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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第三章【迷宮都市編】
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第72話 新たな旅路と新たな出会い

今日より三章【迷宮都市編】スタートです!

 太陽光が降り注ぎ、海風が肌を冷やしていく。

 今日は四月二十七日、俺はリノ、ユスティ、そしてダイガルトの三人と共に、これからグラットポート前のラガロット湿地帯へと向かうため、船に乗り込もうとしていた。

 今日も快晴、旅日和と思っているのだが……


「おい、何でアンタ等がいんだよ?」

「いえ、英雄様のお見送りに参上するのは当然かと」

「悪りぃな、メリッサが見送りたいって聞かないからさ、ここに来ちまった」


 グラットポートから出発しようと思っていた時、ギルマスのドワーフおじさんと、暗殺者メイドのサブマスが立っていた。

 英雄、魔神を倒した事で付いた仇名だが、恥ずかしいので止めてほしい。


「英雄って呼ぶのは止めろ」

「申し訳ございません。ですが、これからフラバルドへと向かうとお伺いしましたので、こちらを」

「封書?」


 サブマスのメリッサが、懐から一つの丸められた羊皮紙を手渡してきた。

 ギルドの封蝋がされているため、効力はありそうだな。


「はい。現在フラバルドでは外に出る事も、ましてや中に入る事もできませんので」

「それって……冒険者失踪事件の事、だよな?」

「はい。それを関所で見せれば入れてもらえる……はずですので」


 何の間だよと思ったのだが、嬉しい誤算だな。

 正直、そこまでフラバルドが逼迫した状態だとは思ってなかったので、非常にビックリしている。


「なぁ、まだ時間あるから、フラバルドの事について聞かせてくれないか?」


 すでにユスティ達三人は他の乗客と船に乗って各部屋へと行ってしまったのだが、彼女達がいない今なら、聞いても構わんだろう。

 船はすでに停泊しているのだが、俺は彼等に呼び止められて現在船着き場で立ち往生してるところなのだ。


(迷惑だったが、ギルドの握ってる情報くらい聞ければ儲けもんだしな……)


 ダイガルトからの伝言では、『気を付けろ』との事だったので、これから向かうために入念な準備が必要だったのだが、何せいきなりだったので情報は殆ど得られていないのだ。

 ダイガルトにも、『船で話す』と言われたので、先に彼等から情報を得る事に決めた。


「私共も犯人に繋がる手掛かりは、あまり情報を得られておりません」

「そう、なのか?」

「はい。そもそもフラバルドでの情報は貴重ですので隔離されております。強いて言える事があるとすれば……噂が外にまで広まってる事ですかね」


 今は小さな情報でも構わない。

 是非とも教えてほしいものだ。


「冒険者達は迷宮の中で失踪してるのですが、偶然二人だけ犯人の特徴を得たんです」

「そうなのか。で、その特徴は?」

「一人は確か……嘆いているような声が沢山聞こえたと」


 嘆いてるような声?

 あ〜あ〜言ってる、金を生み出すアレか?


「もう一つはシルエットだったそうなのですが、二本の角が特徴らしいです」

「二本の角……」

「そして失踪した仲間を連れ去ったシルエットが二本の角を持っていたそうで、追った先は袋小路となっており、結局は犯人の手掛かりは得られなかった、そうです」


 嘆いてるような声に角が二本、今考えても情報単体同士がピースとなって繋がる訳でもなく、聞いただけで何も分かりはしなかった。

 俺もそこまで万能じゃないし、恐らく情報屋でも掴み切れなかった事だろう。


「ノア、お前さんに一つ聞きたい事があんだ」


 神妙な面持ちで顔をグイッと近付けてきたアダマンドだったのだが、俺に聞きたい事とは何ぞや?


「お前さん、グランドマスターと知り合いなのか?」

「……はぁ?」


 何でここでグランドマスターの事が出てくるのだろうかと疑問符が脳裏を踊っている。

 しかもメリッサに聞かれないように小声で聞いてくる。

 つまり、何かしら配慮してくれたか、或いは俺の事をゲロったからこその罪悪感でもあるのだろうか。

 どっちにしろ、俺はグランドマスターと知り合いではないし、会った事すら無い。


「知らねぇよ。報告会議で何か言われたのか?」

「いや、何でもない……」


 まぁ、向こうに一方的に知られている状況ならば、本名ウォルニスという名前をアダマンドに教えたはずだが、コイツは俺を『ノア』と言ったので、グランドマスターは俺の事を隠しているらしい。

 何故かは知らんが。

 知り合いか、と聞かれたが俺は知らない。


(いや、今はフラバルドの事だけを考えるか)


 俺が暗黒龍の使徒である事も恐らくは知られている。

 だが、被害が無ければ放置しても構わんだろう、今のところはだが……


「ま、とにかく気を付けろよな」

「言われなくとも分かってるさ……なぁ、こっちからも一つ聞いて良いか?」

「何だ?」


 冒険者が攫われている事件について、詳しい事はよく分かっていない。

 だが、それでも標的をもっと絞った方が良いだろう。


「攫われた冒険者って、FとかEとかの冒険者か?」


 若い冒険者だけ狙われているのならば、俺が囮になって攫われるって手もある。

 そうすれば事件は一気に解決だ。

 しかし、もしも無差別に狙われていた場合、こればっかりは運が絡んでくる。

 ユスティの運命能力は操作できる訳ではないらしく、今のところはただ引き寄せる事のみだそうなので、自らが行動して事件を紐解かなければならない。


「いえ、FからA、Sランクの冒険者様も消えたという報告があったそうです」

「そうか……」

「それから事件の発端は約四ヶ月前から、だそうです」

「四ヶ月前?」


 一月くらいから始まってたって事か。

 正確な日にちは分からなかったそうで、ギルドの方でも酷く難航しているそうなのだ。

 そしてギルドが何度か捜索したが、一切痕跡が見つからなかったようだ。


「ん? ちょっと待て、シルエットを追ってた奴は何階層で見たんだ?」

「それが……保護されてた時にはもう酷く錯乱なさっていたようで、とても話せる状況じゃなかったそうです。そして保護から二日後、施設で自殺していたとか」

「何だと?」


 有力な証言者が死んだ?

 誰かに口封じでもされたのかと考えるが、彼女は自殺とハッキリ言ったのだ。

 つまり、傍から見たら自殺のように見えていたという事である。

 自殺の原因は?

 錯乱してた理由は?

 聞きたい事が沢山あって、脳裏で情報を整理すると共に俺は彼女の腕を掴んで更に聞き出そうと考え、行動に移していた。

 

「もっと詳しく――」


 更に詳しい話を聞こうとしたが、その時タイミング悪く汽笛が鳴った。


「どうやらここまでのようですね。後は現地でお聞きくださいませ」

「いや……そうだな、済まなかった」

「いえ、お役に立てたなら何よりです」


 本当ならば関わりたいとは思わないのだが、その自殺した事について気に掛かる。

 犯人に繋がる情報が得られていないと彼女は言った。

 つまり自殺した事については事件性は見られなかったとギルドは考えたらしい。


(本当にそうか?)


 もしかしたら呪詛で操られていた可能性もあるし、誰かに殺されたという事も有り得る。

 他にも考えられる可能性があるのだ。

 聞きたい事はまだあったが、もう行かねばなるまい。


「世話になった」

「お気を付けて」


 サブマスメイドが丁寧なお辞儀で見送る。

 船が出港し始めてしまったが、俺は乗り遅れてしまったらしい。

 ヤベッ……

 このままジャンプで――


「元気でな、『黎明』」


 跳躍して飛び乗ろうとしたところで、後ろから変な名前が聞こえてきた気がした。


「それは二つ名か?」

「グランドマスターが、お前さんがSランクになったらって言ってたぜ。その名前、儂はお前さんにピッタリ似合ってると思う。素直に受け取っとけ」

「……そうか」


 黎明、夜明けを意味する言葉だな。

 暗黒龍(ゼアン)と一緒だな、夜明けが一番暗い時間帯だし、俺にピッタリかもしれない。

 この黒髪も、この服装も、俺らしくて良い名前だ。

 まぁ、自分から名乗るつもりは無いけど。


「おっさん達も、達者でな」


 ここから俺はただの一般客なので、フードを目深く被って彼等に背を向ける。

 そして自身の脚力を以って一気に船へと飛び乗った。

 これから、また新たな冒険が始まるのだろうが、俺の想像する以上にフラバルドはヤバい場所らしい。

 外に出る事も、中に入る事もできない、それはかなり厳しそうだな。


(楽しみだ)


 まぁ、後でダイガルトと話しでもして、もっと多くの情報を集めるとしよう。

 俺はそう思い、グラットポートを振り返る。

 高い場所から見える都市の様子は、もう殆どが復興作業を終えており、活気を取り戻しつつある。


「さようなら、財宝都市(グラットポート)


 都市から都市へ、渡り鳥のように俺は渡っていく。

 名残惜しくない、だって新しい俺だけの冒険が始まったのだから。

 だから手を振る二人へと振り向かずに、ただ手だけヒラヒラと振って別れを告げた。





 海の一日、それは俺やダイガルトにとっては良いものであるのだが、一人だけはやはり慣れないらしい。


「うぷっ……済まない、ノア殿」


 甲板にて、今にも吐き出しそうな一人の女性冒険者が隣にいる。

 荷物を下ろしてから甲板へと出てきたところで、リノが遠くを眺めているのを発見して、今ここにいる。

 船酔いに弱かったなと、一ヶ月前の事を思い出した。


「またか。俺の渡した薬は飲んだか?」

「あぁ、前より幾ばくかはマシだ」


 彼女の背中を摩りながら、俺も遠くを眺めている。


「ご主人様! 見てください! イルカですよイルカ!」

「お、おぉ……」


 逆にユスティは無茶苦茶元気一杯で、満面の笑みを浮かべている。

 尻尾も嬉しそうにブンブン振ってるし、耳もピクピクと反応しており、目も輝き度を増しているのだが、ここまではしゃげる人間がいるとは驚きだ。

 いや、驚いてないな、もう驚きの感情もほぼ無くなってしまったし、少しばかりの驚きの感情すら即座に風化してしまった。

 これが虚無というやつか。

 はぁ、虚しいものだ。


「あれはダイオウイルカ、何でも食って消化しちまう危険なイルカだな」


 遠くからでも大きなイルカの群れが見えた。

 イルカは哺乳類で、二、三十年生きるものもいれば五十年もの長生きするイルカもいるらしいが、このダイオウイルカは百年以上生きる巨大な生き物であり、中には三百年生きている特別なイルカもいるのだとか。

 魔力は生命力にもなる。

 だからこそ、強いモンスターは何百年と生き続けるのである。


「ダイオウイルカは、ダイオウイカが進化した姿だと言われている」

「イカとイルカですよ? 少し言葉が違うだけなのに、かなり形が違うようですけど……」

「ダイオウイルカの腹に生えてる長い毛は、イカの足が進化の過程で感覚器官になったものらしい」

「そうなんですか!?」

「まぁ、器官的には退化なのかもしれないがな」


 ダイオウイルカの腹に生えてる八本のワカメに似た触覚で超遠くの海流の流れさえ読めるそうだ。

 イカの足は八本で、手は二本、その二本の手がイルカの胸ビレに相当する。


「へぇ、面白い生き物ですね」

「因みに、ダイオウイルカは綺麗な水にしか生息しない絶滅危惧種だ。冒険課の中にある環境部門に所属する奴等が生態維持のために動いてるって噂だ」

「そうなんですね……凄いですね、貴重な体験ですよ!」


 何も知らない事は恥ではないが、この世界では一つ一つが命懸けなので、知らなければ死んでいる、なんて事も有り得る。

 この果てしない旅で、ユスティを一人前にするというのも目標の一つにしていた。

 彼女はよっぽど飲み込みが早く、俺なんかよりも柔軟性に富んでいるようだ。


「お、ユスティ、あれ見てみろ」


 空を指差す。

 その先には数十羽の水色の鳥が水辺へと降り立って、祭りの中央にある櫓のようなものを水で形成していき、その台の上へと乗って静かに羽休めしていた。


「か、可愛い……」

「ミズヤグラっていう、水の櫓を作って時折羽休めする鳥モンスターだな。確か北から南へと飛んでいく渡り鳥だったはずだ」


 ガチョウのような姿をしている鳥で、身体を水に付けると独りでに櫓が完成していく。

 あれは水流操作を扱えるためだそうなのだが、台座が高くなっていく様は何とも奇妙だ。


「でも、何であんな櫓を作るんです?」

「理由は二つあるが……見てれば分かる」


 一つは休むためであり、もう一つは今から起ころうとしている自然界の常識だ。


「ぁ――」


 彼女が小さな言葉を漏らす。

 目の前に映された光景は、ダイオウイルカがミズヤグラの止まり水木近くへと接近しているところだった。


「食物連鎖だ。面白いのは海と空、それぞれの領域を超えた自然淘汰が目の前で繰り広げられてるってところだな。どっちが勝つと思う?」


 実際に鳥が魚を食ったり、逆に海鳥が鮫や鯨に食われたり、なんて事もあるので珍しい事ではない。

 どちらが自然淘汰に打ち勝つのか、ユスティへと聞いてみた。


「こ、小鳥さんでしょうか?」

「わ、我はイルカが勝つと思う……」


 ここでリノも参戦する。

 小さな水鳥が勝つのか、それとも大きなイルカが勝つのかの戦いで、まさか結果が分かれるとは思ってなかった。

 片方が勝つのは正解なのだが、まぁ見てれば分かる。


「じゃあ、答えを見てみようか」


 視線を二人から自然競争の場へ、ダイオウイルカが水面から顔を出したところで大きく飛び上がった。

 綺麗に空を飛ぶダイオウイルカが大口を開けてミズヤグラを喰らおうとしていた。

 しかし逃げようともせず、ただ羽休めをしたまま。

 このままでは喰われてしまう、かに見えたが、突如として水でできた櫓が針だらけとなり、イルカの口は穴だらけとなった。


「ミズヤグラの作った櫓は物凄い強度を誇る。だからダイオウイルカでも噛み切れないんだ」

「「へぇ……」」


 二人はじっくりと競争の様子を観察していた。

 話半分に聞いてるようなので、こちらももう何も語る必要はあるまい。

 ミズヤグラの作る水櫓は強靭に作られているが、更に凄いのはミズヤグラ達が微動だにしない事だ。

 よっぽど喰われない自信があるんだろうな。


「ミズヤグラの方から攻撃はしないのですか?」

「基本的に温厚な鳥なんだ。もし危険だと判断したら反撃するだろう」

「美味いのか?」

「まぁ、塩焼きにしたり煮込んだり、料理人の腕にもよるんだが……結構美味いらしいぞ? 捕まえるか?」

「是非とも、頼む」


 ミズヤグラはそこまで強くない。

 そのため、遠くからの俺の遠距離攻撃を避けられるだけのスピードは無いはずだ。


「『錬成アルター』」


 腕輪を弓へと変形させ、魔力糸で弦を張り、そこに特別製のミスリルの矢を番える。

 その矢へと電撃を流し込み、目一杯に弦を引く。

 狙いを定めて手を離すと、雷の速さで標的目掛けて飛んでいき、その鳥の心臓を撃ち抜いた。


「流石だな、ノア殿」

「後は引っ張れば……」

 

 ジャラジャラと音を立てながら、矢と繋げた鎖を思い切って引っ張り、一羽ゲットした。

 対称に水櫓が崩れ落ちる。

 このミズヤグラは水流操作、と言うよりも念力に近い能力を保持している。

 だから、死んで能力が消えたのだろう。


「こうも簡単に捕まえられるとは何だか拍子抜けな気もするが……」


 ま、血抜きだけしておこう。

 弓から短剣へ、首を斬り落として血を全部抜いてから水の精霊術で洗い、影へと仕舞っておいた。


「なぁ、あれ何かな?」

「人だったりとか?」

「だが、ここ海だぞ?」

「難破したりしてな」

「確かに船板で漂流してるようだけど……」


 俺達のいる場所とは反対側、甲板に集まりができあがっていた。

 しかしながら、何かで騒いでいる。

 人、難破、船板、漂流、簡単に解釈すると誰かが流されてきたというところだろう。


「何かあったんでしょうか?」

「行ってみよう」


 野次馬へと飛び込んでいったリノとユスティを見送り、俺は先に魔力探知を駆使する。

 話から察するに漂流してる人間がいるようだが、こちらに危害を加える可能性もあり、そもそも生体反応が無い場合もあるのだ。

 助ける前に死んでたら意味無いし、労力の無駄遣いだ。

 と、思ったのだが、弱々しくも一つの生体反応を感知できた。


(少し距離あるな……)


 もしも助けるなら、両の腕輪を合わせても鎖では届かないだろう。

 まぁ、助ける義理なんざ無いので俺としては成り行きを見守っていようと思ったのだが、何故かこちらへと小走りで少女が戻ってきた。


「ご主人様、あの子を助けられないでしょうか?」


 発言の自由、奴隷からの提案が為された。


「あの子、龍神族です。右目で漂流されてる人を見てみたんですけど、そしたら何だか不思議な感じがしたんです」

「へぇ。それで、どう不思議だったんだ?」

「はい。赤く燃えるような光だったんです」


 彼女の右目は運命を見る眼、まだ使い方が分かってないからこそ、漠然とした光でしか見れないのだろう。

 何だったか、『星の羅針盤(コンパシオン)』という名前だったような気がする。

 その眼は運命のままに導かれる。

 そう言い伝えられているのを文献で見た事があり、それを人工魔眼として生み出したのが彼女の瞳だ。


「その光の大きさは?」

「少しずつ小さくなっていました。まるで命の灯火のような……」

「そうか」


 懇願するような、そんな彼女の眼差しに居心地が悪くなってしまった。


「助けなきゃ駄目か?」

「お願いします!」

「……はぁ、分かったよ」


 助けて見返りが貰えると良いんだが、まぁ気紛れとして助けるのも一興だろう。

 それに彼女の瞳に間違いは無い。

 俺も霊王眼で見てみると、一瞬だけ彼女が凄まじい力を秘めているように見えた。


「どう助けるか……」


 錬成で水を凍らせる事も考えたが、精霊術の方が良いだろう。

 そう思ったので、俺は精霊紋から精霊を呼び出した。


「ステラ、あの龍神族を拾い上げろ」

『は〜い、分かった!』


 精霊術を行使して、その龍神族を空へと持ち上げる事に成功した。

 あんま目立つ行為は控えたかったが……

 人助けをユスティに頼まれては仕方ない。

 怪我してるようだったので精霊術で龍神族をこちらへと運んで、横抱きに抱える。


(……左肩と右足が紫色に変色、これは何の毒だ? それに血も流れ出ちまってるし、まずは出血を止めるところからだな)


 毒は根を張って心臓部へと近付きつつある。

 毒の種類がまだ分からないので対処法は限られくるのだが、霊王眼で解析中なので、もうすぐ分かる事だろう。

 ここでは人目に付きすぎるため、解毒治療のためにも部屋へと運ぶとしよう。





 部屋は簡素なもので、ベッドと棚、クローゼットくらいしか無い。

 何とも殺風景なものだ。

 大きなベッドへと龍女を寝かせて、肩口の矢を引き抜いてやる。


「やっぱ昏倒してるか……まぁ、好都合だな」


 傷は全部で三箇所、左肩、右脇腹、そして右足だ。

 左肩と右脇腹は矢で貫かれた事による怪我なのは分かるのだが、右足は太腿をザックリ斬り裂かれて、もう使い物にならない。

 大量に血が噴き出るスプラッタな場面となるので、この空間で立ってる二人へと目を向ける。


「見ない方が良いぞ?」

「だ、大丈夫だ。気にするなノア殿」

「何かあれば私もお手伝いしたいです!」


 まぁ、無理に出てけ、なんて言う気は更々無いので、好きにさせておく。


「『分子解体(セパレート)』」


 右足に関しては再構築した方が速いし、同時に右足に巣食う毒も一緒に除去できるので、一石二鳥なのだ。

 右足はまだ、そこまで毒が広がってないし。

 そのために右足を縛って血を止めた後、斬り落として更に再構築させる。


「『再構築(コンポジット)』」


 斬られた血塗れの足が綺麗な状態へと戻った。

 しっかりと神経や血管を繋いであるため、足の方は何とかなったな。

 そして、その血塗れだった毒足を媒体に、毒の種類を把握しようと考えて、干渉して種類を把握した。


「……成る程、こりゃまた厄介な毒素を貰ってきちまったもんだな」


 火山地帯でしか生えてない『灼熱草』で作られた毒素だった。

 名前の通り、服毒すると燃えるような激痛が走る事で有名な毒草なのだ。

 間違って食うと三日三晩激痛に苛まれる。

 しかし、グラットポートで大量に薬品を貰ってきて本当に良かった、丁度ここに、その毒草の効果を打ち消す解毒薬があるのだから。

 それを飲まそうとしたのだが、飲んでくれず、口から溢れていく。

 寝てるのだから、そりゃ当たり前だな。


(仕方ない……)


 こうなったら俺が直接飲ませるとしよう。

 瓶の蓋を開けて、解毒薬を口に含む。

 ベッドの向かい側からジッと見られるのだが、気にしてても刻々と命のリミットは迫っている。

 龍女の身体を抱き起こして、そのまま唇と唇を重ね合わせて彼女の胃へと流し込んだ。


「ご、ごごご主人様!?」

「ち、治療中に何してるのだノア殿!?」


 その光景を見ていた二人は途端に顔を真っ赤に染め上げていた。

 飲めないんだから、こうして飲ませるしか無いだろう。

 高が口移しで何だってんだ。

 医師でもない俺が、こうして助けようとしてるのに文句を言われるとは……ともかくだ、灼熱草の解毒薬を彼女へと飲ませる事ができたので、毒に関してはもう心配する必要は無くなった。

 見る見るうちに、毒が中和されていく。

 普通のポーションでは治せないからこそ、リブロの隠し倉庫から沢山持ってきておいて良かった。


(ありがとう、アダマンドのおっさん)


 グラットポートのギルドマスターに感謝しながら、俺は影から薬草鞄を取り出して、栄養剤を新たに作る。


「しかし、不思議な事もあるもんだな。まさか龍神族が漂流してるとは……」


 片方の角が折れてるが、こちらは別に直す必要も無いだろう。

 元々は魔力の塊であるため、いずれ再生する。


「この人、何者なんでしょうか?」

「赤い髪に赤い尻尾、焔龍族かもしれんな」


 龍神族というのは、髪の色や尻尾の鱗の色とかで判断できる。

 例えばグラットポートで媒体となっていた電龍族は金色の髪に黄色い尻尾を持っていた。

 同じように、彼女は焔龍族なのだろう。

 炎を操る事のできる、強い種族だ。


「ノア殿に会いにきたのではないか?」

「何でだよ?」

「未来予知した結果の一つに、ノア殿の事を感じ取ったのだと言ってるのがある」


 俺の事を感じ取った……それはつまり俺が竜煌眼を駆使した事で現れた暗黒龍の力を遠くから感知した、という事なのかもしれない。


「里抜け、したと聞こえた」

「そうなのか? なら、感知能力が凄まじい事になるぞ」


 龍谷バルジャックはここから大分距離が離れている。

 それを感知して里抜けまでして俺に会いに来たというのは凄い行動能力だ。

 が、しかし俺に何の用だろうか?


「ですが、この人よく生きてましたね」

「龍神族は生命力が凄まじいからな。だが、しばらく血を失って漂流したせいで、目覚めるのは今日の夜中か、明日の朝になるだろうな」


 よし、栄養剤の完成だ。

 毒が消えたのは良い事なのだが、血も大量に流れて体温が冷たかったため、生命の危機にあるのは変わりない。

 なので、造血成分も含まれてる栄養剤を彼女へと口移しで飲ませた。


「ご主人様……躊躇とか、その……無いんです?」

「はぁ? 何だよいきなり?」


 急に変な質問が来た。

 何を躊躇する必要があると言うのだろうかと思い、首を傾げる。


「い、いえ、何でもないです……」


 よく分からんが、これで一応は何とかなるだろう。

 本当ならば出血性ショックの応急処置をしたりする必要があるのだろうが、ここは異世界である。

 目の前にいるのは人ではなく龍神族という種族、人間よりタフな生き物であるため、生きるために体内のエネルギーも駆使して何とか生き存えてきたのだろう。


(だが……何で毒を受けたんだ?)


 里抜け、リノはそう言ってた。

 確か龍神族の掟の中に、『里抜けした者、これ一切の例外無く滅殺せよ』とあったはずだ。

 掟破りは重罪、つまり犯罪者として追われ、肩口に矢を受けたりして海へと落ち、運良く難破船とかの船板に身体を預けていられた、という事か。

 お陰で溺れはしなかったようだが、やはり起きたら詳しい話を聞くべきだろう。


(一応、霊王眼で見とくか)


 左目を起動させて、彼女の体内を調べる。

 毒物反応は消えており、傷口も完全に塞がれている。

 右足も正常、内臓もきちんと動いているのだが、この取り除いた右足どうしよう……

 いや、完全に除去しておいた方が良いだろうな。

 そう思って右足へと手を置いた俺は、錬金術の能力を発動させた。


「『灰燼焼滅(インシネレイト)』」


 塵一片たりとも残さないよう、完全に灰にして燃やし尽くした。

 この力は対象を燃やすのではなく、そこに存在している(・・・・・・・・・)という事実そのもの(・・・・・・・・・)を燃やす(・・・・)、それは因果への干渉に他ならないものだった。

 竜煌眼を発動してから、少しずつ能力の幅が広がっているような気がする。

 恐らく錬金術師の職業を得た時に本来手に入るはずだった能力の一つが、記憶のロックが解錠されたかのように蘇ったのだと思われる。

 今ならどのような因果律への干渉すらできるだろう。

 しかし、ならば毒という概念を燃やしたら良いのではないかと考えたが、そこまではまだできない。

 それに本体に使えば、どうなるかは未知数なので、まだ実験できてない以上は無理だ。

 今回使ったのだって右足が切り離されたからであって、繋がってた状態で行えば、命すらも書き換えてしまうかもしれない。


(教会が隠蔽するのも無理ないな)


 因果律崩壊の力、これ程までに恐ろしいものは無い。

 指先一つで人すらも殺せてしまう力というものは、やはり慣れないな。


「凄まじい火力だな。やはり錬金術師というのは、皆こうなのか?」

「さぁな。他の錬金術師に会った事なんて無いし」


 焦げた臭いが部屋を包み込み、窓を開けて涼しげな空気を取り入れた。


「俺はしばらくここにいるつもりだから、二人は自由にしててくれ」


 危機を乗り越えたからと言って、油断はできない。

 龍神族は俺達人族と身体構造の違う部分もあるので、どうなるかは未知数だ。

 未来予知してもらったが、それでも絶対ではない。


(今度もまた、波乱に満ちた旅になりそうだな……)


 龍女はスヤスヤと眠る。

 しばらくは目覚めそうもないので、暇を潰すために本でも読みながら目覚めるのを待つとしよう。

 ゆったりと揺れる船に身を委ねながら、俺は影から取り出した本を開き、御伽の世界へと旅立った。






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