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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第74話 旅は地を渡って

 ラガロット湿地帯前の町、シャルニへと到着した。

 最初こそ、下船の時に龍神族であるセラに注目が集まってたのだが、次第に興味が無くなっていったのか、散り散りとなっていった。


「さぁユスティ! 観光するわよ!」

「はい!」


 起きてから下船するまでに、何故か二人が意気投合していた。

 まるで姉妹のような仲睦まじい光景は、心を癒してくれるようだと思ったのだが、逆に何しでかすかと気が気でないため、落ち着かない。

 このシャルニという町、素朴な感じがして結構長閑な雰囲気がある。

 特に何も無いだろうけど、小さな町ながらに人の往来はあるようだ。


(冒険者が多そうだな)


 フラバルドに向かおうとしてる人が多いのか、それかフラバルドより北にある土地へと向かうつもりなのか、情報収集も少しした方が良いかもしれない。

 備えあれば憂いなし、冒険者の教訓である。


「セラ殿、もう順応しているようだな」

「ワハハ! レイ(・・)お前、変なの拾ったな!」


 ダイガルトが俺の肩へと腕を回して、酔っ払ったおっさんのように大笑いしている。

 俺は下船前、一度部屋に集まってもらい、ノアという名前からレイグルスという名前へと変えてもらうようにお願いした。

 そのために、四人全員が俺の事をレイグルス、いや愛称で『レイ』と呼ぶようになった。


(まぁ、ユスティだけ『ご主人様』呼びだけど……)


 呼び方は何でも良かったのだが、変な噂が立たないように『ノア』はしばらくの間、封印だ。


「レイ〜! 何してんのよ〜! 置いてくわよ〜!」


 遠くから楽しそうに手を振っている炎龍の美女が一人、俺は手を振り返すだけしてダイガルトへと視線を向ける。

 コイツと話があるのだ。

 それを察してるのか、リノもここに残っている。


「さて、ダイトのおっさん、話してもらおうか」

「ん? 何をだ?」

「はぐらかすな。フラバルドで何が起こってんのか、アンタ知ってんだろ?」


 知らないはずがない、ダイガルトは俺達に伝言まで残してるのだから。


「何処から話せば良いもんかねぇ……まぁ、急ぎの用事も無ぇしな、フラバルドで何が起きてんのか教えてやる」


 そう言いながらダイガルトはリュックを背負い込んで、ポツポツと事情を話し始めた。


「まず、俺が半年前に腕を無くしたのは知ってるな?」

「あぁ、理由までは知らないがな」

「俺は一度、フラバルドのダンジョンに挑んでんだ。そこで異常事態イレギュラーが発生してな、腕を失っちまった」


 何があったのかは知らないし目を逸らして教えてくれないので、聞くべきではないと判断して続きを促した。

 ダイガルトは元々、特攻探索師という職業を活かした迷宮攻略専門の冒険者だった。

 そして数々のダンジョンを攻略していき、名も売れ、Sランクとなったところで、冒険者ギルドが彼に与えた称号は『迷宮王』だった。

 そこまでは知っているが、俺は一年間を魔境で暮らしていたので、一年の情報が途絶えてしまっていた。


(まさか冒険者を引退した、なんて思ってなかったしな)


 片腕を失っていたせいで、最初誰だか分からなかったのである。

 Sランク冒険者、ダイガルト=コナー、彼の能力は迷宮探索には持ってこいの力だ。


「一昨日、ギルドカードを通じてエレンと通信したんだ。その時、彼女は半年前に封印したモンスターが再び出たのではないか、そう言っていた」

「ん? どういう事だ?」

「半年前まで、俺ちゃん達は多くの仲間と共にダンジョン攻略に励んでた。けど、フラバルドでの攻略中に異常が発生したんだ」


 その異常が何なのかと聞くと、彼は昔を思い出したかのように苦虫を噛み潰した渋い顔となり、一言だけ呟いた。


「『階層喰い(フロアイーター)』だ」

「それは、ダイト殿が前に武勇伝として語っていた話だったな」


 そういや、そんな話もあったな。

 話半分に聞いてたので覚えちゃいないが、その階層喰いが今更話に出てくる事が少し可笑しいと感じた。

 グラットポートで聞いた話と食い違う箇所が出てくる。


「そのモンスターは特殊でな、倒す事ができないんだ」

「何故だ? 魔石を破壊すりゃ良いじゃねぇか」

「その魔石を持ってないからこそ、封印するしか方法は無かったんだ」


 そのモンスターの特徴と、二本の角というシルエット、矛盾しているように思える。


「多くの仲間が喰われちまった。その果てに封印には成功したが、俺ちゃんは腕を、エレンは片目を失った」


 Sランク冒険者である彼等二人も苦戦を強いられる敵、そこまでの強さを持っていたらしい階層喰い(フロアイーター)が封印から解放されたという事は、また何処かの階層がモンスターとなっている可能性がある。

 しかし、階層が何処かまでは掴めてないそうだ。

 ソロ冒険者が狙われているならば、情報が伝わりにくいと納得できる。

 が、仲間の冒険者が錯乱して保護されたとあったため、ソロかパーティーかは関係無いのだろう。


「で、そのモンスターの特徴は?」

「ダンジョン毎に異なるんだが一つ言えるのは、未開拓領域に扮装して空間一つを形成するという事だ。それは何処も一緒、俺ちゃん達が遭遇したのは四十八階層でな、人型の冒険者の死骸を操って誘い込んだんだ」

「誘い込んだ、とはどういう意味なのだ?」

「簡単さ、『こっちに瀕死の仲間がいる! 助けて!』って俺ちゃん達のパーティーを未開拓領域に連れてったんだ」


 その話をする彼の身体は、震えていた。

 当時の事を思い出すかのように、怒りと悲しみに、彼は憤りを感じているようだった。

 顔が引き攣っているし、冷や汗も出ているようで少し様子が変だ。

 左腕を掴み、歯を食い縛っている。

 後悔の念、凄まじいらしい。


「あの時、迷わなきゃ……」


 後悔、その感情が伝わってくるのだが、心底どうでも良いと思ってしまう。

 俺らしいと言えばそこまでなのだが、他人の気持ちが分からないのは何だかむず痒いな。


「後悔なら後にしろ。今は説明してくれ」

「の……レイ殿、それは流石に言い過ぎだぞ」


 興味無いのだから、早く続きを話してほしい。

 そっちの方が気になる。


「済まなかった。死骸を操った階層喰い(フロアイーター)なんだが、恐らくは階層を移動してるか、繁殖してるかだな」

「繁殖?」

「あぁ、詳しい事は俺も知らないがな。半年間、離れてたからなぁ」


 矛盾がある事が気掛かりだ。


「そのモンスターの中に、二本の角が生えてたり、あ〜あ〜唸ってたりするのはいたか?」

「いんや、そんなもんはいなかったはずだ。鬼人族が操られてたって可能性はあるが……」


 片方だけ、か。

 しかも操られた奴は喋る死体となる、まさに死霊術師(ネクロマンサー)の所業だが、まだまだ情報が足りなさすぎる。

 ここまでしか考えられない。

 後は推測になってしまうのだが、勝手に決め付けるのは危険だ。


「他に何か気付いた事とかはあるか?」

「そうだな……四十八階層の封印が解かれたってのはエレンから聞いたが、エレンはどうやら失踪事件の調査に乗り出してるらしくてな、一昨日聞いた話じゃ五十階層付近を探索してるそうだ」

「一人でか?」

「いや、何人かと一緒に行動してるらしいってのは通信で聞いたな」


 あの孤高な女騎士がねぇ、まぁ腐ってもSランク、探索の護衛には打って付けだろう。

 しかし片目を失う大怪我を負った。

 片目だけでも充分強いだろうが、死角ができてる。


「全員Sランクか?」

「Sランク一人、Aランク二人、Bランク一人の四人チームらしい」


 Sランクはエレンだとすると、残りは足手纏い三人を引き連れた即席パーティーって事だろう。

 あのエレンが?

 何だか可笑しな気もするが、何でBランクの人間引き連れてるのだろうか。


「Bランクの奴は流石に力不足だろ」

「いや、彼女には特殊能力があるらしい」

「権能か?」

「いや、ただの異能って言ってたが、確か探索に役立つ異能らしい」


 異能と権能の違いは、本来持ってる能力か、或いは誰かから受け継いだかで変わる。

 権能の方が強いのだが、異能だけでも同伴させる理由があるのなら、それは追跡や探知能力のある能力だと俺でも分かる。

 しかし、それでも今も捕まってないため、犯人の方が一枚も二枚も上手だろう。


「被害に遭ったのは何人だ?」

「少なくとも四十人近く消えてるそうだ」

「そ、そんなに……」


 リノが驚いた様子を見せるが、別に不思議ではない。

 四十人近くと言うが、恐らくもっと多くの冒険者が失踪している可能性がある。


「レイ〜!! うわっ!?」

「おっ、と」


 歩いている最中、突然背後から何かが負ぶさってくる影を見た。

 大きなバックパックの上に乗ったのはセラだった。

 大きな翼が服から出ているのだが、翼に穴が幾つも空いているので、上手く空を飛べなかったようだ。


(重たい……)


 今の身体ならば長時間運ぶ事も可能だが、バックパックだけで何キロあるだろうか、合計して八十キロは堅いだろうな。

 それより大量の手荷物が彼女の腕の中にある。

 金を持たせてないはずなのに、どうしてそれだけの食いもん持ってんだろうか?


「ユスティがお金分けてくれたの。それで買ってたら『お嬢ちゃん可愛いからオマケしてあげる』って事で、沢山貰えたの。いる?」

「いらん」

「そう? 美味しいのに……んっ、美味っ!」


 コロッケのようなものを口にして、美味しそうに食べていた。

 リアクションがオーバーだな。


「セラお前、翼も怪我してたのか?」

「そうね。飛んで逃げてたんだけど、脇腹と一緒に貫かれちゃって……アハハ!」

「いや、笑い事じゃねぇだろ」


 俺は腰のポーチから一つの薬瓶を取り出して、それをセラへと渡した。


「飲んどけ、特級ポーションだ」

「これ、貴重なものじゃ……いや、アンタ錬金術師だったわね。有り難く飲ませてもらうわ」


 俺が作ったポーションは効き目バッチリの特上品であるため、彼女の翼も見る見るうちに回復した。

 穴が塞がったところで、ユスティも多くの荷物を手に戻ってきた。


「ご主人様、情報を集めてきました」


 マジか、何の指示もしてないのに有能すぎる。


「ご主人様の事、大分広まってました。何でも、グラットポートに現れた魔神を殺した神殺しだとか、大地を凍らせた氷結王だとか、後は街を破壊した破壊者だとか、です」

「そ、そうか……」


 大量に情報が付け足らせているらしいが、やはり名前を変えて良かった。


「確かに、ノアという名前も広まってましたね」

「今の俺は単なる旅人レイグルスだからな、気にしたら負けだ」


 俺達は今、ここから街の端っこへと向かっている。

 これからラガロット湿地帯を抜けなければならないため、情報を集めてきてくれたユスティには感謝だ。


「そう言えば、ラガロット湿地帯でモンスターの群れが観測されたそうです」

「種類は?」

「スモッグモール、というモンスターだそうです」


 あぁ、倒すのが面倒なモグラだったな。

 地面に穴掘って、その穴から大量の煙を噴き出して迷わせるモグラだ。

 今の俺なら簡単に倒せるだろう。


「スモッグモールって砂漠地帯のモンスターでしょ? 何で湿地帯にいるのよ?」


 セラの発言は正鵠を射ていた。

 砂漠のモンスターがこんなところにいる理由が分からないのだが、それよりも湿地帯で生きられた事に驚きを感じている。

 環境が変わった魔生物モンスターは、突然変異で生態が変わる事もある。


「誰かが放ったとか、でしょうか?」

「それは無ぇだろ。そんな事する理由が分からねぇしな」


 ダイガルトの言う通り、放牧してた訳でもあるまいし、何でだろうかと思った。

 まぁ、いずれ分かるだろう。


「それより降りろ、重たい」

「アタシは重くない!」


 未だに背中のバックパック、その巻いたテントに乗ってるセラへと言い放つが、重くないと返ってきた。

 いや、こっちとしては八十キロもの重量を背負ってるのだし、ホント退いて欲しいのだ。


「じゃあ、何キロだよ?」

「な、七十キロ……」


 龍神族の女性の場合、その重量は平均より少し軽いくらいだろう。

 重い奴は百キロを超えるらしいからな、十五キロ近くある龍の尻尾が原因だな。


「そういうアンタこそ何キロなのよ!」

「俺か? 俺、六十九キロだ。お前より軽い」

「うっ」


 何か言葉が突き刺さってしまったらしいが、別に悲観する事はない。

 龍神族からしたら軽い方なのだから。

 しかし何故か悔しそうにしていた。

 コイツの情緒が今一分からないからこそ、こっちとしても何も言えない。


「ズルいズルいズル〜い!!」

「背中で暴れないでくれ……」


 ポカポカと頭を叩いてくるのだが、彼女の相手するのは疲れる。

 ってか、労力の無駄だ。


「それより何処向かってるのよ? ねぇねぇ?」


 頬を突きながら、俺達の向かっている場所へと顔を向けていた。

 村の端っこにあるところに向かおうとしているのは、今すぐ出発するためでもあるのだが……

 セラの恰好、服がボロボロなのを忘れてた。


「飛竜発着場だ。ラガロット湿地帯は歩くのは愚か、移動もままならないしな、飛竜を借りてくんだ」

「飛竜?」

「そうだ。アクアワイバーンっていう種類の小さな水竜だったはずだ」


 その竜は空を長時間飛ぶ事はできないが、足が速い水属性のワイバーンである。

 翼は水掻きのようになっているので、泳ぐ事ができる。


「乗った事は無いがな」

「でも、モンスターなんでしょ?」

「ちゃんと調教されてるから、目的地まで運んでくれるらしいが、攻撃したり敵意を向けると攻撃してくる」

「へぇ、アンタ詳しいわね」

「生きるために学んだからな」


 それに興味もあったからこそ、知識を吸収するのは好きだった。


「ここだ」


 大きな施設へと到着した。

 この先が湿地帯の始まりとなっており、遠くは霧で見えなかった。

 施設の裏手から、アクアワイバーンに乗った数人の人間が飛び出していったのが見えた。


「あれが飛竜……意外と大きいんですね」

「小さかったら人を乗せれないだろ」

「確かに、それもそうですね」


 飛竜発着場へと入る。

 ここで受付する事で、ラガロット湿地帯を渡るための飛竜を貸し出してくれるのだ。


「いらっしゃいませ〜、飛竜発着場へようこそ〜。五名様でよろしいでしょうか〜?」

「あぁ」

「では、こちらへお越しくださいませ〜」


 案内に従って俺達五人、飛竜の繋がれている場所へと向かった。

 小さな水色の二足歩行の小竜が鎖で繋がれており、クエクエ鳴いている。

 しかし俺達が到着したところで急に怯え始めた。


「あれ〜? 普段は騒がしく鳴いてるのに……可笑しいですね〜」


 正確には、俺、ダイガルト、そしてセラの三人に怯えているようだ。

 それだけ俺達の力を知覚しているという事か。

 怯えられちゃ、運んでもらえないではないか。

 いや、俺達の溢れ出る魔力を抑えれれば、多分大丈夫だろう。


(『ジルフリード流魔力制御術・陰絶』)


 魔力を完全に内へと抑え込み、溢れ出る魔力を完全に消した。

 これで少しは大人しくなるだろうと思ったのだが、変わらなかった。


「おい、ダイトのおっさんとセラ、お前等も魔力を抑えたらどうだ? 飛竜が怯えてんぞ」

「あ、悪りぃ、やってみるわ」

「アタシも?」

「あぁ」


 二人が目を閉じて、魔力を生み出す魔力袋へと意識を集中させる。

 そして二人から強者の圧が消えた。

 やればできるもんだな、やっぱ。

 証拠に、黙りこくっていた小竜が落ち着きを取り戻したような感じだった。


「この中から五匹、自由に選べますよ〜。一人銀貨三枚で〜す」

「意外と高いな」

「これも商売ですので〜」


 一人当たり三万ノルドとは随分とぼったくりだと思うのだが、飛竜の飯代や世話代があるため、恐らく妥当な値段なのだろう。

 世知辛いものだ。

 俺は自分の分とユスティ、そしてセラの分支払った。

 リノとダイガルトは自分で払うと言って、そのまま三万ずつ払っていた。


「は〜い、丁度頂きました〜」


 それぞれが乗るためのワイバーンを選ぶ中、俺はどうしようかと迷う。

 別にどれでも良いのだが、個性がある。

 気性の荒い飛竜、優しい飛竜、飯が大好きな飛竜、色々いるのだ。


「俺ちゃん、コイツにしよっと」

「我は貴殿にするぞ」


 ダイガルトは顔に傷が付いた逞しい飛竜、そしてリノが選んだのは大人しそうな飛竜だった。


「では、私はこの子にします。よろしくお願いしますね、飛竜ちゃん」

「クエッ!」


 完璧に懐いてるが、動物の扱いが上手いな。


「アタシは……この子ね」

「クエ〜ッ!」


 雄叫びを上げるように、空へと咆哮する。

 元気の良いセラと相性が良さそうだが、さてさて俺はどうしようか。

 別に影で似たようなのを作っても良いんだが、呪詛が作動するかもしれないので、今は使わないでおこう。

 適当に選んで……


「ん? なぁ、端っこで寝てる、強そうなのも貸し出してんのか?」

「はい〜、あの子も貸し出してるのですけど、誰にも懐いた事は無いですから〜。それに凶暴ですので〜」

「へぇ……」


 俺は、その歴戦の戦士のようなワイバーンへと近付いていく。


「お客さん!? 危な――」

「クルル……」


 随分と大人しい。


「おーよしよし、俺を運んでくれるか?」

「クエッ!」


 ヤル気に満ち溢れた鳴き声だ。

 どうやら俺が暗黒龍の力を持ってる事に気付いてるらしいな。

 コイツにしよう。

 強そうだし気に入った。


「お客さん……何者っすか?」

「ただの旅人だ」


 さて、全員決まったし賃金も渡した事だし、これで迷い無く進める。


「よし、行――」

「あ! ちょっと待って! 服だけ買いに行かせて!」

「お前なぁ……」


 その格好じゃ、着いた時に驚かれるか。

 俺は女子の服装とかは分からないので、女子に任せようと決めた。


「ユスティ、リノ、付いてってやれ。俺とダイトのおっさんはここで待ってる。ほれ、金だ」

「り、了解した」

「畏まりました。セラさん、一緒に行きましょう」

「えぇ! ありがとレイ!」


 セラへと金を渡して、三人は即座に発着場を出て行ってしまった。

 受付の人も戻って行ってしまったので、ここに残されたのは俺とダイガルトの二人だけだ。


「それで、ワザワザリノの嬢ちゃんまで追っ払って俺ちゃんに何か話でもあんのか?」


 察しが良いな、おっさんは。


「二つ聞きたい事があったんだ」

「二つ? 俺ちゃんに答えれるか分からんぜ?」


 答えられない場合でも、それが答えになる事もある。

 それに俺が聞きたい事のうちの一つは、コイツに関連する事だ。


「答えられなくても構わん。一つ、アンタは階層喰い(フロアイーター)をどうするつもりだ?」

「……」


 彼は身体を震わせていた。

 表情も強張り、酷く憔悴している。

 右手で左腕を掴んで、何かに耐えるように俯いているのだが、コイツまさか……


「トラウマ、ってやつか。身体が震えてるぞ」

「ッ!?」


 やはり激痛や精神的ショックが影響しているのか。

 恐らくは(心的)(外傷後)(ストレス)(障害)、フラッシュバックというものだろう。

 そのストレス障害は、死の危険に直面した後で発生するものであり、彼の場合はフラッシュバックと悪夢を見続ける事だろうか。

 必ずしも全員が等しくなる訳ではないだろうが、『迷わなければ』という言葉、そして階層喰い(フロアイーター)という単語による彼の反応から、相当悍ましい記憶が焼き付いてるのだろう。

 コイツ、仇を前にした時、足が竦んで戦えそうもないだろうな。


「アンタ、ずっと飄々とした態度だが、もしかして無理してんじゃないのか?」

「いや、それは――」

「まぁ、大人としては娘達には見せたか無いわな、そんな情けない姿」


 震えてる大人なんて、俺だって見たくない。

 しかし彼にもプライドがある、だから俺はリノ達を追い出して今こうして二人で会話しているのだ。


「もう一つ、階層喰い(フロアイーター)が死骸を操ったとあるが、そんな職業のような能力を使えたのか?」

「ど、どういう意味だ?」

「突然変異ならまだ有り得るだろうが、それにしたって死骸を操るってのは何だか妙だと思ってな。ま、その顔じゃ期待した答えは返って来なさそうだな」


 そんな能力みたいなものを持っているだけでも不思議なのに、更に知能を付けているようだ。

 もしかして、人を食べて知能でも付けたか?

 だとすると厄介だな、早々に見つけないと更に死者の山で溢れるぞ。


「こっちからも一つ、聞いて良いか?」

「まぁ、構わんが……」


 俺が考え事をしていると、ダイガルトが真剣な様子で口を開いた。


「何で……何でお前は、死に立ち向かって(・・・・・・・・)いけるんだ(・・・・・)?」


 その声は掠れていたが、それでもハッキリ聞こえた。

 死を恐れ、未だに心に病を抱えている彼からしたら、俺の行動は意味不明だろう。


「グラットポートの事件で……ノア、お前は魔神に立ち向かっていっただろ。何度も死に掛けたってのも聞いた。生きるか死ぬか、その瀬戸際だったはずだ」


 ダイガルトの言葉通り、俺は何度も死に掛けた。

 腕を捥がれ、腹を裂かれ、身体を押し潰され、それでも魔神へと立ち向かっていった。


「どうして戦えるんだ?」


 まさかSランクの男から、そんな弱音が聞けるとは思わなかった。

 しかし、俺が立ち向かう理由は一つだけだ。


「俺の邪魔になるんなら誰であろうと――」

「そうじゃない。死ぬ事が怖くないのかって聞いてんだ、俺は」

「……」


 死を臆している彼だからこそ、その死を恐れない俺を理解できないのだろう。

 それでもSランクなら分かっているだろう、常に俺達の隣には死が並んでいるという事を。


「死ぬのが怖いか?」

「当たり前だ! 死んだら、そこで終わりなんだよ……」


 確かにそうだ、彼の感性は正しいと言える。

 俺のように、死を恐れていない人間というのは奇妙に見えるだろう。

 だが、それでも俺は言わなければならないと思った。


「死を恐れるな、死に臆した者から死んでいくんだ」


 死を恐れたら、剣筋が鈍る。

 死に臆したら、迷いが生じる。

 死を躊躇えば、俺は何もできなくなる。


「ッ……だから、恐れないってのか?」

「そうだ」


 その瞳には恐れが映っていた。


「死ぬ事が怖いのは大いに結構だ、それが人間としての感性だからな」


 俺はもう人間ではないらしいから説得力は無いだろう。

 それでも、俺は……


「けど、後悔しないために俺達は戦わなきゃならない時がある。それがいつ来るのか分からないから、いつでも戦えるように俺は……腹を括った」


 だから俺は戦う。


「人はそれを『覚悟』って言うんだ」

「覚悟……」

「お前も仇を討ちたいんなら、覚悟を決めておけ」


 恐怖心は簡単に拭えない。

 だが、それでも俺達は戦わなければならない。

 それが逃れられない運命さだめというもの、だからこそ迷いも、震えも、全て抱えていくのだ。


「そろそろ戻ってくる頃だな。話は以上だ」


 魔力網に三人の魔力が引っ掛かったので、これ以上は止めておこうと思い、話を中断する。

 聞きたい事も、今のところは無い。

 これから向かう先は、死がより近くに寄り添ってくる場所であるからこそ、パーティーを組む者として覚悟を聞いたのだ。


「レイ〜! お待たせ〜!」


 服装は大して変わってないが、新しく赤色の半袖コートを身に纏い、赤と黒の縞ニーソ、戦闘ブーツを買って着こなしていた。

 短パンから尻尾が出ており、嬉しそうに揺れている。

 左角も髪飾りの金色のリングが装備されており、小さな魔法が刻印されているのが見えた。


「似合ってるぞ、セラ」

「ふふん! 当然よ!」


 自信満々に、胸を張っている。

 何処から来るのだろうか、その自信……


「さて、じゃあ行くか」


 俺達は飛竜の背中へと乗り、手綱を握る。

 全員が準備完了したところで、俺は手綱を振るって出発の合図を飛竜へと伝え、湿地帯へと踏み出した。






本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。

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