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星々煌めく異世界で  作者: 二月ノ三日月
第二章番外編
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第68話 ユスティのご主人様観察記録 中編

 ユグランド商会との出会いや魔族だと看破した事について、ご主人様に道すがら教えてもらった。


「じゃあ、その時からナトラ商会が怪しいって思ってたんですか?」

「まぁ、そうだな。決定的なのは、グラットポートに来る途中に乗ってきた船を襲った『アビスクラーケン』だ。魔界にしか生息してないからな、召喚でもしなきゃ出現なんざしないだろうし」


 それで召喚術師である事を見抜き、そして絶影魔法を駆使して潜入捜査してた時に聞いた言葉で分かったそうだ。

 その召喚術師は、『シド』という言葉を用いていたらしいのだ。

 シドという魔族十二将星の一人の名前だと気付いた瞬間に、全てが分かったそうだ。

 他にも彼女がサキュバスの魔眼を持ってると分かった事も決め手となったそうなのだが、全てが終わってみると何だか悲しいものだと思った。


「悲しい?」

「だって、魔族の人達は和平を求めてたんですよね? それを一方的に斬り伏せて、その復讐の道に走るというのは何だか、その……虚しいです」


 殺して、殺されて、復讐は連鎖する。

 小さな火種はやがて大きな戦火となって、いずれは全てを燃やしてしまうだろう。

 それがとても悲しいものだと私は思う。

 争わなくて良いのならば争いたくないが、それでも今回は止めなければならなかった。

 大量の命が失われたから。

 これ以上、誰かが死んでほしくなかったからこそ、私は刃を振るったが、それでも彼等に届かなかった。


「優しいな」

「そう、なんでしょうか……」


 これが優しさなのか、それとも臆病なだけなのか、私の心は揺らいでいる。

 血で血を洗う戦争は繰り返される。

 きっと今回の出来事も、新たな火種となって何処か異国の地へと広がっているかもしれないし、その火種がすでに成長しているかもしれない。

 自分は殺され、仲間も危険に晒され、ご主人様は多大なる犠牲を払って今に至っている。


(臆病なんだろうなぁ……私って)


 争いたくないなんて考えたが、あの時は状況を選べる程に余裕は無かった。

 召喚術師との戦いで、私は話し合いを選択しなかった。

 話し合いが通じると思わなかったからだ。

 それに私は、復讐のために無関係の人も巻き込んでいる事がどうしても許せなかったのだと思う。

 もしも、もっと強い力が私にあったのならば、狩猟神という職業をもっと早く手に入れていたら、そう思うと心が辛くなってしまう。


「ご主人様はどうやってそれだけの力を手に入れられたのですか?」

「それは……俺が力を手にした経緯を言ってるのか?」


 流石に聞く事はできない。

 何故なら、彼が暗黒龍だと知ったところで詮索する事を禁じられているから。


「いえ、そうではなくてですね、どうすれば強くなれるのだろうって考えたんです。もっと私が強かったら被害も抑えられたのではないか、別の解決方法があったんじゃないかって思ってしまって……」

「別の?」

「はい。話し合いとか、和平のための条件取引とか、ですかね」


 取引の場合、双方にメリットが無ければならないが、それでも無駄な争いは回避できる、そう思った。


「だが、それは結局のところ、武力による支配と何も変わらないんじゃないか?」

「武力による支配……考えてみれば確かに、そうかもしれません」


 的確なところを突いてくる。

 実際に私が職業を手にして鍛え上げたところで、あの魔神が出てきて何も変わらなかっただろうし、もしも彼等に力が無かった場合、脅す事になってしまう。

 武力行使を望んでる訳ではないが、それでも力が欲しいと思うのは至極当然の事だ。

 リノさんは私を助けようとお腹に穴を開ける重傷を負ってしまった。

 ダイトさんも魔族に殺されるところだった。

 私がもっと強くなれば、私がもっと強かったら……


「俺も最初から強かった訳じゃない。錬金術師という職業を授かった時は自分でも落胆したさ」

「そうなのですか?」

「その時はまだ、この職業の可能性が見えてなかった。だが暗黒龍ゼアンと契約した時に知識が脳裏に入ってきたんだ」


 錬金術師の知識が脳裏に?

 何故暗黒龍と契約しただけで脳裏に知識が入ってきたのだろうかと疑問が芽生えるが、それを考える間も無く、私の聞こうとしていた答えが返ってきた。


「錬金術師の可能性を知ってからは、極めたいと思って模索し続けたんだ。毎日、鍛錬を積み重ねてな」

「近道とかは無いのでしょうか?」


 私は早く強くなりたい。

 一日でも早く強くなって、ご主人様を守らなければならない。

 それが奴隷の時の契約でもある。

 戦闘奴隷であるからこそ、戦う事が私の使命であり役割であるのだが、ご主人様は首を横に振って近道が無いと言った。


「近道しても正しい強さは身に付かんぞ。才能があれば早く強くはなれるだろうが……」


 正しい強さについての定義は不明だが、早く一人前として認めてもらいたい。

 だからこそ焦っているのかもしれない。


「わ、私に才能はあるのでしょうか!?」

「まぁ、この眼で見る限りは才能の塊だが……急がば回れ、ゆっくり強くなれば良いだろう」


 それでは駄目だ。

 早く強くならなければ、また同じ目に遭ってしまうかもしれない。

 守りたいものも守れず、手から全て零れ落ちていくのを見るのはもう嫌だ。


「……いきなり手に入れた力は、人を慢心させる。かつては俺もそうだった。無茶して、焦って、身体にある無数の傷の中でも幾つかは慢心した時にできたものだ」


 ご主人様の身体は、治療が終わって包帯が巻かれている時に確認した。

 全身に惨たらしい傷跡が十や二十では数え切れない程に刻まれていたため、どれだけの鍛錬や経験を積んできたのかは想像する事も烏滸がましい。

 袖を捲っただけで、幾つもの傷が見える。

 首筋にも届きうる傷だってあるのだ、それで生きている事自体凄まじい生命力……まさかゴキ――


「おい待て、今俺を何に例えようとした?」

「い、いえ、別に何も」


 ご主人様に対して流石に失礼極まりなかったか。

 考えを訂正しよう。

 しかしじっくりと凝視された上、何故だか呆れるように溜め息を吐かれてしまった。


「お前も存外失礼だな」

「あの、何で考えてる事が分かったんです?」

「霊王眼の正しい使い方を認識したから、前より使い勝手が良くなったんだよ」


 だから私の考えを読めたのかな。

 けど、人の感情とか思考とかって、どんな風に見えているのだろうか……気になる。


「話を戻すが、力を手に入れたところで振り回されるのが普通だ。俺の持つ錬金術師は多くの職業が複合したようなもので、知識を得た事で多くの事ができるようになった」

「便利な気がしますが……」

「『修復リジェネレイト』を見てたなら分かると思うが、あれは血管や神経、骨、筋肉、魔力回路、それらを寸分違わぬ位置で腕をくっ付けるが、本来は不可能に近い。しかも回復職じゃないからな」


 確かに、言われてみれば非戦闘職である錬金術師が何故修復を行えるのか、それが不思議だ。


「最初は激痛でまともにくっ付けられなかった。何度も失敗を繰り返して経験して、そして成功するまでに俺は苦痛を強いられた」


 修復能力だけで、それだけの痛みと経験をした。

 それは言い換えると、錬金術を極めるという目的の過程の一端でしかない、という事だ。

 修復だけで、それ程までの経験をしていたのならば、地形変化だったり剣の生成、魔眼を創る事だって相当の経験が必要なはずだ。

 何をどうしたら自分を追い込めるのだろうかと、少しばかり恐ろしく感じた。


「俺が言いたいのはだな、大きな力は自分に牙を剥くって事だ。焦って力を得ようとするな、少しずつ積み重ねが大事なんだ」

「……はい」


 経験者は語る、強者への道は一歩からだと。


「とは言っても俺なら霊王眼を使って解析できるし、錬金術で狩人としての戦い方を心得てるから、教え方さえ間違えなけりゃ、すぐに俺を超えてくだろう」

「ホントですか!?」

「勿論、お前には俺とは比にならないくらいの才能が眠ってる」


 実力はまだ発展途上、けれども未来は違う。

 しかし、まだご主人様の年齢は十八らしく、職業を得たのが十五歳だとしても三年でここまで強くなれるというのは異常な事だと思った。

 いや、職業を得てから少しの間は全く使い物にならなかったと言う。

 契約した事で知識を得られたのならば、三年よりも少ない年月で力を得たという解釈になる。


(契約時期にもよるけど、もしかしたら私よりご主人様の方がよっぽど才能あるんじゃ……)


 力を得るための努力を惜しまず、そして得た力を自分の物にしている。

 そこに至るまで、どれだけの苦痛が……

 いや、それは身体が物語っているではないか。

 傷跡こそが努力の勲章だったのだ。


「それに、戦い方は職業に縛られない方が良い」

「それはどういう意味ですか?」

「剣士で例えてみようか。剣士は剣を振るって戦う職業なのは分かるよな?」

「流石に馬鹿にしすぎですよ、それくらい分かります」


 『剣』の戦士なのだから、それくらいは誰にだって分かるだろう。


「なら話を進めよう。基本的に戦闘区域は三つ、前衛、中衛、そして後衛に分かれる訳だが、剣士は何処だ?」

「前衛です」

「そう。近接戦闘を主体とする剣士にとって、職業のみで戦うならば遠距離攻撃を持ち合わせていない。投擲したら剣が無くなるし、縮地で近付く事もできるが隙もある。だからこそ職業に縛られる戦いは不味い。詠唱を破棄した魔法使い相手なら、近付く前に殺されちまう。隙を突かれたら一気に崩れるからな」


 普通の剣士は仲間の盾役が攻撃を防いでる間にモンスターを攻撃したりするのが鉄則だ。

 しかし、ソロ冒険者にとっては隙は致命的な欠点だ。

 それを補うためにどうしたら良いのか、ご主人様の方を見た。


「まぁ、魔法職ではなくても普通は魔法を覚えられるから幾つかの隠し玉くらいは持ってた方が良いだろうな」


 隠し玉……


「例えばユスティの場合、光魔法が使えるなら『フラッシュ』で目潰ししたり、氷魔法が使えるなら『フリーズ』で足止めしたりできる。初手は防ぎようがないからな、決まったら大きな隙を生む」


 成る程、確かに急に目を攻撃されれば相手側は慌ててしまう。

 それに氷で動きを封じる事ができれば、回避したり追撃したりも可能だろう。


「ご主人様の隠し玉は何ですか?」

「色々だな。だが、強敵すぎる相手には使えないもんだがな」


 それでは意味が無いのでは?


「あるとするなら……そうだな、竜煌眼を発動した時に影魔法(ブラックブレード)から進化する悪喰の剣(ソウル・グラトニア)で敵を斬る事だな」

「普通に斬るだけなのですか?」

「いんや、霊魂そのものを斬る。魔神戦では防がれたり、ダークエルフの持つ異能『御霊廻り』を使われたせいで斬れなかったし、まだ力を出し切れてないんだ。本当ならもっと早くに魔神を倒せてたさ」


 それだけの力があるのに、まだ力量不足だと言ってる。

 何処までが本気なのか掴みどころの無い顔なので、これ以上は聞きようがない。


「俺の場合は特殊だからな、あまり参考にしないでくれ」

「そ、そうですか……」


 参考にできる要素が見当たらないけど、ツッコミを入れようとしたところで、お腹の音が鳴る。

 ご主人様のではなく、自分のお腹が鳴ってしまった。

 途端に羞恥心が込み上げてきて、何も言えなくなってしまった。


「腹減ったな、どっか飯にするか。何が食べたい?」


 急に問われたけど、特に思い浮かばなかった。

 雪国だったら鍋が美味しかったけど、鍋料理はこの都市には無いので、他の料理を決めなければならない。


「じゃあ、お前の好きな食べ物は?」

「鍋です」


 それは即答できる。

 温かな鍋を家族で囲って食べていたが、それはもうできない。

 けれど、美味しかったのは思い出として心にある。


「鍋はこの都市には無いと思うぞ? それは今度作ってやるから、他にリクエストはあるか?」

「他、ですか……なら、海鮮丼をもう一度食べたいです」


 ご主人様の奴隷となってから初めて食べた、記憶に残る美味しい料理だった。

 海の幸をふんだんに使った海鮮丼は本当に美味しかった。

 それをもう一度食べたいと思ったのだ。

 そして一つの思い出として、私の記憶の中に、心の中にしっかりと残されている。


「分かった。なら、そこに行こう」

「はい」


 これ程までに食事の時間が楽しみになるとは思っていなかった。

 昔のように誰かと一緒に食べるからこそ、私は懐かしくも感じ、そして美味しく感じている。

 その味覚を、もう一度味わいたかった。


「えっと、何処まで話したんだったか……」

「隠し玉のところです」

「そうだったな」


 狩人として職業を得た今、私には隠し玉と呼べるものは特に存在しない。

 職業を得てから一週間が経過した。

 武技アーツはあれども隠し玉は無い。


「隠し玉は考えとくべきだ。窮地に追い込まれた時に、自分を守ってくれる」


 私の戦い方から考えてみると、隠し玉になりそうなのが幾つかある。

 けれど職業も、急に手に入った強大な力だ。

 戦うにあたり、それに振り回されないようにしなければと認識した。

 しかし、ならばご主人様は何のために戦うのか、何のために刃を振るうのかという疑問が出てきた。

 私は主人を守るために戦うが、ご主人様には戦う理由も何も無いと思った。

 窮地に追い込まれて反撃するのは、生き残りたいという行動の現れだろうが、その行動にはどのような意味があるのか聞いてみた。


「ご主人様は何のために戦うのですか?」

「俺?」


 魔神と戦っていた時、何のために刃を携えていたのだろうか。

 何を考えて敵へと挑んだのだろう。

 好奇心が疼いて質問したくなった。


「自分のためだ。たとえ何を失おうとも、何を犠牲にしようとも、血に塗れ、地を這いつくばろうとも、俺は己のために刃を振るう」


 自分のためだけに戦うとは、いずれ身を滅ぼすような気もする。

 戦って、血に塗れ、自身の命を顧みない。

 蘇生さえもできてしまうためなのか、死の概念が薄いのだろう。


「何故、そうまでして……」


 理解に苦しむ。

 私には、そんな生き方はできそうにない。


「俺が誰なのかを探すためだ。この世界に生まれ落ち、何のために生き、そして何を成すのか、それを知るために戦うんだ」


 その言葉には、彼の全てが詰まっているように思えた。

 自分という存在を探し続け、錬金術師という職を得て、そして自分がこの世界に対してどういった立ち位置にいるのかを知りたがっている。

 そんな事を考える人はそうそういない。

 やっぱり不思議な人だ。


「まぁ、色々と目的があんだよ。お前が気にする事じゃない」

「そう言われると気になります」

「好奇心の塊か、お前?」


 今までは周囲に関して気になったりする事はあまり無かったのだが、ご主人様の事が気になるのは獣人としての本能故だろう。

 強い者の事を理解しようと聞きたくなる。

 強い者に付き従おうと考えている。

 それが獣人なのだ。


「あれ、ご主人様は錬金術師ですよね? 戦う時って前衛ですか?」

「どうかな、短剣二本で戦う前衛、鎖で薙ぎ払う中衛、弓矢で狙い撃つ後衛、どれも可能だ」


 素晴らしい能力だ。

 武器を変えながら、斬って払って狙って、武芸百般ではないと言っていたが、私はそうは思わない。

 技術を磨くためには修練が必要となる、錬金術師ならば尚更だ。

 武技アーツがあれば、修練等せずとも簡単に扱えるのだが、錬金術師にはそれが無いせいで一から積み重ねる以外に道は無いのだろう。

 だからこそ、ご主人様は急がば回れと言ったのかもしれない。


「ただ、普通の魔法は使えないから、遠距離からの攻撃方法は限られるがな」

「それでも弓矢ができるのは凄いと思います」


 私はコルメチアさんから記憶として伝授されたので裏技みたいなものだが、ご主人様は一から修練に修練を重ねて使えるようになったのだろう。

 やっぱり、強くなるためには努力しかないのだろうか。


「お前もできるんだろ? まぁ、俺はお前の弓の精度を知らないから何とも言えないがな」

「へ?」

「え?」


 私の弓の精度を知らない?

 それは可笑しい。

 魔神と戦っている時に一射だけ放って、見事命中させたのだ。

 そのお陰でご主人様が最後の一太刀を加えられたと言うのに、知らないと言った。

 覚えてない、は流石に有り得ないはずだ。

 なら何で……


「……ご主人様の最後の技は何と言うのですか?」

「最後の技? 何だそれ?」

「え? あの、青白くて綺麗な斬撃ですよ。魔神の持っていた魔石を両断した、あの剣技です」


 ズバッと斬っていた綺麗な剣技、蒼く弧の形をした残炎を空中に描いて、敵をやっつけた。

 今でも目に焼き付いている。


「俺、そんな技使ってたのか……」


 その口振りからすると、自分の放った絶技すら覚えてないらしい。

 だとしたら何故だろう。

 あの時何かあったのだろうか?

 それとも気絶の影響で忘れた?


「あの魔神を圧倒していた技は凄まじかったですよ。それも覚えていないのですか?」

「……覚えてない」


 彼自身、困惑した顔だった。

 要するに、何かイレギュラーが発生したのだろう。

 満身創痍で無意識に技を出したのなら辛うじて覚えてるかな、くらいのものだろうけど、ご主人様の場合は途中からの記憶が一切無いのだ。

 抜け落ちた、では説明が付かない。


「何があったのですか?」

「いや……済まん、分からん」


 少し目を逸らしながら、何かを考えるような仕草で彼はゆったりと歩いていったけど、途中から何も覚えていないというのは怖い。

 彼は何かを知っている。

 彼は何かを隠している。

 彼は何かを噤んでいる。

 私に言わないという事は恐らくだが、暗黒龍という力の後遺症でもあるのだろうと思った。

 だとしたら、右目を使う度に後遺症が発生するのかな?


(考えても纏まらない……)


 雪国では冥界龍ニヴの伝承が伝わっていたけど、暗黒龍の伝承とかは聞かなかった。

 そもそも伝わってなかったのだろう。

 私が力になれる事は果たして、あるのだろうか。





 昼食を済ませた私達は、新しくできた市場をフラフラ〜っと散歩するように歩いていた。


「商魂逞しいもんだ。一週間も前の事なんざ無かったみたいだ」

「確かに……」


 活気溢れる、とまでは行かなくとも多くの客が街中を闊歩していた。

 荒れ果てた都市が、文字通り再建されたのだ。

 良い香りが漂ってきて、そちらへと目を向けてみると、何かの食べ物が売りに出されていたためなのか、再びお腹の音が鳴ってしまった。

 さっき食べたのに……


「食べたきゃ好きに買ってこい。ほれ」

「わわっ!?」


 ご主人様が小さな袋を手渡してきて、軽いだろうなぁと思ってたら結構重かった。

 中身は銀貨八枚、銅貨二十枚だった。

 十万ノルドもの金額をパッと出せるのって、お金持ちさんみたいだ。


「こんなに貰ってしまって良いのですか?」

「俺はお前の保護者でもあるからな、遠慮なんてするな」

「わふっ!?」


 優しくゴツゴツとした手が私の頭を撫でる。

 心が安らぎ、心地良い。


「俺も何か食うか」


 そう呟いて我先にと、屋台を巡り始めてしまった。

 私も何か買おうかと思って、屋台へと立ち寄ろうとしたところ、近くに綺麗な布や絹を売ってる店を発見した。

 小さな機織り屋さんかな、小綺麗で落ち着いた雰囲気を持っている。


「おや、可愛らしいお客さんが来たもんだ」


 綺麗な絹製品を見ていると、店の奥から大柄な女性が出てきた。

 髪を団子にして、エプロンを身に付けてる。


「あ、あの――」

「あれ、アンタ確か……英雄様の連れの子だね?」

「へ?」


 英雄様とは、多分ご主人様の事だろう。

 ご主人様は自分は英雄になれないと言ってたが、グラットポートの英雄と街の人達は噂している。

 だから、多分そうなのだろう。


「あの化け物との戦い見てたよ。本当に凄かったね、アンタのお連れ様は。アタシも旦那も、彼が倒してくれたお陰で何とか助かったんだ。ありがとうって伝えといてくれ」

「あ、はい」


 中には英雄と思わず、疫病神だとか中傷的な事を言う人もいるけど、彼女はどうやら感謝しているようだ。


「うちの店に寄ってくれたんだ。何か負けたげるよ」

「あ、ありがとうございます」

「それにしても白い獣人とは、こりゃ縁起良いねぇ」


 縁起が良いのかどうかは首を傾げるところだけど、幸運能力があるので縁起の良い事が起こるかもしれない。

 ただ、私の能力は他人へと付与したりできないので、本当に申し訳ない。


「何をお求めだい?」

「えっと、故郷での風習なのですが、モンスターの革を鞣して、それとモンスターの魔力糸を編んでブレスレットを作りたいんです」

「へぇ、それでプレゼントするのかい?」

「はい」


 ニヤニヤと笑みを浮かべている店主さんに変な勘繰りをされてしまうのだが、別にそういう訳ではない。

 ただ、健康と幸運を祈って、糸の色と編み方を考えねばならない。

 糸の色や革の種類、編み方によって意味が変わる。

 私が選んだのは、ホワイトスノーシルクワーム、私の雪色の髪と同じ白色の綺麗な糸を選んだ。

 そしてモンスターの革として選んだのは、幸福の象徴たる鹿の革だ。


「良い生地を選んだね」

「はい」


 左目を使えば、どれだけ魔力が込められているのかが見えるため、便利な魔眼を授かったものだ。

 だからご主人様のために使えればそれで良い。

 お金を出そうとしたところ、掌をこちらに向けて金はいらないと言われてしまった。


「英雄様達には感謝してるんだ。もうお代は貰ったさ」

「あ、ありがとうございます」


 袋に必要なものを入れてもらい、それを受け取った。

 これでご主人様にブレスレットを作って差し上げる事ができる。

 浮き足立った私は、満面の笑みを繕って別れを告げた。


「ありがとうごさいました!」

「あぁ、頑張んな〜」


 鼻歌交じりに雑踏の間を縫って、越えていく。


「ご主人様〜!」


 黒い背中へと手を振る。

 振り返った彼の顔は何処か、楽しそうだった。






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