第71話 財宝都市魔神騒動終結報告会議 後編
第二章のタイトルを【白き獣人編】から、【財宝都市編】へと変えさせてもらいました。振り返ってみると、タイトルから大きく離れてました……
ノアが暗黒龍の使徒であると全員の意識に強く刷り込まれていき、そして殆どの者がプロフィールと戦力分析を見比べ始めた。
これが本当ならば、一大事である。
今まで現れた事にさえ気付かず、彼を放置していたのだから。
この世界には神、その下に九神龍、そして原初の精霊、そういった立ち位置がある。
神の次に偉い九神龍の使徒が現れたが、現在では九体の生きる伝説の神龍達は何処にいるのかさえハッキリしていない。
その使徒の居場所が分かった事の喜びと、放置していた事に対する焦りがある。
何故ならば、自分達よりも偉い存在がノアだからと、全員が分かっているからだ。
「確かに……ならその強さ、納得行くもんだな、ワッハッハ!!」
ロトリーは順応が速いため、暗黒龍の使徒だと言われても違和感を感じていなかった。
逆にヨジュは、目の見えぬ中で紙に書かれている内容を見つめ、変だと思っていた。
「アダマンドよ、この蘇生能力というのは本当か?」
「え、えぇ……実質、媒体となってた奴隷達全員の霊魂を魔神から奪い、それを返してましたし、止まっていた心臓が動くのを部下が見てたそうっす」
「だとしたら精霊術師というのは嘘か……」
この場で彼をどうするのかは最終的にグランドマスターが決定する事であるため、ヨジュにとっては何でも良かった。
しかし、自分ならばどうするべきかと思考を巡らせているが、良い答えが浮かび上がらない。
「ヨジュさ〜ん、嘘って書いちゃ駄目なのではなかったですか〜?」
メサイアが、疑問を呈する。
「いや、偽名偽職を書いたところで、それは自己責任であるからこそ別に法律違反にはしていない」
「ふ〜ん」
実際に偽名を書いたところで、大した意味は無い。
本人証明のために書かせているだけで、ギルドカードに刻まれる名前でもあるため、中には愛称で書いたり、或いは適当に考えた名前を書いたりする者もいる。
そこに制限を設けてしまえば、冒険者が半減するのは必至だと分かっていたのだ。
「冒険者は自由じゃからのぅ、偽名を書いたところで構わんじゃろ」
「そうですけど〜」
「メサイア君は何か不満でもあるのかな?」
「いえ、そうではなくてですね〜……」
何と言えば良いのか、信用できないと考えている彼女としては、何を企んでいるのかが見当付かないのだ。
それを言葉にするのが難しく、彼女は言い淀む。
「だけどさアレクさん、このノアって人、一体何者なんだろうね?」
「さぁ、何者なんじゃろうな〜、フォッフォッ」
終始笑顔のアレクからは何かを考えているのかサッパリ読み取れない。
長年生きてきたディージーにとって、得体の知れない人間が目の前に一人、そして写真に映る一人、計二人いる事に恐怖が芽生えた。
しかし、彼はエルフの同胞を救った恩人でもあるが、信用はできない。
「他に何か情報は無いのかね?」
ルドルフは二枚の用紙から視線を外し、未だ立ち尽くしているアダマンドへと質問を繰り返す。
「えっと、冒険者の報告では魔族を二体殺したそうなのですが、殺し方が異常で……」
四体のうち、三体は基本的にノアが殺したようなものである。
一体は手錠を後ろ手に繋がれて毒を自ら飲んで自殺、一体は真っ向勝負の果てに影から生み出した黒刀で斬殺、一人は不思議な状態で氷漬けとなって凍死していた。
「後ろ手に? それに黒刀と凍死だと? 詳しく話せ」
「えっと、自分が見た訳ではないのでそこまで詳しくないっすけど……」
手錠について接合点や鍵穴、機械的な部分が一つも無かった事、黒刀には多くの魔力と精霊術のような雷とかが纏わり付いていた事、そして凍死していた魔族に関しては完璧に凍っていた事を説明した。
複数の能力を複合的に駆使しているノアの戦い方は、本来の職業の戦い方から乖離しているものだ。
そこで何が起こっていたのか、どうしてそのような能力を持っているのか、それも全て暗黒龍の使徒としての能力なのか、不明瞭だった。
「どうやら暗黒龍の使徒である事は間違い無さそうだな。だが何故だ? 何故彼は今まで隠れるようにしていたのだろうか?」
「単に目立ちたくなかったから、とかね〜」
ルドルフの疑問はディージーによってズバッと斬り裂かれた。
「そんな事あるのか?」
「さぁ、でも速報を聞いた時はビックリしたよね〜、まさか自分の命を賭けて戦うなんてさ〜」
目立つ事と命を賭ける事について天秤に乗せたら、命を賭ける方が重かった、という事なのかもしれない。
だが、プロフィールからは目立ちたくない、過去を知られたくないと思わせるような空欄が幾つもある。
中でも特に、無教徒というのが気に掛かっていた。
暗黒龍に興味が無いのか、いやいやそんな馬鹿な、と繰り返し逡巡するディージーを他所に、まだ聞きたい事があったルドルフはアダマンドと会話を続ける。
「事の経緯を簡単に聞いたが、発端は勇者が和平を望む魔族シドを殺した事から始まった、そう言ったな?」
「えぇ、まぁ」
「その話、嘘ではないのか?」
魔族は信用ならないという固定概念から来る言葉だが、魔族によって滅ぼされた国も多く、被害を被った者達も大勢いる。
もしかしたらノアが何かを隠すために嘘を吐いているのではないか、と考えた。
「魔族は嘘を吐く。貴様はその男が本当に復讐のために事を起こしたという話を聞いた、それを信じるのか?」
魔力により、アダマンドは威圧される。
蛇に睨まれた蛙の如く、アダマンドは殺気と恐怖に心が支配されてしまった。
精神的にストレスが溜まり、目眩や酩酊感が身体を襲い始めた。
「ルドルフぅ……死んじゃうよ〜?」
フィノの一声で、魔力が消去された。
「気を付けなよねぇ……ふぁ〜ぁ……」
「す、済まなかった……」
何をされたのか全く分からなかった。
七帝の中で未だ能力の全貌が判明していないのが、フィノの持っている解析官という職業の能力である。
彼女には不思議な力がある。
それに逆らう事ができないと、直感的に思ったルドルフだった。
「家族を殺されちゃったのは仕方ないけどねぇ……それ、偏見だよぉ……」
正論ではあるが、最愛の家族を殺された憎しみは収まる事は無い。
それも含めて、ノアを信用する事に決めたのだ。
しかし彼としては、邪魔されたから殺しただけで、本来ならば逃げるつもりだった。
それを知ってる者は彼の奴隷であるユーステティアやノアと会話したダイガルト達のみである。
「ねぇ、アダマンドぉ……」
「はい」
「悪魔が六体って……ホントなのかなぁ?」
ゆったりとした口調で、別視点から事件について斬り込んでいく。
「フィノ君、どういう事かの?」
「えぇ? 説明すんのめんどい……」
「頼む、この老人に説明してくれんかのぅ?」
眠ろうとしている彼女に対して下手に出る。
それは、最強の老人でさえも彼女の能力が常軌を逸したものであると第六感が囁いているからだ。
下手すれば殺されてしまいかねない状況、職業の恐ろしい部分でもある。
「お爺ちゃんの顔に免じて教えてあげるよ……この悪魔は、本来必ず七体に分裂して養分を蓄えるのさ」
「その養分とは?」
「勿論、人間だよぉ……正確に言えば、人間の身体に定着してる魂かなぁ……魂を喰らっただけ成長、そして進化を繰り返すのさぁ」
魂を喰らい続ける事で、より高次元の存在へと至る悪魔であるが、本来はモンスターだ。
魔神というものも通過点でしかない。
その通過点を超えて、更に先へと進んだ場合どうなるかは魔族にさえ知り得ない事である。
「召喚されたら絶対に七体に分裂するんだよねぇ。なのに六体なんでしょう? どう考えても……ふぁ、もう寝ても良い?」
「原因は何じゃと思う?」
「さぁ、多分媒体になった八人の持つ霊魂に異常でもあったんじゃないかなぁ……ふぁ、こんなに長く話したの久しいなぁ……」
全員が自由奔放であるため、そのまま寝てしまう者や何も語らず腕を組んだままの者、話すら聞かない者までいたが、アレクはフィノの話を考えて斬り込みを入れる。
「ここに媒体が一体遅れて加わった、とあるが、これのせいではないかの?」
「それは違うよお爺ちゃん……揃った時点で必ず七体になるのが、この儀式の特徴なんだよぉ」
彼女は殆どの情報を脳内閲覧できるため、今回行われた儀式魔法についての調べも付いている。
だが、六体の原因は不明。
可能性として考えられるのは、媒体となった霊魂に欠陥が見られたという事くらいだ。
「だからさぁ……何だか変なんだよねぇ」
「フォッフォッ、ありがとう、フィノ君」
「は〜い……」
今回の議題は主に二つ、魔神について、そしてノアについてである。
幾つもの問題点、疑問点、課題点が見える。
いや、疑問点はそこまで重要ではないだろう。
重要なのは問題点と課題点であるのだが、その問題点のうちの一つは魔神……ではなく、ノアの方だ。
「コイツ、一体何の職業だろうな……なぁ、グラマスさんよ〜」
「ロトリー君は気付いておるのかい?」
「ハッ、物質操作に変換、修復能力に蘇生、能力分析を見る限りじゃあ、文献にあった通りだな……アンタも気付いてんだろ?」
「フォッフォッ、そうじゃな」
本来の錬金術師としては低級ポーションの作製のみと広まってはいるが、冒険課の特権として『巨大図書館』への入館が認められている。
そのため、そこで職業についての研究を行っていた。
だから、錬金術師の本当の能力について古代文字で書かれていた本を発見し、錬金術師の恐ろしさというものを知っている。
「ロトリー、知ってるなら教えてよ」
「四百年生きてるババアでも分からんとはな」
「ぶち殺すぞ、クソ餓鬼……」
禁句によって人格が変化する彼女だったが、それでも好奇心は誰にも抑えられない。
「恐らくだが……奴は錬金術師だ」
「……はい?」
「だから、錬金術師だって言ったんだよ」
「マジ?」
「マジ」
ノアの能力が本物ならば、錬金術師は非常に危険な職業であると認めねばなるまい。
しかしながら、長年の固定概念が邪魔をする。
「ロトリー、貴様それ本当なのだろうな?」
「ったく、ルドルフてめぇ、疑り深いぜ。もう少し信じろよな!」
「ボクも……彼は錬金術師だと思う……なぁ…」
巨大図書館の所有権は、フィノに一任されているため、彼女ならば許可云々の前に入る事が可能だ。
彼女は暇な時はずっと図書館に籠っている。
そして彼女は図書館と繋がっているため、言霊を自在に操れる。
先程の魔力の分散も、消えるように念じ、言葉を発したからこそなのだ。
その能力は未知数であり、巨大図書館にも秘密はあれども誰も知らない。
「でも、低級ポーションのみって広まってませんでしたっけ〜?」
「それに私が聞いた話では、戦闘力は皆無だったはずだ。もしや使徒となった事で強化されたのか?」
「さぁ……」
「寝るな!」
各々の中にある、錬金術師という職業の概念が組み変わろうとしている。
話を聞いているだけのアダマンドにとって、錬金術師という能力の固定概念はそうそうに変わらない。
しかし、その目の前で繰り広げられている会話では、もう殆ど錬金術師の見方が変化してきているため、やはり化け物揃いだと思ってしまっていた。
特にルドルフとメサイアは『蘇生』、ヨジュは『魔眼創生』、そしてロトリーは『錬成』に興味を惹かれていた。
「蘇生は……家族を治せるのか?」
「ルドルフさん、不可能だと思いますよ〜」
家族を殺されたルドルフにとって、蘇生は魅力的な響きを持っている。
家族を蘇生させる事ができるという、この世界の摂理から外れた力を一個人が所有しているために、利用できないかと脳を回転させる。
しかし、メサイアはその回転をたったの一言で止めてしまった。
「蘇生にもリスクがありますから〜」
「り、リスクだと?」
「例えば身体の崩壊だったり〜精神の瓦解だったり〜死んじゃうだったりですかね〜」
大聖女の持つ蘇生魔法も似たような効果とリスクを持っていたので、それに当て嵌めて宥めようとしていた。
「コイツは平民なのだろう! ならば私の家族のために命を費やしても誰も文句は言わんだろう!」
「それは横暴って言うんだよ、ルドルフ」
「黙れ! 病で倒れ、妻と娘を看取った私の気持ち、貴様等エルフには分かるまい!」
貴族が偉い、貴族が素晴らしい、家族を失った事で捻じ曲がってしまったその心と考えは、平民を蔑ろにする。
文句を言わない、それは彼が平民だから。
そう本気で考えている。
「フォッフォッ」
「頭目?」
「いやいや、何とも人間らしい争いじゃな。ルドルフ君、彼に手を出さん事を推奨しておこう。君では手に負えんじゃろうて」
「し、しかし――」
「それに」
会議室全体が一人の老人によって軋みを上げる。
人の尊厳を奪うような発言をするトップがいると周囲に知れ渡ったらどうなるか、この会議では一つ一つ言葉を慎重に選ばねばなるまい。
しかし、今回ルドルフは司会進行を務めると言いながらも司会は碌に進まず、剰え暗黒龍の使徒の命を蔑ろにするような発言をした。
到底許される事ではないと、アレクは判断した。
魔力だけで空間が歪む。
会議室の壁や天井にまで罅が入り、全員が死の体験をしてしまう。
「ガクッ……」
その場に倒れたアダマンドを他所に、アレクはルドルフへと言葉を発する。
「貴様……調子に乗っとるのか?」
「いえ! め、滅相もございません!」
暗黒龍の使徒と言えど、人間よりは遥かに上位の存在である。
それを家族のために使って命を落とそうが構わない、そうルドルフは言ってしまった。
流石に看過できなかった。
そして現在の威圧、七帝全員、彼の魔力による威圧をモロに受けて意識はあるが、息苦しく感じて胸を押さえる者が続出する。
「彼を狙うのは止めておけ。勿論、彼の周囲の人間にもじゃよ。ミルシュヴァーナの未来のために」
彼一人で国という存在は地図から消える。
塵一片たりとも残さないであろう彼の実力を、私的に使う事はギルドの統括として許さない。
それがたとえ自分の最愛の者の蘇生であったとしても。
人は生き返らない、だからこそ尊いのだとアレクは知っている。
「彼は儂の知り合いの子じゃ。手を出す事は禁じる。良いな?」
「「「「「ハッ!!」」」」」
グランドマスターの命令は絶対、だから彼等は従わなければならない。
(……クソッ)
家族を蘇生してもらえるチャンス、そう思っているルドルフは諦めきれずにいた。
蘇生の時間は最長で三日、それは知られていない事でもあるため、ルドルフは意味の無い行動を取るための計画を練り始める。
「それから暗黒龍の使徒、が事実なのかはまだ分からんからのぅ、国に連絡する必要は無いじゃろ」
「えぇ? 連絡しなく良いんですか〜?」
「まだ確認取れておらんのじゃもん。仕方あるまいて」
冒険者ギルドは国と密接に関わりがあるが、その長が見て見ぬフリをする。
国との契約において重大なる契約違反ではあるのだが、自由を愛する冒険者ならではの考えもある。
彼等はまだ自由を生きている。
その自由のために、彼等は暗黒龍の使徒という存在をひた隠す。
「さてさてアダマンド君、起きておるんじゃろ? 続きを話そうではないか」
「お、お気付きでしたか……」
「フォッフォッ。ルドルフ君、今は彼の事よりグラットポートについての状況改善に力を注ごうではないか」
「は、はい……」
蘇生の力は人の概念そのものを巻き戻す力、命の尊い世界での未知なる能力に心を乱されるが、しかしながら今は魔神に滅ぼされた国の状況改善のために援助しなければならない。
だから今は自身の仕事を全うするために、蘇生について頭の片隅に置き、仕事脳へと切り替えた。
(必ず手に入れてやる……)
蘇生能力は三日、つまり妻も娘も蘇生不可能。
言わぬが花、知らぬが仏ではあるが、知らないからこそ起こる諍いもある。
ノアを巡る大抗争の火種がルドルフの心に芽吹き、いずれ本物の大火となる。
(危ういものじゃな)
人の上に立つ者の苦労は絶えない。
人間は大切な者を失う事で心に穴が空くが、蘇生という藁が目の前にあれば、掴んでしまう者もいる。
心の弱くなったルドルフには掴まなければ心が壊れてしまいそうだった。
藁にも縋る思いというものは、時に人を歪めてしまう。
だからアレクは笑みを繕いながらも、やる事が多そうだと溜め息を漏らしていた。
会議は最初こそグダグダだったが、被害状況に応じた人的援助や必要物資、金銭援助、食糧の輸送、調達ルートの確保、様々なものが取り決められた。
そしてアダマンドは死ぬ思いして、何とか生きて会議室から出られた。
「ふぅ、やっぱ慣れねぇぜ……前回ラナの野郎が報告したって聞いたが、よくあんな重圧の中にいられたな……」
新人冒険者大量殺人事件が三月の上旬に発生した。
その時の報告もアダマンド同様にラナも行ったが、彼女は顔色一つ変えずに、淡々と話したのだ。
自分とは大違いだと思い知らされた。
「フォッフォッ、お疲れじゃな、アダマンド君」
「ぐ、グランドマスター……お疲れ様っす」
伸びた髭を手で梳かしながら、老人がゆったりとした歩みで近付いてくる。
しかしながら、その一歩一歩は死神が近寄ってくるようなものだった。
「これから戻るのかのぅ?」
「えぇ、まぁ……」
「フォッフォッ」
何を笑っているのだろうか、彼の瞳には老人が少し不気味に映る。
「そう警戒するでない」
「いや、そんな強さを持つ人が近寄ってきたら警戒するに決まってるじゃないっすか」
一切覇気を抑えようとしていないため、滲み出ている闘気に気圧されてしまう。
だから冒険者の間では、伝説の覇者、とまで言われているのだ。
「それで、何の用っすか?」
「彼が今後何処へ行くのかと思っての、気になっておったんじゃよ」
行き先を知ってどうするのかと考えるが、グランドマスターの考えている事は下々には分からない。
早々に諦める。
しかし、知り合いっぽい言葉も発していた事について気掛かりだったが、やはりノアとの関係性を聞く事はできなかった。
(こんな化け物相手に、そんな事聞けるかよ)
遠くを眺めながら、彼は溜め息を零した。
「一つ聞いて良いっすか?」
「何じゃ?」
「何でアレク様、グランドマスターなんてしてんすか?」
純粋な疑問、七帝が殆どの事をしてしまうので、グランドマスターの仕事はそこには無かった。
が、それは憧れる者として聞いてみたい事でもある。
聞く事柄を慎重に選ばねばならない程のものだが、それでも憧れに聞く機会はそうそう無い。
「昔、一人の少女がおった」
「少女?」
「彼女は冒険者じゃった。その時は儂もただの冒険者じゃったよ……儂はその少女と出会って、楽しい時間を過ごした。ミルシュヴァーナという国で出会って、何度も話して、何度も彼女と冒険もした、何度も自由を生きた。じゃがギルドという制度のせいで彼女は死んでしもうた」
昔のギルドは今のようなものではなく、ランク制も重視されていなかった。
FランクでもSランク級の依頼が受けられたりした。
逆にSランクがFランクのような低級の依頼を受けたりできた。
とある上級冒険者が彼女に誘いを掛けて、彼女は断った事が原因だとアレクは言った。
それによって、下のランクが受けられなくなり、仕方なく上級者専門の依頼を受けざるを得なかった。
「そして、彼女は儂に告げずに呆気無く死んだ」
「すみません、でした……」
「いや、もう遠い過去じゃよ」
当時は沢山泣いた、沢山後悔した、沢山叫んだ。
人の死、それを超越するノアの能力を知った瞬間、心が騒めいた。
しかし時を戻す事はできないから、彼は記憶として、思い出として胸の内に仕舞っているのだ。
「だから、制度の改正のためにグランドマスターにまで登り詰めたって言うんすね」
「まぁ、そうじゃな」
「凄いっすね……その冒険者達に復讐したいって思わなかったんすか?」
復讐、それは人として醜い感情が見出だすものだ。
最強の冒険者は復讐をしたのだろうか、それともしなかったのだろうか。
「思ったよ。儂も人の端くれじゃったからのぅ、殺したいという気持ちも無かった、と言うと嘘になる。じゃが、それが彼女の望む事なのかと思った時、そうではないと気付いたんじゃ。そして復讐ではなく、儂自身が強くなってギルドそのものを変えてしまえば良い、そう考えたんじゃ」
「そうなんすか……」
人は、過ちを繰り返す生き物である。
そして過ちを正し、考え、成長する生き物でもある。
その代表にまで至るまで、どれだけの苦労があったのだろうか、どれだけの苦痛があったのか、一介のドワーフには想像もできない。
その老人はきっと、何度も後悔と選択の連続をしてきたのだろう、それだけは感じ取れた。
「しかし、長生きはするもんじゃのぅ」
「はい?」
「ノアという青年、まさか彼が暗黒龍の使徒となっておったとは、驚きじゃよ」
彼の事を一方的に知っている老人は、早く会いたいものだと思った。
街並みを見下ろしながら、彼は一つの言葉をここにはいない彼へと贈る。
「夜明けを導く使徒、もしも彼がSランクとなったら二つ名は『黎明』にしようかと思うんじゃが、どうじゃろうかのぅ?」
「まぁ、良いんじゃないっすか」
黎明、夜明けを意味する言葉であり、そして時代を分ける一つの通過点でもある。
同じように特異点ともなる。
因果の原因と結果の境目であり、何のためにノアを使徒としたのか、暗黒龍の意図は不明である。
「これから……時代を左右する厄災が起こるじゃろう。そのためにも、儂はまだまだ死ねんのぅ」
「ハハ……どうなっちまうんでしょうね、この世界は」
何が起こるのか、それは誰にも分からない。
未来を見通す事のできる者でさえも、遠い未来程ラグが生じる上、分岐点も非常に多い。
今では対処のしようが無い。
が、準備はできる。
この平和な時代の幕引きと幕開け、一つの境界線の上で生きる人間達はどう抗うのか、それを知る事ができる者は神のみであろう。
「さて、そろそろパフェでも食いに行こうかのぅ」
「あ、行くんすね……」
「アレク様〜、迎えに来ましたよ〜」
遠くからメサイアの声が聞こえてきて、ギルドのトップはただの老人へと戻る。
「じゃあ、彼によろしくのぅ」
それだけを伝えて、彼は小さな少女のところへと行ってしまった。
この世界で、人は厄災に立ち向かわねばならない。
回避する方法は無い。
対処の鍵となるのは一人の暗黒龍の使徒のみ、黎明と変革へと導く男だけ。
(本当にあの男が世界を新たな時代に導く者……なのかねぇ)
自分にはどうする事もできない、できる事は彼が次の都市へと向かうための僅かばかりの援助のみ。
青年は何を求め、何のために戦い、そして彼は冒険の果てに何を知る事となるのか、それを決めるのは彼自身、その時に彼はどのような答えを出すのかは……まだ、誰にも分からない。
そしてノアが出立する前日、とある海上の空では一人の龍神族の女性が高速で飛行していた。
息を切らし、左肩には矢が突き刺さっている。
右足は斬撃によって深傷を負っており、血が海へと滴り落ちる。
「ハァ……ハァ……」
紅の髪を後ろで纏め、側頭部から大きな二本の角が生えていた。
右片方の角は途中で欠けており、前髪や横髪を揺らしながら空を逃げ惑う。
深緑色の瞳は縦長の瞳孔を持ち、まさに龍の瞳だ。
大きな赤い翼に、鱗で包まれた長く太い龍尾は強者の象徴でもあり、後ろから迫り来る追っ手へと振り返り、大きな胸へと空気を取り入れ、息を吐く。
「『絶海の蒼炎』!!」
「『吹雪く吐息』」
追っ手のうち、蒼白い髪を持つ蒼色の瞳の持ち主である小さな蒼龍が、竜の息吹に対抗するように氷の息吹を吐き出した。
業火と極寒、二つのブレスがぶつかり合い、水蒸気が辺りを包み込んだ。
「『魔法付与・ヘイスト』!!」
自身の身体に魔法効果が現れ、淡い黄緑色の光が彼女を包み込み、翼を羽ばたかせて追っ手の龍神族から逃げる。
「うっ……」
足と肩の傷口から毒が侵入する。
意識に作用し、朦朧とする中で龍女は必死に追っ手を撒こうと空を駆け抜ける。
「待ちなさいセラ!」
蒼白い龍女がセラと呼ばれた彼女を追い掛ける。
追っ手は僅か三人、しかし三人の手練れによって身体は傷付き、苦しみ、そして吐血する。
「ゲホッ……嫌よ、絶対に会いに行くんだから……」
「里抜けした者は『里の掟』に従い、例外無く死んでもらうですよ!」
「うっさい! アタシは自由なんだから!」
逃げる彼女を追い掛ける三人の同胞、一人が矢を番え、狙い、そして放つ。
金色の髪に金色の瞳の女が、逃げる彼女の背中を狙う。
その放たれた矢が彼女の脇腹を抉り、目の前がチカチカと火花が散るように痛みが弾けた。
「クッ……」
右の翼も撃ち抜かれ、空を飛ぶ力も失われた。
遥か高い場所から水面へと落ちていき、大きな水柱を上げて海の藻屑へと消えていく。
海が赤く彩られ、それを見下ろす二体の龍神族は、どうするかを蒼龍へと視線を向ける。
「どうする、アスラ?」
大きな身体に大剣を背負った金色の龍が、リーダー格である彼女へと聞く。
「……あの出血量では、生きてはいないでしょう。ですが念の為に辺りの捜索をしておきましょうか。二人共、良いですか?」
「も、勿論ですアスラ様!」
「ありがとうルーメイア」
もう一人の電龍族であるルーメイアが敬礼して、辺りの捜索を開始する。
「クレイ、どう思いますか?」
「どうって?」
「彼女がいきなり里抜けした事ですよ。修行を終えた者は百年間里を出てはいけないのですが、彼女は修行の途中に帰ってきたばかりか、百年の時を待たずして里をコッソリ出て行きました」
「確かに……何か彼女にだけ感じた事があったのかもしれんな。奴は第六感が物凄く鋭かったしな」
何かを感じ取った彼女が、一週間前に飛び出した。
何を感じたのか、それは彼女にしか分からない事であるのだが、それをアスラ自身知る必要は無いと考えた。
「ともかく、今は彼女の死体を確認しなければなりませんので、貴方も探してください」
「分かった」
三人の龍神族は海へと落ちた掟破りの龍神族を探す。
これは偶然なのか、或いは必然の新たな出会いなのか、それとも暗黒龍が引き寄せた運命なのか、波乱と冒険に満ち溢れた旅は、新たなステージへと進んでいく。
読者の皆様、『星々煌めく異世界で』を読んで頂き、誠にありがとうございます。
作者の二月ノ三日月です。
最初は二章をどう終わらせるか悩みましたが、何とか完結させる事ができました。
もっと違う結末を用意するつもりだったのですが、最後まで書き上げてみると面白い事に、自分の描いたストーリーとは大分掛け離れていましたが、それでも今では満足しております。
これも皆様のお陰です。
読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。
書き始めてもう三ヶ月の月日が経過して、二章をどう締め括ろうかと考えていましたが、皆様のご愛読のお陰でここまで頑張って執筆する事ができました。
読んでくださる方々がいらっしゃり、私は幸せ者です。
素人の作家として小説の世界へと旅立ちましたが、これからも主人公共々冒険していく所存ですので、どうか走り続ける私を、そして主人公達を応援して頂ければ幸いです。
第二章もこれにて終了、これから第三章へと突入していく訳ですが、皆様の応援を胸に、更に面白く、楽しい物語へとしていきたいと思います。
最後に……
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
『面白い!』『この小説良いな!』等と思って頂けましたら、下にある評価、ブックマーク、感想をよろしくお願い致します。
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