りだな」
「なっ――ダイガルト!?」
二人は面識あるようだが、ダイガルトの方が歳食ってるように見えなくもない。
「レイは悪くない。元々、受付嬢を殴ろうとしてたのを俺が止めて、それに逆ギレした戦斧使いが武技を使ったのが始まりなんだ。殺気や害意に敏感なんだ、コイツは」
「それ、本当かい?」
ギロッと助けられた受付嬢を睨んで、彼女はそれに全力で縦に首を振って肯定していた。
「この戦斧使いを気絶させたのは?」
「アタシ」
「じゃあ、泡吹いて伸びてる鎧の奴は?」
「あ、それ私です」
「……なら、そこの魔術師は?」
「我だ」
全て合っている。
だが、俺達の言葉が信じられないのだろう、敢えてカウンターにいる一人の受付嬢へと確かめていた。
疑り深い性格なのかもしれないが、まぁ、馬鹿みたいに信じる奴よりかは好感が持てる。
あんま信用できないけど。
「錯乱してたから抑えたんだよ。それに俺は錬金術師、戦えない」
「錬金術師だって? それ、本当なのかい?」
「あぁ、証明書もちゃんと持ってるぜ」
俺は自分の職業証明書を提示した。
そこには錬金術師であるエンブレムが描かれており、錬金術師である事を証明した。
今回は荷物持ちと思わせるべきである。
俺が戦えない事を徹底させるべきだろう。
「確かに、偽造じゃなさそうだが……それでも冒険者同士の喧嘩は規則違反だ。罰金、払ってもらうよ?」
「あぁ、それくらいなら問題無い」
丁度、ポーションと共にくすねた金があるため、俺は自分の分と、ユスティ、セラの分を支払って、一先ずの収拾がついた。
攻撃してきた奴等は、何処か焦っていた様子だった。
そして何かを伝えようとして邪魔が入った俺達に対して反応した。
(何か妙だな……)
まさか意図的に洗脳でもされていたのかと思考するが、それだと意識全てが消え去るだろうし、まずは話し合いが必要と考え、大人しくギルドマスターの指示に従って男達を端っこへと放置した。
喧嘩の度合いにもよるが、被害者側は大体銀貨一枚から金貨一枚までの間で支払いが行われるようで、今回はセラが銀貨一枚、ユスティが銀貨二枚、俺が銀貨四枚罰金となってしまった。
計七万ノルドの罰金である。
因みに、男の身体は運ぶ際に再び元に戻して、意識だけあったので脅しておいた。
(はぁ……到着早々、とんだ災難だ)
まぁ、攻撃してきた奴等の持ってた金額が意外にも多かったので全額払えたが、何があったのやら。
気絶した奴等を邪魔にならないところへと置いて、執務室へと通されていた俺達は、フカフカのソファに腰を下ろして話し合いを始める。
「うわぁ!! これ凄いわね! フッカフカ〜!」
何処にいても自分のペースを保っているセラを放置してギルマスと視線を交わす。
何とかしろ、と言われているようだが、俺には無理だ。
「はぁ……都市入国早々、冒険者同士の喧嘩とは感心しないねぇ。昔っからやんちゃが過ぎるんだよ、お前さんは」
「悪かったって。それより何があったんだよ?」
ダイガルトとフランシスの二人は知り合いらしいので、彼等に話を任せよう。
「また行方不明事件だとさ」
「それホントか!?」
「嘘言ってどうすんだい……」
呆れたような物言いをするフランシスだったが、聞き返すべき案件であるのは間違いない。
どうせダイガルトはエレンと合流しようと考えているだろうし、それに同行する必要がある。
「詳しい事は分かんないけど、仲間が攫われたんだとさ」
「アンタ、ずっと二階から聞いてたのか?」
「あぁ、あんだけ騒いでたら嫌でも耳に入るさね」
確かに。
「アンタ達の事はリューゼンから連絡があったから聞いてるよ。すでにアンタの冒険者登録について、準備ができてるさ。ここに必要事項を書いてくれ」
「えぇ、分かった」
一枚の紙をバインダーに挟んで、それをセラへと手渡して書類を書かせる。
「とは言っても、情報はリューゼンから聞いただろうし、アタイから話せる事は何も無いよ」
だったら俺達がここにいる理由は無いではないか。
いや、セラだけはギルドカードの発行のために、残るだろうし、ここで待つのも良いか。
これ以上、誰かに絡まれる心配は無い。
「あの三人組は何なんだ?」
「あぁ、数ヶ月前から三十階層付近を探索してる『ドラゴンバスターズ』っていうパーティーさ」
「何だその名前、ダサッ……」
名前自体は別に問題無いのだが、セラにすら勝てない奴等がドラゴンなんて倒せるはずがない。
頭がお花畑の奴等は幸せだな。
名前負けしているパーティーだな、これ以上記憶する必要は無いだろうし、必要な事以外は忘れよう。
「で、ソイツ等の仲間が行方不明になったのって本当なのかよ?」
「さぁね。誰も目撃してないんだ、分かる訳無いだろ。登録された名前も消えてたし、行方不明じゃなくて死亡扱いになってたよ」
嘘吐いてたってのか?
「ま、詳しい話は後で聞くけど、大した情報は得られないだろうねぇ」
ほとほと困った、と息を吐いて疲れを表現していた。
ギルドマスターも大変そうだな。
「だから、幾つかのパーティーやソロ冒険者に依頼を出したのさ」
「特殊依頼か?」
「そうさ。Sランク冒険者も多いし、クランも沢山いるからねぇ、協力してもらってるのさ」
しかし、その中に裏切り者がいる可能性を孕んでいるせいで、協力者も疑わなければならない。
誰かが死神、背後から狙う狡猾な者だろう。
今のところ犯人の手掛かりはほぼゼロに近いため、これからダンジョンに行こうかと思うが、その前にセラに飯奢らなきゃだな。
「なぁアンタ……ノア、って言ったかい?」
「この国では『レイグルス』と名乗るつもりだが、何か聞きたそうだな」
大体は予想が付くが、答える気は無いな。
「いや、錬金術師ってのが本当なら、どうやって魔神を倒したのかって思ってねぇ。アダマンドが嘘を吐くとは思えないし、何か手品でも?」
「想像に任せる」
やはり、か。
ともあれ、これからダンジョンへと潜るために必要なものはセラの身分証となるギルドカードのみなので、彼女が書き終わるまで待つ。
「できた。これで良いかしら?」
「ん……あいよ、じゃあちょっと待ってな」
用紙に書き込んだ情報をカードへと登録し、本人の血を媒体に本人登録が完了する。
これにより、他人が勝手に使う事ができなくなる。
つくづく不思議なカードだ。
「これでレイと同じ冒険者ね!」
「まぁ、そうだな」
とは言っても、俺はぼちぼちランクを上げていくつもりだったので、恐らくセラ達よりランク昇格は遅い。
それに錬金術師が登録してる事自体可笑しいしな。
でも俺は精霊術師で登録してるから、別に変じゃないはずだ。
「よし、できたよ。裏に魔法陣が刻んであるから、そこに血を垂らしな」
「えっと……レイ、短剣貸して」
「あぁ、『錬成』。ほれ」
「ありがと〜」
俺達の一連のやり取りを、フランシスは唖然とした表情で見ていた。
何をしたのかを理解できてないらしい。
セラも理解してないだろう。
説明するのも面倒いし、龍神族は細かい事を気にしないようで、俺の詳細についてねちっこく聞いたりしてこないのだ。
流石は龍神族、長寿故の配慮だな。
「これで、アタシも冒険者ね!」
「説明はどうする? 本来なら講習を受ける必要があるんだがねぇ……」
「俺が説明しておく」
ユスティには一通りのルールを頭に叩き込んでもらったので安心だが、セラの頭に詰め込めるだろうか?
「よし、行くか!」
退屈そうに座っていたダイガルトが、勢い良く立ち上がった。
早くダンジョンに行きたくてウズウズしているようで、まるで子供みたいだ。
「皆は先に行っててくれ。俺はまだ用事がある」
「用事、ですか?」
「気にするな。ダイガルト、下で待っててくれ」
「おう! 行くぞお前達!」
俺は四人を見送る。
パタリと、扉が静かに閉まって全員が下へと降りていくのを確認したところで、再びソファへと座った。
「で、アタイに何か聞きたい事でもあるのかい?」
「勿論、一つ聞きたい」
ここに来てから、一つだけ気になっていた事、気掛かりな事があった。
いや、気掛かりと呼べる程のものでもないのだが、それでも確認だけはしておきたかったのだ。
だから、俺は彼女へと質問した。
「『黄昏の光』は今、どうしてる?」
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