第69話 ユスティのご主人様観察記録 後編
ご主人様のところに辿り着くと、彼は屋台を満喫していたのが分かるように、食べ物を頬張っていた。
「ほぉ、ほはへはひはっはふは?」
「あの、何を仰ってるのか分かりません……」
満喫しすぎている。
数多くの商品を手にしているが、周囲を見ると多くの人が彼へと羨望の眼差しで見ていたので、英雄としてタダで貰ったのだろう。
多くが食べ物であり、両手に抱え切れないくらいの荷物となっていた。
「持ちましょうか?」
「っんぐ……あぁ頼む。食べてくれても構わん」
一気に飲み込んで、私に荷物の三分の一を渡してきたので、それを手に横並びで屋台を見て回る。
「まるでお祭りですね」
「だな。だが、街にいる奴等の大半は苦し紛れに笑ってるようにしか見えん」
そうだろうか?
普通に皆の顔は笑顔に満ちているように見えるのだが、私とご主人様では価値観が違うらしい。
ご主人様には違って見えるのだと言う。
「それは、魔眼で見た結果ですか?」
「さぁ、どうだろうな」
はぐらかされてしまったけど、きっと魔眼で感情を読み取ったのだろう。
それが本当だとすると、きっと街の人達は無理してるという事になるが、それでも必死に生きようとしている住民を見て何だか胸が痛んでしまう。
「他人全員に共感してると身が持たんぞ。人はいつか両足で立ち上がって、勝手に前に進むもんだ。気にする必要は無い」
「ですが、立ち直れない者もいるのでは?」
「いたところで死んだ者は生き返りはしないし、還ってくる事も無い。それが自然の摂理だ」
その摂理を捻じ曲げる力を持っているのが錬金術師なはずだけど、蘇生は死んでから三日が限界なのだそうで、魔神との戦闘で五日間も気絶してたご主人様には蘇生させる事はできなかった。
だがしかし、ご主人様は大して悲しそうな表情を見せなかった。
人が死んだ事に対し、彼は無関心だった。
自然に抗う事も無く、ただ人が大勢死んだ事に『仕方なかった』と言った。
いや、私には人を蘇生させる力を持ち合わせていないからこそ何も言えず、そして仕方ないという言葉もすんなり入ってきてしまった。
(でも……)
それでも、その考えには同意できない。
失われた命に、仕方ないという言葉を向けてはならないのだと思った。
それが私の考えだから。
「やっぱ優しいな、お前」
「……」
優しいというよりは、自分は甘い人間なのだと卑下してしまう。
全員救われる事を望むが、現実は非情だ。
命を刈り取る鎌が、いつ何時現れるか誰にも予想が付かないからこそ、高望みしてられない。
未来を読み取る力を持つリノさんならば、人が死んでしまう可能性を見極めて、それを回避するための行動ができるかもしれない。
しかし、それはリノさんだから。
私には未来を見る事は許されない。
「俺は赤の他人が生きていようが死んでしまおうが、どうでも良いんだ。ただ、自分の守りたいものを守れれば、それで……良いんだ………」
何処か悲愴を感じさせるような目を宿していた。
「ご主人様も悲しいのですか?」
「悲しみはもう無い。この世界では人の命は軽いからな」
命は尊いものだ。
モンスターが跳梁跋扈する世界では命のやり取りは必至、そして弱い人から殺される。
それを深く理解しているけど、今回は人為的なもの。
命を奪って、奪われて、それを繰り返すという行為にご主人様も心の奥底で悲しいと思っているのかもしれない。
「さ、帰りましょ、ご主人様」
「そうだな」
まだ明るい時間帯だけど、今日は早めに帰って早めに寝て明日に備えなければならない。
明日から、私の新たな冒険が始まるのだから。
「で、最初の質問に答えてもらってないが?」
「へ?」
最初の質問とは……
「お前が買ったものだ。嬉しそうに抱えてるから、少し気になってな」
「これですか? これは魔力糸と革です。革の方はすでに鞣しが終わってて、加工場から取り寄せたものを貰ったんです」
皮から革へとするためには幾つかの行程が必要であり、その行程を終えて輸送されるのだ。
一番有名なのが、ドワーフの里で作られる製品だ。
手触りが良く、塩に付ける保存作業から、魔法によって脱毛や皮漉き、一次鞣し、二次鞣しと、そして染色までしてから、各国へと輸出される。
故郷では一から作業していたけど、今回は流石に材料も魔導具も無かったので、すでに革となっていたものを購入した。
「へぇ、それで何作るんだ?」
「ブレスレットを作ろうかと思ってまして」
風習の一環として相手に気持ちを伝えるためのものなのだが、本来は結婚したり、祝い事の時に贈られるものだ。
しかし私のブレスレットは、両親の家に置いてきた。
もう処分されてしまってる事だろう。
いや……もしかしたら、墓に埋められていたりするのかもしれない。
「確か魔狼族の風習だったか。リノにでも贈るのか?」
リノさんにも贈るけど、勿論ご主人様に贈るつもりだ。
しかし、彼は自分に贈られると微塵も考えていないらしいので、本当に自分の事をどう思ってるのだろう。
「ご主人様にもちゃんと贈りますよ」
「俺に? 何故だ?」
「何故って……感謝の気持ちを込めて、ですよ」
まさか『何故?』と聞かれるなんて思わなかった。
他人からプレゼントを贈られたりした事が無かったかのような反応に、彼の今までの環境が垣間見えた気がした。
しかしペンダントを誰かから貰ったのでは?
「感謝の気持ち……そうか」
何かを一人で飲み込んで納得していた。
人間としての感情を少しずつ失いつつあるように見える彼にとって、私が彼へと向けている感情にも気付かないのだろう。
羨望や敬意、嫉妬、心配、そういった感情や、他にも依存心や距離的心情も心の中で渦巻いている。
「とにかく帰ろう。今日は早めに寝たいしな」
「あ、はい」
眠たそうに欠伸を漏らしながら、彼はゆったりとした足取りで宿屋へと戻っていく。
両手に抱えた食べ物を口に放り込みながら、しかし私の歩幅に合わせていた。
「おや、ノア殿にユスティ殿ではないか」
「リノさん」
何か手荷物を持った彼女と、通路の真ん中で会った。
「それは?」
「あぁ、少し消耗していた備品があったのでな、買い足しに行ってたのだ。その途中で、英雄様の連れの者だと言われて多くの手荷物を持たされたのだ」
両手に抱えてるのは、食べ物や保存食等だった。
英雄の顔は広まってしまっているためなのか、こういった事が起こっている。
しかし、どうやって私達が英雄様の連れの者だと分かったのだろうか?
「英雄様様だな。美味しいものが沢山だ」
「有り難がるな」
英雄だと言われ、辟易したような口調で咎めていたが、この三日間で彼の事が少しだけ分かった。
まず初めに、ご主人様は自分の事を嫌っている。
理由は分からないが、自分を含めた人間そのものを毛嫌いしているのだが、生きるためならば他人と会話は厭わない様子だった。
「なぁ、お前の持ってるフランクフルトと、こっちの食いもんと交換してくれよ」
「別に構わないが……図太いな、貴殿は」
彼は言いたい事をハッキリ言うタイプだ。
それは図太いとリノさんが言ったように、そういった性格をしているからだろう。
他人に対して物怖じしないし、ズバッと言いたい事を言っているし、実際に霊王眼のお陰なのか他人の感情が分かり、核心を突くような発言も多い。
彼らしいと言えばそこまでなのだが、考えてから言うタイプでもあるために、隠し事も多い。
「ユスティ殿も何か食べるか?」
「あ、はい、ではそちらの『蜥蜴の尻尾焼き』を頂きたいです」
「承知した。では」
グルグルとした形の食べ物を貰い、それを食べてみると口の中で広がるタレと香ばしい尻尾の肉の味が感じられ、とても美味しかった。
肉は、カイザーグルメリザードの尻尾を利用しているのだと推測した。
赤色の表皮に焦茶の斑点があるためだ。
ジューシーな肉汁が口の中で広がり、温かくて弾力の強い歯応えある一品だった。
食べた植物油脂の違いによって味が変わるらしいが、甘辛な味付けは最高に美味しい。
「へぇ、こんな料理もあるんだな」
「ご主人様も食べますか?」
「良いのか? なら遠慮なく……」
そのまま私の齧った場所を噛んで、モグモグと美味しそうに食べていた。
遠慮無い、というのも彼の特徴なのかもしれないが……か、間接キ――
「リノは何してたんだ?」
自身の意識が、蜥蜴の尻尾からご主人様達の会話へと方向転換した。
ご主人様の事で分かったものの一つで、興味があると躊躇せずに聞く、それは自分の疑問を解消しようと最優先に考えているためだろう。
そのために聞いてるのだろうと思う。
相手が何を考えていようと、情報を得るために聞こうと考えたら聞く、まさに本能に近いものだ。
「我はフラバルドについての最新情報、それからグラットポートがどういう状態なのかを確かめてたのだ」
「そうか」
興味の無い事には本当に興味が無い。
興味があって、聞きたい事を聞いたら無関心となってしまう。
分かったら、全てを自己解釈して自分の脳内で反芻、咀嚼、記録する。
それが彼の良いところなのだろう。
しかしながら逆に無関心すぎるために、深く聞こうとはしていないため、全てにおいて感情の欠落が原因なのだろうと私は考えた。
「ノア殿の方こそ、何してたのだ?」
「キースのとこで別れの挨拶、それから飯食って屋台巡りだな。やる事無いから暇なんだ」
「それはそうだろう。そもそもノア殿は我よりも瀕死の重体だったのだぞ? 動き回る事自体、本来推奨できない事なのだ」
「構わんさ、もうほぼ回復した。お前の方こそ重傷だったろうが」
「わ、我は良いのだ」
「何だそりゃ……」
ご主人様には錬金術師としての能力以外にも、影を使う能力や超回復、精霊術も扱える。
その超回復は骨折や小さな怪我だとものの数秒で回復してしまうのだとかで、凄まじい生命力だ。
「それよりノア殿、ダイト殿と会ったぞ。伝言を頼まれて伝えようと思ってたのだ」
「伝言?」
「エレン殿と通信したそうなのだが、フラバルドに来る時は気を付けろ、だそうだ」
気を付けろ、とはどういう意味だろうか、私には理解ができない。
ご主人様も、思考の渦に嵌まったようで考え始めてしまった。
思考がスタートしたらずっと考え続けてしまい、私達が声を掛けたとしても中々に気付いてもらえず、無視されてしまう時がある。
生存本能故の熟考なのだろう。
思考し、答えや自身の考えを導き出し、そして整理するという一連の流れは何度も行ってきたための慣れであり、それは彼が過酷な日常を生き抜くために行ってきたもののはずだ。
それが彼の普通。
私はすぐに思考を放棄したのに、ご主人様はずっと考えている。
「他に情報は無かったか?」
「いや、特に何も言われてなかったらしい」
「フラバルドに来る時は気を付けろ? フラバルドまでの道のりに何かあるのか? それともフラバルドで何かあるのか?」
リノさんも分かってない。
詳しい話を聞かされなかったそうなので、私としても何が何だか……
「フラバルドについて調べたと言ってたな、何か目ぼしい情報は無かったか?」
「う〜ん、特に……いや、一つだけあったな」
「何だ、教えてくれ」
危険を回避するために、彼は答えを求め続ける。
それが良い事に繋がるのだと信じて。
「最近、フラバルドで行方不明事件が相次いでいるらしいのだ」
「行方不明? スラムの餓鬼連中が攫われて売り飛ばされてるってだけじゃないのか?」
迷宮都市は栄えている。
そのためにスラムの人間が集まったりする事もあるそうなのだが、リノさんは首を横に二度振って彼の推測を完全否定した。
「いや違う。攫われたのは……」
言いにくそうにして、口籠る。
そもそも迷宮都市で行方不明という事件が起こっているため、エレンさんが気を付けろと言ったのではないか、そう思った。
しかし、ならばフラバルドに来る時なんて言葉は使わない。
もし気を付けろと伝えたいのなら、来る時ではなく、フラバルドに着いたらだろう。
それにフラバルドに来るまでとも言ってないので、来た時という表現がどうも引っ掛かる。
「勿体振らずに教えろ」
「いや、ここでは言い難い、宿の部屋で話そう」
人通りの多い中で言うのを憚った彼女の視線の先には私達の泊まっている宿屋が建っていたのだが、一度壊されて再建された場所だ。
元々ご主人様の泊まっていた宿屋が直っている。
そこへと入ってチェックインし、荷物をテーブルへと置いてご飯を食べながら話を聞く体勢に入った。
「さぁ、教えろ」
「あぁ、攫われたのは……」
喉元へと出掛かった言葉が出てこないでいたが、それも数秒の後、一つの事実が紡がれた。
「攫われたのが……我々、同業者だけらしいのだ」
その時、私達の空間は凍てついた。
同業者だけ、つまり冒険者のみが誰の目にも触れずに攫われているのだとか。
そんな離れ業をやってのける者がいるのだろうか?
「待て、それは可笑しい。迷宮街は人通りがある、多くの人で賑わってる中で冒険者を攫うのは困難を極める。どうして冒険者だけが狙われるんだ?」
「それは我にも分からん。ただ、ダイト殿はエレン殿との会話でこう言ってた。『有り得ない。だって、あそこには誰も近付けないように……』との事だ」
ダイトさんの言葉が何を伝えようとしていたのかは定かではないが、エレンさんとダイトさんには何か隠し事があるようだ。
それはご主人様にも分かっているようで、また脳を回転させていた。
ブツブツと何かを呟いていたが、それは途切れ途切れで何を言ってるのか分かったものではなかった。
「伝言はそれだけか?」
「あぁ、気を付けろ、のみだった」
「う〜ん、何か面倒事の臭いがするんだが……今更行き先を変えるのはなぁ」
困ったような顔をしながら、料理を口に放り投げていくご主人様。
確かに私も面倒事のような気がする。
「リノ、俺の未来を予知してくれ」
「それがだがな……見えないのだ」
「は?」
「いや、フラバルドに行く事に関しては別に何とも無いのだが、迷宮内での様子が分からぬのだ」
未来予知が適応しない?
何故だろうか?
「恐らく、ダンジョンの階層毎に空間が捻じ切れてるからだろうな。だから未来予知ができないんだろう」
「そういうもの、なのか?」
「そういうもんだ。それより、できるだけ情報が欲しい。予知した限りの事を教えてくれ」
面倒臭そうな表情から、真剣そうな表情へと変化していたため、本気で問題解決に取り組もうとしている。
普段は平常運転のはずなのに、何故かこういう時は真剣な顔をする。
うん、格好良い……
いやいや、そうではなくて、これから向かう場所で今回みたいな事が起こってしまうとなると、またご主人様が寝入ってしまうかもしれない。
運が悪ければ、もしかすると二度と起きれない、なんて可能性もある。
「はぁ……明日、ダイトのおっさんに聞くしかないか」
自身の身体をベッドへと投げて、大きな溜め息を漏らしていた。
これは迷宮探索の序章にも満たない話だ。
まだ到達すらしてない状況で、自らが危険な場所へと向かっていく事に警戒心が脳裏に現れる。
そして身の危険を感じ取った。
これ以上行くと、私は死ぬ事になるかもしれない。
いや、死ぬのは私ではなくご主人様の可能性もある。
私には『福音の月聖堂』があるから死ぬ可能性はあれども、ご主人様に治してもらえるだろう。
鍛えられたら、死ぬ事すら回避できそうだ。
「行くのですか?」
「あぁ」
私に拒否権は無い。
本来は口すら聞いてはならない奴隷であるのだ、行き先はご主人様に委ねる。
「だが、何だろうな……正直、心の奥底でワクワクしてるんだ」
感情の色が見えない面で、彼は言った。
それは暗黒龍のものなのか、それとも彼本人の心の現れなのか。
「とにかく、これでやり残しは無くなったから、風呂に入って寝るとしよう。風呂、先に入るか?」
「うむ、そうしよう」
「わ、分かりました」
ご主人様に言われて私は立ち上がり、用具一式を手に風呂場へと向かう事にした。
これから考えねばならない事や懸念は無いとは言い切れないし、今はまだ分からない事だらけだが、それは私ではなくご主人様の役目だ。
身体の疲れを癒して、それから編み物をして、寝て、そして明日に備えるとしよう。
そして一日が巡って朝を迎えるのだが、編み物をして夜更かししたせいで非常に眠たい。
「ふぁ」
眠たさで欠伸が出た。
目尻には涙が溜まり、今にも寝てしまいそうに頭がボンヤリしている。
しかしながら、二人分のブレスレットはできた。
「夜更かしなんてするからだ。まぁ、道中はどうせ何も無いだろうし、船で寝てれば良いさ」
「は、はい……」
今日は訓練無し、それは朝早くから準備を済ませて街を出て行くからだ。
「準備はできたか?」
「問題ありません」
午前十時出発だけど、その前の移動しなければならないため、一時間前には出発しないと駄目なのだそうだ。
リノさんも起きて荷物点検を行っているのを感知した。
起こしに行く必要は無いだろう。
ご主人様は昨日の会話について何かを考えている様子だったのだが、それを私に伝えたりはしなかった。
いつも通りだが、何だか信用されてるのか、それともされてないのかが微妙である。
「俺の顔なんかジッと見つめて、どうした?」
「いえ、何でもないです」
「そうか……」
近くで視線を交わしたが、彼は興味を無くしたかのように視線をバックパックへと戻していた。
簡単に荷物点検を済ませて、再度纏める。
リュックの点検や備蓄チェックを終えて、今度は薬草類の確認を始めた。
「ご主人様、あの……これを」
「ん? 夜更かしして作ったブレスレットか……綺麗な色だな」
後で手渡すのも今手渡すのも一緒なので、どうせなら今手渡しておこうと考えて、懐からご主人様の分のブレスレットを取り出した。
それを受け取った彼は、そのまま腕に付けようとしていたが、彼の腕には二つの銀の腕輪をしているためにブレスレットを付けられない。
足に付けても良いのだが、まぁそこは本人に任せるとしよう。
捨てるのも、お洒落として身に付けるのも本人の自由、私がとやかく言う事でもない。
「貰っても良いのか?」
「勿論です」
「分かった……なら、ここに付けるとしよう」
ご主人様がブレスレットを装備した箇所は、薬草鞄の肩掛けだった。
もっと別の形でプレゼントした方が良かったかもしれないが、たとえ影に仕舞われても身に付けてくれるのは何だか嬉しい。
「ユスティ」
「はい」
ご主人様が私の名を呼んだ。
「昨日の話もまだ解決してないが、フラバルドではユスティが基本的に戦う事になる。覚悟はできてるか?」
私の覚悟……
「愚問ですね」
「……なら、良い」
何か懸念事項でもあるような顔をしているが、彼は黙々と作業を進めていき、整理された薬草鞄を影へと仕舞っていた。
私の方も丁度終わったので、これで憂いなく出発できるはずだ。
「一つだけ約束しろ」
「何ですか?」
「もし不測の事態になったら、状況に応じて逃げろ。俺だけが取り残されたりした場合なんかは特にな」
それはつまり、『自分が囮になってる間に逃げろ』と言ってるのだ。
主人を見捨てて逃げる、それをしたら私が私で無くなってしまうような気がしたから、頷く事ができずにいた。
「万が一の話だ。それに俺は強いからな」
「そう、ですね……」
不測の事態が起こる可能性は私の能力によるものなのかもしれない。
幸運ではなく、運命を引き寄せる力を持ってる私だからこそ、危険が降り掛かるのではないか、という懸念材料があるのだ。
それにリノさんの未来予知が不具合を生じている。
妙な胸騒ぎがして、心の安寧が崩れ去る。
「頭の片隅にでも留めておいてくれ」
「はい……分かりました」
彼は強い。
魔神みたいなのが、そう何度も出てくる訳がないのだ。
そうに違いない、きっとそうだ。
私は不安を胸に押し込めて、出立のために扉を開けた彼の後を追い掛けたのだった。
本作を執筆する上で、評価は大変なモチベーションとなります。
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