第70話 財宝都市魔神騒動終結報告会議 前編
正午にもう一話投稿する予定です。
話は数日前、ノアが気絶している間まで遡る。
冒険者の国と呼ばれている星都ミルシュヴァーナ、そこに魔神騒動の報告として赴いた一人の男がいた。
「はぁ、行きたくねぇなぁ」
グラットポートのギルドマスターを務めているドワーフの男、アダマンド=クルージーが報告書の入った封筒を持ってギルド総本山の巨大な建物へと入った。
まるで城のような場所へと入り、受付カウンターを横切っていく。
(ったく、何て説明すりゃ良いんだよ……)
魔神騒動をそのまま説明してしまうと、暗黒龍の使徒であるノアの事も話さなくてはならない。
彼の了承も得ていないのに話すのは勝手である。
そして暗黒龍の使徒が現れたという事は、世界の変革の前触れを意味する事でもあるため、本当ならば魔王討伐のために勇者と同行させる必要がある。
また、暗黒龍の使徒を好待遇でもてなす事が普通なのに対して、そもそも使徒が現れた事にさえ気付いてなかったとなると、国自体の信用が失墜する可能性も有り得る。
それだけの力を秘めているのがノアであり、束縛されたくないからこそ、周囲に黙っている。
「おやおや、アダマンド君ではないか」
「げっ、この声は……」
彼が後ろを振り返ると、そこに立っていたのは白髪を腰まで下ろした老人だった。
まるで仙人のような風貌をアダマンドは覚えている。
「何で貴方がこんなとこにいるんすかねぇ、グランドマスター?」
彼こそは、冒険者ギルド最高峰に位置する男、アレキサンドライト=ギルテバルドである。
親しい者からはアレク、と愛称で呼ばれている。
アレキサンドライトは長いからだ。
底知れぬ実力を兼ね備えている彼からは、一切の覇気が感じ取れず、アダマンドにとって目の前の男は不気味な存在に見えた。
「フォッフォッ、何やら面白そうな事が起こりそうな予感がしてのぉ、気になってつい見に来てしもうたのじゃよ」
杖を支えにして、老人もといアレクはアダマンドの目の前までゆったりとやってきたかと思えば、いつの間にか手には一つの封筒が握られていた。
それはアダマンドが持っていた書類等である。
「おい、いつの間に……」
「ほぉ、これは中々に面白い情報じゃな」
中身を勝手に開け、その纏められた報告書の情報を読んでいく。
そして、事件の解決の際に関わった人物リストの中に一人の名前を見つけた。
「って返してくだせぇよ!」
「フォッフォッ、良いではないか。老い先短い人生じゃ、少しくらいの悪戯くらい目を瞑ってはくれんかのぉ?」
誰も得のしないウインクに、アダマンドは身の毛がよだつ思いがした。
悪寒が走り、気持ち悪いものを見てしまった。
目が穢れてしまったのだと、そう思っていた。
「これから報告会なんすよ? こんなところで油売ってる場合じゃないでしょ?」
「まぁ、そうじゃな」
彼は大らかに笑い、封筒を全て返した。
「それにしても、先月に冒険者登録したばかりの彼が、もう魔神を討伐とは……すぐにでも彼をSランクにすべきじゃがのぅ」
「そうは言いますがねぇ、冒険者組合制度の規定上はFランクからSランクにするのは不可能っすよ」
「分かっておるわい。じゃが、報告書を見る限りではFランクの実力を逸脱しておる」
その力は錬金術師の能力だけではない。
報告書に纏められた彼の分析には、翼を生やしたり、腕を再生させたり、霊魂を操る能力もあると事細かに書き記されていた。
彼が冒険者登録した時の職業は精霊術師、最後の三つの技には精霊術が使われていたために嘘は一切吐いてないのだが、本来の職業である錬金術師という事に関しては書かれていなかった。
それは、錬金術師=低級ポーションしか作れない、と定着しているからだ。
精霊術師ならば再生能力や霊魂操作はできないため、グランドマスターは即座に彼の嘘を見抜いた。
「面白い青年じゃのぅ。それにしても、このプロフィールには殆ど情報が乗っておらんではないか」
「ちょっ――アンタ、何で奴のプロフィールちょろまかしてんだよ!?」
一枚だけ封筒の中から盗んでいた紙が、グランドマスターの手にある。
その早技にアダマンドは気付けなかった。
(何つ〜爺さんだ……)
そこに書かれた情報はノアが冒険者登録する時に書いたものだが、彼は最低限の情報しか記載しなかったため、出身や魔法適性とかは不明である。
しかし戦闘記録から察し、影魔法、或いは闇魔法を扱えるのだろうと彼は考える。
「彼は平民なのかの?」
身分も暈されていたため、貴族なのか平民なのかがハッキリとしなかった。
出自が不明。
貴族が訳ありで身分を隠して冒険者になるという事もあるのだが、その場合はすぐに足が付く。
「ならば、調べるのはちと骨じゃのぅ。じゃが……」
スラムの人間を全て調べろ、と言われて調べられる人間は殆どいない。
いるとするならば、情報屋や解析者といった世界の情報に干渉する能力を持つ者達だけである。
そして、調べるためには対象の人間が目の前にいなければならないため、後に彼をギルド総本山へと呼ぼうと結論付ける事になる。
それでも彼は聞く耳を持たず、『自分から来やがれ』と返事を送り返す事になるが、それが後々抗争へと発展するというのは、まだ誰も知らない物語である。
(もしや……)
ジッとプロフィールに映った彼の顔を見て、老人は知人だった者と顔を照らし合わせる。
そして二つの事実に気付いた。
「フォッフォッ、そうかそうか」
顔を綻ばせたグランドマスターに対し、ついに頭が可笑しくなったかと、アダマンドは心の中で合唱する。
しかしそんな事も露知らず、彼はノアの写真を見ながら言葉を漏らしていた。
「できれば争いたくはないのぅ」
「当たり前っすよ。あんなのと戦ったら命が幾つあっても足りねぇし」
アダマンドは脳内で彼との戦闘を何度かシミュレーションしてみるが、全戦全敗してしまう。
それだけ実力差があるのだと、彼は理解していた。
魔神を殺すだけの力が一個人に集約されている、これは国崩しも成せるという事に他ならないため、議論は荒れるだろうと思っていた。
「それもあるが、そうではない」
しかし、グラマス本人にとって争いたくない理由は他にもあった。
「彼の姿……彼奴等とよく似とるわい。懐かしいもんじゃな」
「は?」
まるで孫を見るような目をしたグランドマスターの呟きは、アダマンドにまでは届かなかった。
「まぁ、気にするでない。それよりも、そろそろ会議が始まる頃じゃな。ほれ、行くぞ」
「う、うす……」
掴み所の無い爺さんだと思いながらも、ヒラヒラ舞い落ちるプロフィールを拾って、アダマンドは彼の背中を追躡する。
大きな建物故に迷いやすいが、赤色の絨毯のような模様をした場所を駆け上がっていく。
会議室へと向かう最中、多くの冒険者が吹き抜けとなった階下で談笑したりしていたが、中にはSランクも何人か混じっており、アダマンドはノアとどちらが強いのかと少し考える。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、コイツがSランクと並ぶだけの実力なのは魔神殺しを成した事で分かったんすけど、どれだけの実力があるのかと思うと……」
空の戦場を見上げる事しかできなかったアダマンドにとって、目の前にいる仙人同様に、ノアの実力も底知れぬものであると直感していた。
更に、ノアの場合は多彩な技術を得ているため、まるで神が遣わした本物の使徒、『神徒』なのではないか、とも思ってしまう。
が、神の使徒であるアルテシア教会保有の『七聖神徒』を差し置いて神徒を名乗るのは許されない。
「アダマンド君、知っておるかい?」
「何をです?」
「暗黒龍に関する古くからの言い伝えじゃよ。『暗黒龍の使徒、現世に現れし時、時代の黎明と変革が訪れる』だそうじゃ」
それはつまり、ノアという青年が暗黒龍の使徒として現世に現れた事で、その時代の分岐点たる大きな厄災が訪れるという前兆でもあった。
しかし、それは魔神騒動ではないだろう。
時代を左右する分岐点としてはインパクトは弱く、グラットポートという街の中で起こった事だ。
そして時代の黎明・変革には何かしらの変化があるはずだと老人は考えていた。
「何と数奇な運命じゃろうか。厄災に見舞われ、傷を負い、それでも前を突き進む、頼もしく育ったもんじゃな」
「グラマス、知り合いなんすか?」
「さぁ、の……フォッフォッフォッ」
グランドマスターが笑いながら会議室へと向かっていった。
その後ろ姿には覇気があり、聞いてはならない雰囲気を漏らしていたため、これ以上は彼へと声を掛ける事ができずにいた。
人は誰しもが秘密を持っている。
そこに踏み入る事は簡単ではない事を、アダマンドは知っていた。
そして遅れて気付く。
盗んだプロフィールと、最初に盗んでいた時に読んだ彼の能力分析をチラッと見ただけで、即座に暗黒龍の使徒である事に気付いていたという事実、これにアダマンドは戦慄させられた。
「おやおや〜? 財宝都市のドワーフ君ですね〜、一体どうしたのですか〜?」
指を輪っかにして眼鏡のようにしてアダマンドを観察していた子供が、通路の先に立っていた。
紫色の髪を大きく三つ編みにして、紫紺の瞳を持ち、小柄な体型に白衣を着た少女、彼女は医療課の『帝』を務めている『聖母メサイア』こと、メサイア=ゴッドヴァースである。
頭には花の沢山咲いたカチューシャをしており、円な瞳はアダマンドを映していた。
聖母、とは名ばかりのマッドサイエンティスト、人体実験や非人道的な実験も厭わない、解剖が大好きな医療師の元Sランクの女性冒険者だ。
「メサイア様……いえ、グラットポートでの報告書の提出と説明をと思いまして」
「あ〜、そうでしたね〜。何でしたっけ〜? そーそー、財宝都市の英雄、でしたよね〜」
伸びたような声の少女は、先に速報を聞いていた事を思い出し、英雄の情報であるプロフィールをアダマンドから奪った。
「へ〜、って全然書いてないですね〜。何でです〜?」
「いえ、それは儂にも……」
プロフィールに書かれている内容は、彼を示すものが一つも載っていない。
明記されている名前や職業に関しては偽名偽職の可能性も有り得るために、判断にまで至らない。
それを即座に理解した彼女はプロフィールを返し、再び同じ質問を繰り返す。
「それで、その英雄君の報告に来たですか〜?」
「いえ、まぁ、その……」
何とも歯切れの悪い受け答えに、メサイアはレッグポーチに入れていたメスを手にしてアダマンドの首筋の皮一枚を斬り裂いていた。
目にも止まらぬ速さであり、医療師としての能力は逸脱している。
首に添えられた銀性の冷たい感触がアダマンドを襲い、途端に寒気がしていた。
(こ、殺される……)
メサイアは気紛れな性格であるため、一つでも受け答えを間違えた瞬間、首と胴体が切断される、なんて事もあるのだ。
それだけ医療師という職業を極めた。
お陰で自身の老化を止める事に成功したが、逆に身体は幼児化した状態となってしまったのだ。
その瞳は好奇心と気紛れで構成されていると言っても過言ではないのだ。
「メサイア君?」
「ッ!? も、申し訳ございませんでした、アレク様」
アレキサンドライトという名前が長いため、親しい者からそう呼ばれているが、アレクとしては名前よりも自分の前での行為が気に掛かっていた。
刃物を取り出して脅している光景は、ギルドのトップとして止めなければならないのだ。
だからこその威圧で、それを感じ取ったメサイアは即座にメスをポーチへと仕舞って、跪いた。
(……やりすぎちゃったな〜)
彼女は強者である。
強者は強者の強さを測る事ができるため、彼女の上司の実力を測る事も可能。
しかし測ったところで計測器が故障してしまう程の魔力量と、鍛え抜かれた肉体、つまり逆らえばタダでは済まないという事だ。
身の危険、死を予感した彼女は従って跪く。
だが、それでも人体に関して解剖したりするのを止められないのが、職業の性というものだ。
「メサイア君……それより、これから会議じゃろ? 何故こんなとこにおるんじゃ?」
「いえ〜、いつまで経っても会議室にアレク様来ませんから呼びに来たんですよ〜」
「おぉ、そうじゃったな。サッサと会議終わらせてパフェでも食いに行くとするかのぉ」
「お〜、なら私もご一緒しますよ〜」
二人が軽口を叩きながら、重苦しい空気の中へと堂々と入っていく。
異様な光景に、ギルドマスターの彼は化け物二人が目の前にいると錯覚する。
それがノアと同類なのだと、後に気付く事になる。
(うおっ、もう集まってやがる……)
七帝と呼ばれている重鎮達が勢揃いしている光景は非常に高圧的に見え、一人を除いて彼等全員が席を立って一人の男へとお辞儀をする。
アレクが慕われているためでもある。
だからこそ、会議は敬意を持ってのお辞儀から始まるのである。
「皆、今日もよろしく頼む」
その重圧の中で、陽気な感情が振る舞われる。
そしてトボトボ歩いていき、一つの豪奢な椅子の前へと辿り着いたアレクは、ギルドの玉座へと座った。
「ふぅ、やはり老体に階段はキツいわい」
「何言ってんだ爺さん、魔力使えば簡単に登れんだろ。それよりサッサと始めようぜ」
彼の呟きに対して、一人の男が不敵な笑みを浮かべながら頬杖をついて、ジッと獲物を狙うように睨み付ける。
「ロトリー君、少しは老体を労ってはくれんかのぅ?」
「ハッ、そんな闘気溢れてる奴に労われだぁ? 無茶言うんじゃねぇよ」
「フォッフォッ」
冒険課の帝王、武神とまで言われた『武神ロトリー』こと、ロトリー=ガルナハードだ。
威圧的な強面に加え、左目は縦に大きな傷があり、片目を瞑っている。
ギザギザに立てられた真っ赤な髪を持っており、ノアがいたら『ウルックか?』と間違えそうな程に似ている。
琥珀色の瞳は爛々と輝きを携えて、その鋭き目はただ一点へと注がれているにも関わらず、視線を向けられた本人は飄々としていた。
「相変わらずだな、爺さん」
「頭目に失礼であるぞ、武神!」
「チッ、こっちにも相変わらずなのがいやがったか」
ロトリーの視線の先、そこには法衣を身に纏った一人の僧がいた。
両目に深傷を負い、目を閉じているスキンヘッドの男。
見えないはずが彼には全てが見えているようであり、世間からは『天眼ヨジュ』と呼ばれている。
ヨジュ=バンズネス、法務課を務めている冒険者ギルドの法律全般を担っており、同時に罪を犯した冒険者に対する制裁全般も行なっている、謂わば冒険者ギルドの法律書が歩いているような人物なのだ。
「キャハハ! ま〜た喧嘩しちゃって。止めなよ、大人気ない」
機械仕掛けのゴーグルを額に付け、橙に染まった髪を三つ編みの団子二つにしている。
オレンジに輝く目は、二人の情けない口喧嘩を見る。
「「黙れクソババア!!」」
「はぁ!? もっぺん言ってみやがれクソ餓鬼共!!」
耳は長く、彼女はエルフとして冒険者ギルドに貢献してきた猛者だ。
開発課の長、ディージー=リングレア=シーノッグ、彼女はリングレアから一人飛び出した、変わり者だ。
『技王ディージー』とは彼女の事で、ここ最近の技術革新は彼女の力によるものが非常に大きい発明の天才であるが、老人呼ばわりされるとキレるのが玉に瑕なのだ。
「黙らないか馬鹿共、下らない争いはもうすでに一分が経過した。時間の無駄だ」
懐中時計を手に文句を垂れるのは、銀髪を腰まで下ろして片目にモノクルを身に付けた紳士のような男だった。
ルドルフ=ギウス=リヴージャ、没落した貴族の一人息子である彼は、冒険者となって七帝の一柱にまで登り詰めた野心強き男なのだ。
財務課であり、金銭面に関連する全てを担っている、時間に煩い男、『刻限ルドルフ』とは彼の事だ。
「ヒースクリフ、貴様は鎧を脱げ、暑苦しい」
「……」
何も語らず腕を組んで全身甲冑に身を包んだのは、ヒースクリフ=イーラン、防衛課を務め、ミルシュヴァーナを守る騎士団の団長でもある。
全ての攻撃を跳ね除ける力を有する事から、『鉄壁ヒースクリフ』と呼ばれている。
「それからフィノ、貴様はいつまで寝てるつもりだ?」
青色の髪がボサボサとなって顔色が窺えぬ様子であり、腕を枕にして眠っている。
彼女は情報課、世界情勢全てを握っている超危険人物、情報一つで国さえも簡単に動かしてしまう程の実力と情報網の持ち主である。
フィノ=イルシュフィヌス、『書庫フィノ』と呼ばれている由縁は彼女の頭脳に全ての情報が入っているからだ。
その情報量の整理のために常に眠たげなのだ。
「んぇ? おぉ、お爺ちゃん、いたんだねぇ……ふぁ……おっはろ〜」
「おぉ、フィノ君、おっはろ〜じゃ」
欠伸を漏らしながらフリフリと手を振る彼女に合わせ、アレクも手を振り返す。
「あの……報告を始めてもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、済まなかった。今回の会議では私が司会進行を務めるとしよう。依存は無いな?」
周囲を見渡しながら、ルドルフは自分が司会を務める事に異論申し立てる者がいるかを確認する。
しかし、誰も何も言わない、これは肯定を意味した。
「報告書はこちらです」
アダマンドがルドルフへと報告書の束を渡して、それを横にいる者達へと配っていき、全員に行き届いたところでアダマンドが説明を始める。
「まずは事の経緯から、簡単に掻い摘んで説明してもらおうではないか」
「はい。始まりはナトラ商会の商会長が魔族に憑依されていたという事です。いつからかは定かではありませんが、今回の功労者であるノアがユグランド商会のキースに依頼されてナトラ商会について調べており、全ての情報がキースを介して冒険者ギルドへと伝わりました」
そこから、アダマンドは事の経緯を全員へと大まかに伝えていった。
和平を求める魔族十二将星シドが勇者に無惨に殺された事が事件の発端、その復讐のために今回の計画が為され、そして四月十八日、つまり一昨日の昼過ぎに悪魔が四体出現し、媒体が揃った事で六体の悪魔となり、更に一つの魔神へと集約した。
星喰らう歪んだ悪魔、そして霊魂喰らいし破壊の魔神、悪魔から進化を繰り返す魔神へと成長を果たし、倒せる者がいないかもしれないと思ったところで救世主として現れたのが、英雄ノアだった。
彼がいなければ、勇者でも倒せず、国も、世界も、滅びていた事だろう。
そう説明した。
「質問良いかな?」
説明を聞き、進行を無視していきなり手を挙げたのはディージーだった。
「このノアって人、何処まで信じられるのかな?」
「それはどういう……」
「だってさ〜、説明を聞く限りじゃ、このノアって人は知ってて何もしなかったって事でしょ?」
問題の論点の一つ、もしも魔神を倒すだけの実力があるのならば、それ以前に食い止める事ができたのではないかという事だ。
知っていながら止めようとしなかったというのは、敵の可能性を孕んでいる事になるからだ。
「いえ、彼の依頼は調査のみでしたので、恐らくはギルドの法に準じたのだと思います」
冒険者の依頼の最中、非常事態が発生した場合、今回の場合は調査のみだったのに対して、戦闘が加わったとしたら、キースがノアへと追加料金を払う事になる。
或いはギルドが肩代わりする事もある。
そこには金が絡んでくる以上、冒険者側は慎重な行動が要求される。
と、アダマンドは語るのだが、実際にノアとしては面倒臭くて何もしなかっただけなのだ。
「だが、一ヶ月前では魔天楼の一人と戦ったと聞いた。どう思われますか、頭目?」
ヨジュは頭目であるアレクの意見を聞く事に決めた。
今回の騒動における被害は凄まじい損害であるため、一人では決められないと考えた。
消極的な人間であるために、他人へと意見を委ねる、それがヨジュのスタンスだった。
「フォッフォッ、儂としては皆の意見が聞きたいものじゃ」
「あ〜、アタイはまだ信じれないかな〜。彼がどんな為人かも分かんないしね」
「私もディージーさんに同意見ですよ〜。彼のプロフィールは最低限しか書かれてませんしね〜」
プロフィールに自分の情報を殆ど書かないというのは、自分の存在を他人に知られたくないという事を指し示している。
怪しい人間である。
そう思わざるを得ないため、メサイアにはプロフィールだけではほぼ何も分かりやしなかった。
「俺は信じるぜ。何だか面白そうだ」
「それは直感か?」
「うるせぇぞヨジュ、テメェは目が見えねぇだろうが」
「そうだな……」
ヨジュは目が見えないため、プロフィールに書かれている事が一つも見えていない、はずなのにプロフィールをじっくり見つめている。
魔眼に似た魔法があるため、彼には全てが見えている。
そのため、ノアを一定だけ信用できるのだ。
「ふむ、メサイア君とディージー君は否定派、ロトリー君とヨジュ君は肯定派じゃな。後はルドルフ君、ヒースクリフ君、それとフィノ君じゃな。どうかのルドルフ君?」
「私は信じられない。危険すぎる」
ルドルフは即座に彼を否定する。
それは一歩間違えれば、彼の能力が冒険者ギルドへと牙を剥くかもしれないのだと、そう理解していた。
現に、状況を放置していた事もそうだ。
それは自分と無関心な事に関して、手を下さないという意味合いがあり、もしもギルド側が強制したところで彼は言う事を聞かない気がする。
そう思ったのだ。
「ヒースクリフ君は?」
「……我、信じる」
機械的な声が響いたが、ノアは魔神を倒した功労者、結果として街を一つ救ったために信じる事に決めたのだ。
これで、残るはフィノの一存となる。
「フィノ君、君はどう思うかのぅ?」
「う〜ん……お爺ちゃん、ごめんねぇ……ノア、該当しないねぇ。偽名だからかなぁ……」
目の下に隈を作りながら、彼女は自分の能力でノアの事を探っていた。
しかし、彼の情報を得る事はできなかった。
彼女の職業は情報課としては最適と言われている情報屋の上位互換の職業、解析官である。
「それに何か妨害されてるように思えるんだよねぇ……」
「妨害じゃと?」
「そぅ、全く見通せないのさぁ……ふぁ……」
欠伸を掻いて再び眠りに着こうとするが、ルドルフによって首根っこを掴まれて摘まれる。
「うぅ……ルドルフぅ、寝させてくれよぉ……」
「駄目だ。会議は始まったばかりなのだぞ。それに貴様は常日頃から寝てるではないか」
「ちぇ……」
隣に座っている男を鬱陶しそうに見ながら、息を漏らして何とか起きる。
しかし眠たいため、少しずつ夢へと旅立っていく。
「フィノ君、彼を信用できるかできないか、それだけでも教えてくれんかのぅ?」
「……でき…る………すぴ〜…」
トップの人間が、それだけでも、と言った。
つまり、これ以降は自分は関わらなくて構わないと許可が降りたのだと回転の速い頭が理解して、そのまま睡眠へと突入した。
健やかに眠る姿に苛立ち、叩き起こそうとしたルドルフだったが、今は話を進めなければならない。
「それで、現在彼は何処に?」
「魔神を倒した事で力を使い果たしたのか、それとも何かの反動なのか……何度も身体が崩壊と再生を繰り返してまして、一応は治療院のベッドで眠っておるのですが、未だに目覚めておりません」
「ほぅ……力の代償とな?」
「はい。彼の能力分析については、最後の方に載っております」
全員が、ノアの能力について知りたくなり、最後のページを捲った。
そこには冒険者からの報告や、自分で見たものについてが書かれており、特に建物が宙を舞ったという表現や、天から風が吹き荒れたかと思ったら周囲が完全に凍った、とかについて、何をしたらそうなるのか、と全員が考えた。
「ほぅ、ダウンバーストを使える、という訳かの。面白い青年じゃな。フォッフォッ」
「笑い事じゃないでしょ、この力はギルドの脅威になりかねないと思うよ?」
「大丈夫じゃろ、いざとなったら儂が押さえる」
人間は移り変わりゆくものであり、龍が力を与えた信頼できる人間だからと言って、人間の心が変わらないとも限らない。
だから最強の男が出張る必要がある。
人間の心が変化しやすいというのを一番顕著に知ってるのは、この場で唯一のエルフであるディージーだった。
「……この街、彼を呼ぶ、べき」
「ヒースクリフ、もしもミルシュヴァーナで暴れられたらどうする?」
「……我、殺す」
鉄壁の二つ名を冠するために、彼をこの都市へと呼ぶべきだと言った。
全身甲冑であるために、顔の表情も不明、何を考えているのか誰にも理解し難いものだった。
ここに呼んでどうするつもりなのか。
「俺もヒースクリフの意見に乗るぜ! 戦ってみてぇってのもある!」
「バトルジャンキーめ、今はそんな話をしているのではないぞ、馬鹿者!」
「うるせぇ、ならテメェはこんな危険人物どうするってんだ? あ?」
ヨジュに噛み付くロトリーだが、彼には彼なりの考えがあった。
ロトリーとしては、戦ってみたいという気持ち、それから戦力として見ている。
つまり、彼を引き入れればミルシュヴァーナでの戦力が倍増したも同然、冒険課として、それから防衛課としての考えがそれぞれに現れていた。
呼ぶべき、そう考える者達だったが、一人だけアダマンドの方を見ていた者がいた。
「ねぇ、ドワーフちゃん?」
「な、何でしょうか?」
ディージーは書かれている内容とプロフィールについての矛盾を発見していた。
「ここに書いてある事は嘘偽り無いって事だよね〜?」
「え、えぇ……」
「ならさ、この『蘇生能力』っての、何?」
精霊術師のはずが、蘇生術を駆使している。
これは紛れもなく神様のような能力である、そう思っていた。
実際に、彼は媒体となった八人の奴隷達を全員蘇生させていたため、報告書にも書かれている。
精霊術師に蘇生術のようなものは無い。
あるとすれば、電撃による心臓マッサージくらいなものなのだが、そうではなくて、魔神の供物とされた霊魂すら操って蘇生させていた。
これは由々しき事態である。
「それから『影を操る』ってのと、『超回復』って力、それに目も片方が青で片方が赤、これってまさか……」
「いや、その……」
影を操る、それから超回復、そして二つの魔眼について、これ等の能力は幾つか推測されるが、しかし三つ同時というのは、最早決定的な証拠となっていた。
そして推測が零れ落ちる。
「暗黒龍の……使徒?」
アダマンドへと一斉に視線が突き刺さる。
七人からの重圧に耐え切れなくなり、ついに彼は口を滑らせた。
「た、多分……」
暗黒龍の使徒が現れるという事実は、ギルドのトップ達からして緊急事態にも等しい事だった。
アダマンドは目を逸らした。
(黒龍の小僧、済まん)
勘の鋭い化け物が揃っている中で隠し事ができるはずもなく、ただただアダマンドは彼等に推測をポロポロと喋っていく。
そして報告会は次第に佳境へと突入する事となる。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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