第75話 旅は風を連れて
飛竜は俺達を乗せ、追い風と共に走っていた。
靄掛かっている中を通る事になるため、逸れたら面倒だ。
しかし、今乗ってる飛竜は鼻が良いので、もしも逸れても問題無いそうだ。
(おぉ、結構揺れるな)
気性の荒いワイバーンかと思ったが、どうやら俺の乗ってる個体はリーダー格らしい。
何故か俺が先頭なのだ。
普通は年功序列でダイガルトが……いや、セラが一番前だろうに、何で俺なんだよ?
「これって目的地まで止まらないの〜?」
「いや、途中で休息地が二箇所あるから、今日はその休息地まではノンストップだ」
ラガロット湿地帯の途中に南へと広がるザラ山脈があり、そこを大きく迂回しなければならないので、別の街に辿り着くのに二日要するのだ。
そして、現在は視界に大きな山脈が見えるだが、全然近付いてないように思える。
(スモッグモールがいるらしいが……こんな湿地帯に何でいるんだ?)
湿地帯は、淡水や海水による冠水が起こったり、覆われたりする低地を総称する。
稀に水で満ちるのだ。
水生生物やそれを餌にする鳥が多く、スモッグモールという砂漠に生息しているはずのモンスターが生きていられる理由が不明だ。
「うっは〜! 速い速〜い! アハハ〜!!」
「落ちるなよ〜」
「分かってるわよ〜!」
ジャンプしながら湿地帯を駆け巡るセラと彼女の乗るアクアワイバーンは、野原を走るように元気に駆け回っているのだ。
振り落とされなければ良いのだが……
彼女は荷物を殆ど持ってないので、身軽なのだ。
逆にこっちは荷物を背負った状態で乗っているため、そこまで元気に駆け回るのは無理だろう。
「ねぇ! 何か来るわよ!」
「は?」
セラが隣を並走しながら、向こう側を指差していた。
恐らく『蒼穹へ響く波動』の効力なのだろう。
進行方向に大きなモンスターが数匹いるのが確認されたのだが、霧でまだシルエットしか見えず、こっちに向かってきている。
走り出してから一時間が経過したが、もうモンスターの縄張りに入ったか。
「ん?」
そのモンスター達が俺達目掛けて突進してきているようだと、そう思ったのだが、霧から出てきたのは俺達と同じような飛竜に乗った客達だった。
道すがら、稀にすれ違ったりする事もあるのだが、最初に遭ったのがモンスターではなく人とは……
(六人くらいだったな)
服装や佇まいからして冒険者のように見えた。
危うく攻撃するところだった。
ラガロット湿地帯へと入ったのは良いんだが、休む場所が二箇所しか無い上に、こうも霧掛かってれば目的地を見失いそうになる。
しかし、アクアワイバーンは嗅覚でなのか、迷い無く進んでいる。
風が気持ち良い。
(まさか、飛竜に乗る日が来るなんてな)
飛竜の存在自体は知っていたが、東大陸では見た事が無かったし、三万ノルドもの金を支払う事さえできなかったかもしれない。
今では金が腐る程あるので、こういった体験もできるのだが、不思議な気分だな。
(昔では体験できなかったし……ってか結構揺れるな)
後ろではリノが口元を押さえていたので、また酔ってるなと思いながらも、俺は飛竜の背中を撫でる。
こんなにもゴツゴツしてて、大きな背中だったのだ。
こんな生き物もいるのだなと驚きつつも、それを直に触れる事ができている今、感慨深い。
「世界は広いな……」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
近くにいたユスティが俺へと声を掛けてくるが、まさか独り言が聞こえていた?
いや、流石にそれは無いか。
聞こえたとしても害は無い。
世界は広い、まだまだ自分の知らない事が沢山あるのだなと実感した。
だからこそ世界を巡り、旅をする。
「ご主人様、あれは何ですか?」
ドタドタと進んでいると、ユスティが前方にいた鳥の群れを指差していた。
その鳥は、銀色の羽を持ち、真っ赤な目を持っている。
その群れは空を旋回して獲物を狙っているようだった。
「ん? あぁ、キリサメワシだな。身体から霧を噴き出して雨を降らせる厄介な鳥の群れだ。ここらが生息地だから普段から曇り空なんだ」
キリサメワシは霧を発生させて、相手の死角を突いて獲物を捕らえる狩人のような鳥なので、新人冒険者の大半はやられて帰ってくる。
確か一羽でDランク、群れるとBランクにまで跳ね上がるモンスターでもある。
「飛んだ時の速さは時速七十キロを超える。視界の悪い中で獲物を狙うんだ。丁度、獲物を捕らえるところらしい」
小雨が降っている。
そんな中で一体が地面へとダイブしていき、地面にぶつかるかと思われたその時、二つの大きな足が何かを掴んでいた。
あれは……スモッグモールか。
ジタバタ暴れていたが、次第に力が弱くなって抵抗する気も無くなったようだ。
「は、速いですね……」
「あれを弓で射れる者は狩人として一流だと言われているんだ。ユスティ、お前もいつか射れるようになるが、今はまだちょっと実力が足りないな」
そう言うと、頬を膨らませてムッとした表情で詠唱を始めていた。
「『命を狩る者なりて この手に顕現するは魔弓 我が眼前にて実像を示したまえ マテリアライズ』」
彼女の手に現れたのは、金線が描かれた雪色の綺麗な弓だった。
淡く光ってるし。
真っ白な弓、魔弓と言うよりは『聖弓』のように思えるのだが、彼女の狩猟魔法の特定の文言は自由らしい。
例えば、この手に顕現するは『長い弓』とかでも、普通に出せるそうだ。
そこは本人のイメージ次第という事だろうか。
「『対を成す蒼紅の光は導かれ 重なり合う一射必中の表徴 標的へと描かれる軌道線は 刹那の時を駆け巡る デュアルマーカー』」
彼女の掌と手の甲に赤と青、二つの魔法陣が現れ、掌の方の魔法陣が赤色の矢へと変化した。
その魔矢を遠くへと放つと、本来では有り得ない物理を超えた軌道で一体のキリサメワシへとぶつかった。
「今の魔法は?」
「標的に狙いを定める魔法です。次に攻撃したら絶対にその魔法陣のところに当たるようになってるんです。魔神に矢が当たった事が経験値になったのでしょうか、新しく覚えました」
武技を使い続けて経験値を稼いだり、職業としての行動をしたりすると、経験値として記録されるのか、新しい魔法を覚えたりするのだ。
ただし、そういった経験値は不可視なので、時が来るまでは分からない。
本当に職業とは不思議なものだな。
見えてたら攻略法も見つかるのだが、見えないからこそ錬金術師という能力も未知な部分がある。
「そして、これが対の魔法陣です」
彼女の右手甲には、青色の魔法陣が刻まれていた。
面白い魔法だと思うと同時に、俺の伝えたかった事と違うなと思っていた。
(俺が言いたいのはそういう事じゃないんだが……)
まぁ、お手並み拝見だな。
魔力操作で魔力の矢を創り出し、それを番えて狙いを定め、矢を放った。
「『クイックショット』!!」
最速の矢に気付いた獲物のキリサメワシは、逃げるために上空へと飛び上がったが、それを追い掛けて矢はモンスターの飛ぶ軌道へと乗った。
速度がどんどんと上昇していき、最終的にモンスターの胸を背中側から貫いた。
(一射必中か……成る程、追尾機能みたいなものだな。そんな魔法もあるとは、奥が深いな)
ただ、これは狩猟魔法を持ってる彼女だからできる事、普通の狩人には、そんな芸当は無理だ。
「ごめん、言い方を間違えたな。魔力を使った弓の精度だけで当てられたら一流って事だったんだよ」
まだ怒ってるのか、プイッと外方を向いて俺と顔を合わせてくれない。
彼女は飲み込みが物凄く速いので、すぐに上達する。
俺も狙ってみようかなと思い、両手を腕輪へと添えて能力を発動した。
「『錬成』」
俺の体格に合うように魔弓を形成し、魔力を二本の矢へと変換する。
「二本同時に使うのですか?」
「まぁ、見てろ」
俺は二本とも番え、空高く飛んでいるモンスター目掛けて射出した。
キリサメワシが俺の矢を上へと避けた。
しかし二本目の矢が脳髄を貫き、一撃で仕留める事に成功した。
「す、凄い……」
「一本目で逃げ道を作って、僅差で二本目が刺さるようにしたんだ。まぁ、魔力有りきの力だがな」
魔力で身体強化しなければ、ここから矢は届かないしな。
地面へと落ちた二匹のキリサメワシの側まで寄って、そこへと降り立った。
「今日の晩飯ゲットだな」
かなりの大きさなので、五人で二匹は充分だ。
いや、龍神族であるセラがいるため、足りるかどうか。
「美味しいのですか?」
「あぁ、前に一度だけ食った事があるが、美味かったのを覚えてる」
新鮮な食材を集めて食べるのも楽しいもんだ。
食えるものなら何でも食ってたので、そこら辺で蠢いてる昆虫類や、雑草の類い、泥水とかも飲んだりして腹を壊してたのも今では懐かしい思い出だ。
だから、特に虫とかに抵抗は無い。
現に、俺達の乗ってる飛竜も、稀に地中にいる虫を食べるために立ち止まったりしてるし。
「ん?」
違和感を感じて後ろを振り向いたところ、三人いた。
ユスティが近くに、リノも付いてきてる。
そしてダイガルトは飛竜へと身体を預けて器用に眠っていた。
(寝てる……だから静かだったんだな)
三人ちゃんと……三人!?
「おいセラの野郎、何処行った?」
もうすでにセラが迷子となっていた。
魔力探知すれば何とかなるだろう、そう思ったのだが、残念ながら霧が魔力を阻害して見つけられない。
「あれ、さっきまでここにいましたけど……」
「まさか逸れたのではないか?」
あの自由女め、と思ったが俺がちゃんと見てなかったのが悪いな。
すぐ迷子になるだろうとは予測できたはずだ。
俺の油断が招いた事、どうしよ――
「ひゃっほ〜!!」
「は?」
空からセラとセラの飛竜が落ちてきた。
そして、湿地帯だからこそ着地したところで水飛沫が上がって、その飛沫を被ってしまった。
この女、マジで何してんの?
「いやぁ、楽しいわね!」
「いや巫山戯んな……それに何でテメェの飛竜、魚咥えてんだよ?」
「何だか急に道から外れて何処行くんだろうなぁって思ってたら、急に川に飛び込んで魚を捕らえ始めたのよ。お陰でビショビショ」
確かに全身ビチャビチャとなっているのだが、彼女は楽しそうに笑顔を崩さない。
同じように彼女の飛竜も心無しか楽しそうに見えなくもない。
本当に、龍神族の扱いには困る。
迷子にでもなれば終わりだと言うのに、自由がすぎると思った。
「ちゃんと着いてこいよ」
「あ、レイも食べる? 美味しいわよ!」
「何で焼き魚が出てくんだよ……」
彼女から手渡されたのは、何かの魚が串のようなものに突き刺さって、完璧に焼かれていたものだった。
他の二人にも配っており、昼食をこんなところで食う事になろうとは思ってなかった。
(しかし……)
美味い。
この脂の乗ったプリップリの身、サクサクとした食感を楽しめる焼き加減、骨まで食べる事ができてしまうという美味しさが口の中で広がっていく。
中まで完璧に焼かれているため、寄生虫の可能性だとか食中毒だとかにはならなさそうだ。
これ、何て種類の魚だろうか。
「確かニッコウピラニア、だったかしら」
「あぁ、あの凶暴な魚だな。よく獲れたな」
「この子のお陰なの。沢山獲れたわ!」
やはり食いしん坊だったか、まるでセラの分身みたいだ。
いつの間にか大きな籠まで作っていたらしく、そこにニッコウピラニアが何匹も入っていた。
器用だな。
セラって魔法付与師、だよな?
やはり高齢者故の知恵ってのが、あの頭に詰め込まれているらしい。
ニッコウピラニアは、眩ゆい光熱を発しているピラニアであり、超肉食魚、五匹いれば鯨一頭も食せるくらいの凶暴性を秘めているものだ。
「それより、こんなとこで立ち止まって何してたのよ?」
「キリサメワシをユスティが一匹、俺が一匹仕留めたから拾ってたんだ」
二匹のご馳走を彼女へと見せると、目の色を変えた。
涎が垂れており、まだまだ食い足りないぞと言わんばかりに腹の音が鳴った。
(恥ずかしかったのか……)
頬を紅潮させ、プルプルと耐えている。
まぁしかし、腹の音を聞かなかった事にして俺は再び飛竜へと飛び乗った。
「頼むぞ」
「クエッ!」
風に乗るように、俺達の乗る飛竜は走り出した。
「休憩場はまだまだ先だ、もうちょっと我慢してくれ」
「うぅ……分かった〜」
龍神族は身体の性質上、燃費が悪い。
だから、空腹になると暴食に走りがちとなる。
腹の虫が聞こえてくるので、限界も結構近そうだなと考えながら献立を考えていく。
と、しばらく走っていると、突然足場が崩れた。
「うおっ!?」
幸い、落ちたとしても大した深さではなかったので、少し驚いた程度だったのだが、どうして急に落とし穴なんかが現れ――
「キュ?」
そこにはスモッグモールの群れが生息していたのだ。
更に驚く事に、スモッグモールが産んだと思われる大きな卵が幾つも見受けられた。
そして湿地帯にも関わらず、土が乾いていた。
「んぁ? もう着いたのか?」
「寝惚けてる場合じゃねぇよ、ダイトのおっさん。スモッグモールが急に増えた理由が分かった」
この時期、スモッグモールの繁殖期となっていたのだ。
本来なら砂に穴を掘って卵を産み落とすスモッグモールなのだが、この湿地帯という場所の湿度が高いせいで、時期が大きくズレたんだろう。
しかし産むために土を乾かさなければならず、こうして土に潜り、体温で土を乾かしていたのだと分かった。
「……大量だな」
乾燥している砂漠地帯のオアシス付近に卵を産み落とし、一定の乾燥湿潤下で孵化する。
しかし湿潤地帯、突然変異で何かしらの生態が変わったようだな。
穴が空いた事で亀裂が走り、地中にいたスモッグモールが大量に地上へと進出してしまい、キリサメワシを初めとするモンスターがワラワラと集まってきた。
「レイ、お前さん……早く逃げた方が良くないか?」
空を見上げると、多くのモンスターがこっちを、正確には俺の飛竜が踏み抜いた箇所にある大量の卵を狙っているようだった。
ツチボリという、穴を掘って獲物を喰らう茶色い鳥が異様に多い気がする。
「一斉に来たぞ!」
「アタシが――」
「いや、ここは俺がやる」
湿度が高いため、ここなら直線で最速の一撃を放てそうだと思い、手を前に翳す。
掌に帯電されたエネルギーが龍の形を成し、空へと昇る。
「『空喰電』」
雷が龍顎を開き、攻撃しようと滑空してきたモンスター全てを喰らった。
迸る雷が放たれ、周囲へと広がっていく。
「っは〜、スゲェなぁ。それも暗黒龍の力なのか?」
「ただの精霊術だ、奴にこんな能力は無い。それより、逃げた奴等があんなに多くいる……一掃するから、耳塞げ」
再び空へと掌を向け、空へと放った雷を操って雲へと突っ込ませる。
雷雲によって雷を増幅させ、それを一気に落とす。
「『大霆震』」
天の雷が、龍の形を成して地面へと落ちる。
そして激しい地響きと閃光と共に、巨大なクレーターを形成して雷柱は細くなっていき、次第に空気中へと霧散していった。
勿論、こっちに流れないように操作は万全だが、脱力感が身体に現れた。
(久し振りに霊力が減った感覚があったな)
身体に異常は無い。
呪詛も発動していないために、まだ身体は動く。
「さ、飯を回収してサッサと行くぞ」
「う、うん……」
「スッゲェ……」
あの大群に攻撃されると大分時間をロスするために、こうして一斉に排除した。
地面へ反動を流したが、回路が幾つか切れ掛かってる。
電撃は一定以上増幅すると、途端に反動を喰らってしまうため、霊力回路すら焼き切れる場合もある。
(回復したか)
超回復によって切れそうになっていた回路も回復し、違和感も消えた。
サッサと回収して湿地帯を早く抜けようと考え、死骸の山へと手を伸ばしたのだった。
湿地帯では特段何かある訳でもなく、その後、飛竜発着場のあるディファーナへと辿り着いた。
しかし、その街はピリピリとしている様子で、冒険者に対する偏見でもあるようなのだが、恐らくは噂が広がっているからだろう。
まぁ、何とか宿を取って各自休む事ができた。
(明日からフラバルドだな)
二日が経過して、今日はもう月末となっていた。
時間が経つのは早いが、やはり身体には微々たる変化すら無いようで安心した。
「……」
それぞれ一人部屋を取って、すでに夜となっている。
ダイガルトは街の散歩に、ユスティとリノ、そしてセラの三人は親睦を深めるために一部屋に集まって話し合っているようだ。
かく言う俺は、一人になりたいと言って今日は一人にさせてもらっている。
(こっからでも都市は見えるが、あそこから異様な力を感じるな……)
ネットリとした奇妙な感覚があり、モヤモヤとした気持ちが燻っている。
死とは違う何かだが、分からないな。
今までに感じた事の無い、言語化に苦しむ不思議な靄が纏わり付く気持ち悪さがあった。
『ノア〜?』
「ん? どうした?」
精霊紋から、小さな妖精が勝手に出てきた。
『何だか元気無いなぁって』
元気付けようとしてくれたらしく、頭を撫でてきて、ちょっとだけ不思議な気分になった。
何と言えば良いのか……懐かしい?
この世界で、こうして優しく撫でられた事なんて無かったので、気味の悪い感覚が渦巻いている。
そして、同時に外の方から視線を感じた。
(見られている?)
距離はかなり近いが、向かい側の建物という訳ではないのは分かる。
何処から視線を向けられているのか、俺は魔力探知で誰が俺を見ている、いや違う、監視しているのかを確かめて警戒心を引き上げる。
居場所の特定に一秒も掛からず、発見した。
しかし俺を見張る理由が不明だ。
「ステラ、戻れ」
『……分かった』
彼女も気付いたようで、俺は部屋の明かりを消した。
キィィ、と窓の金具が軋む音が聞こえてきて、俺は霊王眼を暗視に切り換えて、黒ローブの侵入者へと攻撃を繰り出した。
「クッ!?」
反応しただと?
気配も消して、音も一切立ててないのに?
(少し本気出すか)
相手が反撃しようとしてきたのに対し、俺は一瞬の間に背後へと回り込んで足払いをし、床へと押さえ込んだ。
殺意は感じられなかった。
しかし、不法侵入に加えて俺の攻撃に対して反撃してきたので、流石に逃がす訳にはいかない。
「誰だ?」
殺意を以って問い掛ける。
俺を殺すために仕掛けてきた刺客かとも思ったのだが、生憎と心当たりは無い。
いや、一つだけあったのを思い出した。
「ま、待ってください! 私は冒険者ギルド財務課のルドルフ様より遣わされた者です!」
……違ったか。
俺の想像してた心当たりとは違ったので、一先ずは警戒心を少し下げて殺気も抑えた。
財務課のルドルフと言えば、几帳面で『刻限』とまで言われている堅物な男だったはずだ。
しかし、そんな奴が俺に何の用件か。
「使者が俺に何の用だ?」
「ま、まずは手を離してもらえませんか?」
嘘を吐いてないのは確認済みだが、信用できない。
「断る。テメェが何者か分かんねぇ以上、俺が殺される可能性があるからな」
「使者だと言ったでしょう!」
「信用できん。使者であるなら正面玄関から俺を呼べば良いはずだ。それをしなかった理由は知らんが、窓から侵入してきた奴を信用する程、俺は優しくない」
凍てつくような視線を向けると、フードの男は身体を震わせて逃れようと藻掻き始めた。
「説明してもらおう。ルドルフは何を考えている?」
「そ、それは……」
言い淀む。
ルドルフという男に対して何かしらの命令が下されたのは間違いない。
フラバルドでの事があるので、それさえ聞ければ良い。
どうせ二ヶ月はダンジョンに縛られるのだ。
「『錬成』」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
首筋に集まっている神経に干渉し、激痛を作用させる。
拷問にも使える錬金術師の能力は、使いすぎると相手が廃人となってしまう。
本来の使い方ではないので、最悪この男を壊してしまうかもしれないが、構わんだろう。
錬成を止めて、再び問い掛ける。
「今のは警告だ。次、本当の事を喋らなかった場合、今以上の激痛に見舞われると思え。これが最後のチャンスだ」
警告と脅迫、相手を恐怖に支配してからがスタートであるのだが、やはり感情が微動だにしない。
まぁ、もうどうでも良い事だ。
「こ、これを……」
内ポケットから一枚の封書を取り出し、それを俺に手渡してきた。
中身を読め、という事なのかもしれない。
霊王眼で罠かどうかを見抜き、何も施されてない事を理解して、中身を取り出した。
「……ほぅ」
そこに書かれていた事を要約すると、『お前の蘇生の力を俺のために貸せ。報酬なら幾らでも用意する。これは命令である』みたいなところだ。
もしも命令に背いた場合、ギルド資格の剥奪、と書いてあった。
この文章から幾つもの情報が得られるのだが、どうやらコイツをタダで返す訳にはいかなくなった。
「お前、この事を知ってるのか?」
「し、知らない!」
嘘ではないようだ。
だが、ならば俺はルドルフとやらにバレないようにするために、誓約を掛けよう。
「『錬成』」
「ガッ――」
最初に身体を弄り、全身を爆弾へと変化させる。
人間は有機物であるため、よく燃える。
もしもコイツがルドルフに、俺に封書を渡した事を伝えた瞬間、全身を爆発させるように神経を一部組み換えようと考える。
だから次に、爆弾にした身体を起爆させるために、脳へと干渉して神経伝達物質の改変、再構築を行い、錬成を終えた。
「良いか? これから誰かに俺の事を伝えた場合、テメェは爆散する。死にたくなけりゃ口を噤む事だ。これ以上俺に関わるなと財務課の帝王に伝えておけ。もし邪魔するんなら……誰であろうと殺す」
殺意は無かったので、これで一時的に解放しておく。
ギルドの関係者を殺したら俺が疑われる上に、濡れ衣を着せられたりする可能性も有り得る。
「一つ、宜しいでしょうか?」
窓から出て行こうとしていた男は、ピタッと立ち止まって振り返る。
「貴方様は何者なのですか?」
「お前がそれを知る必要は無い。俺の気が変わらないうちにサッサと帰れ」
この封書に関しては、誰にも言わない方が良いだろう。
窓から音も無く消えたフードの男を見送り、俺は再び封書を読む。
(……やはり俺が錬金術師だってバレてるらしいな)
この封書には強制召集命令が課せられている。
だが、蘇生の力を貸してほしいというのは、恐らくリミットやデメリット、それ等を知らないのだろう。
三日が過ぎた死骸は蘇生できない。
まぁ、知ってても俺の力を利用しようとする奴に貸したりしない。
「さて、明日に備えるか」
紙をクシャクシャに握り潰して、影の中へと放り捨てた。
別にギルドの資格を剥奪されたところで、ユスティが冒険者登録しているし、ルドルフ程度の奴が全権握っている訳ではない。
つまり冒険者資格の剥奪に関しては、奴の独断での命令である訳だ。
脅しとしては弱すぎる。
正直、冒険者資格があれば色々と便利であるのは間違いないので、もし邪魔するんならミルシュヴァーナに行った時にでも、息の根を止めてやる。
「今夜は月が綺麗だな」
星夜に浮かぶは黄金の月、真っ暗な世界を照らす灯火となりて、空高くから街を見下ろした。
やがて暁天が地上を塗り潰し、新たな夜明けが巡り来る。
銀の短剣携えて、神秘と幻想に溢れた迷宮へ、挑戦の二ヶ月が幕を上げる。
しかし、夢と希望に満ち溢れた冒険の二ヶ月が、大量の亡骸と血の海を築き上げる事になろうとは、まだ俺は知る由も無かった……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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